ダーク・ファンタジー小説

Re: アール・ブレイド ( No.13 )
日時: 2012/08/05 15:40
名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)

「はあ、はあ、はあ……」
 目が覚めたら、そこはアールの船の中。私のために用意された部屋の中だった。
 こんこんと、ノックの音。
「カリス……なのか?」
「はい、入ってもよろしいですか?」
「ああ……」
 急いで涙を拭いて、何事も無かった振りをする。
「何か飲み物をと、思いまして」
 カリスは冷たい飲み物を持ってきてくれた。
「ありがとう、助かる」
 さっそくそれを受け取り、口に含む。甘い甘いジュースだった。
「ところで……アールは?」
「まだです。ですが、もうすぐ戻ってくるかと」
「そうか……」
 全く、アイツは何をしているんだ。
 お陰で嫌な夢を見てしまったじゃないか。しばらく見ていなかった、嫌な過去の夢を。


 アールはいつものバーに入っていく。
 名前は『レーヴ』。
 確か、何処かの国の言葉で、夢という意味だそうだ。
「彼女らしい名だ」
 いつもそう思う。
 からんと鐘を鳴らして、扉を開く。独特の甘い香りと、甘いムードを演出していた。
 けれど、今日は少し違っていたようだ。
「何だと……」
「お前が悪いんだろっ!!」
 そうやら、客の二人が揉めているらしい。
「ちょっと、揉め事は外でやって頂戴」
 マスターの女性が声を張り上げるが聞いていない。
 アールが彼らの元に音も無く忍び寄り、彼らの腕を捻り上げた。
「いででででっ!!」
「ぐおっ! 何すんだっ!!」
 力を緩めることなく、アールは睨み付けた。
「喧嘩は外でやれ。ここは静かに酒を飲むところだ。それでもやるっていうのなら」
 二人の耳元で囁く。
「今すぐここで、殺してやってもいいんだぞ?」
 ひっという声と共に二人は、とたんに静かになった。そして、アールが手を離すと、二人は一目散に店を出て行った。
「あらやだ、アールじゃない♪」
 マスターはしなをつくりながら、嬉しそうにアールを迎える。
 アールはというと、先ほどの殺気はどこへやら。嫌なものでも触ったといわんばかりに手の埃を払うと。
「いつものくれます?」
「ええ、ええ! すぐに用意するわね♪」
 マスターはすぐさま、カウンターに戻り、いつものノンアルコールカクテルを作り始めた。アールもカウンターに座り、それを楽しげに待つ。
 ちなみに、このバーはオカマバーだ。全て女装の男達が仕切っている。
 なので、いざとなったら先ほどの男達もすぐに追い出されただろうが、ここはあえて、店に恩を売っておく。もちろん、カウンターでカクテルを造っているマスターもそうだ。
「それにしても、来てくれるなんて嬉しいわ」
「丁度、近くを通りかかったものだから。久しぶりに顔を見ておこうと思って」
「あら嬉しいことを言うのね。でもそんなこと言ってると、いろんな人に惚れられるんじゃなくって?」
 さっそく出来たカクテルをアールの前に差し出して、マスターは笑みを浮かべた。
「そんなつもりはないんだけど……うーん、やっぱり、父さんの血、かな?」
 いただくよと声を掛けて、一口。アールの口の中に、甘く爽やかな味が広がってゆく。
「うん、やっぱり美味しい」
「ふふ、あなたのお父さんって、とってもプレイボーイだったのかしらね?」
「嫌になるほど、とびきりのね。よく母にけり倒されてた」
「まあ、素敵」
 二口目を含んで、飲み込む。
「素敵かな? 青あざ作ってたけど?」
「だって、それほどの口と美貌があったのでしょう? 素敵に決まってるじゃない」
 うっとりとした顔でマスターは続ける。
「ああん、アールのお父さまに会いたかったわぁ〜」
「もう、死んでいないけどね」
「そうだったわね」
 くすすと二人で笑いあい、アールが口を開く。
「で、頼んで置いたのは、調べてくれた?」
「もちろん、アールの頼みですもの。しっかり調べておいたわ」
 ぱさりと資料を出してくれた。すぐさまそれに目を通していく。
 一番最初に目に付いたのは、頭にティアラをつけたドレス姿の。
「エレンティア王国。とっても辺境の地の国のお姫様よ。彼女」
 愛らしい笑顔で手を振るリンレイだった。傍らには兄弟だろう似たような子供達も手を振っていた。
「やっぱり」
「しかも、あの帝国に滅ぼされてるの。国を」
「………それで」
「最後の生き残りらしいわ。それと、おつきの騎士様も僅かな生き残り。もっともそっちはおじい様だけどね」
「……そう、ですか」
 資料を一通り眺めて、そして、マスターに手渡す。
「あら、いいの? 持って行ってもいいのよ?」
「いえ、持って帰ったら何言われるかわかりませんから」
 内緒にしておきたいんですと、告げて、残っていたカクテルを全て飲み干した。
「じゃあ、おかわり作るわね」
「そうですか? では、今度はあの青いやつで」
「ふふ、あれね。わかったわ。ちょっと待ってて」
 またカクテルを作っている間に、アールは着信を受けて振動する携帯端末を、胸ポケットから取り出した。
「あっ。もう来てる……」
「あら、あの子から?」
 ことりと、出来たカクテルをアールの元に置いた。さっそくそれに手を伸ばし、一口飲む。今度はしゅわっと刺激的なカクテルだった。それがまた、心地よい味。
 堪能しつつ、端末を操作して、届いたメールを確認する。

『ちょっとキナ臭い情報をゲット。『テネシティ』っていう組織がリンレイを使って革命を起こそうとしている模様。組織のある場所は……』

「うちの届け先、ですか」
 明らかに嫌そうな表情を浮かべ、アールはため息をついた。
「まあ、どうするの?」
「いえ、変更はしませんよ。それに前金いただいちゃいましたし」
「そんなの踏み倒しちゃえばいいのよ」
「それは信用に関わりますから駄目です」
 ごくりとアールは、2杯目のカクテルも飲み干した。
「それにこれは、彼女の問題でもありますから」
 端末をしまって、アールは立ち上がる。
「あら、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていってもいいのよ?」
「これ以上留まったら、指定の時間に間に合わなくなってしまいます」
「もう、つれないのね」
「また来ますよ」
 そういって、アールは色をつけて、チップを渡した。
「あら、ちょっと多いんじゃなくって?」
「今日は特別です」
「いつも特別だと嬉しいわね。ふふふ」
 マスターに見送られて、アールはバーを後にした。
「後はチップの中身、ですか……」


 戻ってくると、案の定。
 リンレイは不機嫌だった。
 アールが戻ってくるまで、変な夢を見たらしい。
 なんとなく、どんな夢を見たのか想像できたが、あえて触れないでおく。
「それとこれ、返しておくぞ」
 リンレイは、預けたアールのペンダントを手渡してきた。
「ありがとうございます。ちゃんとデータは貰えました?」
 アールは手渡されたペンダントを再び、首元につけた。
「ああ、これだ」
 アールに言われて、頼まれていた解析データと共にチップも手渡す。
「……動画?」
 まだリンレイが何も言っていないのに、アールは一瞥しただけで、分かったようだった。
「よく分かったな」
「え、ああ……まあ、なんとなくですよ。なんとなく」
 データをカリスに手渡して、アールはシップの操縦桿を握った。
「さて、ここから一気に行きましょうか。届け先まで一直線に行きます」
「そ、そうか……」
 楽しみのような残念なような。
 この旅がもうすぐ終わる事に、少しだけ寂しさを感じるのは気のせいだろうか?
 リンレイはそれをアールに悟らせないよう、船から見える宇宙を必死に眺めていた。