ダーク・ファンタジー小説

閑話休題・お父さんは娘とお話がしたい(フェイルside) ( No.9 )
日時: 2018/12/27 07:59
名前: ダークネス (ID: 7sIm71nw)

 茜色に染った空に、白い月がぽっかりと浮かぶ。
 今日は久方ぶりに仕事が早く片付いたので、部下の一人と共に飲み屋へと足を運んだ。
 目当ての店へ着くと、早速エールとツマミを頼む。本人曰く下戸の部下は白湯と魚料理を頼んでいた。
 注文してから間もなくして頼んだ品が届き、お互いの杯を掲げる。そしてグッとエールを煽り、ツマミをつつく。この辺りでは見かけないものではあったが、とても美味い。

「しかし、フェイル殿がこうして我を飲みに誘うとは珍しい。何やら悩みでも持っておられるのか?」

 暫く他愛もない話をしながらツマミをつついていると、ふと思い出したように部下──紅蓮騎士団ぐれんのきしだん副団長・神威颯馬がそう言った。
 まぁ、たしかに。俺は基本飲みに行くようなことはしないし、行ったとしても一人飲みが基本だ。誰かと共に飲みに行くのなんていうのはよっぽど落ち込んでいる時か、何か悩みがある時くらいだろう。
 俺は少しばかり思案し、「大したことではないのだが」と前置きをすると、重い口を開いた。

「実はな・・・先日誕生日を迎えたうちの娘が、俺を避けるんだよ・・・」

「・・・は?」

 俺の悩みが予想と違ったのか、神威は間抜けな声を出しぽかんと口を開ける。まぁ、そうだろうなぁ・・・『紅蓮の獅子』と呼ばれている人間の悩みが、まさか子供のこととは誰も思わんよなぁ・・・俺だって思わない。
 けれど俺は真剣そのもの。今まで誰にも話さなかったこの悩みを、全部神威にぶちまける。

 ずっとずっと望んでいた、娘という存在。六人目にしてようやく生まれた、最愛の妻によく似た娘。
 五人の息子ももちろん愛しているし、何物にも変え難い特別な存在だ。だが、ずっとずっと望み続けていた娘という存在はとても特別で、休日は必ず娘の傍に居るようになっていた。
 娘の笑顔だけで、疲れも全て吹き飛んだ。また頑張ろうと思えた。出来る限りこの子の傍に居たいと、心からそう思っていた。
 しかし、その願いは叶わなかった。そして傍に居るという行為も、やめざるを得なくなってしまった。
 娘の・・・アリスの過去が、明らかになったからだ。
 あの子は人に強い恐怖心を持っている。特に『親』というものには、嫌悪にも似た恐怖が湧き上がるらしい。
 そんな状態の子供に、無理をさせることは出来ない。だから俺は、アリスから離れざるを得なくなってしまった。
 それでも常に一緒にいられる妻は、そこまで怯えられることも無くなったそうだが・・・

「仕事でほとんど家にいられない自分は怖がられたままで、それが悲しい。何とかして娘と会話ができる程度にはなりたい・・・と。そういうことであるか?」

「あぁ・・・無理を言っているのは分かるが、俺だけではもはやどうしようもないんだ。だから、力を貸してほしい」

「いやいや、普段からフェイル殿には世話になっているのでな。これくらいなんてことはない。それに、普段からまわりのものに頼りにされておるしな。フェイル殿も、どんと我に任されよ!」

 フフンッと胸を張りながら、その胸を強く叩く神威。普段部下から頼りにされているだけあって、心強いものだ。やはりこいつに相談してよかった。

「・・・けふっ。強く叩きすぎた・・・」

 前言撤回。少し心配になった。大丈夫かこれ。
 まぁ、任せろと言ってくれたんだ、ここはこいつを信じてみよう。それに頼んだのは俺だしな。
 神威は「では娘殿の様子を見てみたいので、さっそく連絡を入れようと思う。お先に失礼仕る」と言って、店を出て行った。


 ・・・どうでもいいがあいつ、すごい量の飯を食っていったぞ。金の心配はしていないが・・・しばらく懐が寒くなりそうだ。


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【神威side】
 店の喧騒に背を向けて、我はガラス戸を閉める。
 空はすでに黒く染まり、銀色の月だけが、空を美しく飾っていた。
 我はその月をぼんやりと眺めながら、「あぁ厄介な頼みを引き受けてしまった」と、少しばかり後悔をしていた。
 そもそも今回のあれは、フェイル殿に何の問題もない。また話を聞く限りでは、娘殿の恐怖心は『とらうま』からくるものであろう。心に負った傷を、初対面である我になんとかできるとは到底思えぬ。
 だが・・・

「あのフェイル殿が、異国民である我に頭を下げ頼ってくれたのだ・・・精一杯、頑張らねばな」


 古いしきたりが多く残る騎士というものの中で、異国から来た我は異質そのもの。誰からも煙たがられ、蔭口と嫌がらせを受ける日々。特に何かを思うことはなかったが、実力よりもその者の出生にこだわる者達には正直嫌気がさしていた。
 そんな時、我を救ってくれたのがフェイル殿であった。
 フェイル殿はわれの出生や容姿など見向きもせず、ただ実力のみを評価してくれた。それが我にとって、どれだけ救われたことか。
 その時の御恩を返すため。この神威颯馬、誠心誠意尽くしてみせる!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「さて、フェイル殿のご自宅へと来てみたは良いが・・・どうしたものか」

 立派すぎる門を前にして、我は腕を組み考え込む。
 春とはいえ、まだ日が昇り始めたばかりのこの時間はよく冷える。なぜ執事殿はこの時間帯に来るよう指示したのか・・・

〜昨夜、騎士寮に帰ってからのこと〜

「早朝・・・であるか?」

「えぇ、早朝でございます」

 落ち着いた口調でそう答えるのは、フェイル殿の家の執事長であるセバスチャン殿。時折ケイル殿が「うちの執事に勝てる気がしねぇ」とぼやいているのをお見掛けしているため、相当の手練れだと思われる。・・・なぜ執事が強いのか、疑問ではあるが聞かないでおこうと思っている。聞いてもまともな答えが返ってくる気がしない。
 あぁ、話がそれた。
 とにかくこの御仁は、普通であれば決して客人を招かない早朝に、屋敷へ来いと繰り返す。

「何故、早朝なのであろうか?昼頃ではだめなのか?」

「普段のアリス様を見られるのであれば、確かに昼頃のほうがよろしいでしょう。ですが話を聞く限りでは、早朝に来ていただいた方がよいと思われます」

「それは何故だ?」

「来ていただければわかります」

 先程からこれの繰り返しだ。何故と尋ねても、本質的な答えはもらえない。
 しかしこのまま押し問答を繰り返しても意味がないので、ここはおとなしく引き下がるとしよう。

「あいわかった。明日の朝六時に、そちらへ向かおう」

「かしこまりました。では、明日の朝六時にお待ちしております。家へ着いたら、玄関の戸を大きく三回、ノックしてください。もしかしたら白髪の若い男が出るかもしれませんが・・・その時は全力で逃げてくださいね。それでは、私はこれにて失礼いたします」

 ガチャッと、相手の受話器が下ろされた音とともに、相手の声が聞こえなくなる。
 何やら不穏な言葉が聞こえた気がしたが・・・何も聞かなかったことにしたい。
 しかし、早朝・・・か。何があるのかはわからぬが、その時間でないとわからないことがあるのだろう。
 敬愛なるフェイル殿のため、頑張るとしよう。

〜現在、ハリストン宅玄関前にて〜

 さて・・・いつまでもこうして玄関前でたっている訳にもいかぬ。そろそろ腹を括るとするか・・・
 えぇと、確か三回戸を叩くのだったか・・・?
 ──ドンドンドンッ
 ゆっくり、大きな音がたつように強く叩く。
 少しすると、その大きな扉が開き・・・

「・・・おぉ、大和国の人間か。珍しいな」


 白髪の、若い男が、でてきた。


 一瞬、呆然としてしまった。
 その男の姿は人間とよく似ていたが、確かに人間とはかけはなれた存在だったから。
 魔眼を持たない我は魔力を見ることは叶わぬ。しかし、その魔力を肌で感じることは出来る。そして、この男の魔力は・・・
 ──まさに『化け物』だな・・・
 肌を刺すような魔力は、脳裏に『死』という言葉をよぎらせるには十分すぎるもので。
 武士として、騎士として、決して褒められることではないとわかりながら、我は・・・

「あ、おい!待て!」

 全力で、逃げ出した。
 だって怖いんだもん!それにセバスチャン殿も逃げろって言ってたし!
 だから、走る馬に追いつくこの足で、全速力で逃げる。あの男に追いつかれないように、脇目も降らず、ただただ必死に走る。が、男は我が思っていた以上に化け物のようで。

「逃げ出すとはあんまりではないか?男よ。私は何も取って食おうとは思っておらん。ただ私の『暇つぶし』に付き合って欲しいだけなのだが?」

 息も乱さず、平然と、まるで友達同士の立ち話をしているかのように話しかける男。
 あぁ、まさか我に追いつく者がいようとは・・・
 最早これまで、と思い、我は走るのをやめ大人しく捕まる。
 どうやらかなりの距離を走っていたようで、フェイル殿のご自宅は遥か遠く、目視することができないところまで来ていた。

「むぅ・・・かなり離れてしまったな。このままでは、約束の時間に大幅に遅れてしまう・・・」

 誰に聞かせるという訳でもなく、我はポツリとそんなことを零した。

「なんだ、急ぎの用で来てたのか?ならば申し訳ないことをした。直ぐに家へ戻ろう」

 男はそう言って、我を軽々と持ち上げ、足元に魔方陣を描き始める。
 た、確かに我はほかの騎士と比べれば細く、筋肉もないが・・・それでも体は鍛えているし、そこそこの重さはあるはず。それを、こうも軽々と持ち上げられると・・・少々、自信がなくなるぞ。鍛え方が足りないのだろうか・・・

「考え事をするのはいいが、そろそろ移動するぞ。私は人間に合わせて魔法を使えないのでな、しっかりと捕まれ。最悪体が真っ二つだ」

 そんな恐ろしいことを言うと、男はさらに魔力を流す。

「ティディトフテッション!」

 一瞬の眩い光と、体の内側をかき混ぜられるような奇妙な感覚が一気に襲いかかる。そしてその感覚と眩い光が過ぎ去り、反射的に瞑った目を恐る恐る開けると・・・


 豪華でありながら品の良い、『りびんぐ』と思われる部屋に、我はいた。
 なるほど、先程の魔法は転移するものであったか。今まで一度だけ経験したことがあるが・・・こちらはもう二度と経験したくないな。以前のものは魔法の発動までに時間がかかったが、それでもあちらを使いたい。これは嫌だ。最悪吐くぞ・・・

「お待ちしておりました、神威様ハリストン家へようこそおいでくださいました」

 乱暴すぎる転移魔法と、それを使用した男に軽く怒りを覚えていると、背後からそう声をかけられる。
 ふと振り返ると、執事服を着た初老の男性がそこに立っていた。なぜか、ハリセンとぴこぴこ鳴る小槌を両手に携えながら。
 この者が、セバスチャン殿であろうか?

「勝手に上がり込んでしまって申し訳ない。時間は大丈夫であろうか?だいぶ遅くなってしまったと思うのであるが・・・」

「大丈夫ですよ、神威様。時間についても、屋敷内にいることも、お気になさらず。全てブルート様の身勝手によるものですから・・・ねぇ?ブルート様?」

 にこやかに話しているが、目が終始笑っていない。男──ブルート殿というらしい──に話しかけた時といえば、背後に般若の顔が見えそうな勢いであった。

「む・・・私はただ出迎えただけだ。そしたらこの男が勝手に逃げ出して、追いかけていたらだいぶ屋敷から離れてしまったんだ。そしたらこいつが『時間に遅れてしまう』などと言うから、わざわざ転移魔法を使ってやったんだ。何故私が怒られればならない?」

「黙らっしゃい」

 スパァンッという子気味いい音が、広い部屋に響く。一瞬何が起こったのかわからなかったが、どうやらセバスチャン殿がハリセンでブルート殿の頭をはたいたようだ。
 あー、痛そう・・・

「何をするバルス!」

「セバスです。セバスチャン・クリアフォートです」

「あぁそうだったな悪かった。ではセバス!何故私の頭をはたいた?!」

「貴方がお客様に失礼を働いたからですよブルート様。お仕置きです」

 ピコッピコッという、今度は間抜けな音が部屋に響く。
 この音は苦手だ・・・耳がキーンとする・・・

「うぅ〜っ・・・これはやめてくれ・・・耳がキーンとして痛いのだ・・・」

「存じ上げておりますよ。だからこそ私は、これを選んだのです」

「あえてか・・・いや、まぁ仕置というのならそれが適切なのだが・・・というかそろそろ止めてくれ。客人がぽかんとしているぞ」

「あぁ、失礼致しました神威様。お客様を立たせたままにするとは、執事失格でございます・・・誠に申し訳ございません」

 そう言って深々と頭を下げるセバスチャン殿。むぅ、もう少しあのやり取りを見ていたかったのだが・・・致し方あるまい。それに、今回はフェイル殿の頼みを叶えるために来たのだしな・・・
 我はセバスチャン殿に「気になされるな」と言うと、案内された席に座る。

「では神威様。もう少々お待ちくださいませ。今、アリス様を起こして参りますので」

「あいわかった」

 それでは失礼しますと言って、セバスチャン殿は部屋を出た。
 我はそれを見送り、出された茶を飲む。ふむ、普段は緑茶しか飲まぬが、紅茶も美味いな。今度煎れ方を御教授願おう。

「・・・」

「・・・・・・」

 ・・・何故だろう、ブルート殿の視線が痛い。
 先程セバスチャン殿に怒られたのを根に持っておられるのだろうか?しかしあれは我のせいではないと思うのだが・・・しかし、こうしてただじっと見つめられるのは気が散るな・・・

「あー、ブルート殿?我に何か言いたいことがあるのであれば、言ってはもらえぬだろうか?じっと見つめられるだけでは気が散ってしまってな・・・」

「む。そうか、それは申し訳ないことをしたな。いやなに、この辺りでは見かけぬ人間に興味があっただけだ。私は暇を持て余した、知りたがり屋の吸血鬼なのでな。もし貴様が良いというのであれば、いくつかの質問に答えていただきたいのだが」

 吸血鬼、という言葉に一瞬体が強ばる。しかし、なるほど。この者のただならぬ魔力は、吸血鬼だからこそのものだったのか・・・
 我は心に湧き上がった恐怖を悟られぬよう、つくり馴れた笑顔を浮かべ、勿論と答える。

「では、その腰に携えているのはなんだ?アリスの兄らが持っているものにも見えるが、少し刀身が細いな。それに沿った形をしている。あぁ、貴様の服も見かけないな、どうやって着ている?何でできている?それは女物もあるのだろうか?あぁ、その髪留めの紐も美しいな、夕焼けのように真っ赤だ。それはどうやって染めたのだ?その髪紐はどこに売られている?貴様の国はどのような文化があるのだ?食事も違うと聞いたが、どんなものだ?それは美味いのか?景色は?綺麗か?ここからどれほどの時間をかければ行く事が出来る?それから・・・」

 どこで息をしているのだろうかと思うほどの質問攻めに、思わずたじろぐ。
もはや最初の質問がなんだったのか覚えていない・・・
 どうやってこの質問攻めを終わらせようかと考えていると、再びスパァンッという子気味いい音が響く。見れば、幼い娘を抱えたセバスチャン殿がハリセンでブルート殿の頭をはたいていた。
 ブルート殿はセバスチャン殿を睨めつけるが、女子おなごがすやすやと眠っているのを見て、先程のように大声で怒ることはしなかった。が、明らかに不機嫌な表情になっている。

「神威様、お待たせしてしまい誠に申し訳ございません。さぁ、アリス様。お客様がお見えですよ」

 ゆさゆさと、抱えていた女子を揺すり起こす。すると女子はんーっと唸ると、セバスチャン殿の胸に顔をうずめてしまう。

「ふむ、これではしばらくは起きんな。どうする?神威とやら。貴様はアリスと話がしたくて来たのであろう?」

「うぅむ・・・それはそうなのだが、こう安らかに眠っておると、起こすのが酷に思えるな・・・しかしこのままではフェイル殿の頼みを叶えることが出来ぬ・・・どうしたものか・・・」

 じぃっと女子を・・・アリス殿を見つめる。今までフェイル殿とケイル殿の話から想像するしかなかったが、こうしてみると確かに天使と見紛う程の美しさと愛らしさがある。銀糸のように美しい髪、陶磁器のように白い肌と淡く桜のように染った頬。薄く形の良い唇は、紅を引けばさぞ映えるだろう。
 我に幼女を愛でる趣味はないが、こんなに愛らしい子であれば、確かに金を払ってでも欲したくなるものだ。まぁ、幼い子に金を払って『おいた』をする輩はこの愛刀の錆にしてくれるがな。

「セバス、このままでは埒があかん。アリスをこちらへ渡してくれ。私が起こす」

「あまり乱暴はしないでくださいね。わざわざ早朝に来て頂いた意味がなくなりますので」

「分かっておる」

 少々ズレた考え事をしていると、ブルート殿とセバスチャン殿がそんなやり取りを始める。
 はて、何を始めるのであろうか?
 セバスチャン殿からアリス殿を受け取ったブルート殿は、ゆっくりと顔を耳へと近ずける。そして、その白くとがった歯で、耳を噛む。

「んぅぅー・・・ブルート、いたいぃ・・・やめてよぉ・・・まだねむいのー・・・」

 少し間の抜けた声で、アリス殿がそう言った。どうやら起きたようだ。まだ半分夢の中なのか、頭がフラフラしている。

「別に完全に目を覚ませとは言わんが、アリス。お前目当てに来た客人がいるんだ、起きろ」

「んぅー・・・お客しゃまー?だーれー?」

「神威というらしい。貴様の父に頼まれごとをされているらしいぞ?力を貸してやれ」

「はーい・・・」

 こっくりこっくり船を漕ぎながら、アリス殿はこちらへと向く。

「アリス・ハリストンです・・・よろしくおねがいします・・・」

「神威颯馬である。以後よしなに」

 深々と頭を下げながら、ふと疑問に思った。確かアリス殿は、初対面の人間には挨拶どころか姿を見せることすら嫌がる、極度の人見知りだったはず。それが今、普通に自己紹介をし、挨拶をしていた。これはどういうことだろうか?

「貴様が疑問に思っているであろうことを、たとえ違っていても教えてやろう。アリスは今半分ほど眠っている。要は寝ぼけているんだ。そうすると頭の働きやらなんやらが低下して、恐怖を覚えることがないらしい。だから、アリスが普段起きてこないこの時間帯に呼んだんだ」

 訳の分からない前置きとともに、ブルート殿がそう説明してくれる。しかしなるほど、だからアリス殿は挨拶をしてくれたのか。ならば、会話をすることも出来るやもしれない。

「アリス殿、単刀直入にお聞き致す。アリス殿は、フェイル殿・・・つまりアリス殿のお父上の事をどう思っておられる?」

 フェイル殿が最も気にしていたこと。それは、アリス殿にどう思われているかという事であった。
 かつて己を拒み続けた『父』という存在。別の人間とはいえ、それに対する拒絶は大きいだろう。だからこそ、今のアリス殿にどう思われているのかが知りたいらしい。フェイル殿に頼まれた訳では無いのだが、聞ける時に聞いた方が良いであろう。
 さて、アリス殿はどう思っておられるのか・・・あまり嫌っていないといいのだが。

「父しゃまー?父しゃまはねー、すっごくかっこよくて、やさしいから、だいすきだよー?」

 ふわふわとした口調でそう話すアリス殿。
 というか・・・え?大好き?怖いとか、嫌いではなくて?ならば・・・ならばどうして、アリス殿はフェイル殿を避ける?
 混乱した頭では、聞きたいことが上手く紡ぐことが出来ない。なぜ、どうしてといった疑問だけが、脳に溜まってゆく。
 しかしその疑問は、アリス殿によって簡単に解決する。

「あのねー、私ねー、父しゃまのこと、だいすきなのー。でもねー、どーしても、前のことを思い出しちゃうの・・・だから、お話出来ないの。ごめんなしゃいも、言えないの・・・父しゃま、いつも怒ってるように見えるから・・・こわいの・・・でも、もっとお話したいの・・・ごめんなしゃいって、言いたいの・・・」

 それだけ言うと、アリス殿は再び眠ってしまった。
 ・・・まぁ、要するに、あれだ。
 フェイル殿が顔を隠せば、多少はマシになる事案ではないのか?これは。
 我は、騎士寮の自室とは比べ物にならないほど高い天井を見上げ、ため息を吐く。



 とりあえず、寝起きのアリス殿とのコミュニケーションと顔を隠すことを、フェイル殿にお勧めしようと思う。


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なんだこれ、と思った方。ほとんど神威sideじゃないかと思った方。それ、私も思いました。
今までで一番長い話書いたけど、今までで一番中身ねぇじゃねぇかよ、という。
本当に申し訳ございません。今後はもう少しましな話をかけるように精進致します。
今年も残すところあとわずか。皆様、良い年末をお過ごしください。
それでは、また次回お会いしましょう。