ダーク・ファンタジー小説
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.39 )
- 日時: 2013/02/05 09:27
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
プロローグ ◆懐かしい夢と美味しい香り〜ある辺境の片隅で
夢を見ていた。
懐かしい、懐かしい故郷の夢だ。
傍には、父親がいて、その隣に幼い頃の私がいる。
「リンレイ、見てごらん」
父が指差す先には、黄昏色に染まる荒野が広がっていた。
「まだ開拓は終わっていない土地だが、たくさんの資源がある。それを上手に使い、民を潤すのが、私達の役目だ」
「うん」
「とても大変な役目だが、きっとお前にならできるだろう」
「父様がやったように?」
私の答えに父は嬉しそうに笑い返してくれた。
「そうだな。できれば、私以上に良い働きをしてもらえると嬉しいんだがね。こればっかりはまだまだ先の話だ」
もう一度、地平線の果てに沈む夕日を眺めた。
美しい光景だと、幼心に感じたものだ。
「さあ、帰ろう。母さんも待ってるぞ」
「うんっ!」
父に抱きかかえられた温もりが、とても暖かく感じられた……。
はっと目が『覚めた』。
ゆっくりと辺りを見渡す。
あるのは、質素な家具と閉められたカーテンが、ゆらりと揺れているだけ。
そこは他愛のない、自分の部屋だった。
ただ、夢の世界と違うのは。
起き上がり、立ち上がろうとしたが、無理だった。
数年前からもう、足が麻痺してしまい、立てなくなっていた。
ベッドの傍には、愛用の車椅子が影を下ろしている。
「昔の、夢……か」
嬉しいはずなのに、その顔は冴えない。
その気持ちを奮い立たせるように、彼女は部屋のカーテンに手を延ばした。
朝日を浴びたら、この気持ちが晴れると思って。
だが、残念ながら、それはできなかった。
「くっ……」
後、もう少しという所で、カーテンに手が届かなかったのだ。
「姫様?」
後ろからしわがれた声がかかる。
「じい……」
彼女よりもふた周りほど年上の男性が部屋に入ってきた。
年の割には、背も高く、腕も足も太い。とはいっても、中年太りというわけではない。鍛え抜かれた体躯。それはかつて、男性が過去に鍛えた賜物であった。今はその殆どが機械によって補われているのが、残念なところだろうか。
「このじいが開きましょう」
しゃらんとカーテンレールの心地よい音と共に、朝日が部屋へと差し込んでゆく。
「ありがとう、じい」
その光の眩しさに彼女は、瞳を細めるも、先ほどのささくれた気持ちが幾分、和らいだように思える。と、とたんに彼女の鼻は、目ざとく嗅ぎ取った。
「今日はポトフ?」
答えを導き出し、彼女の顔が思わず綻ぶ。
その様子に男性も口元を綻ばせた。
「ええ、ポトフでございますぞ。今日は姫様にとって、大切な日ですから」
ポトフは、この家にとって、大事なときに出されるご馳走であった。
けれど、彼女はその言葉に違和感を覚えた。
「私の誕生日は、まだ先だ」
彼女はそういって、ベッドの上で方向回転し、すぐに降りれるように体勢を整えた。
男性は、慣れた手つきで車椅子を持ってくると、彼女を抱きかかえてベッドから降ろし、その椅子に座らせた。
「そうですな」
男性のその言葉に、彼女はむっとした表情を浮かべた。少し考えた後にもう一度、口を開く。
「じいの誕生日……も、まだ先か」
男性の誕生日にしては、若干早すぎる。まだ数週間も先なのだから。
考えているうちに、車椅子は、食卓に到着していた。
彼女達を出迎えるのは、焼きたてのパンと、湯気を立てて待っているポトフ達。
「今日も旨そうだ」
彼女は考えるのを止めた。
考える前にまずは、目の前のものを食べようと決めたのだ。けっして、食欲に負けたのではない。だが、その理由は彼女のおなかの音が知っているのかもしれない。
彼女の口に美味しいポトフが運ばれる。その手にある銀の匙は、その柔らかさを教え、蕩けるような美味しさをも運んできていた。
そういえばと、思う。この料理は、材料を特殊な鍋で数分煮込むだけで完成するらしいのだ。
「じい、今度、ポトフの作り方、教えてくれないか」
「おや、姫様が料理するなんて、珍しいことですじゃ」
「いいじゃないか」
図星を言われて、彼女は不満を顔に出した。
そうではないのだ。
先ほど思い出した、男性の誕生日。その日に、自分がこの料理を出してやろうと思い立ったのだ。けれど、そのことは。
「やっぱり止めておく。それより、おかわり」
差し出してきた空っぽの皿に男性は、微笑みながらも。
「花嫁修業するのかと思い、このじい、ちょっと感動したんですぞ?」
「いいったら、いいんだ」
そう、こういうのは、内緒で準備して驚かすのが一番だ。だから、彼女は後でネットで調べてやろうと決めたのだ。特殊な鍋とやらの使い方も覚えなくてはならないのだ。これから忙しくなる、そう思うと、心が弾んでくる。
知らぬ間に、さっき男性の言っていた『特別な日』のことなんて、彼女はもう忘れていた。
「じい、もう一杯」
「姫様、食べすぎですぞ」
彼女は心の中で願う。
———幸せなこの時間が、このままずっと続けばいい、と。
時は遥か未来。
限界を迎えた惑星から、いつしか人々は、宇宙に飛び出していった。
しかし、宇宙ほど無限に広がる場所は無い。少し間違えば遭難してしまうほど、宇宙と言う場所は広くて恐ろしい場所なのだ。
そこで、星の位置を基準としたワープ技術が開発された。
星と星を繋ぐ『プラネットゲート』。
この方法でなら迷うことなく一気に、より安全に長距離を跳躍(ワープ)することができる。また、ゲート間ならば、どんな距離があっても数日で行き来できる。
星と星が繋がる。未開発の星が、人々の手によって新たな町や都市へと発展していく。
発達するのは、星の開拓だけではない。
ワープ技術を生み出した、科学は新たなものを更に人々にもたらしていった。
星と星を行き来する宇宙船(スペースシップ)もその一つ。
宇宙(そら)を見上げれば、駆け巡る宇宙船(スペースシップ)。
その船は、様々な荷物と共に、人々の想いも運んでゆく……。
そこは、とある銀河の辺境の街。
彼はその街の、薄暗いバーのカウンターに座っていた。
人は少ない。なんの変哲も無い平日の夜なら、仕方のないことだろう。
けれど、彼は一人でアルコール度数の高い酒ばかり頼んでいた。
今もウォッカの水割りを頼んで、ちびちびと飲んでいる。
「あれ? 先生がここに来るなんて珍しいなぁ」
突然、声を掛けられ、彼は振り向いた。
眼鏡を掛けた青年。長いぱさついた茶髪を一つにまとめて、先生と呼ばれた青年は視線をもう一人の彼に向けた。先生というには、いささか若いようにも見えるが……。
「ザムダ?」
「人の顔は分かるんだな」
先生の隣にもう一人、どっかと座る。
ザムダと呼ばれた男性は、先生よりもやや年上のようにも思えた。
薄汚れたその作業服は、この近所の炭鉱に勤める者が着る制服のようなものだ。
日に焼けた肌にガタイの良い体躯。カウンターのスツールが、少し小さく見えるのは、気のせいだろうか。
そんなザムダも、酒を注文する。
受けたカウンターのマスターは、静かにけれど手早く。
出来た酒をそっと差し出すと、ザムダは嬉しそうにそれを口にした。
と、それを見計らってか、先生が口を開いた。
「人はなんて、無力なんでしょうね」
「哲学っぽい話か? 先生らしいな。また面倒なことを考えて……」
ザムダが二口めを飲んで、先生を見る。
「人一人の力なんて、たかが知れてるんです……例えばそう、あの男のように」
「話なら、付き合ってもいいぜ。どうせ明日は休みだしな」
にっと笑みを浮かべるザムダに、先生は僅かに笑みを見せた。
「ある男の話ですよ」
からんと氷が落ちるグラスを置いて、先生はザムダに向き直る。
ザムダも酒を飲みながら、その話に耳を傾けた。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.40 )
- 日時: 2013/02/05 09:28
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第1話 ◆面倒な仕事と受け取ったメール
暗がりの中、慎重に歩を進めるのは、一人の青年。
寝静まった深夜、彼は一人でこの研究所に潜入していた。
と、彼の足が止まった。
「赤外線センサー、か」
彼のつけているミラーシェードには、目に見えない赤いセンサーが映し出されている。
数歩後退してから、彼は飛び上がった。彼のミラーシェードには、未だ赤いセンサーが映し出されていたが、それは彼の体に当たることなく、地面に優雅に着地した。
「ここか……」
と、彼のイヤーギアから、通信が入った。
『マスター、そちらに研究員が向かっています』
「了解」
偽造したカードを取り出し、扉のキーを開ける。
聴きなれた機械音と共に、彼は素早く、その部屋の中に入った。暗がりでも彼のミラーシェードは鮮明にターゲットを映し出す。
そこにあるのは、一台のパーソナルコンピューター。彼はその中にあるデータを奪いに来ていた。しかも、それを明日中に届けなくてはならない。
「本当に無茶な依頼だよ、全く」
慣れた手つきでパソコンを起動させ、目的のデータを見つける。用意してきたメモリーカードをパソコンに挿入して、そのままコピーしながら、削除作業に入る。
『マスター、あと10秒でそちらに接触します』
「ギリギリってところか」
声が聞こえた5秒後にカードが排出され、それを腰のポーチに仕舞う。
同時にドアが乱暴に開いた。
「貴様、何をしているっ!!」
銃を持った男達が声を張り上げた。彼は驚くそぶりもなく、悠々と両手をあげる。
「何もしていませんよ。まあ、していたとしても、話すつもりもありませんが」
「貴様っ!!」
逆上した男が銃のトリガーを引く前に、彼は動いていた。
一番前にいる男の銃の先を足で蹴って、壁に撃たせた。
「おわっ!?」
体勢を崩した男を押しのけて、後ろに居た男の腹を抉るように拳を突きつける。
「ぐほっ!」
腹を押さえる男をそのまま、相手の方へと突き飛ばし、彼は走り出した。
「こっちは時間がないってのに」
部屋から脱出できたが、出口側に銃を持つ男達が雪崩れ込んでくるのを彼は察した。
「一気に駆け抜けるか」
彼の体が沈んだと思った瞬間。
もう、そこに彼の体はなかった。
地面を蹴り、壁を駆け抜け、宙を舞う。
まるで、芸術的な曲芸を見るかのような優雅さを持っていた。
「はい、終わりっと」
銃を持つ集団をあっという間に避けて、彼は開いた窓枠に手を掛けた。ひゅうっと旋風が彼を打ち付ける。
「逃げられるか! そこは60階の窓なんだぞ!」
男の言う通り、そこから落ちれば助からないだろう。
「だろうね。でも、そこまで考えなしに来た訳じゃない」
楽しげに笑みを見せると彼は、窓枠に立ち、そして、背中から身を投げ出す。
「何っ!?」
そこにあるのは、一機の宇宙船。その中に彼は吸い込まれるように乗り込んだのだ。
「くそっ!! やられた!!」
「あの宇宙船、確か……」
蒼銀色のジェット型の機体に刻まれた、文字は。
「ああ、間違いない」
「『アール』だっ!!」
忌々しそうに、彼らは飛び去っていく宇宙船を見送るのであった。
シュン、という軽い音と共に、その扉は開いた。
目の前に飛び込んでくるのは、無限に広がる宇宙。ブリッジから見える宇宙は、なんと美しいのだろうか。それとも、一仕事を終え、開放的な気持ちがそう思わせるのか。
珍しくそんなことを思いながら、彼の歩は自分の席へと向けられた。
三本の太いベルトで固定された、黒の頑丈そうなブーツ。
太ももには、両方に1丁ずつ、黒光りする銃がホルスターで固定されていた。
腰には二本のショートソード。それを互い違いに固定し、両手で一気に引き抜けるようになっている。
体格は中肉中背といったところか、身長は170近い。
彼は黒いジャケットを、自分の席の背もたれに乱暴にかけ、どっかと座った。
「ああーーっ!! やっと終わったぁーーっ!!」
ぐいっと席の背もたれを倒しながら、彼は天井へと突き出すように腕を伸ばす。
「お疲れ様でした、マスター」
音もなく、そっと彼の側に控えるのは、彼よりも少し背の低い女性。
こちらは白を基調とした、飾り気の無いシンプルなワンピースに身を包んでいた。
足元には足首を隠すくらいの、ヒールの高いショートブーツ。
長くゆるめのウェーブをかけた金髪を一つにまとめ、グレーの瞳で、彼女は表情なく彼を労った。
これでも彼女なりに、精一杯、表情を付けているつもり……らしい。
ちなみに、先ほどの研究所で通信してきたのは、彼女だったりする。
「ありがと、カリス」
くるりと席を回して、カリスと呼ばれた金髪女性に向き直る。
「けれど、あの研究所から獲って来たものが、ニューハーフといちゃいちゃする動画というのはどうかと……」
「まあ、言いたいことは分かるけどね。お陰で実入りが良かったんだ。深く考えないことも必要だよ?」
とりあえずと、彼はそう区切って。
「今回も君のお陰で、無事、依頼をこなす事が出来たよ」
「いえ、それには及びません。わたくしはマスターに比べれば、まだまだですから」
そういうカリスに彼は思わず、苦笑を浮かべた。
「それにしても、ソレを外さないのですか?」
「ああ、忘れてた」
カリスに指摘されて、彼は耳元にあるボタンを押す。すると目元を覆っていたミラーシェードが音もなく耳元のイヤーギアに収納された。
その振動で、彼の長い銀髪がふわりと揺れる。彼の銀髪は、首もとで一つにまとめられ、左肩に垂らしていた。
「道理でちょっと暗いと思ったよ」
「もう少し早く気づくべきでは?」
そんな鋭いカリスの突っ込みに彼は。
「だってさ、こっちは昨日まで寝ないで船をかっ飛ばしたんだ。他のことが疎かになっても、仕方ないってもんだよ」
席の前にあるデスクに触れて、キーボードと立体ディスプレイを展開した。
「とにかく帰るまで余裕が出来たんだ。これならあと一つくらい依頼を受けてもいいかもね」
キーボードを慣れた手つきで打ち込み、自分のメールボックスを開く。
その殆どが身内からの定期連絡ばかりであったが。
「あ、一つ依頼が来てる」
さっそく彼はそのメールを開いた。
『アール殿
貴殿の噂は、このメルビアンまで届いている。
良いものも悪いものも。
それを思慮しても、ぜひ貴殿に頼みたい案件がある。
メルビアンの我が城に来ていただきたい。
メルビアンの老騎士より』
そのメールの末尾には、メルビアンの城の場所らしい、座標が記されていた。
「老騎士、か……」
彼……いや、アールはオッドアイの瞳を細めて、口元に笑みを浮かべた。
「決まりましたか?」
「メルビアンの食べ物は美味しいって聞くからね」
アールはそう言いながら、そちらに向かう旨を、かの老騎士にメールで伝えたのだった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.41 )
- 日時: 2013/02/05 09:29
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第2話 ◆メルビアンの城と老騎士と
20時間後、アールは、惑星メルビアンを訪れていた。
酪農や農業で栄えたその惑星は、他の星よりも上質な食材が手に入るという、農業都市であった。広大な敷地を占める巨大な工場は、全てオートメーション化された農場であり、都市を支える中枢でもあった。
そんな都市を、アールの車が駆け抜けてゆく。シャープなボディデザインは、今でも通用しそうな雰囲気はするものの、空を飛び回るエアカーが主流なこの時代には、レトロだのクラッシックだのというレベルの代物になっているのは、否めないだろう。道の悪い惑星に対応するために、特殊強化されたタイヤで走行しているのだが。
そんな町のはずれに、アールの向かう目的地が存在する。
「で、かの老騎士が言った城って……ここのことか?」
アールの車と同じく、いやそれ以上にレトロなアパートメントだ。西暦2000年代では最先端であったそこも、アールの車と同様に化石……いや、天然記念物といっても過言ではない、格安な物件だろうことが窺える場所であった。
「城の割にはいささか、小さく見えるけどね」
アールは、車の扉を開き、自分の愛車から降りた。
レトロすぎる車に、物珍しそうに眺める野次馬達が集まってきていたが、アールは気にするそぶりも見せずに、そのままアパートメントに向かっていく。
向かった先は、指定された部屋番号の前の扉。
「ここか」
チャイムを鳴らそうとした手が、止まった。
その前にがちゃりと、アールの目の前の扉が開いたからだ。
「貴殿が、アール殿か?」
彼の目の前には、予想通り、老人が立っていた。
だが、普通の老人ではない。
体の一部……いや、その大部分が機械。サイバー化している。
しかも、メールにあった通り、一般人のそれではなく、軍人や騎士達に使用される強力なパワーとスピードをもたらす代物でもあった。
———油断したら、喰われる、か。
自分の纏う空気を、殺気だったものに換える。いわば臨戦状態といったところだ。
「ええ。貴方が私を呼んだ『老騎士』殿と見受けますが」
アールは彼があのメールを送った本人だと直感した。
「入ってくだされ、話は奥で」
老人の言葉に静かに頷くと、そのまま颯爽と、部屋に入っていく。
部屋の中は簡素ながら、きちっと隅々まで整えられていた。
必要最低限のものしか置いていないようにも見える。
老人に促されるまま、また扉の奥へ。
通されたのは、テーブルと椅子のあるダイニングであった。
椅子を勧められ、アールはさも当然と言わんばかりに座って見せる。
「で、用件は?」
「単刀直入ですな」
アールの柔らかな微笑の中に、凛とした響きを感じる。
ミラーシェードの中に潜む瞳が、ゆるりと細められた。
「仕事は何事もスマートに、それがモットーなもので」
僅かに笑みを零して、アールはもう一度、用件を促した。
老人は、アールの側に湯気の立つ茶を置いて、自身も椅子に座った。
「これをある場所に運んでいただきたい」
こんとテーブルの上に置かれたのは、ブルーの小箱。
老人は側面にあるスイッチを押して、その蓋を開けた。
そこには一枚の、黒光りする小さなデータチップが収まっていた。
「これは?」
「大切な……大切なデータですじゃ。壊さずに目的地まで運んでいただければ結構」
小箱と、新たにカードを添えて、アールに手渡した。
「目的地はそこにある通り」
アールは受け取ったカードの隅のボタンを押して、小さな立体ディスプレイを表示させる。そこには、ある惑星の座標と、その地図が記載されていた。
「ここから遠い場所か」
一瞥して、場所を特定したアールに。
「もう場所がわかったのですかな。流石はSSS(スリーエス)クラスハンターですな」
アールのような生業をするには、まず、『ハンター』になる必要がある。
ある程度の戦いのスキル、運び屋のスキル、そして、信用。
それさえ兼ね備えれば、どんな惑星に行っても、身柄はハンターカードで保障され、無理さえ言わなければ、希望の職業に就ける。今、この銀河で人気の資格であった。
ちなみにアールが選んだのは、運び屋と傭兵の職。
また、彼も最初は最低ランクで始めたのだが、度を越した依頼をこなす内にいつの間にか、ランクはあれよあれよと上がっていき、気がつけば最高ランクのSSS(スリーエス)まで上り詰めていた。
アールと同じランクの者は、数えるくらいしかいない。
しかも、その中で生きている者は、恐らくゼロだ。
「で、期限は?」
アールは確認も兼ねて、尋ねる。
「2週間で」
「………」
地図にある場所まで、ゲートを使って行っても、5週間掛かる行程だ。
それを、2週間で運ぶのなら、別のルートを選ぶしかない。
「おや、難しいですかな? 流石のハンター殿も降参ですかな?」
黙ってしまったアールに、老人は試すかのように彼の顔を覗き込んだ。
「報酬を聞かせていただこう」
地図の載ったカードを老人に差し出しながら、アールは冷たい口調で告げた。
まずは報酬を見てからでないと、これ以上は判断しかねると言いたげに。
「では、前金でこのくらい。後の残りは無事、依頼を果たしてからで」
老人はもう一枚のカードを差し出した。
カードを受け取り、それに記された金額を見て、妥当な線かとアールは判断する。悪くは無い取引だ。むしろ高額の部類に入る。
「引き受けよう」
顔を上げて、アールがそう告げたとき。
「では、一緒にかの方も運んでくだされ」
「はぁ?」
思わず、アールは間の抜けた声を出してしまった。
だが、老人はそれに気づかぬ素振りで、扉の奥へ入り。
連れてきたのは、車椅子の少女だった。
長いストレートの金髪をバレッタで止めている。
その蒼い瞳から、アールを侮辱するかのような、冷ややかな視線を投げかけていた。
———『彼女』に、似ている……。
思わずアールは心の中で呟いた。遠くで待つ『彼女』と、自分の助手を務めるもう一人の『彼女』とを思い出しながら。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.42 )
- 日時: 2013/02/05 09:30
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
「じい、この者は?」
「あなた様を運んでくださる方ですじゃ」
老人が少女にそう話す。
どうやら、老人はまだ詳しい内容を彼女に話していなかったらしい。
「運ぶ? どういうことだ?」
状況を把握し切れていない少女が、不機嫌そうにじいと呼ばれた老人へと尋ねた。
アールがいるというのに、二人だけで会話が進んでいく。
もっとも、彼はそのことを気にするつもりもないが。
「ここはもともと危険な場所。ここから離れ、より安全な場所へ一時的に避難していただきたいのです」
そう答える老人に向かって。
「危険? だが、今まで何もなかったぞ?」
少女はムッとした表情で告げる。
「いえ、今まで何も起きなかっただけのこと。このじいめが色々と画策いたしましたが、これ以上は……やはり歳には勝てますまい」
老人の言い分も分かる気がする。そう、アールは思ったが、口には出さずにその場を静かに見守る。
そして、彼女はしばし考えた後に、決めた。
「……一時的、なんだな」
「ええ、一時的に、でございます」
「わかった、従おう」
切りの良い所でアールが尋ねる。
「そろそろ、話の続きを聞かせていただきたいんだが」
「お見苦しいところをお見せしてしまいましたな」
「じいが急に決めるからだ」
「それに」
アールも金髪の彼女を一瞥しながら確認する。
「彼女も、このチップと共に運ぶと?」
「おや、先ほどのカードにも記しておいたはずですぞ?」
———なに!? 見逃していた!!
すぐさま見直し、自分の失敗に狼狽する。
きっとコレも、面倒な依頼をこなして、心が大きくなっていた所為だと、アールは心の中で舌打ちした。
「まさか、この依頼、反故にしてしまうつもりではありませんな? 体の不自由な少女の切なる願いを聞き届けないとは……あのSSS(スリーエス)クラスの貴殿が断ったとなれば、一大事ですぞ?」
一応、慈善事業にも手を貸している手前、断りにくいのも確かではある。
それに……。
改めて、金髪の少女を見る。
歳は15、6だろうか。体が不自由だと言っていたが、それを差し置いても、健康そうな肌とスタイルを維持しているのを見ると、老人は甲斐甲斐しく彼女の世話をしていたのだろう。
自分の傍にいる二人の『彼女』、そして、目の前に居る『少女』。
その姿が重なるように見えた。
———覚悟を決めるか。
アールは立ち上がり、彼女の側にやってくる。
そして、恭しく片ひざを付き、かつ、紳士的に……いや、一人の騎士として慣れた素振りで、頭を下げてから、彼女の手の甲に挨拶をした。
彼女も慣れた素振りで、それに応じる。
瞬間、頭の中で何かが『爆ぜた』。
それは断片。
いくつもの思考が折り重なった渦巻く映像(ヴィジョン)。
きっと、それは『予知』にも似た、警告なのかもしれない。
全てを把握することはできなかったが、目の前の少女が、何かしらの『使命』を持っているのが分かった。
それを見ることができたのは、ここにいるアール、唯一人だけ。
「わかった、引き受けよう。彼女もこのデータも」
改めて告げられたアールの言葉に、老人は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。その言葉が聞けただけで満足ですじゃ」
挨拶もそこそこに、既に老人の手によって用意された荷物を受け取り、少女をアールの乗ってきた車へと誘導する。
慌てたように逃げる野次馬達を、アールが一睨みで散らし、車の扉を開けた。
その傍で、老人は名残惜しそうに、ゆっくりと少女をアールの車の助手席へと座らせていた。
「じい……」
「お気をつけて、姫様」
「んっ……」
対する少女も不安そうに見つめるも、閉められた扉に心を決めたようだ。
「さて、宜しいですか? 姫君」
「ああ」
アールは、車のアクセルを踏み込む。
車は滑るように宇宙ポートへと向けて、走り出した。
少女はその助手席から、ずっとずっと、彼らのいた幸せな『城』を名残惜しそうに、ただ、眺めていた。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.43 )
- 日時: 2013/02/05 09:32
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第3話 ◆遠くなる感傷 迫り来るカーチェイス
少女はずっと、窓の外、後方を眺めていた。
かつて老人と住んでいたアパートメントがどんどんと遠ざかっていく。
どのくらいの時間、あの地で過ごしていたのだろう?
家族と共に居た時間の方が遥かに多いのに、何故か、あのアパートメントでの記憶が鮮明に思い出される。
そう、まるで走馬灯のように。
涙を堪えるような彼女を見て、アールは口を開いた。
「一つ、聞いても……いいですか?」
「何だ?」
先ほどの涙は何もなかったかのように、金髪の少女は不機嫌そうな声を上げた。
アールは思わず心の中でだけ、苦笑を浮かべた。
彼女はこれから、過酷な運命を背負って生きていかなくてはならないのだ。
そのためにも、知らなければならない。
「名前を……教えてくれませんか?」
訊きそびれていた、少女の名を。
「その前に、紳士なら自分の名を名乗ってからするものだろう?」
「私はアールと呼ばれています。お好きなように呼んでください」
ふんと鼻を鳴らして少女は告げる。
「リンレイだ」
意外に可愛い名前に、自然に笑みが零れた。
「良い名ですね」
そういうと、リンレイは驚いたように目を見張り、そして、そっぽを向く。
ほんのりと頬を染めているのは、気のせいだろうか?
———ファーストコンタクトにしては、まあまあかな。
ほっと胸を撫で下ろして、アールはまた前を向いた。早くカリスの待つ宇宙船に戻らなければならないのだから。
一方その頃。彼らを追う影があった。
車よりも大きいが宇宙船よりは小さい。
エアフライヤーと呼ばれる、一人乗りの小型の飛行船。
ただ、普通のものと違うのは。
「あの車か? 『アール』が乗っているってのは」
エアフライヤーは2機。互いに通信機を使って交信している。
2機のエアフライヤーの運転席から映し出されるモニターには、アールの車が映し出されていた。
「おい、見てみろよ! 足つきだぞ、足つき」
二人は笑いながら、車を見下ろす。タイヤなんて、今の車には存在しない。全ての車は空を飛んでゆく。飛行船と同じ高さまでは飛べないが、それによって、どんな地形でも高速で移動することができる。だからこそ、タイヤのある『足つき』は珍しいのだ。
「あれで俺達を振り切れると思うか?」
「いいや、無理無理。無理に決まってる」
けたけたと楽しげに、二人は操縦桿を前に倒した。
「さっさと、あの足つきを壊して」
「奪ってやろうぜ、アイツの全てを」
くくくと、くぐもった声が、エアフライヤーの中で響いた。
アールの車は、地平線まで延びているかのようなハイウェイをそのまま、突き進んでいた。
「私の船は、この先の街に停泊しています。後、数十分で着きま……」
アールの言葉が途中で途切れた。
「な、ど、どうした?」
リンレイも驚きの声を上げた。
がくんと車が急停車したからだ。いや、すぐさまアールはそれをバックへと切り替えて、全速力で後退した。乱暴な運転にリンレイは顔を顰める。
ふと、フロントガラスの前を見た。
一面、煙に包まれている。が、それもすぐに晴れた。
「クレーター?」
リンレイは目を丸くして、目の前を見つめている。
数秒前にはなかった、巨大なクレーター。ソレが今、目の前に立ちはだかっている。
「正確には、ミサイル攻撃を受けた、ですね。……全く、ここの治安機構は何をしているんですかね?」
後方を見ながら、車のギアを切り替えて、アールは告げる。
「しっかり掴んで、舌を噛まないよう」
「それってどうい……」
リンレイが尋ねる前に。
「き、やああああああああ!!」
車が急発進! 猛スピードで車は駆け抜ける。
ギアチェンジ、またアクセル。バックに入れたり、前に入れたり。
それもスピードに乗ってる中でやり遂げるのを見て、リンレイは密かにアールの腕の良さを実感していた。
「リンレイ、右を」
有無を言わさぬ、その言い草にリンレイは憤慨するも、言われた通りに右を向く。
そこには、エアフライヤー2機がこちらに向かって、レーザーやらミサイルやら撃ち込んで来ているではないか!?
確か……と、リンレイは老人に教えられた言葉を思い出していた。
『姫様、エアフライヤーは、一人乗りの小型飛行船ですじゃ。スピードもあるし、違法ではあるものの、ミサイルやレーザー、機関銃などの武装を取り付けることが可能です。ですが』
エアフライヤーの写真が張ってあるホワイトボードを、こんこんと叩いて老人は、重要なことを教えた。
『軽くて、ぶつかっただけで大破するほど、機体が弱い。そのことをお忘れなきよう』
「あ、あれは機体が弱いぞっ!!」
やっとのことでリンレイは、それを教えた。
「で、どうやって攻撃します?」
「へっ!?」
すなわち、それは攻撃する術がないことを意味していた。
「まあ、とにかく、リンレイ。あれはリンレイの味方ではないんですね?」
「味方なら、攻撃……しないっ!!」
「じゃあ、敵ということで」
手近のボタンを二つ、即座に押した。
ぱしゅぱしゅと軽い音と共に、煙が噴出す。
「攻撃手段、あるじゃないか」
「目くらましですよ。ほら、すぐに出てきましたよ」
と言いつつも、右に左にハンドルを切りながら、追っ手の攻撃を巧みにかわし続ける。フロントガラスに映った速度を見て、リンレイは思わず目を擦った。
———時速、400km以上、出ている……だと?
「そういえば、じいが言っていた」
「何です?」
「ハイスピードで駆け巡る乗り物があるらしい。確か……そう、絶叫マシーンとかいう」
「ジェットコースターですか」
「そう、それだ!! うわあああああ!!」
急にハンドルを曲げた。体ががくんがくんと左右に揺れる。
「全く、こっちは客を乗せてるって言うのに」
アールは煩わしいと、テンキーを呼び出し、番号を打ち込んだ。
『どうかなさいましたか、マスター』
どうやら通信機だったらしい。出てきたのは、女性。いや、アールの助手、カリスだ。
「どうもこうも、面倒な敵に追われてる」
『それは大変ですね』
人事のように言う、カリスの言葉にリンレイは思わず眉を顰めた。
「そうじゃなくって……こっちは面倒なストーカーに追われてるんだよ、全く」
『マスターなら、すぐに撒けるではありませんか』
カリスの一言に、アールはため息を漏らしながら。
「客を乗せてる」
『客? お客様、ですか?』
やっとカリスも理解したようだ。アールが何故、そうしなかったかを。
「そういうこと」
『それは失礼しました。すぐに向かいます』
「ああ、宜しく頼むよ」
そんな二人のやり取りをリンレイは、漫才のようだと思っていた。
それにしても……そう言い合いながら、ハイスピードを出している車を見事に制御し、敵の攻撃を一撃も受けていない。アールのドライビングテクニックは、かなり高度なものだと言わざるを得ないだろう。
「でも、全てを操作するのは、いささか疲れてきましたよ。D・ドライブ、プログラムフェンリルを起動」
アールの声に、車が反応した。リンレイは、機体の隙間から、煌めき伸びる回線を見たような気がした。
『フェンリル起動します』
無機質な女性の声。先ほどのカリスの声に似た声だった。
続いてアールはもう一度、告げる。
「プログラム・ミラージュ展開」
『ミラージュ展開しました』
また車が反応し、今度は、車体の周りが虹色に歪んだ……気がした。
「何をしたんだ?」
「より操作しやすくしたのと、デコイを張りました。これで敵の攻撃も避けやすくなりましたよ」
そんなことを聞きながら、リンレイはもう一度、速度表示を確認した。既に400を超えて500近くになっている。それにしても、この車はどれだけのスピードを出せるのだろうか? いや、それ以前にそれだけのスピードを出していると言うのに、圧力を感じないのは気のせいだろうか? レトロな車かと思っていたが、この車はかなりの高性能だというのか?
そう思った途端、リンレイは、気持ち悪いを通り越して、くらくらしてきた。
「うぷっ……」
「はいどうぞ」
アールが手渡したのは、白いビニール袋。
ありがたくそれを受け取り、思いっきり吐き出した。
「すみませんね。こんなに荒い運転するつもりはなかったんですけど」
「いや、気にするな。少し楽になった」
何とか袋をきゅっと締めると。
「外に投げていいですよ」
アールはリンレイ側の窓を開いた。
凄い風が吹き込んできたが、リンレイは、いつまでもこの袋を持つ気はない。
憎しみを込めて、思いっきりエアフライヤーに向かって投げつけてやった。
が、残念ながら、それは届くことなく、地面に当たって散った。
しゅんと音を立てて、また窓が閉まった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.44 )
- 日時: 2013/02/05 09:33
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
エアフライヤーの中でも騒ぎが起きていた。
「なんだ、あの足つきは!!」
「あんなスピード、足つきで出せるわけが無い!!」
何度も照準を合わせて撃っているというのに、相手はそれを巧みに躱していく。
まるで後ろに目があるかのように。
と、何処からか通信が入ってきた。
「どうした?」
「どうやら、この追いかけっこも終わりだ。応援が来たぞ」
「こりゃ相手も終わったな」
二人は楽しそうに口元を歪めた。
「チッ……」
アールが舌打ちする。
目の前に大きな船が現われたのだ。
小型ではあるが、それは明らかに武装したスペースシップだとすぐに分かった。
しかも、その船はこちらに照準を合わせて、誘導レーザーを放ってきた。
咄嗟にリンレイは目を瞑り。
「………あれ?」
やって来るはずの振動も閃光も熱さもレーザーも感じなかった。
感じたのは、少し陰ったことだけ。
「遅いですよ、カリス」
『すみません、混んでいたものですから』
追ってきた船よりも二周りも、いや、もっと大きい。
蒼白く輝くその美しい船は、アール達の車の盾になってくれたようだ。
『すぐに回収します』
船はすぐさまハッチを開き、アールの車を捕らえると、見えない力———いや、反重力だろう———で、車体ごと回収した。ふわりと浮く感覚が、リンレイには慣れなかった様子で、不機嫌そうな顔を浮かべていた。
「ありがとう、助かったよ」
アールの言葉と同時にハッチが閉まり、代わりに人工的な明かりがアール達を照らす。
『このまま一気に飛びます』
「ああ、頼むね」
そういって、アールは車から降りると、そのままリンレイの乗る助手席に向かう。
ここからでは、外の様子が見えなくなっていた。
どうなっているか分からないが、恐らく、彼らを撒けたのだろう、きっと。
と、リンレイの席の扉が開いた。
そして、アールは彼女へと手を差し伸べる。
「ようこそ、リンレイ。私の船へ」
「荒い歓迎だったがな」
その手にリンレイは、自分の手を重ねる。リンレイの言葉にアールはくすりと笑い。
「この次からは気をつけますよ」
「ああ、頼む」
やっと、慣れた車椅子に腰掛けられて、リンレイはやっと息をつけたのだった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.45 )
- 日時: 2013/02/05 09:35
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第4話 ◆アールの船とモーターギア
先ほどまで続いていた振動が、とたんに静かになる。
「何とかなったかな?」
そう呟いて、アールはリンレイの車椅子を押していく。
アールの車を収納した格納庫は、意外と明るい場所であった。
整備などにここを使うためだろう。その格納庫には、車だけでなく、巨大な人型のものが鎮座していた。
もちろん、人間ではない。
「モーターギア……」
これも、リンレイは老人から教わっていた。そう、確か……。
『姫様、これがモーターギアというものです』
ホワイトボードに貼り付けられたのは、巨大なロボットであった。
『タダのロボットだろ?』
そう面倒くさそうに呟くリンレイに、老人は真面目な顔で告げた。
『これら全て10メートルほどの大きさです』
『大きいんだな』
『そうでございます。今、ボードに張ったのは、作業用のものです。主に土木工事などに使用されます』
ふうーんと興味なさげにリンレイはそれを眺めていた。
『こちらはそれとは別でございます』
新たに張り出したのは、作業用と呼ばれたものよりも幾分、スリムになっており、より人間らしい形をしていた。しかし、その手や肩などには、いくつもの武装が取り付けられていた。
『随分、物騒なものを持っているな』
『軍事用のモーターギアでございます。しっかり覚えてくだされ、姫様』
『面倒だな。覚えなくてもいいだろ?』
『いえ、万が一ということもございます。そのために敵を知るということは、とても有効なのでございますぞ』
そういって、老人は説明を続けた。
『これらモーターギアは、フレームの型によって、更に細分化されております』
『フレームの、型?』
『姫様、姫様のつけているイヤリングは何製ですかな?』
『シルバーだが?』
『そう、シルバー。このモーターギアのフレームも、そのアクセサリーと同様、シルバーやゴールド、ダイヤなどの名が付けられているのです。より高級な材質であればあるほど、そのフレームは強いということになります。ブロンズフレームなら、シルバーフレームのモーターギアには、性能の上では太刀打ちできないということになります』
『なるほどー』
改めて、アールの格納庫を見る。
そこには、モーターギアが2体、置いてあった。
白銀色をした、華奢なフォルム。どちらかというと女性的な形をしている。くびれや足も前に老人に見せてもらったよりも遥かに細い。より人間らしいといっても過言ではないだろう。
現在、主流になっているモーターギアのデザインは、いずれもガタイが良い。むしろ、そうしなければ、立つことはおろか、動くこともままならない。そうなると、目の前にある白銀のモーターギアは……まるで天界から舞い降りた戦乙女(ヴァルキリー)を思わせるギアは、立てないということになるが……。
「私の使ってるシルバーですよ。名前は『ルヴィ』と言います」
「ごつくは……ないんだな」
「どうも、今、主流のギアは私好みではないもので。少々いじらせてもらいました」
アールはそういって、その白銀色したモーターギアを優しく触れる。愛おしそうにそっと。
「いじるってものではないだろう? これ、立つのか?」
「ちゃんと立ちますよ。軽量化もしてますから、速いです」
「本気(マジ)か?」
思わず、言葉にしてしまう。
と、視線を外した先に、もう1機のギアが目に入った。
こっちは青白い機体。
「こっちは……」
妙にデカイ。ずんぐりむっくりという表現がぴったりな奇妙な形をしていた。
そう、いわば……。
「マトリョーシカか?」
何処かの国のアンティークショップに、こんな形の土産物があったように思う。
「これでも、ルヴィよりも遥かに高性能なんですけどね」
リンレイの疑うような顔を見て、アールは思わず苦笑を浮かべる。
「これが、か? このシルバーの方がちょっと細いが、強そうに見えるぞ」
そういって、リンレイは『ルヴィ』を指差していると。
「マスター」
と、そこへ声が掛けられた。凛と響く女性の声。
「ああ、もう来たの?」
ざっくばらんに受け答えするアール。
そこに現われたのは、白いワンピース姿の金髪の女性であった。
「紹介します。彼女はカリス。私の助手をしてもらってます」
「初めまして、カリスと申します。で、この方が……」
軽く礼をした後、カリスはアールの方を確認するかのように見る。
「ええ。名はリンレイ。我々の客人だから、丁重にもてなすように」
「畏まりました」
リンレイは、そのやり取りを遠くで眺める振りをして、もう一度、モーターギアを見上げた。シルバーの———確か『ルヴィ』と言ったか———美しいフォルムに瞳を奪われていた。まるでこれは芸術品ではないのかとさえ、思えてしまう。
「もしかして、これはカリスとやらが乗るのか?」
「いえ、どちらも私専用ですよ」
さも当然といわんばかりにアールが答えた。
「なんでお前用のものが、2機もあるんだ? 1機で十分だろ?」
そんな疑問を投げかけるリンレイに、アールは丁寧に説明した。
「その方が面倒ごとが少ないんですよ。ルヴィでいいときはルヴィのみで、そうでないときは、奥のギアを使うんです。奥のは少々、燃費も悪く、かなりのじゃじゃ馬なので」
そういうアールを冷たい瞳でカリスが睨んでいるように見えたのは、気のせいだろうか? きっと、アールが乗せないから、カリスが怒っているのだとリンレイは思う。
「少し、カリスとやらを大事にしたらどうだ?」
「大事にしてますよ。大切なパートナーですし」
アールの言葉に、カリスが、僅かに喜ぶような素振りを見せた。
僅かな、本当に僅かな変化ではあったが。
「まあ、そういうことならいい。それよりも……さっきの追っ手はどうした?」
「気になりますか? なら、ブリッジに行きましょうか」
今度はカリスがリンレイの車椅子を押して、アールの案内するままに3人は、ブリッジへと向かったのであった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.46 )
- 日時: 2013/02/05 09:35
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
ブリッジから見える宇宙は、静かなものであった。
3枚の窓から映し出される宇宙は、果てしなく広がる星空を見せていた。
吸い込まれそうな感覚に陥りそうになりながら、リンレイは思わず首を横に振った。
「撒いたんだな」
安心したかのようにそうリンレイが呟くと。
「いえ、まだ完全ではありません」
そういって、アールはそのまま、操縦席に座り、いくつかの立体モニターを展開させた。
「敵の位置は?」
その言葉にカリスが即座に答える。
「後方2時の方角に3機……いえ、4機になりました」
カリスも傍にある専用席に座って、早速、モニターを開始していた。
ぱちぱちとキーボードを操作し、展開されているモニターに敵の位置を映し出していた。
「どうするんだ? 近くにプラネットゲートはないぞ?」
そんなリンレイの言葉に、アールは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「カリス、B3576のブルーポイントは、まだ健在?」
「はい、オールグリーンです」
ブルーポイントとは、各地につけた印のようなものである。正確に言うと、アール達が独自に割り出した座標ともいうべきもの。オールグリーンということは、それは問題なく機能している、生きているということに他ならない。
「じゃあ、そこに『飛ぼう』」
アールはそれを確認して、手元のキーボードを操作し始める。
「ちょ、ちょっと待て!」
それを止めたのは、リンレイ。
「もしかして……ゲートなしで、『飛ぶ(ワープする)』のか?」
アールは、にこっと先ほどの笑みを浮かべて。
「危険すぎる!! ある者がゲートなしで飛んで、間違って、恒星に突っ込み燃え失せたって話さえある! もし、星のマグマの中にでも突っ込んだら……!!」
「だからこそ、『マーカー』が必要なんだよ」
別のモニターに新たなウインドウが現われていた。
聞いたことの無い、宇宙の名前が表示されている。
「それに、お客様がいるってのに、失敗したらあの老騎士さんに怒られてしまうからね」
再び、アールがキーボードを操作する。
「じゃあ、カリス準備」
「でもっ!!」
「追っ手がすぐそこまで来てるっていっても?」
アールの指差した向こう。
そこには先ほど、リンレイ達を散々痛めつけた憎き追っ手が迫ってきていた。
「なっ!!」
がたりと立ち上がろうとするも、立ち上がれずに、また座り込んでしまう。
どちらかというと、体の所為で立ち上がれなかったというのが本音だろう。
「それが賢明」
アールはそう言って、傍にある青いボタンを押した。
「マスター、すぐにでも次元空間に行けますが、いかがしますか?」
「オーケー。行っちゃって、カリス」
「次元空間、オープン!」
ぶんっ!
一瞬、何かがズレて、戻った。
次に見たのは、流れる白い宇宙。
けれどそれは思うよりも眩しくなくて、その空間は明るく優しかった。
普通、ワープをすると、個々の体質にもよるが、酔う者も少なからずいる。もちろん、全く平気な者も。だが、アールやカリスはもちろん、リンレイもワープによる船酔いはなかった。
「さてっと、これで敵も撒きましたし、一息つきましょーか」
そう言ってアールは、慣れた手つきでミラーシェードをしまいこみ、ついでにイヤーギアを外した。
「え? あ?」
そこに現われたのは、蒼い瞳と亜麻色の瞳のオッドアイの青年。
20を過ぎていると思うが、それでも若いと思う。
「ああ、オッドアイ。見るの初めてですか?」
「あ、ああ……」
「それに若造だと」
「そんなことっ!!」
「いいですよ、よく言われてますし」
そういって、今度はジャケットを脱いで、席の背もたれに掛ける。
「だから、これで顔を隠しつつ、ハッタリかまして稼がせてもらってます」
背中越しに聞こえるその声に、リンレイは、何か淋しげなものを感じた。
「ああ、カリス。彼女を部屋に連れて行ってあげてください。疲れているでしょうから」
「わかりました」
「あ……」
言いかける手は、アールには届かず。
カリスはそのまま、アールに指図された通りに、リンレイを部屋へと運ぶのであった。
それを背中で見送ったアールは、ふうっと息を吐いた。
それは、ため息から出たものか、それとも、緊張のためか。
アール自身、判断できかねることであった。
いや、それよりも分からないのは。
腰のポーチから取り出したのは、老騎士から託されたメモリーチップ。
箱を開けて、眩しいものを見るかのように瞳を細める。
「本当に、面倒なものをくれたものです。あの老人は」
食えないと呟いて、知り合いにメールを打つ。
「マスターなら、それを見れるのでは?」
ノックもなしに、カリスが戻ってきたようだ。突然、後ろから声がかかる。
「カリス、戻ったのなら、ノックくらいして欲しいな」
「そんなこと、初めて聞きましたが」
「いいじゃないか」
「で、これを見ないんですか?」
カリスが指差すのは、例のメモリーチップだ。
「まあ、頑張れば見れるだろうけど……このロック、30個もかけられて、かなり複雑なようだよ」
「え?」
アールが一瞥した、視線の先にあるチップには、かなり厳重な『鍵』がしてあったようだ。
「『飛び』ながら、チップにダイブしろ?」
ぐいっと背もたれを後ろに深く倒しながら、頭を掻く。
「『リキッド』2つ使い切るし、一週間ぐらい使い物にならなくなるけどいい?」
「いえ、結構です」
「でしょ? だから、お爺ちゃんに頼んでみた。興味持ってくれるといいんだけど」
「そうですね」
箱からチップを取り出し、白い宇宙に翳してみる。それで中身が見えるわけではないが、それでもつい、翳してしまう。
「一体、何が入っているのやら……」
そしてアールは心の中で、自分達を送り出した老騎士の安否を気遣いながら、操舵モードをフルオートに切り替えたのだった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.47 )
- 日時: 2013/02/05 09:37
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第5話 ◆リンレイ改造計……画?
翌朝。
アールはいつものように起きだし、食堂へ向かった。
あくびをしながら、慣れた手つきでコーヒーにミルクをたっぷりと入れる。
砂糖を入れないのは、アールのこだわりの一つ。
「ん、美味し……」
朝のモーニングコーヒー(?)にアールは、幸せそうだ。食卓に置いてあるタッチパネルを使って、朝のニュースを確認し始める。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、カリス。リンレイの様子は?」
アールの言葉にカリスは淡々と答える。
「まだぐっすり眠っていらっしゃいます。恐らく、もうしばらくは寝ているのではないかと」
「まあ、昨日はいろいろあったからねぇー」
思い出すかのように、アールはタッチパネルを見つつ、コーヒーを一口飲んで。
「で、話って何?」
先に察したのか、アールはそういって、カリスを促した。カリスは僅かに微笑み、嬉しそうに切り出した。
「リンレイの車椅子の件です。あのままでは護衛するにも面倒すぎます。そこで私は考えました」
どさりと食卓に乗せられる分厚い資料。
「リンレイモーターギア化計画ですっ!」
「ぶっ!!」
思わず飲んでいたコーヒーを噴出し、アールは酷く咳き込んだ。カリスはさすさすと背中をさすってやっている。
「な、何、それ……」
「言葉通りです。リンレイをそのままモーターギアに乗せてしまえば、護衛も楽ですし、移動も楽。一石二鳥の計画です」
「却下」
その有無を言わさぬアールの言葉に、カリスは僅かにその瞳を翳らせた。
「カリスの言う通りやれば、移動も護衛も楽だろうけど……そんな大きな物が街に入ったら、すぐさま警備隊がやってきてしょっ引かれるよ。それに街の人の迷惑にもなる」
「で、ですが……」
「まあ、リンレイが小さくて可愛くて、何か役に立ちたいって気持ちもわからないでもないけど」
じとーっとした視線を投げつけながら、アールはそうカリスの心情を言い当てた。
「最初は気づかなかったのですが、じっと眺めていると、可愛いのです! もちろん、『女神様』と『天使様』には及びませんが」
「まあ、うちの妻と子供には及ばないよね」
何気に親バカなことを言うアールに、カリスは大いに同意していた。ついでにいうと、これをリンレイが聞いていたら、きっと憤慨するだろうが。
「それにね、リンレイがモーターギア操作できると思えないし」
「何でですか? 簡単じゃないですか」
「だーかーら、僕達と一緒にしちゃダメだって。僕達は『兵器』として作られたけれど、彼女は一般人。戦うことなんて無理。それにモーターギアの操縦は、一般人がそう易々とできるものでもないよ。たとえ、カリスやOSがサポートしても、それでも操縦は複雑で繊細だってこと、忘れちゃダメだよ。だから、却下」
「うぅ……」
何も言えずにカリスは、名残惜しそうにその分厚い資料をゴミ箱に捨てた。
「でもまあ、ちょっとズレてるけど、リンレイを改造するってのはいい案かもね」
「じゃあ……!!」
急いで資料を取り出そうとするカリスの手を止める。
「そういう改造じゃなくって!! とにかく、僕に考えがある。カリス、『力』を貸してくれるかい?」
「喜んで」
カリスは嬉しそうな素振りで、ふわりとした金髪を揺らした。
リンレイと同じ、金色の髪を。
目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。
———いや、違う。
首を振り、改めて、リンレイは辺りを見渡した。
確か……そう、カリスと言ったか。金髪の女性に案内されて、船の一室を貸してもらったことを思い出した。あまり使っていないという話だったが、埃一つ無い、綺麗なこざっぱりした部屋だった。白い布団とシーツ、毛布のベッドが一つ。小さなデスクが一つ。鏡と洗面所のついたトイレとバスルームが、別々に分けられた上で、設置されていた。
そう、ここはアールの船の中。
なのに、こうこざっぱりして男臭さがあまり感じられない。
———あの、カリスという女の所為、いやお蔭なんだろうな。
リンレイは起き上がり、トイレに行こうとする。が、車椅子がやや遠くて、難しい。
手を伸ばして、引き寄せようとしているときに。
こんこん。
「リンレイ様、おはようございます。もしよろしければ、お手伝いいたしますが」
———隠しカメラとかあるんじゃないのか?
思わずリンレイは、苦笑を浮かべる。
「すまない、手伝ってくれないか。トイレに行きたい」
「入りますが、よろしいですか?」
「ああ」
許可を得て、カリスが入ってきた。
支度を終えて、リンレイとカリスは共に部屋を出た。
案内されたのは、小さな食堂。
テーブルには既に朝食の準備がなされており、フォークとスプーン、そしてパステルカラーのランチマットが敷かれていた。
「おはよう、リンレイ。フレンチトーストを用意しましたが、良かったですか?」
この甘い香りは、トーストのせいかと、リンレイは思う。
「ああ、好きだ」
そう呟いて、リンレイはカリスの手で席につく。リンレイはアールが料理を並べるのをそのまま眺めていた。
出来立てのフレンチトーストに、バニラアイスが乗っている。
他にもスクランブルエッグにベーコンとほうれん草が細かく入っているし。
サラダは具沢山のポテトサラダ。
妙に手が込んでいる。
「豪勢だな」
「お客様がいますから」
口元に人差し指を持っていって、アールは悪戯な笑みを浮かべてみせる。
「いつもはもっと質素ですよ」
「そっちの料理も見てみたいものだ」
一笑いして、リンレイ達は美味しそうな朝食を口に運ぶ。
「ああ、リンレイ。あなたに渡す物があるんです」
「渡す、もの?」
思わず、食事をする手が止まってしまった。
「ええ、驚きますよ?」
「驚く?」
「あごが外れるくらいに」
今度がカリスが口を開いた。
———あごが、外れる……くらいに、か……?
一体、何が起きるのかと、リンレイは訝しむ。
美味しいはずの朝食が、何処か遠くへいってしまった気がした。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.48 )
- 日時: 2013/02/05 09:37
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
「…………なるほど、な……」
朝食を終えたリンレイは、問題の『ソレ』と対面していた。
「で、これは何だ?」
改めて見てみよう。
コルセットだ。明らかに、貴族婦人のウエストを細く見せるために作った、あのコルセット。それに、ブーツのような、レッグギアというのだろうか。そんなものがベルトのようなもので繋がれている。
もう一度言おう。
「で、これは何だ?」
「リンレイのために用意した素晴らしいものですよ」
「略して、リンレイSSですね」
「真面目に答えろ」
ぎろりとリンレイは二人を睨みつける。アールは降参と言わんばかりに両手を挙げた。
「まあ、まずは先に着けてもらいましょうか」
「いや、その前にもっと言うことが……」
とリンレイが言いかけたとき。
「ですね」
問答無用でカリスは、リンレイを抱き上げて。
「ちょっ!?」
近くにあったベッドに横倒し。
「おいっ!?」
「あ、こっちの壁見てますね」
背中を向けるアール。その様子にリンレイは、ちょっとほっとしたが……いや、今はそれどころではない。
「うわっ!!」
脱がされた。下半身、ショーツ以外を全て、脱がされたのだ!!
しかも、上半身も捲られて、コルセットをばしっと肌に着けて……。
ばちっ!!
「なっ」
突然来た衝撃に、思わずリンレイは顔を歪める。
「一瞬だけですから」
カリスの言う通り、痛みはその一瞬だけだった。気がつけば、リンレイの胴体と足には、コルセットとレッグギアが装着された。その上に服を着せると、若干ごわつき、ちょっぴりエキセントリックな服のように見えるが、普通の人達に紛れ込んでも違和感ないくらいであった。
「一体コレは何なんだっ!」
がばりと立ち上がり、リンレイは、すぐさまアールに言い寄る。
「大体、説明もなしに痛みのあるものを無理やりつけるとはどういう……」
「良い感じですね」
「はあ?」
アールはにこにこと、指摘した。
「良い感じに、『立って』いますよ。リンレイ」
「何を言って……!!!」
視線を落として足元を見た。
リンレイは、その目で、見たのだ。
立っている。
もう立てないはずのリンレイが、二本の足で、立っていた。
「そのために用意したんですよ。またあの追っ手が来たとき、車椅子だと対応しきれなくなりますからね」
「こ、これ……」
リンレイのレッグギアを指差す手が、僅かに震えていた。
「まあ、差し詰め、リンレイ専用スタンディングシステム。略してリンレイSSって所ですかね?」
アールが説明している間に、リンレイはその装置を使って、くるりと回ったり、ジャンプしたりしてみせていた。
———もう出来ないと思っていたものが、今なら、できる!
「じい! みてみ……」
思わず出たリンレイの言葉に、アールは僅かに苦笑を浮かべたが。
「後で戻ったときに見せてあげましょう。きっと喜びますよ」
「あ、ああ……」
なんだか、リンレイの心は申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。
さっきまでの興奮が、あっという間に冷めてしまった、そんな気分だった。
「そうそう、もうワープアウトしていますよ」
アールが口を開いた。
「どこに着いたんだ?」
話題を変えてくれたことに感謝しつつ、リンレイはその話に乗った。
「ラスベルリッタです。丁度、目的地から中間地点の距離にある惑星ですよ。農業と観光で栄えてる街で、ちょっと補給をしに降ります」
「補給は大事だからな」
この大きさだから、エネルギーもかなり喰うのだろうと、リンレイは察する。
「それにもう一つ朗報があります」
ずっと黙っていたカリスも、話に加わってきた。
「お祭りが開かれているそうですよ。屋台とか出ていて、とても賑わっています」
アールは嬉しそうな笑みで、床を指差した。
「一緒に降りませんか? 補給が終わるまで、少し楽しみついでに」
その彼の言葉に、リンレイの顔はぱあっと晴れやかになった。
「ああ、行くぞっ! 絶対だっ!!」
「じゃあ、30分後に」
「任せろ!」
リンレイは急いで部屋に戻って、すぐさま必要なものを用意する。
その間、足が動くことに、車椅子がない事に、リンレイは全く気づいていなかった。
実際のところ、麻痺していた期間はほんの数年。動けた期間よりも短いのだ。
だからだろうか、動ける時の事を思い出したかのように、ギアをまとった足は心地よく動いてくれた。
そう、まるで———自分の足を動かしているような、自然な感覚で。
準備を終えたアールと合流し、リンレイ達はラスベルリッタへ降りる。
「マスター、お土産、期待しています」
ちなみにカリスは、残念ながらお留守番。名残惜しそうな視線を向けるかのように二人を見送っていた。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.49 )
- 日時: 2013/02/05 09:38
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第6話 ◆ラスベルリッタ・フィスティバル
惑星ラスベルリッタ。地元で取れた特産品を加工し、販売することで成り立っている商業都市であった。また、他の星から手に入れたものを、芸術品や食品にする技術に長けており、他国から注文が来るほどの人気を見せていた。
そして、今日。
年に数回しか行わないという、街の人達がこぞって楽しむ祭りが行われていた。
とはいっても、目ぼしいイベントは特になく、街道で屋台がこれでもかと並ぶくらいである。だが、この日限定の物も数多く出品されているため、コアなコレクターが多く集まることでも知られていた。そのため、必然的にこの日は、人通りが多くなる。街道に人が埋め尽くされるほどに。
「ようこそ、ラスベルリッタへ!!」
降り立ったとたん、リンレイの首に首飾りがかけられる。色とりどりの花輪は、甘くて良い香りを漂わせていた。
「女性にはそれが渡されるんですよ」
「そう……なのか?」
「ええ。後でドライフラワーにすると良いですよ。その花、全てここで香水として使われているものですから」
ミラーシェードをつけたアールにそう教わる。いわれてみれば、それぞれ香水にすれば、良い物になりそうな香りを出していた。
「……似合うか?」
戸惑い緊張、それらが入り交じった表情で、リンレイはアールに尋ねた。
「ええ、とっても。お似合いですよ、リンレイ」
そんなアールの言葉に、リンレイは機嫌を良くした様だ。歩けるようになったその『特殊な足』でスキップして弾んだ足取りで進んでいった。その後をアールがしっかりとついていく。
しばらく歩くと、すぐに屋台の並ぶ街道に着いた。
その置くには広場のような噴水が見え、そこからなにやら演奏を行っているようだ。
広場から離れているため、音はやや小さいものの、楽しげな音楽がアール達のところまで届いていた。
と、上を見上げた瞬間、ばっと、花吹雪が舞った。
それと同時に、クラッカーの小気味良い炸裂音が響く。先ほどとは違う、紙テープが空中をふわりと流れていった。
賑やかな声と音。そして、大勢の人人人。
どれもが、リンレイにとって、初めてだった。なぜなら、お祭りに参加すること事態、なかったことなのだから。
「はぐれないよう、気をつけて」
「あ、ああ」
目の回りそうな、その道に立ちすくむリンレイを、現実に呼び戻したのは、アールだった。すかさず、リンレイの手を握り、リードするかのように、混んでいる道をするりと縫うように歩いていく。正直、アールがいなければ、恐らく進むこともままならかっただろう。ふと、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
「あら、アールじゃない!」
声を掛けたのは、ふくよかな屋台の女将。
「ご無沙汰してます、アンナ」
すぐさま名前が出る辺り、アールと女将は知り合いのようだ。と、女将がアールが連れているリンレイに気づき、すかさず言った。
「あらあら、そっちはアールのこれかい?」
にやにやと笑いながら、女将は小指を立てる。
「なっ!!」
思いがけない話に、リンレイは驚きを隠せない。だが、当のアールはというと、落ち着いた様子で。
「違いますよ、私のお客様です。このお祭りを案内してるんですよ」
やんわりと否定していた。そのことにリンレイはほっと胸を撫で下ろしている。
「あらそうなの。残念ねぇ。でもまあ、アールのお客様ってことだから、これはオマケしてあげるわ」
そういって女将が渡してきたのは、出来立てホヤホヤのホットドック。湯気の立つウインナー目掛けて、慣れた手つきでケチャップをリズミカルに程よく付けてくれた。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして」
照れるように礼を述べるリンレイに、女将は優しそうな瞳で幸せそうに頷いて見せた。その傍らで、リンレイはびっくりした表情を浮かべて一口食べた後、静かにそれをばくばくと頬張っていた。
「すみませんね、サービスしてもらって」
アールがお金を払おうと自身の財布を取り出そうとしたが、女将はそれを止める。
「いいんだよ、前に助けてくれたお礼だからね。それにしても……あんた、今日は祭りなんだから、もっと気楽な格好できなかったのかい?」
女将は、黒一色に包まれたアールの服装を指差して、ため息をついた。
「これでも仕事中ですから」
「それでもねぇ……」
言いたげな女将の声は、近くを通りかかった商人の声に遮られた。
「おう、アール!! 来てたのか!! 久し振りだな!!」
髭を蓄えた中年の男が気さくに、アールの肩を叩いてくる。アールは気にする素振りもなく、嬉しそうに。
「元気で何よりです、リベックさん」
そう、受け答えしていた。
「今日はゆっくりできるんだろ?」
「いえ、補給でちょっと、立ち寄っただけなんです」
「それは残念だな。酒の相手をしてもらいたかったんだが」
そういう商人に、アールは少しだけ残念そうに。
「また来ますから、そのときにでも」
「おう! 約束だぞ!!」
そう言って、忙しそうな商人を見送っていた。
「まあ、アールさん!!」
今度は傘を持った貴婦人から声を掛けられた。
「ごきげんよう、マーベルさん」
そういって、優雅にぺこりと頭を下げるアール。それに満足げな笑みを浮かべて、貴婦人は言葉を続ける。
「もう、今日来ているっていうのなら、早く知らせてくれないと! お願いしたかったこと、別の人に頼んでしまったじゃない」
「それならいいじゃないですか」
婦人はむっとした表情で。
「良くないわよ。相手は少々がさつっぽい方でしたもの。貴方のように繊細でかつ、丁寧な仕事をしていただけるのなら、文句もありませんけれど」
どうやら、ちょっと不満げな様子。
「ご用命は例の場所で。手が開いていたら、すぐにでも行きますよ」
「今度はしっかりお願いするわよ?」
「ええ。お待ちしています」
にこやかにアールは婦人も見送った。
その様子に誘発されて、リンレイはある人の言葉を思い出した。
『リンレイ、人々の声に耳を傾けなさい』
幼いリンレイは見上げながら、その人の声を聞いていた。
『そうすれば、人々が何を求め、何を問題にしているのかが分かるはずだよ』
そして、小さなリンレイの頭を、そっと優しく撫でてやる。
『だからこそ、我々は人々に歩み寄らなくてはならないんだ。威張っていても良いことは何もない。そんな気持ちは今のうちに捨てておきなさい』
その言葉にリンレイは力強く、笑顔で応える。
『はい、父様!』
「リンレイ? 行きますよ」
アールに声をかけられ、はっと気づいた。
そう、今は祭りを楽しんでいるのだ。
待っていてくれるアールの元へ、リンレイは急いで駆け寄った。
「すまない、待たせたな」
「気にしないで。他にも案内したいところがあるだけですから」
それにしても、アールはこの街で良い仕事をしたようだ。
彼と共に歩いていると、いろんなところから声がかかり、いろんなものを貰っていった。持てない分は船に運んでくれさえした。
食べ歩いたり、ゲームをしたり、道端での芸人達の素晴らしい技や歌を見て騒いだり。
リンレイにとって、そのどれもが全て新鮮で、初めて見るものばかりだった。
ちょっと目眩がしそうになったが、それを引いても、楽しさが上だった。
「有名なんだな」
「ちょっとだけ、皆さんを助けただけなんですけどね」
きっとこんなに声をかけられるのなら、本当に良い事をしたのだろうとリンレイは思う。
初めて会ったときは、凄い殺気を出していたが、今はそんなもの、微塵も感じなかった。
街の人達にもみくちゃにされながらも、アールも、リンレイ自身も、祭りを楽しむ一人であった。
そしてなにより、街の人達の好意が、暖かく感じた。
「こういうのも、いいものだな……」
「ええ、いいものですよ」
ベンチを見つけ、二人はそこに腰をかける。
「それにこの街は、私の住んでいる街にも似ているんです。だから、ちょっとやり過ぎた部分もあるんですけどね」
そういって、アールは苦笑を浮かべていた。
「やり過ぎた? そんな風には見えないぞ。むしろ、凄いことをしたように思うんだが」
「リンレイ……」
ミラーシェードの奥で瞳を細めているだろうアールに、リンレイは堪らず立ち上がる。
「こ、今度はあっちの屋台に行くぞ!」
「いいですよ、姫様」
おどけるようなアールの言葉に、リンレイは、ほんの少しだけムカついた。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.50 )
- 日時: 2013/02/05 09:38
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
どのくらい楽しんだだろう。いつの間にか陽は傾き、空は黄昏色に染まっていた。
「そろそろ戻りましょうか」
「そうだな」
流石にはしゃぎすぎたかと、少し疲れた体を思って、リンレイは素直にアールの言葉を受け止める。と、その時だった。
「あ、あれはっ!!」
「居たぞっ!! アールだっ!!」
見たことの無い男が5、6人束になって、アール達の方へと向かって走ってきた。
その手には、光線銃や光の刃を持つライトソードを持って。
「なんで敵がもう追いついているんだ! 特別なワープをしたんじゃなかったのか?」
思わずリンレイが叫ぶ。その間にも彼らは接近してくる。こちらにこちらに。
「ええ、しましたよ。ですが……まあ、この星にはプラネットゲートがありますから、きっと感づいて追いついてきたんでしょうね。向こうも優秀なようです」
そう言って、アールは荒くれ者達とは反対方向へとリンレイを引っ張った。
「そんなこと、言ってる場合か!?」
叫ぶリンレイの横を銃の光線が掠めた。
それも一度や二度ではない。何発も浴びせてきている。
その間にも二人は懸命に走っていた……が。
「!!」
リンレイの足が、縺れてしまったのだ。
今までの祭りの疲れに、現時点の逃走劇が加わって、足の疲れが限界に達してしまったのだ。
「リンレイ!」
「あうっ!!」
倒れた隙に、リンレイは足を撃たれた。
幸いにも撃たれたのは、レッグギア部分。装甲が頑丈だったお陰か、壊れたのは外装のみで、その下までは貫通していないようだ。もっとも下半身は麻痺しているので、痛みもあまり感じないのだが、それでも、衝撃の割には怪我はしていないように思う。
しかし……。
「くそっ……」
お陰で立ち上がれなくなっていた。さっきまで歩けれた力が、全く無くなった、そんな感じだ。恐らく動力の接続部をやられたのだろう。アールはそれを見て、すぐさまリンレイを抱きかかえた。
「アールっ!?」
分かりやすく例えると、今、アールはリンレイをお姫様だっこしている形になっている。
「いいから、捕まって。一気に駆け抜けるっ!」
少しアールの体が沈んだかと思うと、先ほどとは比べ物にならないくらいの高速で走り出した。
「ちょ、アールっ!」
「今はリンレイを守ることが先ですから」
その言葉にリンレイは嬉しく、頼もしく感じたが。
———抱きかかえてやり過ごせる相手なのか?
そうリンレイが思ったとたん、今度は目の前の通路から、新たな敵が現れたのだ!
「逃しはしない!!」
「ここで、二人とも死ね!!」
トンファーと折りたたんだ警棒を構えた男達が立ちはだかる。後ろにも、銃を持った男達が迫る。
前からも後ろからも挟まれた!
リンレイは、思わず覚悟を決めた。
絶体絶命の、この状況に……。
「残念だが、そんなもので俺を止めることは不可能だ」
リンレイの顔のすぐ近くで、アールがそう静かに呟くと。
ぶんっと、リンレイを空高く放り投げた!!
「ば、馬鹿者っ!!」
アールを怒鳴るが、既に時は遅し。リンレイは空の住人に。
けれど、空からアール達の様子が手に取るように分かった。
両手がフリーになったアールは、すぐさま腰にある二本の剣を引き抜き、目の前の敵の懐に飛び込む。
「そんな剣でやられるかっ!!」
負けじとトンファー使いの男が、それを使って一撃を喰らわせようとするが。
二本の剣で太いトンファーを受け止め、弾く。同時にもう一閃。
トンファーがありえないところで、真っ二つになった。
「なっ!?」
うろたえる男に、アールは容赦なく、わき腹に鋭い蹴りを入れ悶絶させる。
と、次の瞬間、後ろからナイフ男の攻撃!
ナイフがアールを捕らえた……はずが、アールはそれをしゃがんで見事にその攻撃を躱した。その返す勢いをそのまま腕に乗せ、男の背中に喰らわせる。ナイフ男は、武器を落として、そのまま動かなくなった。
「死ねっ!!」
その隙に後方から来た男達が発砲。
アールは体を仰け反らせながら、その攻撃を全て避けると、両手に持っていた剣を上に放り投げた。
———私と同じか!?
リンレイは思わず、心の中で突っ込みを入れた。
次に手にしたのは、太ももに取り付けられた、二つの銃。銃身が長く、狙いをつけるのは難しそうだったが、それを容易くアールは狙ったところに撃ち込んだ。
銃口の先は、二人の男の手と足。
見事に狙い通りの場所に命中。手から武器は落ち、足を怪我した男達はその場で悶えていた。
アールは銃をホルスターに戻すと、タイミングよく降ってきた剣を両手で掴み、腰の鞘に戻した。
「すみません、空に投げてしまって」
最後に落ちてきたリンレイをしっかりと抱きとめて、アールは言った。
「わ、私はお前の武器か!?」
「こうでもしなければ、守れませんから」
お陰で命は守れたでしょうというアールの言葉に、リンレイは反論出来ず。
そう言っている間にも、アールは駆け抜けていく。今度は通路ではなく。
「お、おいっ!! 何処を走ってる!?」
とんとんとんと、猫のように身軽に飛び上がり、アールは建物の屋根を走り抜けていた。
「どうやら、向こうは本気みたいですから」
「何だって?」
アールの言葉を受けて、リンレイは思わず後ろを振り返った。
なんと後ろから、先ほどの男達がアール達と同じように、屋根伝いに追ってきている姿が見えたのだ。
「アール、嫌な予感がする」
何かを察して、リンレイはつい思ったことを口にした。
「奇遇ですね、私も同じことを考えていましたよ、リンレイ」
———あまり良いことではない気がする。
そう、遠くからグオングオン……と、嫌な機械音が響いてきたからだ。
この特有の音は紛れもなく。
「向こうはモーターギアを持ってきましたか」
「本気かっ!?」
———こっちは生身なんだぞ!?
思わず心の中でリンレイは叫んでいた。
「でも、もうすぐ船に着きますよ」
「た、助かったのか?」
見上げると、すぐそこに、見覚えのある宇宙船が来てくれているのが分かった。
アールは一気にスピードを上げて。
船のハッチへと飛び込んだ。
「一応、なんとかなりましたね」
華麗に着地をして、アールはリンレイを降ろす。
そんなリンレイを受け取るのは、留守番をしていたカリスだ。
「お帰りなさいませ、マスター、リンレイ」
カリスの情の無い声が、これほどほっとするとはリンレイも思っていなかったが。
「助かったんだよな……」
カリスにコルセットらを外してもらい、いつもの車椅子に座って、緊張を和らげた。
船はいつの間にか動いており、攻撃を受けているためか、時折、ぐらぐらと振動しているようだ。
「カリス、シルバーで……いえ、『ルヴィ』で出ます」
いつの間にか、アールは既に奥の格納庫にあるシルバーに乗り込んでいた。
パチパチとスイッチを入れ、起動準備に入っている。
「奥のでなくてもいいんですか?」
恐らくあの青白いマトリョーシカのような機体のことだろう。カリスがそう確認するものの。
「必要ないでしょう。相手はタダのゴロツキですから」
アールはそう言って、否定する。どうやら、あの格好いいシルバーフレームの『ルヴィ』で出撃するようだ。
「了解」
「リンレイを頼みますよ」
「はい、お気をつけて」
立ち上がる『ルヴィ』が、とても美しく、そして頼もしく映った。
「カリス、アールの戦いを見たい」
「わかりました、移動しましょう」
アールが出撃するのを見送った後、リンレイはカリスに車椅子を押してもらいながら、ブリッジへと向かったのであった。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.51 )
- 日時: 2013/02/05 09:41
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第7話 ◆宇宙を駆ける銀色の戦乙女
———『ハンター』になるために、大いに役立つのが、モーターギアの操縦免許だ。
それを持っているか否かで、ハンター試験の難易度が劇的に変わる。
むろん、持っている方が、有利なうえ、難易度を下げることも可能だ。
また、ハンターのランクも、免許の有無によって、格段に変化する。
上位ランクを目指すなら、必ず所持していないと、途中でランクを上げるのに厳しくなってくる。それくらい重要なのだ。
そんなことをアールは、思わず思い出していた。
これから、そのモーターギアを動かさなくてはならないのだから。
もっとも彼にとって、モーターギアは、彼の手足であり、分身でもあるくらい自然に動かせるものでもあるのだが———
モーターギアの音が聞こえた時点で、こうなるだろうとアールは感じてはいた。
———恐らく敵は、こっちの船を落としに来るな。
宇宙船のシールドバリアは、そう簡単には破られないだろうが、牽制する必要があるだろう。
それに……。
慣れた手つきで、アールは、シルバーのシートにその身を滑り込ませる。
少し固めのシート。その感触にアールは思わず、笑みを零した。
「カリス、シルバーで……いえ、『ルヴィ』で出ます」
コクピットにある、多数のスイッチを次々と上げて、シルバーの起動を開始する。
この一連の操作をアールは好んでいた。全てのスイッチを入れ、問題なく正常に動いていることを確認し、コクピットのハッチを閉めようとして、止めた。
「奥のでなくてもいいんですか?」
カリスが声をかけてきたからだ。
「必要ないでしょう。相手はタダのゴロツキですから」
次にアールは、手元にあった接続コードを引き伸ばし、ミラーシェードのイヤーギアに取り付けた。
ばちっ!!
僅かな衝撃が、アールの体中に走る。
リンレイが受けたものと同じ衝撃なのだが、アールはその痛みに顔色一つ崩さなかった。それほど、アールは痛みに慣れていた。それに、この痛みこそが、アールと『ルヴィ』が正常に『接続』された証明でもあった。
「リンレイを頼みますよ」
そう言って、アールはハッチを閉じる。とたんに壁が周囲を映し出すモニターへと一瞬で変化した。次々と流れてくる起動コード。足元のペダルを踏み込み、両サイドにある操縦桿に手をかけ、前に倒す。
「さて、行きますか、『ルヴィ』」
二人が離れるのを見て、アールは宇宙に飛び出した。
相手を引き付けるために、アールは影でカリスに指示を送っていた。
地上で戦うという選択肢もあったが、アールはそれを選ばなかった。
なぜなら、やっと復興してきたあの街を、また壊すことになってしまう。それが忍びないと感じたからだ。
幸いなことに、敵は、アールの思惑通りに、この宇宙船を追って宇宙まで来てくれた。後は……そう、蹴散らすのみ。
「できれば、この牽制で懲りてくれるといいんだけどね……」
無理だろうなと思いつつ、アールはそう、呟いた。
「……サーチ」
その声に従い、アールの『ルヴィ』の後方、背面から青白いひし形の結晶体『サーチプレート』が二つ射出された。
このプレートに殺傷能力はない。敵のデータを外部から測定するのが役目だ。
そのサーチプレートは、すぐさま敵機に向かい、宇宙の闇に溶け込み、働き始める。
敵はそれに、未だ気づいていない。
同時にアールのミラーシェードの内側には、大量のデータが流し込まれてくる。
サーチプレートが読み取ってきたデータが、流れてきているのだ。
モーターギアの専門家が見れば、その驚異的な速度に驚愕するだろうが、残念ながらこの場にそのような者はいなかった。
アールの視線の先には、収集されたデータが映し出されていた。
敵は5体。
巨大なチェーンソーを二つもつけたのが1体。
パイルバンカーをつけたのが1体。
巨大な砲台を肩につけたのが1体。
両手と右肩、合計3つのレーザーライフルを持っているのが1体。
どれも、ブロンズ級のフレームを使用している。
そして、最後の1体が両腕に巨大で鋭いクローをつけた軽量型タイプ。恐らくアールと同じ、シルバー級だということが覗える。
「ブロンズ4体にシルバー1体、まあ、妥当な線か」
ただ一つ、残念なことは。
「こっちがそれを上回っているって所だけどね」
アールは、にっと笑みを浮かべ、一気に間合いを詰めた。
「何だ、ありゃあ」
「あんな細っこいギア、初めて見たぜ?」
敵は明らかにアールのギアを弱いものと見ていた。
「しかも1機で俺達と渡り歩こうなんざ、無理ってもんだ」
そんな彼らを冷ややかな眼で見ている者がいる。
「まあいい、お前らの力を見せてやれ」
眼帯をつけている男は、そう部下達に告げた。
「さて……あんなピーキーな改造してるんだ。タダでは死なないでくれよ」
舌なめずりするかのように、眼帯男は瞳を細める。
彼の瞳の先にいるのは、右肩に巨大な盾を持った美しき戦乙女のギアだった。
アールの『ルヴィ』には、右肩に巨大な盾をつけていた。
何かを象った青い紋章のようなマークも見受けられる。
と、動いたのは、チェーンソーとパイルバンカーの2体。
彼らが近づく前に、アールは慣れた手つきで盾から剣を引き抜いた。
ガキンッ!! キンッ!!
パイルバンカーは盾で。
チェーンソーは剣で受け流した。
クローを持ったシルバーは、まだ動かない。高みの見物といったところか?
———それならそれでいい。
動きが止まったところで、砲台とレーザーライフルが火を噴いた。
「バリアシールド全開!!」
かなりの衝撃があったが、見えないシールドのお陰で、アールの機体に損傷はない。そのまま煙と共にやや後退する。
そこに目掛けて、パイルバンカーとチェーンソーがまた切りかかってきた。
「今度はこっちから……」
アールの繰る『ルヴィ』が剣を振りかぶる、と同時にその剣が伸びた。
よく見ると、その剣には幾重もヒビが入っているような形状をしていた。グリップを切り替えることで、その剣は姿を変える。そう、鞭のように伸びて撓る特別な剣、『蛇腹剣』だ。
その伸びた剣が、刃が輝きを纏う。
「行かせてもらう!!」
蛇腹剣の一振りで2機の武器を粉砕した。
「なに!?」「オレ様の武器が!?」
二振り目で、彼らの脚部を切断。その所為でチェーンソーを持っていた機体が大破した。とはいっても、爆発前にパイロットは外に脱出して、命だけは無事なようだ。
それを見て、砲台とレーザーライフルの機体が接近しつつ、『ルヴィ』目がけて射撃してくる。アールは高速移動で避けつつ、彼らの銃弾を肩の盾と剣で弾き返す。弾ききれなかった分はバリアシールドで打ち消した。
「近距離で戦っても構わないんだけど」
剣を素早く盾に戻すと、アールは、今度は背中にマウントされていたレーザーライフルを腰だめに構えた。
「まあ、こっちの方が狙いやすいか?」
アールのミラーシェードの内側に、照準が現われる。右腕の操縦桿のボタンカバーを親指で開き、タイミングよく押していく。
「なんだと!?」「馬鹿なっ!!」
レーザー弾は、そのアールの押した通りに発射され、彼らの武器を見事に撃ち貫いた。
残りは、クローを持った機体のみ。
アールはボタンカバーを戻すと、もう一度、操縦桿を動かし、盾から剣を取り出した。
「ほう、見事に無力化したか。面白い」
腕を組む眼帯の男は、その手を操縦桿へと伸ばした。
「少し遊んでやるか。依頼主からは、相手を殺しても構わないといわれてるしな」
楽しげに嗤いながら、男はコクピットの上部にあるレバーを引いた。
- Re: アール・ブレイド【完結済】 ( No.52 )
- 日時: 2013/02/05 09:42
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
アールの機体にぶつかるかのように、クローの機体は猛接近してきた!
「くっ!? まさかアイツ、シルバーじゃない?」
クローの一撃を何とか躱したが、ルヴィの装備していた盾が大破してしまった。使えなくなった盾を捨てて、剣を両手で構える。
「どうやら、驚いているようだな、『アール』」
焦っている様子を知っているのか知らぬのか、眼帯の男は、その手を止めない。
「俺の機体は、シルバーに成りすました、『ゴールド』! 貴様に勝てるわけが無い!!」
その猛攻を剣とバリアシールドで防ぎながら後退していく。大降りの攻撃をアールは剣で力いっぱい弾き返し、腕に内蔵しているマシンガンを敵に打ち込んだ。
その煙と共にアールは、距離を取る。
接近したときに見えたあの、回路の煌き。
「あの金色の煌き……相手はゴールドだったか」
ミラーシェードのデータに、破損データが加わっていく。これ以上、長引けばこっちが危ないだろう。
そんなとき、ふわりと立体映像のようなものがアールの隣に映し出された。
蒼い髪の少女が不安そうにアールを見つめる。
「大丈夫ですよ、『ルヴィ』。あなたの体にこれ以上、傷つけさせません」
ホログラムのように見えるが、実際に見えるのは、アールとカリスだけだろう。
彼女は、機体に宿る精霊のようなもの。実態はない。
また、彼女自身、会話することもできない。表情や仕草で意思を伝えるだけなのだ。
アールは手元にあるキーボードを素早く打ち込んだ。
「プログラム・スサノオ起動。……ルヴィ、ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね?」
その言葉にルヴィと呼ばれた立体映像が、にこりと微笑んで頷いた。
アールも微笑む。
ヴイイイイイイイイイイ………。
唸る機械音と共に、アールの周りに青白いオーラのようなものに包まれ。
アールの『ルヴィ』の内部回路に青白い灯が灯り始めた。
「あん? 手が止まったか? ならこっちも止めと行くか?」
眼帯男はにやりとほくそ笑み、再び上部のレバーを大きく引いた。
「これで終わりだ、アールっ!!」
眼帯男のギアのクローに、さらに凶悪なプラズマの光が加わり、力が込められる。
刹那の静寂の後に、全く同時に2機が加速した。
「やっぱりな。だからこそ……『アール』、倒し甲斐のあるヤツだっ!!」
「まだやる気ですか」
二つの武器が激しくぶつかり合う。
一方は大剣、一方はプラズマ放電が加わった巨大クロー。それが真っ正面から両機の速度と重量を加えて激突し、爆発のように火花を散らした。
真空の宇宙に音こそ響かないものの、吸収しきれなかった衝撃と振動が、二人のコクピットを突き抜けていく。
そんな状況で、眼帯男はなおも余裕の笑みを浮かべていた。
「ふん、『シルバー』で『ゴールド』のパワーに耐えられるものかよ!」
そのまま目一杯まで、操縦桿のパワーゲージを押し上げる。
その操縦に応えるかのように、クローが大剣を押し始めた。
まるでプレス機でプレスするかのように、ゆっくりと、確実に。
「このまま死にやがれ、『アール』っ!!」
そう告げた眼帯男の視線の先、プラズマに彩られたクローの向こうにあるアールの『ルヴィ』に、ふと変化が現れた。
肩に、足に、兜に、青白い光が灯り、それが次々と増えていく。
そして、青白い光が増えていくほど、クローが大剣を押す速度が弱まっていく。
「……なに!?」
眼帯男が驚きに目を見張る時には、アールの機体の全体が、光へと包まれていた。その兜が上げられ、センサーの配置された両眼が、より強く青く輝く。
「これでラストです」
アールの言葉に反応して、大剣全体が光輝いた。と同時に、力で押されていたはずのクローを一気に弾き返す。
「ぬおっ!!」
たまらずに体勢を崩した眼帯男の機体に、大剣が叩き込まれる。
「『ソード、ブレイカーっ!!!』」
とっさにクローでガードしたあたり、眼帯男の技量も目を見張るものがあるが、アールからすれば、そのクローこそが目的だった。残光を引いた大剣が、まるでバターのようにクローを全て切り裂く。
「足は貰っていきます」
返す刀が煌めいて、次の瞬間には眼帯男のギアは、足と胴体が切り離されていた。
「お、おのれ……この次は殺す、絶対にだ! 俺の機体が本来の機体ならば、お前なんざ……」
その悪態は、アールの耳には届かずに。
アールは動けなくなったギア達を一瞥すると、すぐさま、後方で待機している宇宙船へと戻っていった。
ここは宇宙船の小さな食堂。
先ほどの追っ手を退け、2度目のワープで移動している。今回もまた、プラネットゲートを使わずに、ブルーポイントを使って移動中だ。
そして……今、アール達の目の前に、湯気の立つお茶と甘いチーズタルトが置かれている。今日の夕食後のデザートだ。ちなみにこれらを用意したのは、カリスだ。そわそわといった様子で、リンレイの方を見ているようだが。
「あのギア達のことですが……」
「知らん」
アールの質問に、リンレイは即答した。
リンレイに先ほどの敵のことを、アールは確認しているのだ。
「こっちだって、初めて見たんだ。仕方なかろう」
そう言い放ちリンレイは、ずずずと紅茶を飲み干す。
どうやら、リンレイも敵のことは知らない様子。
「まあ、そんなことだと思っていましたが」
「何!?」
いきり立つリンレイの前にカリスは、そっと美味しそうな苺のムースを差し出した。
「よければ、こちらもどうぞ」
「あ、ああ。すまないな」
カリスのナイスタイミングに、アールはほっと胸を撫で下ろす。
「仕方ありませんね。ちょっと寄り道しましょうか」
「寄り道?」
リンレイの言葉にアールは神妙な顔で頷いた。
「ええ、ついでにコレも見ちゃいましょう」
取り出したのは、老騎士から受け取ったデータチップであった。