ダーク・ファンタジー小説
- Re: アール・ブレイド ( No.1 )
- 日時: 2012/08/05 15:29
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
プロローグ ◆美味しい香り〜ある辺境の酒場にて
暖かいカーテン越しの陽の光が差し込んでいた。
まどろみながら、目を擦る。
ああ、さっき見ていたのは、夢なのかと思う。
だが、もうどんな夢だったのか忘れてしまった。
暖かく、心地よい夢だったのは覚えているのだが。
そう思った途端、美味しそうな香りが漂ってきて、きゅうっとお腹が鳴ってしまった。
「姫様、お目覚めですかな?」
「じい……おはよう」
音まで聞こえただろうか? 僅かに紅く火照る顔を気づかれないように、身を起こし、カーテンを開こうとする。
が……届かない。
やはり、ベッドから降りなくては、カーテンを引くことはできないのか。
そのことに少し憤慨しながらも。
「じいが開きましょう」
いつの間にか側に来たじいが、カーテンを開けてくれた。
とたんに刺すような明るい光が部屋に飛び込んでくる。
「ありがとう」
眩しそうに瞳を細めながら、私はじいに声をかけた。
「今日はポトフ?」
美味しそうな香りに思わず顔を綻ばせながら、尋ねた。
「ええ、ポトフでございますぞ。今日は姫様にとって、大切な日ですから」
「誕生日はまだ先だ」
不思議に思いながら、ベッドの上で方向回転。すぐに降りれるように体勢を整えた。
じいは、慣れた手つきで車椅子を持ってくると、私をベッドから降ろし、その椅子に座らせてくれた。
「そうですな」
むっとした顔で私は考える。
「じいの誕生日……も、まだ先か」
確か、あと数週間でじいの誕生日だということを、思い出した。
じいに車椅子を押してもらいながら、テーブルに向かう。
焼きたてのパンとポトフが二人を出迎えていた。
「今日も旨そうだ」
美味しそうな料理を前に、自然に笑みが零れた。
考える前に、まずは食べよう。
湯気の立つポトフ。入っている具は全て、蕩けるほど柔らかい。
前に聴いたことがある。材料を特殊な鍋で数分煮込むだけで、こんな美味しい料理ができるとか。
「じい、今度、ポトフの作り方、教えてくれないか」
「おや、姫様が料理するなんて、珍しいことですじゃ」
「いいじゃないか」
もうすぐ来るじいの誕生日に作ってやろうと思ったのだが。
「やっぱりいい」
全てポトフを食べつくして、私は空いた皿を手渡して、お替りを催促する。
「花嫁修業するのかと思い、このじい、ちょっと感動したんですぞ?」
「いいったら、いいんだ」
こういうのは、内緒で準備して驚かすのがいい。
だから、後でネットで調べることにしよう。
特殊な鍋とやらの使い方も覚えないとな。
これからの準備に頭がいっぱいになった。
じいの言っていた、特別な日のことなんて、もう忘れていた。
「じい、もう一杯」
「姫様、食べすぎですぞ」
幸せなこの時間が、このままずっと続けばいい。
時は遥か未来。
限界を迎えた惑星から、いつしか人々は、宇宙に飛び出していった。
しかし、宇宙ほど無限に広がる場所は無い。少し間違えば遭難してしまうほど、宇宙と言う場所は広くて恐ろしい場所だった。
そこで、星の位置を基準としたワープ技術が開発された。
星と星を繋ぐ『プラネットゲート』。
この方法でなら、迷うことなく一気に、より安全に長距離を跳躍(ワープ)することができる。また、ゲート間ならば、どんな距離があっても数日で行き来できる。
宇宙船(スペースシップ)は、今日も宇宙(そら)を駆け巡る。
様々な荷物と共に。
人々の想いを詰めて。
そこは、とある銀河の辺境の街。
彼はその街の薄暗いバーに居た。
人は少ない。なんの変哲も無い平日の夜なら、仕方のないことだろう。
けれど彼は一人、カウンターでアルコール度数の高い酒ばかり頼んでいた。
今もウォッカの水割りを頼んで、ちびちびと飲んでいる。
「あれ? 先生がここに来るなんて珍しいなぁ」
突然、声を掛けられ、彼は振り向いた。
眼鏡を掛けた青年。長いぱさついた茶髪を一つにまとめて、先生と呼ばれた青年は視線をもう一人の彼に向けた。
「ザムダ?」
「人の顔は分かるんだな」
先生の隣にどっかと座り、ザムダも酒を注文する。
間もなく、ザムダにも酒が届く。一口飲んだところで、先生が口を開いた。
「人はなんて、無力なんでしょうね」
「哲学っぽい話か? 先生らしいな。また面倒なことを考えて……」
ザムダが二口めを飲んで、先生を見る。
「人一人の力なんて、たかが知れてるんです……例えばそう、あの男のように」
「話なら、付き合ってもいいぜ」
にっと笑みを浮かべるザムダに先生は僅かに笑みを見せた。
「ある男の話ですよ」
からんと氷が落ちるグラスを置いて、先生はザムダに向き直る。
ザムダも酒を飲みながら、その話に耳を傾けた。