ダーク・ファンタジー小説

Re: 衰没都市リベルスケルター ( No.6 )
日時: 2020/02/12 15:35
名前: 祝福の仮面屋 (ID: HWQyDP4e)

代壱話「人生最期の誕生日」

『よし、始め!』
『うぉらぁぁぁぁぁ!』
『うぉぉぉ、部長が止まらねえぇぇぇ!』

ここは、東京都足立区にある私立白井坂学園。中高一貫制のこの学校では、勉強または部活で何かしらの成績を残さなければ淘汰される実力社会で、勉強も出来ないくせに運動も出来ない者達が次々と自主退学して行ったのを今でも鮮明に覚えている。
とはいえ、ここではスクールカースト的な奴も実行されてる訳だし、まともにコミュニケーションも取れないナードがいても仕方ないのだろう。外で練習しているアメフト部の蛮声を聞きながら、少女はため息と共に呟く。

「……アホくさ」

と。
彼女の名は雪宮茅種。情報ビジネス検定1級など様々な資格を持ち、その資格を活かして中等部の頃からゲーム会社《ラグナス社》に出入りしている。彼女は件の会社からゲームのグラフィック開発を任されており、人気のないコンピューター室にて制作に勤しんでいた。

「ったく、何で私がやらされてんのさ……あーもう!アイデア浮かばない!」

茅種はパソコンを閉じ、自身のカバンの中へしまう。持ち運びのしやすいノートパソコン故、嵩張る事は無いだろうが…何を言おう学校側には内緒でやっているのだ。コンピューター室だって、再来年に受験する予定の大学の情報収集を口実に貸してもらっている。

「森Pに連絡しなきゃなー、制作終わるの来週頃になりそうって」

そう呟きながら、彼女はスマートフォンを操作してNINEのアイコンをタップし、アプリを起動させる。プロデューサーと連絡を取ろうとした刹那、一通のメッセージが届いた。

「誰だよ…こんな時に…」

茅種はぶつぶつと小言を放ちながらメッセージを開く。送信主は母親で、当たり前だが茅種宛のメッセージらしい。

「えっとなになに…?『ちーちゃん、今日で17歳だね♪ケーキ作って待ってるから、大学目指して頑張れ!』って…邪険に扱った私がバカみたいじゃん…」

茅種は少し頬を赤らめ、コンピューター室の鍵を職員室に返して学校を後にした。





「さてと…どうしたものかね」

茅種は再びスマートフォンの画面を操作し、プロデューサーに電話をかける。数コールほど鳴った後、連絡相手が電話に出る。

『どしたの?』
「森Pですか?あの例のグラフィックの件なんですけど…」
『うんうん』
「少し難航しているので…完成は来週頃になりそうなんですけど、大丈夫ですか?」
『あぁ〜あれね!大丈夫大丈夫!君はまだ学生なんだからさ、いつでも大丈夫だよ』
「本当にすいません、でもありがとうございます。一応サンプルは送っておきますね」
『オッケーありがとう!そう言えば今日誕生日だよね?おめでとう』
「あ、ありがとうございます」
『じゃねー』
「はーい」

電話を切った茅種は、少し手取り足取りが軽くなった事を感じる。どうやら、プロデューサーや母に誕生日を祝って貰えたのが嬉しかったのだろうか。今更だが今は冬休みの真っ只中であり、時刻は正午を過ぎようとしていた。
すると、ふと思い出したように腹から可愛らしい音が鳴り、茅種は通りかかったレストランの中へ入っていく。扉には《affascinante》とお洒落なイタリア語で書かれた看板が掛けられており、扉を開くととある人物が茅種を迎えてくれた。

「Come posso aiutarvi?…ってあら、茅種ちゃんじゃない!最近来ないから心配してたけどどうしたの?」
「久し振りです、ジュリエッタさん。いやまぁ…こちらも色々あるんですよね…」
「なら座りなさいな。何にする?」
「いつもので」

「Si,sigore」と店主…ジュリエッタは了承すると、キッチンの方へと向かって行く。
ここは、彼女の経営するイタリア料理店《アッファシナンテ》。一見喫茶店やスイーツパーラーにも聞こえなくも無い響きだが、イタリア料理を専門とした結構本格的な店だ。店主ジュリエッタは茅種との面識もあり、中等部からの付き合い故、茅種にとっては頼れる姉のような存在である。
茅種は仕事を終わらせる為鞄の中からノートパソコンを取り出し、電源を入れグラフィックソフトウェアのアプリを起動、目にも留まらぬスピードでグラフィックを描いて行く。

「はいお待たせ!シーフードピザとヒレ肉のカルパッチョね…って貴方も大変よねぇ、大変じゃない?」
「かなり大変ですね…あ、料理ってもう出来ました?」
「出来てるわよ、たんとお食べなさい。元気出ないし大きくならないわよ?」
「私そこまで身長いりませんけどね…」

茅種はノートパソコンを打つ手を止め、グツグツと煮立つチーズの芳醇な香りが漂うピザを一切れ口に運び、生地の上に乗った魚介類を噛み砕くように咀嚼する。

「〜〜〜〜〜///」
「あら、嬉しそうで何よりだわ♪カルパッチョの方も新鮮なお肉を仕入れたから、しっかり噛んで食べなさいな」

茅種の幸せそうな表情を見て、ジュリエッタも笑みを浮かべる。ピザを一切れ食べた茅種は一度水を飲み、今度はヒレ肉のカルパッチョを口に運ぶ。

「んにゅ〜〜〜///」
「あらあら、可愛い声ね♪」
「だってしょうがないじゃないですか、ヒレ肉の濃厚な旨味と圧倒的な歯ごたえに、特製ソースが見事に合うんですから」

そう言った茅種は全て食べ終え、ジュリエッタから食後のエスプレッソを手渡される。日本とかだとイタリア料理店ではよくカフェラテとか出されるらしいが、本場ではエスプレッソにこれでもかと砂糖を入れるのが普通なんだとか。故にここでは砂糖の量はオーダーで、ジュリエッタは茅種にとって一番いい分量を入れて来てくれる。

「そうだ、関係ない茅種ちゃんに言うのもなんだけど…《緋月ノ教団》って知ってる?」

ジュリエッタの唐突な一言に、茅種は彼女の方を見据える。

「ど、どうしたの?怖い顔してるけど…」
「いえ…何でもない、です」

「そう…なら良いけど…」と、ジュリエッタは呟き手短に会計を済ませる。茅種は足早に帰ろうとするが、ジュリエッタに止められ、一言告げられる。

「帰り、気をつけてね」
「……はい」

茅種は重々しく口を開くと、駆け足気味に階段を降りて行った。



「帰らなきゃ…」

茅種は走りながら横断歩道を渡る。
しかし、彼女はまだ横断歩道が赤だった事を知らなかった。

「…………え?」

突然体を襲った衝撃と共に、茅種の華奢な体は中を舞う。そして、『グシャリ』と彼女は地面に落ち、意識は無窮の闇へと引きずりこまれて行った。



次回 代弐話
「もう一つの東境」