ダーク・ファンタジー小説

Re: 光と影 ( No.2 )
日時: 2019/06/26 19:12
名前: 葉月 蘭 (ID: tEEjMVj9)

【episode 1 家族との生活】


自分の名前。それが、少女——改め「結衣」のたった今知った事である。
「結衣?」
「そうよ。それがあなたの名前。私はおばあちゃんで、」
「わしがおじいちゃんで」
「俺がお兄ちゃん。ユイはちなみに14歳だ」
残りの二人も口々に言う。
結衣。聞いた事はないが、妙にしっくりくる名前だった。
「あなたはね、交通事故に遭ったの。それで、お父さんとお母さんを失った。つい三日前のことよ」
祖母が俯きながら目を伏せた。
「三日前……」
随分最近だ。ユイはふと、体の横に置く腕を見やった。そこには生々しい傷。
「その傷を見て分かるとおり、最近だし、事故で相当の傷を負ったの。今はおじいちゃんの家で療養中なのよ」
周りを見回すとそこは普通の家のようで、白と青を基調にした部屋の端にあるベッドに、ユイは寝ているのだった。
「……そうなんだ」
ユイはこくりと頷く。と、ベッドのすぐ横に何かがいる事に気がついた。
「猫?!」
白いふわふわの毛並みをした、目が青い猫。鳴き声をあげながら、ユイのほうへとやってくる。
「かわいーっ!」
毛をゆっくりと撫で回すと、猫は部屋のドアからすばやい動きで逃げていった。
それを見たユイは脚に力を入れて立ち上がる。
「ユイちゃん?! まだ寝ていなきゃっ」
「でも、もう全然大丈夫だよ? もっとこのあたりのこと知っておかなきゃいけないし、あの猫ちゃんも追いかけたいし」
彼女は「傷も痛まないもん」と微笑んだ。
「で、でも……」
「心配してくれてありがとう、絶対無理はしないから!」
ユイは周りが心配になるほどすんなりと状況を受け入れた。


心配する祖父母と兄を置いて部屋から飛び出したユイは、猫の前にひとまず自分の姿を見なくては、と鏡を探し始める。
「鏡、鏡……」
と、急に目の前に目当てのものが差し出された。
「鏡…探してんでしょ?」
先ほど部屋で見た若い男だ。
「えーっと、お兄ちゃん? だっけ?」
「うん」
短い黒髪に浅黒い肌。目は髪と同じ黒だった。
「あ、鏡! ありがとう!」
ユイはにっこりと笑うとそれを手に取り、「お兄ちゃんに似てるのかな」なんてつぶやきながら中を覗き込む。
「へえー……」
色白の肌に栗色の髪、それが肩ぐらいまで伸びている。瞳は緑がかっていて少し神秘的だ。頬には絆創膏が貼られていて、事故があったことを物語っていた。ちっとも兄には似ていない。
「ユイ」
不意に名前を呼ばれ振り向いた。兄がこちらを物珍しそうに眺めている。
「どうしたの?」
「ユイ、状況受け入れんの速いんだな……俺だったらこんな状態訳わかんなくなるぞ。しかもやけに回復早いな」
「そう?」
不思議そうに言う兄にそう返してから、「あっ」と目を見開いた。
「お兄ちゃんの名前、何? そういえば聞いてなかった」
「俺は…翔」
「じゃあ翔お兄ちゃんだ。これから宜しくお願いします!」
翔は「記憶喪失になる前のユイみたいだな。おてんばなのとか、動物好きなのとか」と口元を緩めた。
「そうなの?」
「うん」
ユイは翔に鏡を手渡しながら「じゃあ、猫ちゃん探してくる!」と叫ぶ。
「いやいやいや、ちょっと待て」
翔が彼女の腕を掴んでそれをとめる。
「お前にまだ話す事がたくさんあるっておばあちゃんが言ってたぞ。おばあちゃんのところ行くぞ」
「えぇー……分かった」
ユイはしぶしぶ手招きする兄に従った。