ダーク・ファンタジー小説
- カラミティ・ハーツ 心の魔物Ep7 ひとりのみちゆき ( No.7 )
- 日時: 2018/07/26 20:01
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
【第二章 訣別の果てに】
〈Ep7 ひとりのみちゆき〉
ひとりに、なった。
あれから一週間。リクシアはずっと「魔物を元に戻す方法」を模索しているが、いまだに何の手がかりもない。当然だ、彼女はアーヴェイたちの言う「花の都フロイライン」以外、何も知らないのだから。北へ行くとしても、どこへ行けばいいというのだろう。世界は広い。「北へ」だけではあまりに漠然としすぎている。
そして今、フロイラインに行くという選択肢も潰えた。案内してくれるはずの二人と、訣別のような別れ方をしてしまったから。
リクシアの心に無力感が忍び寄る。
——もぅ、どうでもいいかぁ。
あれだけリクシアを駆り立てた炎も、いつの間にか消えていた。そんなに弱い決意だったのだろうか。「夢物語なんかじゃない。この思いは、この怒りは、すべて本物だったんだから」二人に対してそんな啖呵を切ったのに、初めての仲間と訣別しただけでこんなになるなんて、とリクシアの心はさらに沈んでいき、無力感を加速させる。
リクシアはフィオルのくれた白い羽根を、見るともなしに眺めた。悔恨の白い羽根、フィオルのくれた、二人のいた証。それをリクシアはぽいと投げ捨てた。羽根はひらりひらりと宙を舞い、リクシアの抱えた膝の上に音も無く着地する。
「どーでもいい……」
憂鬱に日々が過ぎていった。
リクシアはとりあえず歩くことにした。先に何があるのかわからないけれど、何もせずに無気力に時を過ごすよりはよいと思って。花の都なんて名前と方角しかわからない。だから彼女はぼんやりと、北を目指すことにした。
そして気が付いたら彼女は、あの、消え去ったウィンチェバル王国の廃墟に立っていた。
それに気がつき、彼女は自分に呆れたような声を出した。
「……私ったら」
もう二度と復活しない国だ。それなのにまだ、忘れられないのだろうか。
「…………」
リクシアは唇を噛んで首を振る。こんな幻想にとらわれていてはいけないと、自分を叱咤し歩き出す。
ひとりきりのみちゆきは、まだ始まったばかりだ。
リクシアはその地を後にした。
◆
「フェロンが……生きてる……!?」
いつぞやの宿に買ってきたリクシアは、情報を一つ入手した。
それは、彼女の幼馴染フェロンの、生存の噂。リクシアとリュクシオンとフェロン、三人でよく一緒に遊んでいた日々が、彼女の頭の中に去来する。それはとても懐かしく、遠く、もう二度と戻らない眩しい記憶。
リクシアとフェロンは生きていても。
リュクシオンは魔物になってしまったから。
宿の主は言う。
「確か、片手剣使ってたみたいッスよー。茶色の髪で、緑の瞳で……。とても印象的な顔立ちの剣士さんだったって。あ、その反応、もしかしたら知りあいだったりします?」
例の店主の問いに、リクシアは強くうなずいた。思わず身を乗り出して質問する。
「幼馴染なんです! 彼は今、どこに?」
さぁねぇ、と主は首をかしげた。
「こっちはまた聞きしただけなんで……。よかったら、その情報仕入れてきた商人にまた訊くっすけど、どうすか?」
「お願いします!」
リクシアの心は大いに高鳴った。
フェロンに会えれば、フェロンに会えれば!
——ようやく、一人じゃなくなる。
◆
「リアがいるって聞いたけど……どこかな」
その日、町を訪れる人影があった。
「まったく。今までどこ行ってたんだよ。さんざん探したんだからな。ここで見つからなかったらいい加減怒るぞ?」
彼の外見は茶髪に緑の瞳、右の腰には片手剣。左利きのようだ。茶色の上着に緑のシャツ、足には灰色のズボンと茶色のブーツ。
しかしその端正な顔の半分は、醜い傷跡で覆われていた。
「あの子なら、兄さんを戻すとか無謀なこと、言いそうだしなぁ……」
歩くその身体は、今にも倒れそうなくらいボロボロだった。彼は数歩歩くと痛みに顔をゆがめ、呼吸を少し乱れさせた。
「……ッ! ……まずは休息を取らなきゃ、死ぬな」
そして、とある宿を訪れる。
そこには彼のよく見知った、懐かしい顔があった。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep8 戦いの傷跡 ( No.8 )
- 日時: 2018/07/30 13:17
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep8 戦いの傷跡〉
宿の扉が音を立てて軋んだ。リクシアは何となくそちらに目をやって、驚きのあまり固まってしまった。
「……泊めてくれない?」
入ってきたのは、茶髪に緑の瞳をもった、片手剣を右に差した少年。少年はリクシアを見て、驚いたような声を上げた。
「この頃戦闘続きでボロボロだよ……って、あれ!? リ、ア……?」
「——フェロン!」
リクシアの中で喜びと懐かしさが吹き荒れる。
リクシアは彼に飛びつくようにしてしがみついた。しかし彼の身体は、リクシアを支えきれずに倒れ込む。
リクシアは不思議そうな顔をした。
「……フェロン?」
彼は勘弁してくれ、と苦笑いを返す。その顔には深い疲労の色。
「魔物、魔物、魔物……。さんざん襲撃に遭ってくたくたなんだ」
彼の顔の左半分には、前にはなかった醜い傷跡があった。本来ならば目があったであろう場所にはぽっかりと空いた虚ろな空間があるだけで、彼の左目の視力は完全に失われていることを示している。傷跡はその左目の辺りを中心として、顔の左半分全体に広がっていた。見るからに痛々しい傷跡である。
リクシアは思わず声を漏らした。
「その傷……」
「あぁ、これか? 敵が多すぎたんだよ。おかげで左目の視力は無くなったが、戦闘に支障はないさ。……隻眼にも、慣れた」
久しぶりに再会した幼馴染は、ボロボロで、つらそうで、苦しそうで。
自分だけが幸せだったのかと、リクシアは思い知らされた。
そんな彼女をぼんやりと眺めていたフェロンが、口を開く。
「あのさ、リア」
「何?」
フェロンは苦い顔をする。
「……そこ、どいてくれる?」
「あ! ごめん!」
フェロンの上に乗ったままだと気付いたリクシアは赤面し、あわててその上からどいた。
リクシアが覚えているのは猫のように俊敏だったフェロン。しかし今の彼の起き上がる動作はひどく緩慢で、身体の至る所に傷があることを感じさせた。
「せっかく再会したことだし、情報交換、といきたいけど……。悪い、リア。手、引っ張ってくれるか?」
フェロンが少し辛そうに、リクシアにそんなことを頼んだ。リクシアはその手を引っ張り、なんとかフェロンを立たせる。彼のその身体がふらついている。リクシアの顔に深い心配が浮かんだ。
「フェロン、私、薬持ってくる!」
どう見ても普通の身体ではない。
「え、これくらい平気……って、ちょっと待て!」
フェロンの制止も聞かず、リクシアは走り出した。
大切な人を、今度こそ守るために。
「いい幼馴染じゃないっすかー。うらやましいっすねー」
走り出したリクシアを呆れた目で見送っているフェロンに、宿の主の声が掛けられる。フェロンは何の用不だと目で問うた。すると宿の主はフェロンの近くに寄ってきて、
「あとお客さん、無理はいけないっすよー。その身体でよく立っていられますねぇ。やせ我慢しても何にもなりませんし、ここで倒れられても困るんですよ。空いてる部屋があるんで、そこで休みません?」
一目で、フェロンの体調を看破してのけた。
実際、そうである。
繰り返される魔物の襲撃。腕に自信のある彼だって、繰り返し戦えば疲弊する。リュクシオンが暴走して魔物化してから半年。国外に逃がされた人々は己の国の滅亡を知って魔物化し、それを知った彼らの親しい人々が魔物化し、魔物に襲われて大切な人を失った人たちが魔物化し……負の連鎖は、ずっと続いている。
その中でフェロンは戦って、闘って、ただ勝って。勝つので精一杯になって。国が滅んだあと、何をするともなしに放浪し、意味もなく生きていた。そんな日々を送っていたなら、ボロボロでないはずがない。
「自分にも兄さんがいてね、戦いの果てに死んじまったんすけどー。お嬢さん見てると思いだしまっさー」
しみじみと、宿の主が言った。そんな彼に、フェロンは問う。
「あなたの……名前は」
その問いに、宿の主は明るく答えた。
「自分? 自分っすか? ルードってぇ言います。これからもどうぞごひいきにー」
「フェロンだ。改めてよろしく」
「フェロンさん、りょーかいっすー。なーんか、アーヴィーさんといい、フィオルさんといい、フェロンさんにリクシアさんといい……。ウチは普通じゃないお客さんばっかりが集まるみたいで……。まぁ、面白い話が聞けるし、金さえくれりゃ、ウチとして文句はありませんがねー」
ルードはそんなことを言った。のんきに見える彼にも、何か思うところはあるのだろう。
アーヴィーやフィオルなんて人は知らないけれど、魔物が何か関係する人物なのかなとフェロンは思った。
しばらくして、リクシアが戻ってきた。
「フェロン、ハイこれ!」
山ほどの薬草の束を背負って。フェロンはそれを見て呆れた声を出す。
「……いったいどこから持ってきたの」
その問いに、リクシアは元気よく答えた。
「町の人が分けてくれたのー! だからもう、大丈夫!」
「……ありがとう」
フェロンはそっと動き出す。大丈夫、まだ動ける。——まだ、戦える。
「じゃぁ、部屋に行こう。治療しなくちゃ」
一歩一歩。確かめるようにフェロンは歩く。
リクシアは言う。
「色々あったの、いろいろ、ね。あとで聞いてくれる?」
フィオルとアーヴェイとの出会い。そしてその別れの物語を。
大好きな幼馴染に、知ってほしいから。
——時間は、動いた。
悔恨の白い羽根。首から下げたそれを、リクシアはそっと握りしめる。そして
今はどこかでまた生きているあろうかつての友に向かって、祈りをささげた。
——私は平気。だから、そっちも。
無事に目的を果たせるように、いつか大切な人を救えるように。旅に幸あれと、彼女は祈った。
◆
「ここにあのコがいるみたい……。ねぇ、ゼロ。今はあのコは宿の中。守らなきゃいけない人もいるわ。だから……行ってくれる?」
「はい、お母さん」
どこかわからぬ暗い部屋の中でそんな会話が交わされる。部屋の中には妖艶な美女と、銀髪の少年がいた。
何かが、起ころうとしていた。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep9 フェロウズ・リリース ( No.9 )
- 日時: 2018/08/02 09:08
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep9 フェロウズ・リリース〉
その次の日の昼。
「リクシアとフェロン、という人はいるか?」
ルードの宿に、一人の少年が現れた。
銀色の髪に藍色の瞳。
ゼロだった。
コンコン。ドアがノックされる。
「はぁい、ただいま」
誰だろうと思ったリクシアが不用心に扉を開ける、と。
「——開けるなァッ!」
びゅんッ! 勢いよく飛んだ片手剣が、今まさにリクシアに振り下ろされようとした剣を防いだ。
「え? ……ええっ!?」
リクシアが戸口を見ると、そこに無表情のゼロが立っていた。
「リア! こいつは!」
フェロンの、緊迫した調子の声。
リクシアはへたりこんだ。
「うそ……。嘘だぁ……。こいつ、ゼロだよぅ……」
アーヴェイを傷つけて、リクシアたちが訣別する原因を作った相手。
リクシアが、最も会いたくない相手。
「フェロン、この人は敵、敵! 私の仲間を傷つけた敵だよぅ!」
リクシアは叫びを上げる。そんな彼女にゼロは、表情のない声で言うのだ。
「選べ。自分の自由か、仲間の命か」
言って、彼は銀色の剣を構えた。月の光を宿したような、神聖な輝き満ちる銀色の髪、夜になる直前の空のような、暗く青い藍色の瞳。最初、彼に対峙した時は綺麗だなとリクシアは思っただけだったけれど、
気づいた。
——その姿に、思い当たるものがある。
リクシアは思い出した。この人は、「ゼロ」なんかじゃないと。
彼女は一回だけ、見たことがある。リュクシオンに呼ばれて王宮に来た日に、寂しそうに佇んでいた一人の王子を。
「この子はできそこないだ」父王に言われ、殴られ蹴られていた王子を。その髪と瞳を、綺麗な色だと思ったことを。
彼は傷だらけの顔に、憎しみを浮かべていた——。
リクシアははっとなり、叫んだ。
「ゼロ!」
「ゼロ」が表情のない顔でそちらを向いた。リクシアは叫ぶ。
「あなたは『ゼロ』なんかじゃない! 辛いことかもしれないわ! でも思い出して! あなたの本当の名前を!」
リクシアの言葉に、「ゼロ」は虚ろな瞳を向けて返す。
「……僕は、ゼロ。それ以外の、何者でもない」
「違う!」
思い出した、思い出せたから。リクシアはその名前を、口にする。
「エルヴァイン・ウィンチェバル! 目を覚ましてッ!」
「……エルヴァイン・ウィンチェバル?」
虚ろな声が、問いかけるような響きを宿す。その瞳が一瞬、揺れた。何かを思い出そうとするように、彼は何度も目を瞬かせる。しかし、
それはすぐに消えてしまった。「ゼロ」は感情のない声で言う。
「惑わしは無効。任務を遂行する」
言って、彼はその剣を振り上げた。
ベッドに横たわる、フェロンのほうに。
「————ッッッ!」
リクシアは瞠目した。
(まずい、このままじゃフェロンがやられる!)
フェロンのあの片手剣はリクシアを守るために投げられ、もう手が届かない場所にある。
リクシアは獣のように唸り、叫んだ。
「私は決めたんだよッ! だれも死なせないってッ!」
その紅い瞳が、決意を宿す。
「だから——私の大切な人に近づくなバカヤローッ!」
威厳も格好良さもへったくれもなく。ただ純粋に、幼馴染のためを思って、
リクシアはフェロンと「ゼロ」の間に、割って入った。
「リア!?」
フェロンの驚いたような声。
リクシアの身体が切り裂かれる。血しぶきが飛ぶ。焼けるような痛みが彼女を襲い、リクシアは慣れぬ激痛に涙をこぼした。
それでも、リクシアにはさがれない理由があった。
(——でもッ! あたしの後ろには友がいる! 守らなきゃならない人がいるッ!)
理由はそれだけで、十分だった。後ろにフェロンを庇い、一歩も引けなくなった状況下、リクシアは己の中に新たな力が芽生えたのを感じた。その力は莫大だった。そしてそれは緊急時にしか使えない類のものだった。これまでのリクシアは緊急事態とは程遠かったけれど、今こうして「ゼロ」と対峙し、フェロンを後ろに庇ったことによって彼女の新たな力が目覚めたのだ。
リクシアはニヤリと笑い、唱える。
大召喚師の妹たる、その名を賭けて、一つの、呪文を。
彼女の声が朗朗と響き渡る。驚いた「ゼロ」は警戒したまま動かない。リクシアにとっては好都合である。
「天の彼方なる不死鳥よ、我呼ぶもとへ、舞い来たれ! 互いの尾を噛む円環の蛇、続く輪廻を解き放て! 我に仇なす究極の敵! 我は呼ばん、我は呼ばん!」
あふれかえる力が渦を巻き、やがて天空に大きな魔法陣が描かれる。
「すべて巻き込み千切り裂け! 次元の彼方へ放り出せ!」
風もないのに揺れる髪、炎を宿したその瞳。
「——フェロウズ・リリース!」
途端、天上より光が降ってきて、「ゼロ」に勢いよく突き刺さった。
「ぐあッ……!」
うめく「ゼロ」に、もう一撃。
漆黒の衝撃波が、彼を弾き飛ばし、反対の壁に衝突させた。
「あぐぅッ……!」
そして目に見えぬ風が、その肌を幾重にも切り裂いた。
リクシアは唸るように叫ぶ。
「仲間を傷つける者は、許さないッ!」
動かなくなった「ゼロ」の身体が、現れる闇に飲み込まれた。
気が付いたら、「ゼロ」の姿はどこにもなかった。当然だ、リクシアがまったく別の所に放逐したのだから。仲間を傷つけたとはいえ、彼は最初から「ゼロ」であったわけではない。リクシアにとって、殺す理由は存在しなかった。あんな状況にあったのに、なぜかリクシアの心は理性を保てていた。
後ろに守るべき人がいるから。
リクシアは知っている。「ゼロ」になる前の、エルヴァイン・ウィンチェバルを、暗い目をした少年を。自分よりも年上だった彼をあの日、哀れに思ったことを覚えている。そんな彼はリュクシオンの引き起こした「大災厄」を生き延びたみたいだが、どういうわけか心を失っているみたいである。そんな彼を、殺すことなんてできようはずも無い。それもまた、リクシアの嫌う「理不尽」なことだから。
リクシアはフェロンを見た。大丈夫だ、新しい怪我はない、と確認すると、彼女は安堵の息をついた。
その身体が、ゆっくりと倒れていく。
「リア!」
フェロンの緊迫した声。
リクシアの斬られた傷口から血が流れ、辺りを赤黒く染めていく。それでもリクシアはうっすらと微笑み、安心させるようにフェロンに言った。
「大丈夫だよ……フェロン。私は……これくらい」
リクシアはひどく疲弊していた。あんな大きな魔法を使うのは初めてだ。
フェロンの声がボリュームを増す。
「リア! リア! 誰か、医者を! ルードさん、来て!」
その声をぼんやりと聞きながらも、リクシアは小さくつぶやいた。
「私……大丈夫だから……」
そして意識を手放した。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep10 英雄がいなくても…… ( No.10 )
- 日時: 2018/08/05 10:18
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep10 英雄がいなくても……〉
「……まだ目を覚まさないのか」
フェロンがリクシアのベッドを覗き込んだ。
あれから一週間。力を使い果たしたリクシアは、いまだに目を覚まさない。
フェロンは思う。
「高名な魔導士に頼めば、もしかして——?」
目覚めるかもしれない。しかしそれには金がいる。そして町を転々と旅するだけの彼に、そんな金があるはずもない。それに、傷の癒えきっていない彼に、長い旅ができるはずもない。
しかし、このまま彼女が目覚めない可能性だってある。ある、のに——フェロンは何もできない自分をもどかしく感じた。
「詰んだ、ね」
完全に手詰まりだ、どうしようもない。フェロンは考える。リクシアを助けるために、ひたすら。
「古い知り合いでも訪ねてみようかな……」
叶わぬ夢だ。どこにいるかもわからないのに。それに皆、リュクシオン=モンスターにやられて死んでしまっている可能性が高い。
フェロンはリクシアに呼び掛ける。
「……ねぇ、リア」
起きて。目覚めて。
大切な人のためになりたいのなら。眠ってないで、起きてきてほしい。
フェロンは願うように呟いた。
「君のことを、みんな、必要としているぞ……」
◆
時は、待ってはくれない。
「またですかぁ!?」
ルードのすっとんきょうな声が響いた。
「お客さん、お客さん! また来ました! 魔物です!」
隠れていろと、フェロンは叫ぶ。彼はゆらりと立ち上がった。
「……フェロン、さん?」
ルードの声に、心配が混じる。
「フェロンさんはまだ完調じゃないんですから、やめたほうがいいですよ!」
「……でも、行かなきゃ」
言って、腰の片手剣に触れる。手を開き、閉じ、足を動かし、感覚を確かめる。
大丈夫だ、戦える。
今は、こんなことには真っ先に飛んでいく、元気で明るい英雄はいない。正義感の塊みたいな少女はいない。 英雄は、眠ったままだから。でも、英雄が不在でも、英雄が必要なときだってある。
だから、彼は立ち上がる。
英雄がいなくても。その目を覚まさなくても。
「……君がくれた命だろう?」
あのとき。彼女が割って入らなかったら、彼は絶対に死んでいた。
「僕は、行くよ、ルード」
「フェロンさん!」その目に決意を込めてフェロンが店を出ようとすると、その背に声が追いすがる。彼はその声を無視して、しっかりと言葉を紡いだ。
「英雄がいないなら、僕がその代わりをすればいいんだ」
彼女がいるなら、絶対にそうする。正義感の塊みたいな子だから。
(それを、恩返しとしたいんだ)
彼は広場にその足を踏み出した。
◆
「いやぁ! やめてぇっ!」
現れた魔物は全部で三体。そのうちの一体が、幼い女の子を襲おうとしていた。フェロンはその場へ駆け出し、稲妻のような速さで抜刀する。
大丈夫、戦える。傷はそれなりに癒えた。
「きゃぁぁぁああああああっ!」
悲鳴を上げる女の子を背にかばい、その片手剣は魔物を一閃した。
「……何とかなったみたいだ」
魔物を一体、斬り捨てると、驚く女の子はそのままに、フェロンは同い年くらいの少年に襲いかかっていた魔物へと走る。
大丈夫だ、戦える。この程度でへたるような体力じゃない。
「わおっ! お前……!」
「そこをどけッ!」
紫電一閃。斬りかかった刃は確実に、怪物の喉元をしかととらえた。
英雄がいないなら。英雄がいないなら。力を尽くして代わりとなろう。
フェロンは剣の露を払う。
「……二体目」
三体目の魔物は、なんとルードの宿の前にいた。
「……馴染みの宿だ、やらせるか」
フェロンはそう吐き捨てながらも、自分の心を叱咤した。
大丈夫、戦える。まだまだ剣は鈍っちゃいない。
「フェロンさんー!」
泣きつくルードに優しく笑いかけ、彼は英雄の代わりに剣を振るった。それはあっさり魔物を斬った。くずおれた魔物は人に戻る。魔物は美しい、美しい、娘だった。それを見、泣き伏す家族たち。フェロンは知っている。これが摂理だ。
「…………」
フェロンは振り向かずに、宿に戻った。
◆
宿の部屋で、フェロンは膝をつく。剣を支えにして何とか倒れずにしている。
——彼は、限界だった。
ちっとも余裕じゃなかった。大きな傷がないのが不思議なくらいだ。
「……三体も相手にすればぁね」
荒い息をつき、呼吸を鎮める。
「……リア」
フェロンはそっと呼びかけた。
「君は、いつまで目覚めないわけ?」
あんな大きなことがあったのに、英雄はいまだ眠ったままで。
「……目覚めろよ」
呼びかけても、何一つ反応はないままだ。
英雄はいない、英雄はいない。英雄の代役ももう戦えない。
「誰がみんなを守るのさ……」
リクシアは、目覚めない。
- カラミティ・ハーツ 心の魔物 Ep11 取り戻した絆 ( No.11 )
- 日時: 2018/08/07 09:57
- 名前: 流沢藍蓮 ◆50xkBNHT6. (ID: Yv1mgiz3)
〈Ep11 取り戻した絆〉
リクシアは、夢を見ていた。
「お兄ちゃん」
遠い昔。兄が魔物になる前の日々を。
「お兄ちゃん、あそぼ」
幼いころの思い出を。
今はない、今はあり得ない。心のどこかで解っているけど。
「お兄ちゃん、だぁいすき」
認めたくない、そういった思いが。彼女を夢へと縛り付けた。
◆
「兄さん、何でまた……」
「仕方ないだろう、落盤事故だ。遠回りせざるを得ない」
「じゃあ、何でこの町を通るのさ」
「ルードさんとは懇意だからな」
「懇意の店主ならほかにもいるでしょ?」
「ここが一番近いんだ」
「あんなにひどいことされて言われて、兄さんはお人よしだねぇ」
「もう過ぎたことだろう」
「……心配とか、言わないんだね?」
「オレは素直じゃないからな」
「自分で言う!?」
天使と、悪魔。真逆の見た目に見える一対が、再びこの町を訪れていた。
◆
リクシアは、目覚めない。
「……疲労はとうに、回復してるはずなんだけどなぁ……」
彼女は夢を見ているようだった。その顔は穏やかで、幸せそうだった。
「——起きてって、言ってんの」
軽く小突いてみても何も反応がない。
フェロンはため息をついた。
「外部からだれか来ないかなぁ……」
◆
「いらっしゃーせー……って、フィオルさんにアーヴィーさん!? どうしたんすか!」
ルードが素っ頓狂な声を上げた。それに応えるは純白のフィオル。
「やぁ、どうも。落盤事故で遠回りだよ」
「だからアーヴィーじゃないって言っているだろう……」
例の宿にて。天使と悪魔——フィオルとアーヴェイは、ルードに再会していた。
しかしルードはどこかソワソワしていて、落ち着きがなかった。
「……ルード。何かあったな?」
アーヴェイがつとその目を細める。
胸の奥に感じる胸騒ぎ。何か、あった。
ルードはうなずき、いきなり土下座した。
「フィオルさんッ! アーヴェイさんッ! どうか、どうか客の眠り姫を、起こして下さぃぃぃぃいいいいいッ!」
「……ちょっと待て。今、こいつ『アーヴェイ』って言ったな? しっかり発音したな?」
「兄さん、突っ込みどころ違う……」
突っ込んでくれたフィオルは無視し。
「具体的に説明してくれ。だれが眠り姫だって?」
「だから、あなたたちが連れてきた——」
リクシアさんですよ」
◆
ルードの案内でフェロンに会った。彼は状況をしっかり説明した。アーヴェイは頷き、確認のための一言を放る。
「要は、何かの夢にとらわれて、自ら目覚めないと?」
「おそらく……。そういった認識で合っている」
「でも、オレたちで目覚めさせられるかだな……」
「誰でもいい。リアにかかわった人なら」
「理解した。まぁ、やってみるか」
フェロンの案内でベッドに近づく。そこに、やせ細った少女の姿があった。当然だ。一週間も眠っていればそんなになる。
その頬を、アーヴェイは思い切り張った。
「兄さ……っ!」
「おい!?」
驚くフィオルとフェロンは無視して。
「——貴様、いつまで眠っているッ!」
悪魔の瞳が、カッと見開かれていた。
彼は、叫んだ。
「かつて貴様は、オレを仲間だと言ったな? だがな、それは違う! 貴様はオレたちを裏切った! だから、オレは貴様にもう一度言おう!」
その一言を言われ、傷ついたリクシアは、危うく魔物になりかけた。
その言葉が、再び。彼の口から発せられる。
「——お前なんて、最初から、仲間じゃなかった」
「違う!」
リクシアは跳ね起きて、叫んでいた。
「あなたは仲間だった! 私が最初に出会ったあの時から! 別れた日は、混乱していただけで!
最初から——仲間だったんだッ!」
「……起きたじゃないか」
アーヴェイが、にやりと笑った。
「アーヴェイ、すごい……」
「見直した」
フィオルとフェロンが、呆然とした顔でつぶやいた。
リクシアは、はっとなる。
「わ……わた……わた……し……」
叶わぬ夢にとらわれて。現実を見ようとしなかった。
力は回復したのに。待ってくれる人がいるのに。
夢に、おぼれて。悲しみに、おぼれて、現実を、見ようともしなかった。
「ごめん……ごめんな……さい……!」
なんて愚かだったのだろう。また、フィオルとアーヴェイに笑われる。
——フィオルと、アーヴェイ……?
リクシアは何度も瞬きした。あれれ? おかしい。フィオルとアーヴェイとは、決別したはずだ。なのになぜ、ここにいるの?
「……目、おかしくなっちゃったのかな……」
「おかしくはないぜ」
言葉を声が否定した。
「アー……ヴェイ……」
「落盤事故があって道が通れなくてな。引き返すついでにここに寄った」
そんなアーヴェイに、呆れた顔でフィオルが突っ込みを入れる。
「兄さん素直じゃない……」
「素直だが?」
「今度は否定するわけね……」
そのやり取りを、微笑んで聞きながらリクシアは呟いた。
「戻って……くれたんだ……」
「ああ。フェロンから話は聞いた。少しは成長したと思ったが、その様子じゃまだまだだな」
「……わかってるもん」
フィオルに会い、アーヴェイに会い。フェロンと再開し、「ゼロ」と戦って。そのたびに、己の甘さを突き付けられて。
「……わかってる……わかってる……けど……」
今なら受け入れてくれる。そんな甘い考えは捨てたけど。
リクシアはこの人たちが好きだから。仲間として、友人として。好き、だから。
「お願い……私と……また、仲間になって……!」
「前置きせずにそう言え」
アーヴェイが、微笑んでいた。
「いいだろう。武器を奪われて、戦力が不足していたところなんだ。お前を仲間として、受け入れる」
「僕も忘れないでね」
「了解だ、フェロン」
ただし、と彼は、いたずらっぽく笑った。
「足手まといにだけは、なるなよ」
「————はいっ!」
リクシアは、強くうなずいた。
また、彼らと一緒に旅ができることが心から嬉しかった。わだかまりもなく、話せることが。
あの日。あの、別れの日以来。心にくすぶっていた黒い後悔。それが今溶けだして、春の清流となってリクシアの心を下っていく。
——よかった。
ほっとして微笑めば、落ちてきた瞼。
「リア!? 」
驚いたようなフェロンの声。今度はそれに、しっかりと返す。
「疲れたの。今度はちゃんと、起きるから、さ……。あとでご飯、持ってきて?」
今はちょっと眠たいだけ。大丈夫、すぐに起きるからと彼女は安心させるように言った。
「……つくづく、兄さんもお人よしだよねぇ」
「困っている人をほっとけないだけだ」
「それをお人よしというんだよ!?」
コントみたいな掛け合いを聞きながらも、リクシアは微笑みながら眠りに落ちる。