ダーク・ファンタジー小説
- Re: ドレッドノート ( No.5 )
- 日時: 2020/03/02 13:52
- 名前: 祝福の仮面屋 (ID: xZ7jEDGP)
代壱話「本日の依頼」
2050年、日本は世界初の試みであるナノマシン研究を確立させ、《ナノマシン化学》という新たな科学概念として世界に公表した。そして、日本はイタリアと共同でナノマシンを利用した巨大AI筐体・《KARMA》を開発し、AIによる法の管理を宣言。ナノマシン科学によって世界情勢は安定化しつつあるが、光が刺せば影が出来る。これは、光に生きる者達とは真逆の人生を歩む闇に生きる者達の物語。
「さて、本日のご用件はどの様なもので?」
8月15日の午後12時半くらいの事、病気になりそうなほど眩しい日差しが差し込む一室にて、眼鏡をかけた男性とワンピースを着た女性は大理石で出来たテーブルを挟んで向き合っていた。ここは『MLC事務所』、荷物や通行の橋渡し役を担当している企業だ。
今、女性と対面している男は事務所の代表取締役・計良 千歳。元はナノマシン研究の第一人者だったが、今やこんな一企業の社長に落ちぶれている。千歳が女性に質問をすると、女性は周りを見回して誰かを警戒するようなそぶりを見せた後、重々しく口を開いた。
「行方不明の夫を見つけて欲しいんです」
「行方不明の夫…ですか」
女性の一言を千歳は復唱する。どうやら、今回の依頼は人探しらしい。その詳細を確認するべく、千歳は女性に問いかける。
「何故、貴方は旦那さんが行方不明だと分かるんですか?」
「夫は職場が近くにあるので、仕事が終わったらすぐに帰って来るんです…でも、急に連絡が取れなくなって…」
「ふむふむ、それで?旦那さんが最後に帰って来た日は?あ、出来れば時間帯も教えていただけると嬉しいです」
「夫が最後に帰って来たのは一昨日の午後13時くらいです。そしたら夫は時計を見て、何かに取り憑かれたように家を飛び出して…それから連絡が取れなくなったんです」
「成る程…」
女性の一言一句を的確にメモを取らながら、千歳は虚げな表情で空を窓の外を見つめていた女性に声を掛ける。
「……どうしました?」
「はひっ!?」
唐突な呼び掛けに驚いたのか、女性は珍妙な返事と共に体をビクンッと振るわせると、少し慌てた様子で千歳の方へ向き直る。
「そんな焦らなくても大丈夫ですよ、情報提供ありがとうございます。後はこちらで捜索しますので」
「はい…ありがとうございます。夫の事、よろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
女性は丁寧にお辞儀をすると、ソファから立ち上がり部屋を後にする。どうやら企画の打ち合わせがあるるしく、これからそっちに向かわなければならないらしい。彼女をエントランスまで見送った千歳は再びメモに一通り目を通した後、スマートフォンを操作し、電話をかける。数コール鳴った後、電話の主は出た。
「どうしました?所長」
「少し開けるから、他に客が来たら君が応答してくれ。あ、所長関連の奴は全無視」
「了解」の一言と共に電話が切られる。千歳は地下のガレージへと出向き、そこに格納されているバイクのエンジンをかけてスーパーヒーローさながらの勢いで出社した。
***
「ここか」
目的地に到着した千歳はバイクから降り、『荻野目』と行書で書かれた表札を確認すると、玄関のインターホンを鳴らす。
………無論反応は無いが、千歳からすればこれも想定内である。
「(だろうな、少なくとも澪さんはこれから企画の打ち合わせに行くと言っていたから鍵は閉まったまま。夫が行方不明な以上、無理に開けておく必要もない)」
だが、念には念を入れてドアノブを回す。しかし、そこで千歳は想定外の状況に陥ってしまった。
「……開いてる?」
千歳はドアをゆっくりと開け、噎せ返る様な違和感を感じながら室内へ侵入する。一言で言えば住居侵入で捕まっても文句言えないのだが、一応近所の人には偽造した警察免許を見せてるから大丈夫だろう(警察免許偽造してる時点で大概だが)。そして千歳は寝室や浴室などを少し散策した後、未だ手をつけていなかったリビングへと向かう。
螺旋状の階段を昇り、三階のリビングへと続く扉を開けた瞬間、千歳は戦慄の光景を見る事となった。
「誰だ…アンタ…」
そこにはガラス張りのテーブルの上に一人の男が立っていたが、男の容姿は可笑しいとしか言えないものだった。男は臙脂色のタキシードを身に纏い、右が白・左が黒で彩られた仮面を着用していた。そして男の足元には鮮血の水溜りが出来ており、その光景に戦慄していた千歳に、男は仮面越しに話しかけて来た。
「貴方はここの家主様ですか?」
「……は?」
男の唐突な問いに、唖然としていた千歳の口から珍妙な声が漏れる。その声を聞いた男は自身の足元は見た後、仮面越しでも分かる程に口角を上げて口を開く。
「あぁ、これですか?これでしたらご心配なく、私にちょっかいをかけて来たチンピラを丸く収めて差し上げただけですから」
「いやそうじゃなくて、アンタはなんでこの家にいるんだ?アンタもあの人から依頼を受けてここに来たのか?」
千歳の問いに対し、男は「あの人の依頼?はて…何の事だか…」と首を傾げる。
『同業者じゃない』
千歳の本能がそう察し、同時に危険信号を馬鹿みたいに鳴らす。そして男が右手を挙げた刹那、千歳の放った弾丸は男の眉間を貫いたーーー
「!?」
ーーーかに思えた。
確かに、あのまま行けば男の眉間は貫かれ、男は一瞬で絶命していただろう。だが、男は眉間…それも仮面に銃弾が触れるスレスレで、人差し指と中指の間に銃弾を挟めていた。
「な!」
「中々な挨拶じゃないですか、さては貴方?依頼主ではありませんね?」
そう呟いた男は臨戦態勢に入る。
千歳も臨戦態勢に入った次の瞬間、目の前には右脚を振りかぶった190cmはあろう、仮面の男の巨体が現れた。
「うおお!?」
「フンッ!」
けたたましい破砕音と共に、振り下ろされた右脚は木材で出来た床を踏み砕く。千歳は間一髪のところで回避していたが、後一瞬でも間に合わなければ問答無用で踏み潰されていたであろう事実に、全身の毛が悪寒に逆立つ。
「器用に避けますねぇ」
「うるせぇ!」
男の口だけの賞賛をよそに、千歳は男に向かって蹴りを放つがその悉くを片腕のみでガードされ、お返しと言わんばかりに回し蹴りを頭部に食らう。
「ガハッ!」
派手に床を転がる千歳、男は更なる追撃を加えようと身構えた刹那、場違いにも程がある無機質な着信音が鳴り響く。自身のスマホかと千歳は一瞬考えたが、すぐにあの男のものだと言う事を察する。男は電話に対応し、少し申し訳なさそうな口調で話し出した。
「私です。あ、お嬢様ですか?いえ、何でもございませんよ、此方の事です。えぇ、分かっておりますよ。すぐに戻ります」
男は電話を切ると、再び此方へ向き直る。
「……まだやるか?」
「いえ、ここまでにしておきましょう。彼の方が少々ご立腹なもので…」
そう呟いた男はこちらへ歩み寄ってくるが殺意は感じられず、千歳が呆然と突っ立っている横を通り、男は窓の枠に脚を掛ける。
「名前を聞いてもよろしいですか?」
「計良 千歳だ」
「では千歳さん、また何処かで」と呟いた男は窓から飛び降りた。「何だったんだありゃあ…」と千歳は呟くと、何処からともなく噎せ返るような血臭に気づく。最初に感じた違和感の正体がこの血臭となると、千歳は嫌な予感を犇々と感じていた。
千歳の眼と鼻の先にあるクローゼット、千歳は恐る恐るその中を開けると中からは噎せ返る様な血臭や腐臭と共に、腹部が真っ二つに破られ内臓や骨が根刮ぎ取られていた澪の夫・裕二の死体が現れた。
次回
「暗殺者の一日」