ダーク・ファンタジー小説
- Re: アール・ブレイド ( No.4 )
- 日時: 2012/08/05 15:33
- 名前: 秋原かざや ◆FqvuKYl6F6 (ID: 76WtbC5A)
第2話 ◆船とカーチェイス
遠くなる、ああ遠くなる。
本当は、もっとあそこにいたかったのだ。
けれど、じいは駄目だという。
何故?
私にはもう、なにもないというのに。
何故、一緒に居てはいけないの?
答えの無い問いに、彼女はもう一度、後ろを振り返る。
長年いた家は、遠くの方へ、小さく小さくなってしまった。
もっとじいに声をかけたかった。
本当は、じいともっともっと居たかった。
私をその体でもって、守ってくれたじい。
生まれたときから、じいは私の側にいてくれた。
そう思うと、涙が零れそうになる。
けれど、涙は見せなかった。
じいはそれを望んでいなかったし、私も望まなかった。
だから、促されるまま、じいの言う通りにしたのだ。
「一つ、聞いても……いいですか?」
突然、隣に居た男……いや、アールと言ったか。
ミラーシェードで隠すくらいなら、付けなければいいのにと思う。
「何だ?」
声を出して、思い出した。
そういえば、家に来たときは、妙に殺気を発していたが、今はその殺気が消えうせている。思い起こせば、躊躇いがちに丁寧語まで使っている。
「名前を教えてくれませんか?」
その前にお前の名前を教えろと言うつもりだったが……そういえば、私は既に彼の名を知っていた。
「リンレイ」
それだけ、教えた。
すると、男はふわりと柔らかに笑う。その笑みに思わず驚いてしまう。
「良い名ですね」
こっちが照れるのは、気のせいか?
思わず、顔を背けてしまった。
もう一度、最後に家を見ようとして……もう見えなくなっていたことに、愕然とする。
もう……帰れないのだと言われている様で、淋しかった。
一方その頃。
彼らを追う影があった。
大きな大きな二つの影。
その影の標準は、二人の乗るグレーの車を捕らえて離さない。
「やはり、あの老人が持っていたか」
声が聞こえる。ノイズのような、耳障りな声。
「だが、今はあいつ等が持っている」
「さっさとあのレトロすぎる足つき車を壊して」
にやりと二人は嗤った。
「手に入れようぜ」
「ああ」
アールの車はハイウェイをひた走る。
「私の船は、この先の街に停泊しています。後、数十分で着きま……」
がくんと、車が急停車した。いや、今度はバックで動き出した。
「な、ど、どうした?」
良く見れば、目の前は煙でよく見えない。
だが、それもすぐに晴れる。
そこにあったのは……巨大なクレーターだった!
「どうもこうも……どうやら、招かれざる客が来たようです。全く、ここの治安機構は何をしているんですかね?」
そう言って、ギアを切り替え、辺りを見渡す。
「しっかり掴んで、舌を噛まないよう」
「あ、ああ?」
何が何だかわから……。
「うわああああああああああ!!」
急スピードでアクセルを吹かした。
「な、何を……」
「右を」
ギアチェンジ、またアクセル。バックに入れたり、前に入れたり。
それもスピードに乗ってる中でやり遂げるのだから、コイツはじいが言う通り、凄いヤツなのかもしれない。
いや、それよりも右だ。
右に視線を移すと……そこにはエアフライヤーが2機がこちらに向かって、レーザーやらミサイルやら撃ち込んで来ているではないか!?
ちなみにエアフライヤーというのは、一人乗り用の小型飛行機のこと。
軽くてぶつかっただけで大破するほど機体が弱いが、その分、スピードが半端なく、早い。その為、移動に使う者も多かった。
ついでにいうと、私がみた資料によれば、武装なんてものは装備されていなかったはずだ。恐らく違法のものなんだろう。あれは。
「な、何だ! 何だあれは!?」
「あなたも知らないのですか? じゃあ、敵ということで」
アールは手近にあったボタンを二つ押した。
私の座席のすぐ下から、何かが飛び出していった。恐らくアールの下の方からも。
いや、この車のボディから何かが発射されたのだ。
とたんに後ろで爆風を感じ、車体が大きく揺れる。もしかして、ミサイル!?
それでもスピードは維持しているのだから、本当に驚かされる。
そうじゃない、スピードを落とせば、こっちが危ないのだ。落とせるわけが無い。
「そういえば、じいが言っていた」
「何です?」
「ハイスピードで駆け巡る乗り物があるらしい。確か……そう、絶叫マシーンとかいう」
「ジェットコースターですか」
「そう、それだ!! うわあああああ!!」
急にハンドルを曲げた。体ががくんと倒れるように揺れる。
「全く、こっちは客を乗せてるって言うのに」
突然、テンキーを呼び出し、番号を打ち込む。
『どうかなさいましたか、マスター』
女性の声が響く。
「どうもこうも、面倒な敵に追われてるんだ」
『それは大変ですね』
人事のように言う、女性の言葉に私は思わずムッとした。
こっちは本当にえらいことになっているというのに。
「そうじゃないだろ? 早く来てくれ」
『マスターなら、すぐに撒けるではありませんか』
「客を乗せてる」
『客? お客様、ですか?』
「そういうこと」
『それは失礼しました。すぐに向かいます』
「ああ、頼む」
何だか、何処かの漫才を見ているかのようだった。
だが、アールのドライビングテクニックは凄いと思う。
話しながらも、巧みに敵の攻撃を避けまくってる。
「でも、全てを操作するのは、いささか疲れてきましたよ。D・ドライブ、プログラムフェンリルを起動」
『フェンリル起動します』
同時に車の隙間から、何本の回線が、輝き伸びるのを見た。
「プログラム・ミラージュ展開」
『ミラージュ展開しました』
次に車体の周りが、虹色に歪んだ……気がした。
「何をしたんだ?」
「操作しやすくしたのと、デコイを張りました。これで敵の攻撃も避けやすくなりましたよ」
そうなのかと思いつつ、フロントガラスに映し出されている速度計を見て、その速度に驚きを隠せずにいる。確かこの車にはタイヤがついていたと思ったのだが。
そう思った途端、気持ち悪いを通り越して、くらくらしてきた。
「うぷっ……」
「はいどうぞ」
手渡されたのは、白いビニール袋。
ありがたくそれを受け取り、思いっきり吐いた。
「すみませんね。こんなに荒い運転するつもりはなかったんですけど」
「いや、気にするな。少し楽になった」
何とか袋をきゅっと締めて。
「外に投げていいですよ」
窓を開けてくれた。
凄い風が吹き込んできたが、いつまでもこの袋を持つ気にはなれなかった。
憎しみを込めて、思いっきりエアフライヤーに向かって投げつけてやった。
が、残念ながら、それは届くことなく、地面に当たって散った。
しゅんとまた窓が閉まった。
エアフライヤーの中でも騒ぎが起きていた。
「なんだ、あの足つきは!!」
「あんなスピード、足つきで出せるわけが無い!!」
何度も標準を合わせて撃っているというのに、相手はそれを巧みに躱していく。
まるで後ろに目があるかのように。
と、何処からか通信が入ってきた。
「どうした?」
「どうやら、この追いかけっこも終わりだ。応援が来たぞ」
「こりゃ相手も終わったな」
二人は楽しそうに口元を歪めた。
「チッ……」
アールが舌打ちする。
目の前に大きな船が現われたのだ。
小型ではあるが、それは明らかに武装したスペースシップだとすぐに分かった。
しかも、その船はこちらに標準を合わせて、誘導レーザーを放つ!!
とっさに私は目を瞑った。
………あれ?
やって来るはずの振動も閃光も熱さもレーザーも感じなかった。
感じたのは、少し陰ったことだけ。
「遅いですよ、カリス」
『すみません、混んでいたものですから』
追ってきた船よりも二周りも、いや、もっと大きい。
蒼白く輝くその美しい船は、我々の車の盾となってくれたようだった。
『すぐに回収します』
ハッチを空け、見えない力で車を浮き上がらせると、船の中へとそのまま回収されてしまった。
確か、これって反重力を使っている……んだと思う。
「ありがとう、助かった」
アールの言葉と同時にハッチが閉まり、代わりに人工的な明かりが私達を照らす。
『このまま一気に飛びます』
「ああ、頼むよ」
車から降りたアールがそう告げる。
ここからでは、外がどうなっているかわからない。
だが、これだけはわかる。
私達は、助かったのだと。
アールがゆっくりと、私を車から車椅子に乗せ変えてくれる。
そして、恭しく頭を下げると。
「ようこそ、リンレイ。私の船へ」
そういって、アールは私に向かって手を差し出したのだった。