ダーク・ファンタジー小説

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep12 迫る再会の時 ( No.12 )
日時: 2018/08/09 11:02
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

【第三章 リュクシオン=モンスター】
〈Ep12 迫る再会の時〉

「じゃ、また、フロイラインに行くの?」
 目覚めてから一週間。ようやく身体の機能を取り戻したリクシアは、戻ってくれた仲間たちにそう訊いた。今回はフィオルとアーヴェイだけでなくフェロンもいる。
 その問いに、フィオルがうなずいた。
「うん。落盤事故があったから遠回りして目指すんだけど、その前に」
 アーヴェイが言葉を引き継ぐ。

「——リュクシオン=モンスターが、出たぞ」

「えぇっ!?」
リクシアは思わず驚愕の声をあげた。
「……ッ!」
 そんな彼女の隣では、フェロンもまた、盛大に驚いていた。
 己の犯した過ちにより、魔物と化した、リクシアの兄。取り戻そうとして、リクシアはその方法を、探していた。
——そのリュクシオンが、魔物と化した大召喚師が、現れた。
リクシアは息せき切ってアーヴェイに問う。
「ど、どこにっ!」
答えたのはフィオル。
「この近辺らしいよ。ウィンチェバルの王宮魔道師の徽章をつけてたって。狂ったようにローヴァンディアを攻めていたのに、不意に戻ってきたらしい」
 ローヴァンディア。それは、あの戦いの日にウィンチェバルに攻め入っていた国の名前。かつてリュクシオンはそこにいた。そこを狂ったように攻めていた。彼の中にわずかに残った残留思念が、「ローヴァンディアは敵」と思い込ませ、そんな行動をとらせる。
——なのに。
「……その兄さんが、この近辺に現れた!? 回復そこそこに何なのよもう!」
 ただでさえ、「ゼロ」との問題があるのにこの事態。リクシアは頭が痛くなってきた。
「兄さんには会いたいけど……まだ、何の準備も整ってないよ!」
 魔物を元に戻す手掛かりすらないのに。こんな状況で再会したって、何ができるというのだろう。
そんな彼女に、フィオルが冷めた口調で問い掛ける。
「殺しちゃいけないんだよね?」
「おい、フィオル、それは当然だろ——」
「いいから。……殺しちゃいけないんだよね?」
 アーヴェイの言葉をさえぎって。天使の瞳がリクシアを射抜く。
 リクシアはその視線をしかと受け止めて、うなずいた。
「殺さないで。兄さんなの」
「わかった」
 フィオルは首肯する。
「じゃ、今回は兄さんは下がってて」
「……フィオ?」
アーヴェイは首をかしげてフィオルを見た。フィオルは淡々と答え、
「兄さんばっかりが傷つく必要なんてないんだ。僕だって戦える。それに——」
 現実を、突き付けた。
「『アバ=ドン』のないままで戦うなら、兄さんは悪魔になるしかない。でも、悪魔になったとして。相手を殺さずに戦えるかな?」
アーヴェイの赤い瞳に理解の色が浮かぶ。
「……そういうことか。承知した」
 あと、フェロンさんも駄目だから、とフィオルは言う。フェロンは心外だという顔をした。
「……なんで僕まで」
「あなたは剣士だ。剣士は完調でないときに強敵と戦うべきではないよ。それじゃあ命取りだって、解ってる?」
フェロンは口を尖らせて反論した。
「じゃあそっちはどうなんだ」
「僕? 僕は完調だよ。それに僕だって近接武器は扱えるさ。遠方攻撃はシア、近場は僕。リュクシオン=モンスターがこの町を襲わないようにかつ殺さないように、ギリギリで撃退する」
 言って彼は、どこからか三つ又の銀色の槍を取り出した。
「これが僕の武器。聖槍『シャングリ=ラ』だよ」
 楽園を意味する名をもつそれは、確かに天使によく似合っていた。
——ということは。
 リクシアははっとなる。
「兄さんと戦うの、私とフィオルしか、いないの……?」
「不満?」
「いえ、そうじゃなくって……」
 災厄と化した兄さんに、たった二人で挑むのかとリクシアは思う。そんな彼女を、透徹した青の視線が射抜いた。
「不安なの?」
 フィオルの言葉に、リクシアはうなずいた。
 そんなこと、と彼は苦笑いして、優しく言った。
「自分を信じれば、済む話じゃないか」

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep13 なカナいデほしいから ( No.13 )
日時: 2018/08/12 09:55
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈Ep13 なカナいデほしいから〉

 この町を北に少し行ったところに、小さな丘がある。
 そこに、「それ」がいた。
 リュクシオン=モンスター。大召喚師のなれの果て。
 胸元にあるボロボロの徽章は、確かに彼のものだった。
「……お兄ちゃん」
 リクシアが呟いてみても、何も言わない。怪物はただ、その場にたたずんでいるだけだった。
「追い払う。でもね、シア」
 フィオルが真剣なまなざしで彼女を見た。
「追い払う、のはいいけど……。元は君の兄さんだったとしても、こいつは怪物なんだ。そのままにしたらまた誰かが死に、怪物がどんどん増えて行くんだよ」
 君は一人だけのために、多くの命を犠牲にしてる、と、彼は現実を突き付ける。
「まぁ、僕らだって人のことは言えないんだけど、さ……。殺さず生かすということは、他の誰かを殺すこと。僕らは変わり果てたあの人を撃退するたびに、そのことを胸に刻んでる。それに……彼は魔物だから。君じゃない他の人に倒される可能性だって、あるんだ」
 魔物になったら、元に戻せないのが当たり前。それをゆがめようとしているリクシアは、他の人の思いを踏みつけにしてまで自分の思いに忠実な、リクシアは。
「知ってる……。咎人、なんだ」
 それを意識し、リクシアは前を見据えた。
 変わり果てた彼女の兄は、悲しげに突っ立っていた。

 と。

 突然、リュクシオン=モンスターは咆哮を上げた。狂ったように、こっちに向かってくる。フィオルが鋭く警告の声を発する。
「来る!」
「わかってる!」
 リクシアは呪文を早口に唱える。フィオルが「シャングリ=ラ」を取り出し、リクシアを守るように前に立つ。
リクシアは、叫んだ。
「出てって、お兄ちゃん! ここは私の居場所なの! 壊そうとしないで!」
 風が、辺りに巻き起こる。リクシアの白い髪がざわざわと揺れた。
「彼方吹きゆく空の風! 今舞い降りよ。彼の烈風!」
——傷つけ、たくはなかったのに。
「仇なすものを斬り断ちて、めぐりめぐれよ、渦を巻け!」
 すさまじい勢いで振りかぶられた爪を、
「くうッ……!」
 フィオルの細い身体が受け止める。
 途端、巻きあがった烈風は、
「テアー・ウィンド!」
 叫ぶ魔物に襲いかかり、その皮膚を幾重にも切り裂いた。
 魔物の目が、リクシアをとらえる。怒っている。自分を傷つけた相手に対して。
 意思もない、理性もない、何もない。暗くよどんだ青の瞳が、怒りを宿してリクシアを見る。
リクシアはそんな魔物に対して叫ぶ。声の限りに叫びをあげる。思いのたけを叫びに変える。
「出て行って! 出て行きなさい、お兄ちゃん! 出て——」
そんな、時。
「シア、危ない!」
「グァァアァルルルルル!」
「——えっ?」
 リクシアは、包まれていた。温かく、がさがさした、腕に。
——魔物の、腕に。
「うぐぅッ!」
 フィオルの苦しそうな声。何があったかはわからない。
 声が、した。
「あらいやだ。魔物のくせして。他の誰かを守るなんて、ねぇ」
 それは、「ゼロ」を飼っていた、妖艶な女の声。
「出して!」
 魔物に叫べば。腕はあっさりとリクシアを開放していた。
 そして見たのは、
 脇腹から血を流し、うずくまるフィオルと、
 二本の剣を、リュクシオン=モンスターとフィオル、両方に向けていた女の姿だった。
「フィオル!」
 リクシアは叫んで近寄ろうとするが、リュクシオン=モンスターが引き戻す。
「放して、放してえっ! お兄ちゃん、フィオルが死んじゃう! 放してようっ!」
 魔物となり果てた兄は女を睨み、暴れる妹を抱いたまま、動かない。女を警戒しているようだ。
 それを見、女はつぶやいた。
「両方とも、ひと思いに殺してやろうと思ったのに。天使は反応素早すぎるし、魔導士ちゃんは魔物が守るし……。魔物には、意思なんてないって思っていたのに……。見当違いかしら、ねぇ」
 薄く笑って、
「じゃぁ天使ちゃん。これ、貰って行くわねぇ」
 投げ出された「シャングリ=ラ」を拾おうと手を伸ばした。
「やめ……ろ……!」
 フィオルの苦しそうな声。
「やめてぇぇっ!」
 リクシアの叫び。
 すると。
「ガァァァアアアアアッッッ!」
 リクシアを放り出した怪物の腕が、女を一直線に薙いだ。
「お兄……ちゃん……?」
 意思も、理性も、何もかも。無くなったはずなのに。
 壊れたような、声が言うのだ。

「いモウとの……タいセツなモの……キずツケさセなイ……!」

「お兄ちゃん!」 
「ダかラ……なカナいデ……おクレよ……!」
 召喚、された。もう大召喚師ではなくなったリュクシオンから。
 天使が、精霊が。たくさんの妖精たちが。
 どうして、とリクシアは疑問に思う。魔物になり果てて、意思も想いも、なくしたはずなのに。
 わずかに残された残留思念が、奇跡を起こした。
「魔物の……くせにッ!」
 叫ぶ女。人外に追われ、あわてて逃げだす。
 リクシアはそのさまを、呆然と見ていた。
「お兄……ちゃん」
 リュクシオン=モンスターは、首をかしげて妹を見て。
「サヨうナら」
 それだけ言い残し、女を追って、歩き出した。
 腕。あのとき、守ってくれた、腕。
 リュクシオン=モンスターは、怪我をしていた。その大きな腕に。
 リクシアを、守ったから。守って代わりに、怪我をした。
(どうして……?)
 もしも兄さんに意思が残されているのなら、純粋な敵として、戦えないじゃないか。
 守ってくれた、腕。
 魔物になっても。
 兄さんは兄さんだったのだと、知って。
(私は……どう、すれば……?)
リクシアは混乱するばかり。
 その時、フィオルの姿が目に入った。
「フィオル!」
 あわてて駆け寄ると、少年は苦い笑みを見せた。
「油断した……」
「そんなのどうでもいいから! 傷は!? 大丈夫? 歩ける!?」
 白い天使は脇腹を押えながらも、片手だけで「シャングリ=ラ」をつかみ、それを支えに立ち上がる。
 リクシアは衣を引き裂いて、即席の包帯にして、そっと傷に巻きつけた。
「私じゃこれくらいしか……」
「……構わない。ありがとう。……肩、貸してくれる?」
「ええ、もちろん」
 言ってリクシアは、フィオルの怪我をしてない側の肩を支えた。フィオルが手をさっと振ると、「シャングリ=ラ」は、一枚の白い羽根となって、その手に収まった。
「……便利」
 思わずつぶやくと。少年は、優しくほほ笑んだのだった。

 さあ、帰ろう。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep14 天魔物語 ( No.14 )
日時: 2018/08/14 10:20
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep14 天魔物語〉

「フィオル!? 無事かッ!」
「兄さんも過保護だねぇ……」
 帰ってきたら、開口一番、アーヴェイの声が飛んできた。

「……というわけなの」
 とリクシアは締めくくった。
 フィオルの応急手当も終わり、今、皆は宿のある部屋に集まっている。
「参考までに聞きたいのだけれど。フィオル、アーヴェイ。あなたたちの大切な人は、兄さんみたいになったことある?」
 リクシアの疑問に、アーヴェイは首を振る。
「ハーティはそうはなら……いや、こっちの話だ」
「ハーティ? その人が、あなたたちの……」
「義理の母なんだ」
 少し昔の話をしようか、と彼は言った。

  ◆

 ずっと昔、二人は捨て子だったという。はじめにフィオル、次にアーヴェイ。その順に、とある女性に見つかった。
 女性の名はハーティ。茶髪に明るいオレンジの眼の、心やさしい女性だったらしい。彼女は捨てられた二人を良く育て、具合が悪くなったら医者に見せ、欲しいものがあったなら、よく吟味して買ってやった。教育にも熱心で、家事も非常にうまかった。彼女のもとで、フィオルもアーヴェイもまるで兄弟のようにして育ち、「当たり前」を謳歌した。

 しかし、平穏は長く続かない。それはある日のことだった。
「……嘘」
 ある手紙を読んで、彼女はくずおれるようにして泣き伏した。
「義母さん!?」
 ハーティには遠く離れた恋人がいた。その人は彼女の幼馴染で、フィオルもアーヴェイも、一度はその人に会ったことがあった。彼はクールで格好良くて、とても頼もしい印象を受けたと二人は語る。
 その日、届いたのは。その手紙は、
——その人の訃報。
 それを見るなり、ハーティは獣のような声をあげて咆哮した。それは魔物になる予兆。
「ハーティッ!」
アーヴェイは叫んだ。
 あの日、あの時。彼が悪魔の力を解放すれば、止められたかもしれないのに。
 駆け寄ったフィオルとアーヴェイは、振り上げた手に殴り飛ばされた。
「義母さんッ!」
 魔物になっていく、育ての親。止めたいのに、止められなくて。
「ウォォォォオオオオオオオオオオ!」
 狼のように遠吠えを一つ。
 そしてハーティはいなくなった。

  ◆

「……簡単にまとめれば、こうなる」
 アーヴェイがそう締めくくった。
「あれから何回か、ハーティ=モンスターに会った。一回はフィオルが死にそうになったことさえある。でも、彼女はリュクシオン=モンスターみたいにはならなかった。思うに……」
「リアはリュクシオンにとっての一番だったが、あんたたちはハーティにとっての一番じゃなかった。ハーティにとっての一番は、その恋人だったから……ということだろう。あんたたちにとって、ハーティが一番ではないように。あんたたちにとっての一番は……互いの存在だろうから」
 割り込むようにし、フェロンが言葉を引き継いだ。
 つまりは。
「魔物になった人があんな行動をとるのは、対象がその人の一番だったって場合だけ……?」
「そうみたいだな。よって僕の場合、リュークに会って生き残れるかはわからない」
「そうなんだ……」

 語られたのは、一つの物語。
 天使と悪魔が、花の都を目指した理由。

「……魔物、か」
 呟いて、リクシアは、今はいない兄に思いを馳せるのだった。