ダーク・ファンタジー小説
- 『少女』と『家族』(シェザードside) ( No.4 )
- 日時: 2018/12/26 14:52
- 名前: ダークネス (ID: 7sIm71nw)
残酷な描写が出てきます。
作者ですら顔をしかめるほどの胸糞悪いシーンがあります。ご注意ください。
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「おやすみなさい、アリス。いい夢を」
額に口付けをしながら僕は、魔力を乗せてそう言った。
ゆっくりと広がった魔力はやがて、アリスの中へと吸い込まれる。するとアリスから穏やかで規則正しい寝息が聞こえ始めた。
僕はもう一度キスを落とし、そっとアリスから離れる。
──コンコンッ
静かな寝室に、控えめなノックの音が響く。
「どうぞ」
「失礼いたします」
しゃがれたような、いかにも年寄りだと思える声とともに、一人の男が入ってくる。
「こんな時間に申し訳ありません、シュレウさん。本当なら、もう少し早い時間にと思ったのですが・・・」
「いえいえ、大丈夫ですよシェザード様。この老耄が少しでも役に立てるのであれば、いつ何時であれ、駆け付けましょう。」
男──シュレウさん──は大きな黒い鞄を抱えながらゆっくりとこちらに歩み寄ると、アリスの顔を覗き込んだ。
「・・・ふむ。体調を崩された日から今日までの時間を考えると、随分と顔色がいいですねぇ。どなたか、治癒魔法をお使いになられましたか?」
「はい、レオン兄さんとスカイ兄さんが。暴走を起こさない程度なので、本当に気休め程度でしょうけど・・・」
「いやいや、それでもやるかやらないかでは大違いですよ。そうですか、お二人が・・・わかりました。それでは、あとは私にお任せください。外でレオンハルト様がお待ちになられてますよ」
「・・・はい。アリスのこと、よろしくお願いします」
僕は深々と頭を下げながらそう言って部屋を出る。
「お疲れさま、シェザード。アリスの様子は、どうだった?」
「レオン兄さん・・・今はゆっくり寝てるし、シュレウさんに診てもらってる。『呪声』を使って眠らせたから、僕が合図するまで起きることはないよ」
「・・・そうか。すまない、シェザード。嫌な役を押し付けてしまって・・・」
苦しげな顔をしながら一番上の兄・レオン兄さんは僕の頭を優しく撫でる。その魔力は黒く濁り、悲しみや苦悩が見て取れた。
僕は兄を安心させるため優しい笑みを浮かべ、「大丈夫だよ」とだけ言った。
レオン兄さんは安心したように微笑むと、僕の手を取りみんなの待つリビングへと戻った。
「あ、シェザード!お疲れさま。アリス、どうだった?何か分かった?」
部屋に入るなり、三番目の兄であるスカイ兄さんにそう言われた。
アリスはどうだったか、何かわかったか、具合はどうだ、無理をしていないか・・・とにかくいろんな質問を一気にされて、僕は返事をすることも出来なかった。
「落ち着きなさい、スカイ。それについては、ちゃんと話してもらうから・・・いいかな、シェザード」
レオン兄さんが、確認をするようにこちらを見る。
その瞳には不安と心配が浮かんでいた。
読まなくてもわかる。兄がアリスを心配していることも、僕に負担をかけたくないことも、全部。
その心配を少しでも晴らせるようにと、僕はまた笑みを浮かべる。
「・・・もちろん。言葉より見た方が早いと思うから、幻影魔法使うね。できれば、一ヶ所に固まってほしいかな」
僕はそう言って、魔力を編み上げ幻影魔法を発動させた。まだまだ未熟で、粗の多い、けれどこの中の誰よりも鮮明に映し出す、僕の得意な魔法。
その魔法で映し出したのは僕がアリスの心を覗いて見えたアリスの『過去』。生々しく、残酷で、目を覆いたくなるようなものばかりの、暗く重い記憶。
僕が最初に映し出したのは、誰かが泣いているところだった。
声を抑えるようにして泣いていたのは、前世のアリス。ちらりと見えた足には、明らかに自然にできたものではない、大きなあざがくっきりと浮かんでいる。どれだけ泣いていたのだろうか。しばらくすると、部屋の外からドスドスという不機嫌な足音が聞こえてきた。するとバンッと強く扉が開け放たれ、クマのような大柄の男が入ってくる。その顔は怒りに歪んでおり、狂気とも思えるほどであった。
『泣くな!床が汚れるだろうが、この愚図!』
強く怒鳴りつけるように男はそういうと、アリスの腹を強く蹴る。小さな体は吹き飛び、壁にぶつかって崩れ落ちた。ひゅー、ひゅーと細く苦しげに息をするアリス。そこに追い打ちをかけるように男は何度も何度もその体を踏みつけた。
『この出来損ないが!』
男はそう言ってアリスの胸を蹴り上げる。アリスの呼吸が止まり、一瞬視界が暗転した。次の瞬間には、真っ暗な部屋に一人取り残されたアリスがいるだけ。アリスは咳き込み細く呼吸をして、縮むように丸くなった。
そこには、理不尽な暴力と心無い暴言に耐える少女の姿があるばかりであった。
次に僕が見せたのは、家族がみんな揃っているところだった。
きれいな黒髪の少女と、クマのような男。そして美しい女性が楽しげに談笑している。アリスはその輪には混ざらず、寒い廊下で、家族の視界に入らないようにと膝を抱えて座っていた。
少しすると、男が何か冗談めかして話し始める。その内容が面白かったようで、女性と少女は声をあげて笑った。
アリスは、控えめに、聞き逃してもおかしくないほど小さな声で、クスリと笑った。ただ、それだけだった。
だというのに男は、小さく笑ったアリスに狂気とも思える怒りの眼差しを向ける。そこには、先程のように楽しげに笑う男の姿はなかった。
『ごめんなさい!』
アリスがひきつったような声で謝罪する。男はそれを聞かず、ドスドスとアリスに近づき髪を引っ張った。痛い、痛いと叫ぶアリス。涙でゆがむ視界がとらえたのは、少女を抱き寄せ侮蔑の眼差しを向ける女性の姿だった。
扉が閉められ、薄暗い部屋に男と二人きりになると、男はアリスを乱暴に放り投げる。そして男はアリスにまたがり、大きく腕を振りかぶって・・・
「もうやめて!!」
悲鳴を上げるようにそう言ったのは、双子の弟であるルースだった。
ルースは僕の腕をつかみ、魔法を止めようとする。その手は震え、怯えていた。
「もういいよ・・・もう十分だよね?ねぇ?」
今にも泣きそうになりながら、何度もそう訴えるルース。
僕は魔力を霧散させ、幻影を止めた。
「・・・つらい役目を負わせてしまったな、シェザード。まさかこれほどのことだとは思っていなかったんだ・・・」
苦しそうにそういったのは、父・フェイルだった。父さんは大きな手で僕の頭をワシワシと撫で、抱きしめる。
ふわりと広がった魔力は、悲しみと怒りに染まり、酷く歪んでいた。
「父さん・・・僕は大丈夫だよ」
確かに見ていて気持ちいいものではなかったが、もっとひどい記憶や心の中をのぞいてしまったこともある。その時と比べれば心構えもできていたし、まだましだったと思える。・・・いや、これをましだと言ってしまうのはどうかと思うが。
それでも僕はそう言って父さんの厚い背中に腕を回した。
「最悪の事態を想定してはいたが・・・思ってた以上だったな、あれは・・・」
そうため息混じりにぼやくように言ったのは、二番目の兄・ケイル兄さんだ。
短く切られ後ろに流すように固められた髪は、乱雑にかき回されたせいか乱れており、所々絡まってしまっている。
その絡まった髪を、気を紛らわすためかどうかは不明だが、スカイ兄さんがせっせと直していく。
「ねーねー、あれってさ、多分血の繋がった家族だよねぇ?もしそうじゃなかったとしても、さすがにあれはやりすぎだと思う。胸くそ悪い」
髪を整えながらスカイ兄さんは明るい声でそう言った。
それが決して軽い気持ちで言ったものでは無いということは誰もがわかることだろう。幼い少年のような外見からは想像もできないような力で、手に持ったブラシを握りつぶしそうになっている。
「口が悪いぞスカイ。もっと慎みを持って話なさい・・・と、普段なら言うところだが、たしかにあれは気分が悪いな・・・」
レオン兄さんはスカイ兄さんのてからひょいとブラシを取りあげ、そう言った。
それからレオン兄さんは一度大きく深呼吸をし、その後ぐるりとみんなを見渡してからこう言った。
「アリスはきっと、僕たちが今まで通り愛しても、安心することはできないだろう。あの子が負っている傷は、時間だけでは到底癒すことのできない程大きな傷だ。だから・・・今まで以上に、あの子を愛してあげようと、僕は思う。けれどそれは、僕だけでは到底無理な話だ・・・だから、協力して欲しい。あの子が笑って過ごす為にも・・・」
訴えるように紡がれた言葉。その言葉を笑う者も反対するものも、ここには居ない。
母は、アリスが目を覚ましたらたくさん抱きしめてあげると言い、スカイ兄さんはたくさん服やアクセサリーを買ってあげて、前世でできなかったであろうオシャレを楽しませてあげるんだと張り切り、ルースは魔法を覚えきれいな景色を見せると宣言した。
皆それぞれ別のやり方でアリスを愛する。その愛情がアリスの過去を塗り替えるまで、ただひたすらに、無償の愛を捧げ続ける。
それがどれほどの時間を有するのかは不明だが、それでも『家族』なのだからと、みんな楽しげに話していた。
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朝になった。
シュレウさんの診断によると、アリスはあと少し遅かったら死んでしまうほど弱っていたそうだ。また膨大な魔力量から、母乳だけでは補えないほどの魔力が消費されているのだという。そのため、スカイ兄さんの時にも使っていたという特殊なミルクを毎朝飲ませることになった。
シュレウさんは「もう大丈夫です。アリス様が亡くなられる心配はありませんよ」と言ったのだが、心配性な父は部屋をうろうろと歩き回り、ケイル兄さんに殴ってもらっていた。・・・本人がいいのならそれでいいのだが、外では絶対にやってほしくない。もしやったら他人のふりをしよう。
ほほに大きなアザをつくってもなお落ち着かない父は、まるでクマのように部屋を歩き回り、ネガティブなところがある母は泣きながらぶつぶつと自分を責めている。
・・・さすがにこれを止めるのは骨が折れそうなので、先にアリスに起きてもらうことにしよう。
僕は合図となる額へのキスをして、すっと離れる。
少しすると、ゆっくりとアリスが目を覚ました。
そこからはちょっとしたカオスというか・・・母は泣いてるし、父はそわそわしてるし、レオン兄さんとスカイ兄さんは手を取り合って喜んでるし、ケイル兄さんはすでに殴る準備しちゃってるし、ルースは安心して泣き出すし。とにかく収拾がつかない状態となってしまった。
──本当に?
アリスの困惑したような声が、頭の中に響いてくる。
本当に自分を愛してくれるのか。自分は何も返せないのに、愛してもらえるのか。そんな思いが、ダイレクトに伝わってくる。
僕は優しく微笑みながら
「いいんだよ、アリス。君は愛されてもいいんだ。対価なんて、必要ないんだよ」
と言った。その言葉に、誰もが頷き、同意する。
──あぁ、いいんだ。私は、愛されていいんだ。
そう思ったアリスの頬を流れる涙。
アリスが初めて流した涙は、きらきらと輝きながら落ちてゆく。
その涙は、過去に一度も流したことのない、暖かで優しい涙だった。
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今回も長いだけで中身のない話になってしまいました。本当に申し訳ございません。
今回はさすがにシリアスが続きすぎるとメンタルがブレイクされるので、ちょいちょいネタを挟んでみました。そこでちょっとでも笑っていただけたらなーと思います。
この話はもしかしたら少しずつ改稿するかもしれません。もし改稿した場合は(改稿)と書かせていただきますので、ご了承ください。
次回は心も体も少しだけ成長したアリス視点のお話となります。
週一更新めざして頑張りますので、気長にお待ちください。