ダーク・ファンタジー小説

Re: アール・ブレイド ( No.11 )
日時: 2012/08/05 15:39
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

第7話 ◆ウィザードの住む摩天楼

 次にたどり着いた星は、たくさんの高層ビルが立ち並ぶ町だった。
 一見、高度水準な文化的な町に見えるが、実際はそうではない。
 大気は汚染され、空には汚染濃度を知らせる電光掲示板が、巡回していた。

「ん? ここでは、手続き無しでポートに入れるのか?」
 いつもならば、ポートといくつかやり取りがあった後に、星に着陸する。
 だが、この星では、その手続きが飛ばされ、すぐにポートに着陸していた。
 それに疑問を持ったリンレイが尋ねると、アールは。
「良く気づきましたね。そう、ここでは入国手続きが必要ないんです。だから犯罪者のたまり場になってるんですけどね、『アンダーミセリア』は」
「おい待て。そんなところに何故……」
 リンレイSSをつけたリンレイが立ち上がる。
「これを見てくれる人がいるんですよ、ここに」
 アールの持つデータチップ。それを見てくれる者がここにはいるらしい。
 いや、そうではなくて。
「もしかして、相手は犯罪者なのか?」
「んー、そうですね。一応、犯罪者ではないです。表向きは」
「おいおい……信用できるのか?」
「どんなセキュリティでも外すことができる、数少ない伝説のハッカーですからね」
「ちょっと待て、今、ハッカーって……」
「言いましたよ。でも、彼は興味のあることしかやらないんです。それに、悪事には手を出しません。まあ、悪事の範囲にもよりますけど」
 ハッカー。
 それだけを聞くと、ネット犯罪に手を染める者達の総称のように聞こえるが、本来はそうではない。彼らは信念を持って、それこそ命を張ってネットで戦っている。
 特にクラッカーは、ネット内のデータそのものを壊す者達で有名だ。
 そして、アールが頼もうとしている者は。
「『ウィザード』と、呼ばれていますよ。まあ、私は親しみを込めて、『ウィー』と呼んでいますけどね」
 と、アールは首から自分のペンダントを外すと、そのまま、リンレイの首に掛けてやる。ついでと言わんばかりに、持っていたデータチップの入ったケースも手渡した。
「へ? ちょ、ちょっと待て? これは……」
 困惑するリンレイに、アールは携帯端末を操作しながら続ける。
「私は他に行くところがありますので、カリスと共にウィーの所に行ってきてください。困ったときは、私のペンダントを見せれば何とかなります。大丈夫、ウィーはあなたのこと、女性とも思いませんから」
「いや、そうじゃなくて……はい?」
 今、凄く失礼なことを言わなかったか?
「じゃあ、頼みましたよ」
 てきぱきと指示を出して、アールはそそくさとシップを出て行く。
「おい、アールっ!! アールっ!!」
「さて、いきましょうか。リンレイ」
 さっと手を差し伸べて、カリスはリンレイを促す。
「外は危険なんじゃ……ないのか?」
「ええ、危険です。だから、私があなたをお守りします」
 カリスの実力を見ていないリンレイにしては、いささか不安ではあったものの、彼女しか守る者がいないのだから、仕方ない。
「よろしく頼むぞ」
 代わりに彼女の手を力強く掴んだ。

 カリスは何も乗らずに、アンダーミセリアの奥へと進んでいく。
 どうやら、歩きで行ける範囲らしい。
 カリスの手を握りながら、必死にリンレイはついていく。
 数多くの車が犇めく道路。
 暗い裏路地。
 嫌な匂いのするスクラップ置き場。
 何の店かわからない店をずんずん歩いていく。
 男と女が体を重ね合わせながら、熱を帯びていくのは、気のせいだろうか?
「こっちですよ」
 カリスの声で現実に戻った。
 今度はたくさんの映らないモニターが置いてある地下通路に出た。
 ひんやりとしていて、暗くて……怖い。
 リンレイは素直にそう思った。
 そして、巨大な扉の前でカリスは、やっと足を止めた。
「ごきげんよう、ウィザード様。マスターの命により、こちらにご挨拶を……」
『カリスか。アールはどうした?』
 誰もいないドアから、声が響く。どうやら年配の男性を思わせる枯れた声だった。
「別の用事で今日は来られないそうです」
『それは残念じゃ。とびきりの術式で焼いてやろうと思ったのにのう』
「マスターは、焼けませんよ。そこらの術式では。それに私がいますから」
『おお、怖いのう、怖いのう』
 と、声が静まり返る。
「あの……」
 思わず、リンレイが声をあげた。
『なんじゃ、小娘。儂に用かの?』
 眼中にない言い振りの相手に、怯みかけつつも、リンレイは気丈にも告げる。
「アールに言われて、これの解析を頼まれた。たぶん、連絡が行っているはずだが?」
 取り出したのは、アールから渡されたデータチップの入ったケース。だが、外観は唯のケースであった。
 それに気づいたリンレイは、すぐさまその箱を開けて、中にデータチップがあるのを見せた。
『ほう、データチップか。少々旧式のようじゃの?』
「アールから聞いていないのか?」
『いや、聞いておる。じゃがあんたが何者かは聞いておらん』
 そういえば、名乗っていなかったな。
 前にもこんなことがあったなと思いつつ、リンレイは首からアールのペンダントを取り出し、見せた。
「私はアールの代理の者だ。名はリンレイ。頼む、これを見てくれないか?」
 それが私の今の役目だから。それにこんなお使いができないと、アールに思われたくはない。
『ほうほう、あの坊やがそれを小娘に渡すとはの。良いじゃろ。入ってきなさい。カリス。お前はそこで待っておれ』
「分かりました」
 ゴゴゴゴゴゴゴ。
 音を立てて、巨大な扉がリンレイの幅に開いた。
「私、だけか?」
『そうじゃ、早く来い』
 どうやら、カリスは入れたくないらしい。
「大丈夫です。私は一人で問題ありませんから」
 いや、そうではなくて……。
 突っ込もうとしたのだが、きっとウィーとやらの機嫌を損ねるとやばそうに感じていた。名残惜しいが、リンレイは一人で入ることを決める。
「ちょっと……行ってくる」
「お気をつけて」
「ん」
 心細くないといえば、嘘になる。むしろ、カリスと一緒に入れるものと思っていた。
 アールから借りたペンダントをぎゅっと握り締め、リンレイはその扉の奥へと歩き出した。

 リンレイが入ると、扉は音を立てて閉じた。
 とたんに通路が真っ暗になったが、すぐに淡い光が灯り、道を示していく。奥へ奥へと。
「この先か……」
 ペンダントを握り締めながら、リンレイは奥へと歩き始めた。
 その手が僅かに震えながらも。

「ここじゃ」
 あの扉で聞いた声と同じ声が聞こえた。
 意外と通る声だった。
「あなたがウィー……いや、ウィザードか」
「ほう、儂の名を聞いているようじゃの」
 そこにいたのは、文字通り老人だった。
 ただ、普通の老人と違うのは、その体を何本ものコードで繋がれていた。いや、つながれている部分は着ているローブで見えない。でも、足元まで広がっているコードで繋がれているのは予想できる。目元は瞳の奥も通さない、小さな黒眼鏡で覆われており。長い白髪がだらりと肩まで流れていた。
 その姿は、さながら機械の魔術師。ウィザードの名に相応しい姿。
「そのペンダント。アールから聞いておるのか?」
「これか?」
 アールから託されたペンダント。
「困ったときはこれを見せろとしか、言われていない」
「坊やの大切なものが入っておるのじゃ」
「大切な……もの?」
「そう聞いておる。ああゆう職に就くなら何ももたん方がええんじゃがの」
 ほれ、開けてみと言わんばかりに、ちょいちょいと、ペンダントを指差す。
 そう、ペンダントはロケットになっていた。
 気になった。
 その、中身が。