ダーク・ファンタジー小説

カラミティハーツ 心の魔物 Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」 ( No.15 )
日時: 2018/08/16 09:46
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

【第四章 王族の使命】
〈Ep15 覚醒せよ、銀色の「無」〉

「リュクシオン=モンスター……」
 去りゆく怪物を、見据える影があった。
 「ゼロ」だ。今日はあの女と一緒ではなかった。
 だから彼は、本来はここにいないはずだった。
 彼女はあえて、彼を連れていかなかった。
 その理由は——
 オモイダサセタクナカッタカラ。
「——ッ! 頭が……」
 「ゼロ」は頭を押さえた。
 その怪物を見た途端、はじけだそうとする記憶。思い出したいのに、執拗な頭痛がそれをさせない。
「ぐ……ああっ!」
 脳裏に走った激痛。焼けつくように、突き刺すように。
 「ゼロ」はうめき、大地をのたうち、転げ回った。
 それでも——これは。
 魔物を見た瞬間、はじけそうになった記憶は、大切なものだから。
 苦しくても、苦しくても。思い出さなきゃならない、「ゼロ」はそんな気がした。
(リュクシオン=モンスター)
 唯一残った記憶が言うのだ。
(あれは、リュクシオン=モンスターだ)
 そして。
「ゼロ」
 彼の「母さん」の声。
(違う、あれは、母さんじゃない)
「ゼロ! 何してるの!」
(違う、僕の名は「ゼロ」じゃない)
 言っていたじゃないか、と彼は思い出す。あの日、戦った一人の少女が。
 思い出せ、思い出せ。あの少女の言った言葉を。
 頭痛はますますひどくなり、考えるのすら億劫になる。
 歯を食いしばり、痛みに耐え、「ゼロ」はあの日の記憶を呼び戻す。
「ゼロ!」
「ゼロじゃないッ!」
 あの少女の、言葉。
『******・*******! 目を覚ましてッ!』
「——思い出した」
 彼の頭痛は、消えていた。
「あなたは……母さんじゃ……なかった……」
「何を言っているの? 私はあなたの母さんでしょう」
「違うッ!」
 思い出した。思い出せた。あの遠い日の暮らし。父にいじめられ、兄にいじめられ。それでも、どんな時でも。母だけは味方でいてくれた。
「母さんの名はエリクシア! そして、僕の名は——!」
 あの子が教えてくれた、彼の本当の名前。
「……僕は、ある国の王子だった」
 唯一生き残った、王族。
 ゆえに、名乗ろう。思いを込めて。その名は——

「エルヴァイン・ウィンチェバルッッッ!」

 叫び、彼は「母」に剣を向けた。
「……運のない子」
 「母」は小さくつぶやいて、自らも剣を抜いた。
「ならば殺して差し上げるわ、私の可愛い『ゼロ』——いいえ、ウィンチェバル王国第三王子ッ! エルヴァイン・ウィンチェバルッ!」
「望むところだ! 人の記憶を勝手に操って……。この屈辱は、今、晴らす!」
 二本のつるぎが交わった。

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep16 亡国の王女 ( No.16 )
日時: 2018/08/18 08:00
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep16 亡国の王女〉

——力量が、違った。

「ぐうッ!」
 身体を貫いた剣を、彼は呆然と見ていた。
「運のない子。忘れたままなら、こうはならなかったのに」
 剣を引き抜き、露を払い。そのまま歩き去ろうとする背に。
「待……て……!」
 かけた声は無視されて。
 エルヴァインは、くずおれるようにして膝をつく。
 視界がゆがむ。何もかもが真っ赤に染まる。
「こんな……ところで……!」
 彼には果たさなければならない使命があった。謝らなければならない人がいた。やりたいこと、やるべきこと。まだまだたくさんあったのに。
 貫く痛みに意識を失いかけ、なんとか再び覚醒する。
 生きたいと、死にたくないと。彼の心が全身が。魂の叫びをあげていた。
「僕は……まだ……!」
 死ぬわけには、行かないのに——。

 あの日。あの女に誘惑された。それが崩壊の始まりで。
 記憶をなくし、意思もなくし。操り人形のように生きていた。
 そして、今。記憶も意思も取り戻した彼は、また何かをなくそうとしている。
——それは、命だ。
「嫌だッ!」
 叫んでももがいても、必死に足掻いても、何かが変わることはなかった。何かが起きることもなかった。
 当然だ。神様なんて、いないのだから。彼は奇跡なんかに期待しない。
 でも、生きたい、から。
 どうすれば、生きられるのだろう——?
 絶え絶えの息の中、エルヴァインは生を願った。

  ◆

 丘の上に、銀色の少年が倒れていた。腹から血を流し、青ざめた顔で。
 でも彼は、辛うじて、生きていた。
「……仕方ない、か」
 一人の少女が、その身体を抱きかかえた。少女の髪は鴉の濡れ羽色で背中の半ばまで真っすぐ伸び、その瞳はぬばたまの黒。漆黒のロリータドレスを身に纏い、頭には黒薔薇のコサージュをつけている。全身黒づくめで、その肌は蝋人形のように白く唇は血のように赤い。
「まったく。こんなところで倒れないでほしいものだわ」
 淡々とした声は、しかし、どこか心配げだった。
「あなたはいっつも無茶をして……。あの女の正体をわかっていたの? 知らなかったんでしょう。知っていたなら、問答無用で逃げていた」
 少女はぶつぶつと呟きながらも、少年をどこかに連れていく。

  ◆

「じゃぁ、再び目指そう、花の都、フロイラインを」
 フィオルも少し、回復してきた頃。リクシアがそう、提案した。
「でも、今回はフェロンも一緒だもーん。みんなで行こうよ? そこに行って、何かを見つけないと……話は全然進まないもの」
 だな、とアーヴェイもうなずいた。
 すると、そこへ。
 コンコン。ドアのノックされる音。これまでいろいろなことがあったから、リクシアは思わず身構える。他の皆も油断なく武器を構え、誰何した。
「何者っ!」
 リクシアの声に、淡々とした静かな声が応える。
「グラエキア・アリアンロッド。本名を名乗るとあまりに長すぎるから省くわ。エルヴァイン・ウィンチェバルと深い関わりをもつ者、といったらわかるかしら?」
 その言葉を聞いて、リクシアはこくりと頷いた。
「……入って」
 エルヴァイン・ウィンチェバル。それは、あの「ゼロ」のことだ。リクシアにとって、他人ごとではない。
 家の中で。グラエキアと名乗った漆黒の少女が口を開いた。
「単刀直入に聞くわ。リュクシオン=モンスターは、どんな戦い方をしていたの?」
そんな彼女に、フェロンが警戒の声をあげる。
「それ以前に、貴様は誰だッ!」
「身分で言うのならば」
 静かな声が、告げる。

「今は亡き、ウィンチェバル王の姪よ」

 新たなる波乱が巻き起ころうとしていた。

カラミティハーツ心の魔物 Ep17 正義は変わる、人それぞれ ( No.17 )
日時: 2018/08/20 10:37
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)

〈Ep17 正義は変わる、人それぞれ〉

 グラエキア・アリアンロッドことグラエキアは、言った。
「エルヴァイン・ウィンチェバルは元に戻ったわ。リュクシオン=モンスターを見て記憶が戻った。でも、今は大怪我をして、動けない。だから私が来たのよ」
 彼女は再び訊いた。
「だから、質問なの。リュクシオン=モンスターは、どんな戦い方をしていた?」
「……兄さんに何する気?」
 リクシアの警戒は、消えない。そんな彼女にグラエキアはあくまでも淡々とした口調で答えた。
「当たり前じゃない」
 人形みたいに淡々とした彼女は、言うのだ。

「殺すのよ」

 リクシアは我が耳を疑った。
「……今、なんて?」
 そんなリクシアにもお構いなしに、いつもの調子で答えるグラエキア。
「言った、殺すと。あれは災厄。存在してはならぬモノ」
「でも、兄さんなんだよっ!」
 その言葉に怒りを示し、リクシアは乱暴に立ち上がった。
「魔物になっても、怪物になっても。あれは……兄さんなの。殺すなんて、そんなっ!」
「生憎と私情を優先している暇はないわ。あなたはアレが、一体どれくらいの人を殺したのかご存じ?」
「し、知らないわよ、そんな……」
「百」
 突きつけられるは冷たい現実。
「私の情報網なら、余裕で百は越えるとの数値が出ている。あなたは百というのが、どんなに大きな数字かわかってる? 百人いれば、村ができるわ。小さな町だってできる。あなたの兄さんはね、エルフェゴール」
「どうしてその名を——」
 戸惑うリクシアに、
 グラエキアは現実を突きつけた。
「町を一つ潰したも、同罪よ」
「————ッ!」
 百。百人。百の命。重い、すさまじく重い。重すぎる、それ、を。
「奪ったのはあなただ。討伐しようともしないで。叶わぬ夢を、無駄に追い続けた」
「…………やめて」
「だから、私は再び問うわ。あなたは人殺しになるのかと。罪もない女子供を。私情のために犠牲にするのかと。大召喚師の妹が、聞いて呆れる。所詮、あなたの正義はあなたにとっての正義でしかなく、他人を一切省みない」
「やめてったら——」
「……やめろ、アリアンロッド」
 フェロンが静かに割り込んだ。
「ああ、僕らが掲げるのは身勝手な正義さ。だがな、それのどこが悪い。人は皆、聖人君子であるわけじゃない。……身勝手な正義の、何が悪い」
「……あら、開き直るのね」
 思わぬ反撃に、グラエキアは小さく声をもらした。
「確かに身勝手な正義だって、悪くはないけれど」
 その紫の瞳が、強い笑みを浮かべた。
「私たちは、王族だから」
 部屋の扉に、手をかけて。
「そんな私たちの正義は、家臣の失態をすすぐこと」
 邪魔したわね、と言って彼女はいなくなった。
 敵なのか味方なのか。よくわからないけれど。人には人の正義がある。それが対立することだって、あるのだとリクシアはわかった。
「……確かに、グラエキアの言葉には一理あるが」
 アーヴェイが目を閉じ、つぶやいた。
「だがな、おそらく奴は知らない。身近な者が魔物になった悲しさを。だからあんな冷たいこと、言えるんだ」
 大切な存在が魔物となったとき、それを救いたいと考えるのは当たり前のこと。
「いそごう、フロイラインへ」
 フィオルは言った。
「グラエキアに、リュクシオン=モンスターが、討伐される前に」

カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep18 ひとつの不安 ( No.18 )
日時: 2018/08/23 07:59
名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)


〈Ep18 ひとつの不安〉

「極北の町、フロイラインには。日の沈まぬ夜と日の昇らぬ朝があるらしい」

 あの後、リクシアらは急がなければと宿を出た。
 そこでアーヴェイがした話。リクシアは首をかしげてアーヴェイに問うた。
「え? おかしいよ。日の沈まぬ夜と日の昇らぬ朝? お伽話の類じゃないの」
「それが事実らしいよ。前にリュークが、精霊からそんな話を聞いたって」
 フェロンがそれに割り込んだ。
「話によると、フロイラインだけでなく極北と呼ばれる地域なら、どこにだってあることらしい。天使と悪魔、そうなんだろう?」
 悪魔、という呼び名に、アーヴェイは顔をしかめる。
「……好きで悪魔に生まれたわけじゃないがな、傷痕。ああ、そういう話だ。しかしフロイラインは伝承と伝説の国……。具体的な場所はわからないんだ。だから」
 言いかけた言葉をフェロンがつなぐ。
「傷痕呼ばわりはやめてほしいけど。つまり、北を目指してればいいってこと?」
「曖昧で悪かったな?」
「誰もそんなこと言ってないよ」
 フェロンは苦笑いを返した。
 話を聞いて、リクシアはふーんと思う。
「でも、そこ、実在するの?」
 空気が一瞬、固まった。フィオルが弱気な声で言う。
「実在するかはわからないんだ。でも……手掛かりは、ここしかないから。ここ以外で、魔物が人間に戻った話は聞かないから」
 仕方ないのさ、と呟いた。
「溺れる者はわらをもつかむ。……期待掛けて、すまなかったね」
「いえいえ、そんな」
 言いながらも、リクシアは不安を感じずにはいられない。
 実在するかもわからない町、か。
 そんなものを目指して旅する。
 グラエキアは、もっと確実な目的を、持っているのに。
「不利、よねぇ……」
 彼女はふうっとため息をついた。
 
  ◆

「……まだ、目覚めないのね」
 グラエキアは、眠るエルヴァインを見て小さくつぶやいた。
「生き残ったなら戦いなさい。いつまで眠っている気なの」
 剣の貫通した腹の傷は、グラエキアがしっかり手当てした。
 眠ったままのエルヴァインの顔は、苦しそうでもあった。
「もっとほかに生き残っていたらよかったけど……無理な話か」
 嫌われ者のエルヴァインと、戦争を厭ったグラエキア。
 王族ならば本来、戦争の場にいなくてはならないのに、この二人は国外にいたために、「大災厄」を免れた。
(まぁ、これで生き残ってたって、それはつまり臆病者ってことよね。そんな仲間なんて要らないわ)
 彼女は天を振り仰いだ。
「今、こうしている間にも、あの魔物は、きっと人を殺している……」
 それを正すのが、私たちの正義だ、とグラエキアは思う。
「夢は見ない。見るのはただ、現実だけよ。……あの少女と私たち。どっちが早いかしら」
 呟き、彼女は首を振って前を見る。
「どっちにしろ、道はわかれた」
 彼女はエルヴァインの顔を見た。
「……いい加減、目覚めてくれるかな?」