ダーク・ファンタジー小説

crossroads ( No.6 )
日時: 2018/03/20 23:02
名前: カコ (ID: hzDRnUrf)


【第2話】


長いようで短い夏休みが終わり、今日から新学期が始まった。
久しぶりに会う友達とおしゃべりに花を咲かせたり、終わっていない宿題を急いでしていたり、夏休み終了後によく見る光景が教室に広がる。
私は特に大きな変化もなかった。
ただ一一…
「律花ちゃんってこのクラス?」
この1ヶ月ほぼ毎日聞いた声。
「誰あの人?え?もしかして律花、彼氏出来たの?!」
ざわつく教室を横目に私は拓也くんの方へ歩み寄る。
「どうしたの?」
「これ昨日バイト先に忘れてたよ」
「あ、ほんとだ…ありがとう」
じゃあ、と言って右手をあげる拓也くんに対して、私の左手が鏡のように反応した。
「えっえっ彼氏?見たことない人なんだけど」
拓也くんが教室を去っていった後、興味津々に周りに集まる女子。
「1つ年上の同じバイトの子。今日ここに転校してきたの。彼氏とかじゃ…ない」
届けてくれた手帳を見つめる。
鼓動がいつもより早いスピードで規則的に脈打つ。
「なんだあ、ついに律花にも彼氏が出来たと思ったよ〜」
「あはは、そんなわけないよ。てゆうか、出来たら報告するし」
…私に変化があるとすれば…彼と出会ったこと。
そして、彼のことが好きになっている、ということ。


crossroads ( No.7 )
日時: 2018/03/20 23:03
名前: カコ (ID: hzDRnUrf)


「そういや今日テスト返却された?」
バイトの休憩中、黒い大きなリュックを探りながら拓也くんが聞いた。
「うん、されたよ」
「律花ちゃんって勉強できそうだよね」
「…いや…そうでもない…」
勉強のことなんて聞かないでくれ、そう言いたかった。
そんな私の気持ちもお構い無しに、見て見てというようにテストの答案用紙を机に広げた。
「見てこれ。100点♪」
自慢げに、嬉しそうに、でもなんの嫌味もなく、私に提示した赤丸だらけの答案用紙の100と書かれた部分を指さした。
「え、すご」
勉強…できるんだ。
意外だった、なんて言ったら失礼だけど、ちょっとびっくりした。
「勉強できるんだね」
「唯一の取り柄だけどね」
そう言った彼がなんだか寂しそうに見えた。
どうしてそんな顔するんだろう。
「拓也くんの取り柄はそれだけじゃないと思う」
「…え?」
無意識に出た言葉に自分でも驚いた。
「あっ、いや、なんでもない」
「他にあるかなあ、取り柄。俺ってなにか持ってるかな」
その目に写っているのはなんだか今この瞬間ではなく、ずっとずっと遠くを見ているようだった。
初めて見る表情。
こんな顔するんだ…
「あるよ、絶対」
今度は自分の意志で、力強く伝えた。
すると拓也くんはありがとう、と照れくさそうに言いながら100点満点の答案用紙をカバンになおした。


crossroads ( No.8 )
日時: 2018/03/20 23:05
名前: カコ (ID: hzDRnUrf)


「ただいま」
「おかえり。今ご飯用意するわね」
「うん」
疲れた体を強引に自分の部屋まで移動させベットに倒れ込む。
ぼんやり天井を眺めているとだんだん意識が遠のくのがわかった。
「ご飯できたわよ〜」
1階から聞こえたお母さんの声で現実に引き戻される。
「今行く」
そう言って重い腰を持ち上げ、制服から部屋着に着替えた。
ドサッ。
足元に置いてあったカバンにぶつかり中から手帳が飛び出した。
手帳を拾い上げて、挟んであったお姉ちゃんと一緒に写っている写真を取り出した。
私が小6で、お姉ちゃんが中1だった時の夏休みに、家族で旅行に行った時の写真。
これが、2人で撮った最後の写真になった。
これから起こることを何も知らないお姉ちゃんの楽しそうな笑顔を見ると、胸が苦しくなる。
毎日写真を眺めるわけじゃない。
それでもそばにいたくて、いつも持ち歩いた。
手帳に写真を入れ、部屋の電気を消して1階におりた。


1時17分と示された携帯のディスプレイ。
今日は何故か寝つけない。
体を起こしてベットに取り付けてある電気をつけると、オレンジっぽい柔らかい光が部屋の中をうっすらと明るくした。
勉強机の引き出しに目をやり、静かに開けた。
そこには1冊の薄ピンクのノート。
私のじゃない。
お姉ちゃんが生きていた時に使っていたノート。
お姉ちゃんが死んだあと、部屋の片付けをしていた時に見つけてからずっと自分の部屋に置いてある。
でもこのノートを見つけて開いた時以来ずっと中は見ていない。
見てないんじゃなくて、見れない。
見るのが怖い。
それでも私が今もこれを持っているのは、この中のお姉ちゃんを絶対になかったことにしてはいけないと思ったから一一。


crossroads ( No.9 )
日時: 2018/03/20 23:11
名前: カコ (ID: hzDRnUrf)


私たちの関係が特に変わることもなく、毎日が過ぎていく。
半袖の制服から長袖の制服に衣替えする子がだんたと増えてきた頃だった。
私の携帯から着信音が鳴った。
"杉原拓也"の表示に心臓が一瞬飛びあがる。
連絡先を交換していたものの、業務連絡のメールぐらいで、ましてや電話なんてしたことがなかった。
お気に入りの音楽のワンフレーズが繰り返し流れる。
恐る恐る電話に出るマークを横にスライドする。
「もしもし…?」
「あ、もしもし、律花ちゃん?ごめん、急に」
「ぜ、全然大丈夫。どうしたの?」
「話したいことが…あってさ…今から会える?」
「…うん」
妙な胸騒ぎがした。
「じゃあ…セイジョウ中学校の前で待ってる」
プツリと電話が切れた。
「せ、せい…じょう…」
胸騒ぎが確かなものに変わった気がして、私は急いで家を飛び出した。


crossroads ( No.10 )
日時: 2018/03/21 12:19
名前: カコ (ID: hzDRnUrf)


聖成中学校。
この街で一番賢い中高一貫校。
お姉ちゃんが通っていた学校一一。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
久しぶりの全力疾走で激しい息切れが私を襲う。
「律花ちゃん」
目の前にいる電話の相手。
「急に呼び出してごめん。来てくれてありがとう。…律花ちゃんには話さないといけないことがあるんだ」
何かを決めたような真剣な顔になった拓也くんに、私は緊張をせざるをえなかった。
「話って…」
「…俺が前にもこの街で住んでたことは話したよね?その時…俺はこの学校に通ってた」
彼は顔だけを学校の方に向け、一点を見つめている。
聖成中に通ってた?
拓也くんは高2だよね?
まさか一一…
私の思考回路はめちゃくちゃになってショートしそうだった。
「中学1年生の時、この学校の屋上から一人の女の子が転落した。警察は自殺と断定」
淡々と話す姿に私は恐怖を覚えた。
もう何も言えなかった。

「…だけど、あの日、本当はここにもう1人、男の子がいたんだ」

部活動に励む中学生の声、側を通る車の音、遠くで吠える犬、青い空、全ての日常が一気に私を突き放した。
「あの日のこと…知ってるの…?」