ダーク・ファンタジー小説
- Re: アール・ブレイド ( No.3 )
- 日時: 2012/08/05 15:32
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
「で、かの老騎士が言った城って……ここのことか?」
数百年前までは、最先端な車体だったのだが、今では充分、レトロだのクラッシックだのいうレベルの代物になっている、アールの乗っていた車。
シャープなボディデザインは、今でも充分通用しそうな雰囲気はするものの、問題はタイヤだ。もっとも、特殊タイヤでダイヤが転がってても穴は開かない構造になっている……らしい。広告によると、だ。
そんなグレーの車からアールは降りると、人が集まってくるのは、仕方の無いことなのかもしれない。
何かいたずらでもされそうなのだが、アールはそんなこと気にせず、車を放って置いて、指定された部屋番号に向かった。
そこもまた、レトロなアパートメントだった。
「城の割にはいささか、小さく見えるけどね」
チャイムを鳴らそうとした手が、止まった。
がちゃりと、アールの目の前の扉が開いたからだ。
「貴殿が、アール殿か?」
アールは自分の周りの空気を変えた。いわば臨戦状態といったところか。
彼の目の前には、予想通り老人が立っていた。
だが、普通の老人ではない。
体の一部……いや、その大部分が機械。サイバー化している。
しかも、メールにあった通り、一般人のそれではなく、軍人や騎士に使用される強力な力とスピードをもたらす代物でもあった。
「ええ。貴方が私を呼んだ『老騎士』殿、か」
アールは彼があのメールを送った本人だと感じた。
「入ってくだされ、話は奥で」
老人の言葉に静かに頷くと、そのまま颯爽と、部屋に入っていく。
部屋の中は簡素ながら、きちっと隅々まで整えられていた。
必要最低限のものしか置いていない。
老人に促されるまま、また扉の奥へ。
そして、テーブルと椅子のあるダイニングへと案内された。
椅子を勧められ、アールはさも当然と言わんばかりに座って見せた。
「で、用件は?」
「単刀直入ですな」
柔らかな微笑の中に、凛とした響きを感じる。
ミラーシェードの中に潜む瞳が、きゅっと細められた。
「仕事は何事もスマートに、そう思って行動しているので」
僅かに笑みを零して、アールはもう一度、用件を促す。
老人は、アールの側に茶を置いてから、自身も椅子に座って。
「頼みたいのは、これをある場所に運んでいただきたいのですじゃ」
こんとテーブルの上に置かれたのは、ブルーの小箱だった。
老人はそっとある位置を押して、その蓋を開く。
そこには一枚の小さなデータチップが収まっていた。
「これは?」
「大切な……大切なデータですじゃ。壊さずに目的地まで運んでいただきたい」
小箱と、新たに添えられたカードと共に、アールに手渡した。
「目的地はそこにある通り」
カードの隅のボタンを押して、小さな立体ディスプレイを表示。
そこには、惑星の座標と、地図が記載されていた。
「ここから遠い場所か」
一瞥して、場所を特定したアールが言うと。
「もう場所がわかったのですかな。流石はSSS(スリーエス)クラスハンターですな」
アールのような生業をするには、まず、『ハンター』になる必要がある。
ある程度の戦いのスキル、運び屋のスキル、そして、信用。
コレさえ持っていれば、どんな惑星に行っても、身柄はハンターカードで保障され、無理さえ言わなければ、希望の職業に就ける。今、銀河で人気の資格であった。
ちなみに彼が選んだのは、運び屋と傭兵の職。
また、彼も最初は最低ランクで始めたのだが、度を越した依頼をこなす内にいつの間にか、ランクはあれよあれよと上がっていき、気がつけば最高ランクまで上り詰めていったのだった。
アールと同じランクの者は、数えるくらいしかいない。
しかも、その中で生きている者は、恐らくゼロだ。
「で、期限は?」
「2週間で」
「………」
地図にある場所まで、ゲートを使って行っても、5週間掛かる行程だ。
それを、2週間で運ぶとなら、別のルートを選ぶしかない。
黙ってしまったアールに老人は、試すかのように覗き込んだ。
「おや、難しいですかな? 流石のハンター殿も降参ですかな?」
「報酬はいかほどか」
地図の載ったカードを老人に差し出しながら、アールは冷たい口調で告げた。
まずは報酬を見てからでないと、これ以上は判断しかねる。
「では、前金でこれくらい。後の残りは無事、依頼を果たしてから」
老人はもう一枚のカードを差し出した。
カードを受け取り、それに記された金額を見て、妥当な線かとアールは判断する。悪くは無い取引だ。
むしろ高額の部類に入る。
「引き受けよう」
そうアールが告げたとき。
「では、一緒にかの方も運んでくだされ」
「はぁ?」
思わず、アールは間の抜けた声を出してしまった。
だが、老人はそれに気づかぬ素振りで、扉の奥へ入り。
連れてきたのは、車椅子の少女だった。
長いストレートの金髪をバレッタで止めている。
その蒼い瞳から、アールを侮辱するかのような視線を投げかけていた。
「じい、この者は?」
「あなた様を運んでくださる方ですじゃ」
老人が少女にそう話す。
どうやら、老人はまだ詳しい内容を彼女に話していなかったらしい。
「運ぶ? どういうことだ?」
アールがいるというのに、二人だけで会話が進んでいく。
もっとも、彼はこのことを気にするつもりもないが。
「ここはもともと危険な場所。ここから離れ、より安全な場所へ一時的に避難していただきたいのですじゃ」
じいと呼ばれた老人に向かって。
「危険? だが、今まで何もなかったぞ?」
少女はムッとした表情で告げる。
「いえ、今まで何も起きなかっただけのこと。このじいめが色々と画策いたしましたが、これ以上は……やはり歳には勝てますまい」
老人の言い分も分かる。
彼女はしばし考えた後に、決めた。
「……一時的、なんだな」
「ええ、一時的に、でございます」
「わかった、従おう」
切りの良い所でアールが尋ねる。
「話は終わったか?」
「お見苦しいところをお見せしてしまいましたな」
「じいが急に決めるからだ」
「それに」
アールも気がかりなことを確認する。
「彼女も、このチップと共に運ぶというのか?」
「おや、先ほどのカードにも記しておいたはずですぞ?」
見逃していた!!
すぐさま見直し、自分の失敗に狼狽する。
きっとコレも、面倒な依頼をこなして、心が大きくなっていた所為だと、アールは心の中で舌打ちした。
「まさか、この依頼、反故にしてしまうつもりではありませんな? 体の不自由な少女の切なる願いを聞き届けないとは……あのSSS(スリーエス)クラスの貴殿が断ったとなれば、一大事ですぞ?」
一応、慈善事業にも手を貸している手前、断りにくいのも確か。
それに……。
改めて、少女を見る。
歳は15、6だろうか。体が不自由だと言っていたが……。
アールは立ち上がり、彼女の側にやってくる。
そして、恭しく片ひざを付き、かつ、紳士的に……いや、騎士的に頭を下げてから、彼女の手の甲に挨拶をした。
彼女も慣れた素振りで、それに応じる。
とたんに、一瞬で、頭の中に何かが飛び込んできた。
しまったと思っても、もう遅い。
渦巻く思考、思い、悲しみ、激動、苦しみ……幸せ。
アールは見てしまった。
ほんの欠片ではあるものの、彼女の運命にまつわるものを、この瞳で。確かに。
「わかった、引き受けよう。彼女もこのデータも」
その言葉に老人は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで満足ですじゃ」
老人に見送られ、アールは彼女を自身の車に乗せた。
車には傷一つ入っていなかった。けれど、悔しそうに車を見つめる者達がいたことは否めない。
そんな彼らを睨みつけて、八方に散らすと。
「さて、よろしいか? 姫君」
「ああ」
アクセルを踏み込んで、彼らはその『城』を後にした。