ダーク・ファンタジー小説

触れる愛情 ( No.3 )
日時: 2018/12/26 14:25
名前: ダークネス (ID: 7sIm71nw)

 結論からいえば、私は無事に異世界へ転生することが出来た。
 その世界での私は貴族の家の娘で、上には五人の兄がいた。
 私は、この家の初めての娘(妹)ということで、両親にも兄にも、本当に砂糖を吐いてしまうのではと思うほどに愛されている。
 まだ泣くことしか出来ない赤ちゃんだからされることは限られているのだが、ことある事に可愛いと言われ、抱きしめられ、キスをされる。
 私は愛されているということに安心感を抱きつつ、同時に恐怖心も持っていた。
 その理由は、私が赤ちゃんであることにも関係している。というか、主にそれが原因だ。
 先程も言った通り、赤ちゃんは基本泣くことしか出来ない。空腹を訴える時も、体調が悪い時も、泣くことでしか相手に伝えることが出来ない。私はそれがとても怖かった。
 前世の私が泣けば、直ぐに父が飛んできた。そして腹部を力強く蹴られ、そのまま体を踏みつけられる。その時の痛み、恐怖が、トラウマとなって強く根付いてしまっているのだ。
 いくら今は優しいとは言っても、いつ暴力を振るわれるかわからない。それに、私が泣かなければ誰も困らない。泣かなければ、『ちゃんと』愛してくれる。可愛いと言って貰える。だから私は、泣くことをやめた。
 お腹がすいても、五人の子を育てた母は、大体の授乳の時間がわかるようで、一定の時間で授乳しに来てくれる。だから私は、空腹に耐えた。粗相をしても、こまめにメイドさん達が確認してくれる。だから私は、そのことを伝えないようにした。体調が悪くても、寝ていればきっと治るだろう。だから私は、気持ちが悪くても、頭が痛くても、絶対に泣かなかった。
 全く泣かない私をして家族は奇妙に思っていたが、兄様たちの中の誰かも同じような状態だったようで、特に何かを言うことは無かった。
 泣かない私を、両親は抱きしめてくれた。兄様達は、可愛いと言ってくれた。誰もが私を愛してくれた。
 あぁ、この選択肢は間違いではなかったんだと、確信する。やっぱり泣かなければ愛してもらえるんだ。殴られることは無いんだ。
 私は、心の底からそう思った。しかし、それは長くは続かない。
 ある日の夜。なかなか治らない体調に不安を感じ始めた頃。四番目の兄・シェザードが、寝室にやってきた。いつもの気だるげな雰囲気はそこには無く、とても険しい、そして今にも泣き出してしまいそうなほど悲痛な顔をしていた。

「・・・アリス」

 眉間に皺を寄せ、苦しそうな表情をする兄は、壊れ物を扱うように私に触れる。

「ねぇ、アリス。どうして、泣いてくれないの?アリスがないてくれないと、みんな分からないんだよ?アリスがお腹を空かせていても、アリスの体調が悪くても、気づいてあげられないんだよ?」

 私は驚いた。なぜ、それを知っているのかと。ちゃんと『いい子』でいたはずだ。生まれてからずっと泣かなかったし、そういった素振りも見せなかったはず。なのに、どうして・・・
 頭の中が疑問と恐怖でグルグル回り出す。それを知ってか知らずか、兄は私の疑問に答えてくれた。

「僕はね、人の感情を読むことが出来るんだ。体調も、いいか悪いかだけなら分かるし、頑張れば心の中を見ることだってできる。・・・だから、分かった。アリスが、いつも怯えていたこと。苦しんでいたこと。全部。でも、アリスが何も言わなかったから・・・だから申し訳ないけど、覗かせてもらったの。アリスの心の中」

 シェザード兄様は、そこで一度言葉を区切る。翡翠色と藤色という美しいオッドアイは、悲しみに歪んでいた。

「アリスは、泣いちゃダメだって思ってる。泣いたら、愛されない。泣いたら、嫌われてしまう。そう思い込んでる。でも、それは違う。間違ってる。僕達はアリスに暴力なんて絶対に振るわない。怒らない。嫌うなんてもってのほかだよ。何があっても、僕達はアリスを愛するよ。だって、家族なんだから。だから・・・ね、アリス。アリスは、泣いてもいいんだよ?」

 ・・・本当に?
 苦しそうに、けれど優しく告げられた言葉に、様々な感情が湧き上がる。
 戸惑い、安堵、恐怖、喜び・・・全てがごちゃごちゃと糸のように絡み合い、心の奥へ沈んでゆく。
 そんな私を見て、兄は微笑み額へキスを落とす。

「アリス。僕は明日、君が抱えていた感情を、思いを、全てみんなに話すよ。そうしないとアリスはきっと、死んでしまうから。あぁ、お医者さんも呼ばないとね。無理はしちゃダメだよ?大丈夫。何も心配はいらないよ。ただゆっくりと休めばいい」

 そう言って兄は、私の目を片手でおおった。その温もりに、だんだんとまぶたが落ちてゆく。

「アリス。寝る前にひとつだけ、約束してくれる?僕らの愛を、決して疑わないと」

 ──うん。約束する。

 兄の言葉に、私は心の中で答えた。
 兄はクスリと笑い、
そして耳元へ顔を近づける。
「おやすみなさい、アリス。いい夢を」

 今までとは違う、不思議な響きを持った声。その声を合図に、私は夢の世界へと旅立った。
・・・・・・・・・・・・・・
 なんだか、周りが騒がしい。
 浮上する意識とともに、私は目を覚ました。するとそこには、涙を流す母の姿が。
 そのすぐ側には、己を責めたて熊のようにウロウロと歩き回る父。兄達の姿を確認することは出来なかったが、おそらくはこの部屋にいるのだろう。
 ・・・一体、何があったんだろう?
 状況を理解できずポカンとしていると、顔を覗き込んでいた母と目が合った。

「アリス!」

 母は優しく、それでいて素早い動きで私を抱き上げ、またおいおいと泣き始める。

「あぁ、アリス。アリス!あなたのことを何もわかってあげられなくてごめんなさい。あなたは泣かないんじゃなくて、泣けなかったのね。それなのに私ってば、大人しい子なんだと思ってたわ。あなたの心も知らずに、そんな呑気なことを考えて!あなたがずっと苦しんでいたと言うのに、気づけないなんて!食欲が落ちていることに、疑問を持つべきだったわ。ずっと苦しい思いをさせてしまってごめんなさい。お医者様に見てもらったら、あと数日遅かったら死んでいたと言われたの。それなのに私ってば!あぁ、ごめんなさい。本当にごめんなさい!どうかこの母を許して頂戴。私はあなたを、心から愛しているわ。泣いて怒るだなんて、ましてや暴力を振るうなんてとんでもない!何があっても、あなたを愛し続ける。約束するわ!だからアリス、どうか母を許して頂戴」

 母は泣きながらまくし立てるようにそう言った。
 蹲りながら私を抱きしめる母。その隣に、優しく微笑む父が膝をつく。
 ライオンのたてがみのような髪は乱れ、男らしく整った顔の頬には、大きなアザができていた。

「シェザードから話は聞いたよ。辛かったね。何も気づいてあげられなくて、本当に済まなかった。けどね、アリス。よくお聞き。私達はアリスのことを、心から愛している。それは、分かるかな。私達は、家族なんだ。愛して当然だろう?それに、君が悪いことをしたというのならいざ知らず、ただ『泣いた』と言うだけで叱ることは絶対にしない。それはとても酷いことだ。前のアリスがされたことは、当たり前のことじゃない。むしろ少数なんだ。私達はそんなことはしない。神に誓って、そんなことは絶対にしない。だからアリス。安心しておくれ」

 そう語りかける父には、いつもの某有名テニスプレイヤーのごとき暑苦しさは無く、私の思い描く『優しい父』そのものだった。
 そして兄たちも、父や母と同じようなことを言ってくれた。
 本当に?本当に、私を愛してくれるの?私は何も返せない。対価を持っていないのに。本当にいいの?

「いいんだよ、アリス。君は愛されていいんだ。対価なんて、必要ないんだよ」

 シェザード兄様がそう言った。みんな、ウンウンと頷いて、私にキスを落としてくれる。愛していると言ってくれる、
 ・・・あぁ、いいんだ。私は、愛されていいんだ。
 頬に熱い何かが流れていく。


 それは、生まれてから初めて流した涙だった。



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以下、作者より補足。
父のセリフを見てわかる通り、彼らは主人公・アリスが前世の記憶を保持しているということを、シェザード経由で知っています。
アリスは完全スルーしましたが、こちらの世界では記憶保持者はなんら不思議ではありません。ただ珍しいというだけです。ので、家族は記憶を保持していることに驚きはしましたが、特に何も言うことはありませんでした。むしろその記憶の内容の方が印象的だったのでしょう。
セリフを上手くくぎることが出来ず、また長いのに中身のない話となってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
次の話はシェザード視点のものになる予定です。