ダーク・ファンタジー小説

Re: 衰没都市リベルスケルター ( No.7 )
日時: 2020/02/16 09:37
名前: 祝福の仮面屋 (ID: yVTfy7yq)

代弐話「もう一つの東境」

『なぁ、聞いたか?』
『あぁ、確か…雪宮が意識不明の重体なんだろ?』
『トラックに轢かれたらしいけど…無差別テロなんじゃないかって噂』

周囲のざわめきを他所に、少年はただ一人ベッドに寝たきりの少女を見つめていた。寝たきり少女…雪宮茅種の母親と思しき女性は、彼女の小枝のようにか細い腕をその身に抱いており、涙を流している。医師によると彼女は現在植物状態にあるらしく、いつまで保つかは解らず、いつ死んでも可笑しくない状況にあると言う。それでも母親は聞き入れず、今なお彼女の腕を抱いている。

「雪宮…」
「先輩…」

少年・万丈啓司は茅種の名を呼び、そんな彼を心配したのか、松葉杖をついた少年・田耕平次は彼に声をかける。

「何だ?」
「俺は出れませんけど、先輩には大会があるんです。悪いですけど、ここで道草食ってる暇は無いでしょう?」
「そう…だよな」

刹那、啓司は自身の顔面を思いっきりぶん殴った。この奇行には、さすがに平次も動揺を隠せず、思わず声を荒げる。

「ちょっ!?何やってんすか!」
「よし、俺は練習に戻る。戻りたい奴は一緒について来い」

そう告げると、啓司は病室を後にする。すると、彼に引き寄せられて行くように他のアメフト部員達は次々と病室を後にする。

「ユキ先輩、リハビリ終わったら…また極めてきますからね」

そして平次は茅種を見つめ、そう一言告げると松葉杖をつきながら病室を後にした。





「(あれ…?ここ、何処だっけ?)」

今、彼女は闇の中にいた。
どう言い表せば良いか分からないが、ただこの闇に引き摺られている事だけは何故か分かる。体が動く事を確認した茅種は少しばかり手足を動かすが、その悉くが空を切り、まるで空から自由落下しているような感覚だった。

「(空から落ちる時ってこんな感じなんだろうなぁ…)」

すると、落下していた茅種の体が突如として止まる。

「(おやおや、もう水底かな?)」

茅種はそう思い、再び脚を動かす。感覚は今までと違い、今度は水を切っているかのように重かった。

「(まだ続くんだ…てか、何か息苦しいし…ってこれヤバいのでは?)」

そう考えた茅種は三度両手両脚をバタつかせ、クロールの要領で水面を目指す。

「ぶはっ!はぁ…はぁ…はぁーーーっ!………ふぅ…やっと上がれた…」

水面に上半身を浮かべながら、茅種は安堵の息を吐き周囲を見渡す。見慣れた光景とは全く違う異様な過ぎる光景に、茅種は少しばかりの驚きを隠せずにいた。確かに見た感じは東京新宿区なのだが、彼女が今浮かんでいる車道など殆どの陸路は水に沈み、陸路と言える陸路は歩道や歩道橋程度のものだった。
他にも、コンビニやビルは老朽化し傾いており、窓越しにびっしりと生い茂った植物が確認出来た。あっちの新宿と似ても似つかないこの光景に、茅種は感嘆の声を漏らす。

「(おぉ…これが巷で噂の異世界転生…?今自分の姿見えないから分かんないけど、転○ラとか蜘○ですが何か?みたいに人じゃなくなってるんだろうか…)」

茅種は鞄の中からスマートフォンを取り出し、カメラアプリを起動し内カメラに切り替える。しっかりと人だった。17歳でピチピチの華のJKだった。取り敢えず人の原型を保てていた事に、茅種は再び安堵の息を吐く。

「てか、ここ何処なんだろ…見た目は東京っぽいけど、全くの別物なんだろうな…それよか早く上がんないと」

茅種は近くの歩道に上がり、少し怪訝な顔をしながらぐっしょり濡れたブレザーやワイシャツを脱ぎ、下着一枚の格好になり脱いだ衣服を絞り上げる。

「こんな水捌けよかったっけ?うちの制服…」

どうやら思ったより水分を含んでいなかったらしく、絞り上げた後何処かの枝に数分干しておいたら、もう着れる程に乾いていた。乾いた制服を着ながら、茅種はスマートフォンを操作しNineを起動するがーーー

「マジか、ここ電波通ってないの?」

どうやら割とマジな異世界に迷い込んでしまったらしい。どうしようか考えようとした刹那、何処からか路傍の小枝を踏み折る音が聞こえて来る。茅種は反射的に近くのコンビニへ入り、レジのカウンターの下に身を隠した。

「(何!?なになになに何の音!?)」

茅種はカウンターの下から顔を出し、音のした方を覗き込む。瞬間、茅種は再びカウンターの下へと顔を引っ込めた。

「(ほぁ!?何アレ!?)」

彼女は半狂乱状態でスマートフォンを取り出し、お馴染みGookleを起動する。幸い、コンビニ故かここでは電波が飛んでいるらしく、持ち前のタイピング技術で先程見た…というか見てしまった生き物の身体的情報を即座に打ち込んで行く。

「(チョッチョマッテクラサイヨ!はぁ!?あの生き物の情報全く無いんだけど…ってそれりゃ当然か、異世界だし。ってそうじゃない!どう切り抜ければ…)」

刹那、先程茅種が見てしまった生物が、突如としてコンビニ内に突っ込んで来た。

「ゴガガガガガッ!」
「い"やぁ"ぁぁぁ"ぁ"あ"あ"あ!」

可憐な華のJKとは到底思えない野太い声を上げながら、不意打ちを食らった茅種はカウンターから身を投げ出し、コンビニを出た瞬間一直線に走り抜ける。ネット関係の仕事が多い彼女だが、これでも50m走6秒台という俊足の持ち主なのだ。
幸い、あちらの動きは鈍重らしく、機動力に関しては茅種に部があった。

「(行ける!このまま振り切ればーーー)って嘘ぉ!?」

そう思ったのも束の間、コンビニの裏から現れた新手に驚き、茅種は急ブレーキをかけ速攻で方向転換し再び走るがーーー

「ーーーーーッ!?」

方向転換時のタイムラグに不意の一撃を喰らい、茅種の華奢な体は見事に数メートル吹っ飛び地面を転がりながら停止する。謎の違和感を感じた茅種は、地面に血と吐瀉物のカクテルされた物質をぶち撒けた。

「げぇ…………あっ………」

不意の一撃と過度な運動によって動かなくなった茅種に、虫のような怪物はゆっくりと歩み寄って来る。叫ぶ力すら残っていないが、キリキリと顎を鳴らす虫の怪物を見た茅種は、心底悲鳴を上げたかった。

「ギシャァーーーーッ!」
「くぅっ!」

茅種は苦し紛れに跳躍する。
だが、人間の跳躍力などたかが知れているにも程がある。無論、茅種もそんな事は百も承知で実行した訳だがーーー

「ーーー……って何これぇ!?」

めちゃくちゃ跳んでるのである。その高さおよそ300m、あ○のハル○スと同じくらいの高さを彼女は跳んでいるのである。驚愕する茅種は、自身の肩に何かが乗っかっている事に何故か気づく。

「うおぉ!?ば、バババ…蝗ぁ!?」

そう、彼女の肩にはデフォルメされた機械的なバッタが乗っかっていた。バッタは『バグゥ』と可愛らしく鳴くと、茅種の両脚を指し示す(何処で指しているのかは謎だが)。その両脚には、バッタの脚のようなエフェクトが付いていた。

「成る程!これを使えと!」
「バグゥ♪」

使い方を理解した茅種は、此処に来るまでに経験した自由落下を活かし、重力加速度も味方につけ怪物に渾身の踵落としを喰らわせる。怪物の頭にはヒビが入り、怪物は泡と血の混ざり合った何かを噴きながら倒れた。

「私にはダメージないとかすっご…確か人間が確実に死ぬ高さって15mだよね?300mから落下しても死なないとか人外じゃん」

中々の人外っぷりに驚嘆の声を漏らしながら、茅種は傍にちょこんと立ってる蝗を見据え、再び肩に乗せる。

「さて、行こっか!」
「バグゥ!」

少女は歩み出す。この世界の真相と、元の世界に帰る術を探す為に。



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