ダーク・ファンタジー小説
- Re: 死にたがり少年と壊したがり少女 ( No.4 )
- 日時: 2018/04/18 07:22
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
Prelude
「ただいまー、かるら」
死にたがりの少年篠宮と別れた彼女は真っ直ぐに家へと向かっていた。既に妹は帰っていたようでドアの鍵は開け放されていた。奥の方から、突然椅子が跳ねたゴトゴトとした音がする。何を慌てているんだろうと、リビングの様子を彼女は覗きこんだ。
魅修羅がリビングを覗きこむと同時に、かるらも魅修羅の側に視線を向けていた。ただし両者の瞳の奥の光は、その性質を全く異にしていた。魅修羅の瞳は愛らしく妹を見つめているのに対して、かるらの方はと言うと、鈍い視線が怯えて揺れている。
食卓の上には三つのケーキ、見慣れない箱に入っているので頂き物ではないかと魅修羅は推察した。ごみ袋には天上ヶ原様へと記された紙が投げ捨てられており、その予想は確信に変わった。
両親と魅修羅、かるらのいるこの家では、一つ足りない。姉が帰る前に隠れて食べておいて構わないという、母からの手紙をかるらは握り潰した。平静を装い、姉へと声をかける。
「お帰り、お姉ちゃん」
「ただいま。美味しそうね」
「榊原さんから頂いたの、美味しかったよ。お姉ちゃんも食べるよね?」
魅修羅も女の子らしく甘いものは好物だ。そのため、彼女にだけ取り分が無いとなると機嫌が悪くなるのは間違いない。榊原というのは両親と縁の深い方なのだから、両親はちゃんとこれらを口にして、礼を述べる必要がある。そのため、折れるとすれば自分だと、かるらは熟知している。
そうでなければ、魅修羅は何をしでかすのか、妹であるかるらにも分からない。
「何言ってるの? お皿は綺麗なままよ、まだ食べてないんでしょ? 私は要らないからお姉ちゃんに遠慮せずに食べなさい」
その返答は、かるらにとって不意を突かれるとても奇妙なものだった。理由が分からない彼女は、不穏な疑念と共に、視線を魅修羅にぶつけた。
「何で?」
「今日、とっても面白そうな玩具(もの)を見つけたの。だから今はそっちに集中したいから、それはあげるわ」
魅修羅は笑う、かるらも見慣れたあの不敵な、焦点の合わない歪な微笑み。いつもながら、奇妙でいて、おぞましくて、そして美しい。自分もそれなりに器量が良いとは思ってはいるが、この姉には敵わない。皆から綺麗だと誉められても、この姉がいる以上、彼女は謙遜ではなく本心として自分はさほど綺麗でないとばかり思えてしまう。
彼女の言う面白いものが何かは分からないが、かなり機嫌が良いということはよく分かった。機嫌の良い姉は、家族には何の害も成さない優等生だ。しばらくは平和な日々を過ごせそうだとかるらはほっと一息ついた。
「あ、そうだ。ごめんねかるら、ラブレター渡しそびれちゃった」
「えっ、あ、明日でも大丈夫だよ」
「そう、じゃあ明日渡しておくね」
それだけ言い残して、リビングの扉をそっと閉じた魅修羅は鼻歌混じりに階段を登り、自室へと向かった。そんな姉の様子を眺めて、かるらは彼のことを思い出した。
今にも壊れてしまいそうな、儚げな空気の男。
「時雨先輩……」
「それにしてもかるら、あんなののどこが好きなんだろ?」
自室の魅修羅はふと呟いた。妹が思いを寄せる男は、自分が見ている限り、それほど良い人だとは思えない。それなのに、かるらは心底篠宮に惚れている。
恋愛、それは自分ではなく相手のことを想ってそう在りたいと思うこと。自己犠牲からなる、他人を尊重する行動。
下らない感情だ。そう、魅修羅は吐き捨てた。