ダーク・ファンタジー小説

1.久々の依頼(前編) ( No.2 )
日時: 2020/03/05 15:26
名前: 夢追 由 (ID: KdG939V5)

古く錆びれた黴臭い建造物。
一見都会にはどこにでもありそうな感じのコンクリートで出来た建物。
…それが彼ら【煙屋】の依頼場所だと知っているのは、
ネットで情報を収集した一部の人間たちだけだ。
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カランカラン、と入り口にかけてある
ベルが部屋内に鳴り響けば彼らは姿を現しドアへと向かう。
何かを期待しているような楽しそうな表情を浮かべるような者もいれば
はあ、と一つ溜息をついて重そうに身体を上げる者、
煙草の火を消して無関心でぶっきらぼうな返事をする者、
相変わらず武器のナイフやらなんやらを磨き続ける者も…。


「はい、どちらさんですか」

衛がめんどくさそうに声を上げると
ドアの向こうから今にも泣きだしそうな女性の声が聞こえた。

「…助けてくださいっ、ここがホントに…【万屋】なら!」

「…ハァ、めんどくせェ…依頼かよ」

衛は、そうドア越しの女性に聞こえない様にぼそりと呟く。
そうすると後から、鋭い視線が背中に刺さってくるので
ちょっとイラっとした。めんどくせぇなぁと思いつつ。
仕方なく、彼女に向って、こう言った。

「…上がってくれ、話を聞こうじゃねェか」

「…本当っですか、ありがとうございます。」

涙交じりの声で、彼女はそう言った。

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「…汚いところですまん、久々の依頼なもんでな」

取り敢えず依頼に来た女性を、部屋の中心に置いてある
埃のかぶったソファーに座らせると衛はそう言った。
すると、隣にいた少女が不機嫌そうな顔で衛を睨みつけた。

「オイ、こらオッサンそこアタシの定位置なんだけど」

「うっせぇ莉彩依頼人には優しくしてやれ」

そう莉彩と呼ばれた少女は相変わらず納得いかない表情で舌打ちをした。
…そして次の瞬間、嬉々とした表情の少年が飛び跳ねながら駆け寄ってきた。
まるで主の帰りを待ち、喜ぶ犬の様に。

「依頼人!依頼人!とりあえずなんか飲みますっ!?珈琲淹れましょうか?」

「渡はちったぁ落ち着け…犬じゃねぇんだから」

渡と呼ばれた少年は嬉しそうに、笑っていた。
…後ろの方に柴犬の幻影が見えたのは気のせいだろう。
そして、衛は溜息をつき渡の後ろにいた金髪の青年に声を掛けた。

「雅人、渡の手伝いしたってよ。」

「…了解」

そう言われた金髪の青年は手にしていたナイフとクリーナーを置き、
渡の隣に向かうと手を掴んで、部屋の奥のキッチンへと引きずり込んでいった。
「えっなんでなんで」と少し困惑した表情になっていたのは見逃すことにしよう。

不満げに舌打ちをし、目を合わせれば睨んでくる少女。
尻尾を振る犬の様にはしゃぐ黒髪の少年。
そしてはしゃぐ少年の手を掴んで、キッチンへ引きずり込んでいく無表情の青年。
俄かには信じがたい光景であった。
…ここが本当に政府の言った【万屋】であるのか、と。

「…ぇっとここ、本当に【万屋】…?」

「ああ、歴とした【万屋】だよ。まあ少々五月蠅いがな」

女性に聞かれ、苦笑いを浮かべながら衛はそう言った後
瞬時に表情を変え女性に問いかけた。

「…んで、依頼っていうのは何だ?」

そう言われて、本来の目的を思い出したのか
女性は瞬時にあるものを取り出した。
それは写真であった。
畳んだ跡があり、若干写真に折り目が付いている。
其処には痩せ細った骸のような男性が映し出されているではないか。
そして女性は写真に写る男性を指差して言った。

「…コイツを殺してください」


「なぜだ、理由は?」

そう言い返すと、女性はまるで泣いていたのが嘘かの様に
表情を歪ませて言い始めた。

「こいつは…コイツは…私の最愛の息子を…殺したからです」

さっき泣いていたとは思えないほど
憎しみに満ちた怖い表情になっている。まるで、生きていることすら許せない
慈悲を与える様子もない怒りに満ちた般若の如く。

「…あぁそうかい」

「めちゃくちゃのぐちゃぐちゃにしてください。肉塊すら残らない、ミンチ」


女性の口から、恨み言が収まる様子がない。
やっぱ女って切れると怖いんだなとか実感してしまいそうになるくらい。
衛は呆れた表情も見せず、聞き流していた。
隣にいた莉彩は女性を唖然とした目で見ていた。
女性と莉彩と衛を取り巻く空気が重く淀んでのしかかる。


「…わーった、この男を殺せばいいんだな?」


衛がそう女性に云うと、女性は深くうなずいた。


「コイツの名前とか、知ってんのか?」


「…ハイ。知ってます」


「じゃあ教えてくれ」


「…彼の名前は、穂根沢聡です」


「了解した」


依頼とターゲットの名前を古いメモ帳に書き記しながら、
衛は頷いた。莉彩もちょっと嫌そうな表情をしたが、
仕方なく一緒に頷いた。



「…さて、久々の依頼だ。頑張るか」と。