ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.10 )
日時: 2020/08/30 00:50
名前: ライター (ID: cl9811yw)

2:始まり

「おはよう、トワイさん!」
「おはようございます、トワイさん」

 夜は明け、今は朝方の午前9時ごろ。昨日と違ってシュゼは動きやすそうなパーカーとショートパンツ、リュゼもカジュアルなシャツとガウチョパンツを纏っている。楽しそうに手を振る二人を、夏の陽射しが照らしていた。

「ああ、おはよう二人とも」

 眩しげに目を細めて、ジャケットのポケットに手を突っ込んだままトワイが返事をする。待ち合わせ場所にひと足早く着いていた彼は、わずかに笑った。

「トワイさん、電車乗るんだよね? 私、楽しみだな!」
「姉さん、浮かれすぎだよ……危ない、かもしれないのに」
 
 シュゼをリュゼが諌める、二人にとっては当たり前のことなのだろう。だが、青年の目にはそれがとても新鮮に写った。


「えーと、黎明街の駅まで行って、そこから薄暮街まで行く、であってるかな?」

 黎明街へ向かう三人の先頭を歩きながらシュゼが振り向く。

「そうだ。そこまで行けば、ノーシュ・キュラスに会えるだろう?」
「そう、ですね。兎にも角にも、先ずノーシュさんに合わないと」

 方針を確認し歩いていく三人は、傍目からみれば年の離れたきょうだいの様だった。


「駅だよ! 切符買おうトワイさん!」
「さっきも言ったけど、姉さんはしゃぎすぎだよ……せめて電車乗ったら静かにしててね?」
「ほら、二人とも早く……どれ買うんだ?お前たち金は持ってるのか?」

 トワイの何処か呆れたような声に、ハッと我に返ったシュゼが言う。

「えっと、先ず……トワイさんいくつ?」
「は? 年齢聞かれるのか?」
「そうですよ。年齢によって値段が変わるので……此処から薄暮街までだったら、私たちは14歳ですから420リアで乗れますが、トワイさんは……17歳ぐらいです?」

 何かの表を眺めながら、リュゼが胸まである黒髪を揺らして振り向いた。自分の誕生日すら覚えていないのに年齢なんてわからないな、とトワイが悩んでいると、シュゼはもう歩き出していた。

「ちょ、姉さん!? 切符、買ったの!?」
「買った。三人分。まぁ、17歳ぐらいって事にしとけば良いよ。年齢なんて、分かる人だけじゃないだろうし、ね」
「そ、そうか……ありがとな、シュゼ……ああ、あとで金は返すよ」

 そう言いながら三人は改札を抜け、電車に乗り込み発車を待つのだった。

Re: 宵と白黒 ( No.12 )
日時: 2020/08/30 01:06
名前: ライター (ID: cl9811yw)

 電車のボックスシートに座る三人は、思い思いの時間を過ごしていた。トワイの左前に座るシュゼは窓の外を眺めている。トワイの隣のリュゼは、窓の桟に頬杖をついて眠りだした。そしてトワイは、ぼんやりと床に視線を落としていた。

 リュゼとシュゼの脚、床についてるじゃん。もしかしてこれが脚が長い、ってヤツだろうか。そもそも脚が長いって褒め言葉なのだろうか。分からない………オレの身長が170ぐらい? だからシュゼとリュゼは160くらい、か。脳内でとりとめもない話を自問自答していたトワイは、電車がブレーキを掛け始めた音に顔を上げた。
 その音で目が覚めたのだろう、リュゼも眩し気に目を眇めて、ドアの方へ視線を向ける。

 徐々にスピードを落として駅で止まった電車に、新たな乗客が次々と乗り込んでくる。それをぼんやりと眺めていたトワイは、かすかな違和感をそこに抱いた。たくさんの乗客が自分たちの横を通り過ぎて行く。トワイの夕焼け色の瞳が一人の乗客を捉えた───


 その乗客の手のひらには、刃が握られていた。だから少し挙動がおかしかったのかよ、と思いつつ青年は低く叫んだ。

「リュゼ! シュゼ!」

 電車を人が乗り降りする、漠然とした喧騒を切り裂く様な声で叫び、ビクリとして立ち上がったリュゼをボックスシートの奥へ庇う。
 周りの目など気にしていないのか、彼らの姿を捉えるなり瞬時に振り下ろされた乗客───否、殺し屋の刃物。それに微かに青年の目が開かれる。
 黙っていられなくなったのだろう、シュゼが青年を呼んだ。

「トワイさん!」
「じっとしてろ! シュゼ、リュゼを守れ!」

 こちらも引き抜いたナイフで刃を受け止め、青年はくるりと辺りを見渡した。シュゼの力であればある程度の防戦は出来る、と考えた青年は瞳を前に戻して深呼吸する。

「くっそっ……こんな、狭くちゃ走れないな!」

 車内が己のフィールドではないことの苛立ちをぶつけるかのように、青年がぼやいて脚に力をかける。ぎゅ、とブーツに包まれた左脚のつま先が電車の床を踏み締めた。
 そして、次の瞬間。力を纏った右脚が、跳ね上がった。
 敵の刃物を握っていない左手が煌き、氷の塊を作りだした。青年の右足がそれに激突し、氷の破片が辺りを舞う。

「ちょ、トワイさん!? なんで普通に力使ってるの!?」

 後ろから彼に呼びかけたシュゼの口調が焦っているのも、当然と言える。なぜなら、力の勝手な使用は表向き法で禁じられているからであるのだが。だが、その法に対しても青年はニヤリと笑って至極当然とばかりに言い返した。

「正当防衛だ! あっちが攻撃して来たんだからな!」

 明快にそう言い切った青年は、車内が狭いことに歯噛みしながらも何度か切り結ぶ。いまさら二人が殺し合っているのに気付いたのだろう、他の客たちが悲鳴を上げ始めた。

 その時、車体ががくんと揺れ、ドアが閉まる。その揺れによって、どこにも掴まっていなかった四人の体が僅かにバランスを崩した。

 電車が少しづつ速度を上げて行く。それに青年が気を取られている隙に、敵の手に集まった光が煌めきながら真っ直ぐに飛ぶ。

「っ! しまっ……!?」

 しかしその攻撃は彼を穿たず、後ろへと氷が飛んで行く。その狙いは、間違いなくリュゼだ。だが、その脅威は。炎を操る少女によって蒸発させられた。
 ボブの白髪に、炎の色を揺らめかせながら少女は叫ぶ。

「私だって、戦うんだ!」
「姉さん!? だめ!」

 こういう事に欠片も慣れていないリュゼがシュゼを止めようとする。だが、シュゼはリュゼに向けて微笑んで言った。

「姉さん、でしょ?」
「っつ……」

 リュゼとシュゼが戦う覚悟を決めていた時、青年は相手を分析していた。何故コイツの攻撃はオレではなくリュゼを狙った? いや……ならばリュゼを優先的に守れば良いはず、と小さく呟く。
 刹那の思考の末に、そう結論を出した青年は前を見直す。目線だけでちらりと後ろへ振り向いて、ゆっくりと息を吸った。

「よし……リュゼ、シュゼ! 気をつけてろ!」

 青年がそう言って踏み込みながらナイフを振り下ろす。それを受けて敵がナイフを振り上げた。互いの刃が交錯し、激突する、その寸前。二人の動きが、何故か凍りついた。否、凍てつかされた。

 静まり返った車内に、壮年の男の声が響き渡る。

「すみません、お客様。車内での戦闘は他のお客様のご迷惑となりますのでおやめください」
「なっ……!?」

 トワイは動揺しながらも、唯一動く目だけを動かし己の動きを封じた者へと視線を送る。車両と車両の繋ぎ目部分に立ち、その言葉を発したのは車掌であろう人物だった。真っ直ぐに伸ばされた右手、そこから舞う光が彼が力を使っていることを証明している。場馴れした動きで、彼はトワイ達へ歩み寄り口を開いた。

「申し訳ありません、手荒な手段となってしまいまして。さて、この度の戦闘……どちらが?」

 そこでようやく認識が追い付いたのであろう、シュゼが口火を切った。

「あの! このお兄さんは! 私の、私の……友達、なんですけど! この人が、襲いかかって来て! お兄さんが、私たちを、守ってくれたんです!」

 そんなシュゼの言葉に、リュゼも同意する様に首を縦に振る。一部始終を見ていた他の乗客も頷いているのを認め、車掌が口を開いた。

「そうでございますか……では、お客様方、大変ご迷惑をお掛けしました。次の駅はもうすぐ到着しますので、もうしばらくお待ちください」

 そう言い終えた車掌は先ず、トワイたちに目を向けた。そしてトワイへ右手を向けながら口を開く。

「申し訳ありませんでした、お客様」
「のわっ!」

 強制的に静止させられていたトワイが、電車の横への力に負けて少しよろめく。

「お客様、終点までお乗りになられますか?」
「シュゼ? どうだった?」

 そんな事あまり覚えていないトワイがそう話を振ると、

「あ、はい! 終点まで乗ります!」

とシュゼが首肯した。その隣では何故かリュゼが不安そうな目をしていていたのだが、それはさておき。

「はい、では終点の駅で少しお時間頂きます。」

 そう言った車掌は電車の揺れなどものともせずに、襲ってきた者の方へ歩み寄り微笑んだ。

「では、お客様は次の駅でお降り下さい。そこで警察の方をお呼びしますので。」

 車掌が言い終えたタイミングで電車は次の駅の停車に向けゆっくりと速度を落としはじめる。
 それを感じたトワイはゆっくりと体から力を抜き、大きく溜息をついた。

Re: 宵と白黒 ( No.14 )
日時: 2020/08/30 01:13
名前: ライター(心) (ID: cl9811yw)

 ゆっくりと速度を落とす電車はやがて止まった。そしてトワイたちを襲った男が警察に追いたてられて行く。終点の駅がある薄暮街が見える頃には、太陽はほとんど真上へと登っていた。
 さらに薄暮街の特徴とも言える、壁面にガラスを多用したビル群が光を反射して街全体が煌めいているかの様である。
 その光の眩しさに目を細めつつ、トワイもまたぼんやりと視線を街へと投げかけた。

□  △  □

 やがて電車がゆっくりと速度を落とし、車輪の軋む音をたてながら停車する。アナウンスの声を後ろに、三人はホームへと降り立った。

「着いたね、トワイさん……何か、聞かれるのかな?」

 先程の事を思い出し、シュゼがそう尋ねる。彼女が垣間見せた真っ直ぐな強さを羨みつつも、トワイは言った。

「オレが知るわけないだろ。ほら、車掌、だっけか? あいつが話しかけて来るのを待とう」
「私もそれが良い、と思います」

 少し震えたような声でリュゼがそう言った時、ちょうどそこへ声が掛かる。

「先程のお客様方でいらっしゃいますね?」
「あ、はい、そうです!」

 トワイは人と話せるスキルなどないと言わんばかりに口を閉ざし、元々そう言うことが向いていないリュゼはじっと己を見つめてくる。それにちらりと目を向けて、呆れた様な空気をまとったシュゼが返答した。

「そうですか、では……お手数お掛けいたしますが、皆様こちらへお願いします」

 そう言われた三人はその後しばらく話を聞かれていたが、その間何故かリュゼはとても不安げにしていた。



「やーっと終わったよー! もう疲れたや! 早くノーシュさんの家に行こう!」
「……姉さん、はしゃぎすぎ、だよ」

 いつも通りシュゼがはしゃぐのをリュゼが諌める。だが、そこはかとなく今のリュゼは歯切れが悪かったようにトワイには思えた。

「そうだ。お前さ、泊まる場所とかは考えてあるのか?」

すぐ近くだと言うノーシュの家へ向かいながら、トワイがシュゼへそう尋ねる。

「うん、大丈夫だよ! ノーシュさんの家の近くにビジネスホテル? があって、そこに泊めてもらうから!」
「姉さん、お金、大丈夫?」

 少し不安げにリュゼがシュゼへ現実的なことを尋ねると、その事が気になっていたと言わんばかりの表情でトワイも振り向き言葉を重ねる。

「まさか、足りないとか言わないよな?」

 二人から尋ねられたシュゼは少し動揺した顔をしてから口を開く。

「だ、大丈夫だよ、三泊はできるし……いざとなったらノーシュさんの家に泊めてもらえば良いから!」

 少し焦り気味になりながら答えたシュゼは、不意に笑って言った。

「みんな、信じてなさそうな顔、してるけどさ。私だってちゃんと計画もあるし考えてもいるんだ。私は、それ位ノーシュさんの記憶を、戻したいんだから」

 そう笑って言ったシュゼの言葉に、リュゼが頷く。

「そうだね……たくさん、遊んでもらったもの。」

 そう言ったシュゼとリュゼは少し歩く速度を上げてノーシュの家への道を歩いていく。ほんの少し逡巡するかのように立ち止まっていたトワイは、ふわりと顔を上げて呼びかけた。

「おい、シュゼとリュゼ。話がある。何かその辺……あそこのベンチ座れ」

 意気揚々と歩き出した二人を呼び止めて、トワイは手近なベンチを指差す。

「え? どうかしたの?」
「……何でしょう?」

 三人で横並びに腰掛けたベンチで───トワイが真ん中だ───かなり言葉選びに苦労しながらトワイが口を開く。トワイにとっては、これから問うことは当たり前の事だった。あくまでそれは彼にとっての日常だった。だからこそトワイは、それを言い表せる言葉を探す。

「シュゼとリュゼは。今日みたいなことがまたあった時、戦えるか?……はっきり言って、足手まといは困るんだよ。お前たちが居ないと依頼が達成出来ないのも事実、お前たちは俺が居ないと目的が叶わないのも本当だ」

 トワイの悩みながら放たれた言葉に、シュゼは笑って即答した。風が吹き抜け、白い髪を揺らす。

「当然。さっきも言ったよね、私はノーシュさんを助けたい。だから、頑張るの」

 シュゼの出した答えを聞いたリュゼがそっと目を伏せる。自分には出来ないと言うかのように、ゆっくり首が横に振られる。

「私は、出来ないんです。戦うのも、怖い。結局私は、足手まといにしかなれない……」

 リュゼの震えた声を聴いたシュゼは、満面の笑みを見せて言う。彼女の両手が、リュゼの両手を包み込んだ。
 
「大丈夫だよ! リュゼは私が守るもの! お姉ちゃんだからね!」

 うんうん、と髪を揺らして自分の言葉に頷くシュゼをその橙の瞳で見つめながら、トワイも言った。何処か羨ましい、と思ったのは秘密だけれど。

「なら、大丈夫だな。……オレの用は終わりだ」

 トワイがそう言うと、リュゼは固かった表情を綻ばせて立ち上がる。

「よし! 早く行こうよ、日が暮れるよ!」

Re: 宵と白黒 ( No.15 )
日時: 2021/01/03 18:37
名前: ライター(心) (ID: cl9811yw)

 しばらく歩いて着いたビルは、とても高いビルだった。等間隔でガラスが張られ、眩しくきらめいている。薄暮街特有の、縦に広く空間を使った区画の一部だ。林立するビルで日差しが遮られ、夏の暑さが程よく緩和されている。

「なんで建物がこんなに高くてこんなに大きいんだよ…!」

 トワイがビルの高さに目を回していたが、それはさておき。

「え? 階段で行かないのか? 階段じゃなかったら何使うんだ?」
「え? 階段なんか使ったら日が沈むよ? トワイさんエレベーター知らないの?」

 中に入って、いざ部屋に向かおうとしたときのことだ。当然の様に階段を使おうとするトワイと、エレベーターを使おうとするシュゼの間で一悶着起きたのだが、それもさておき。
 エントランスでは、もう既に警備担当と顔見知りらしいシュゼとリュゼに着いて行くだけで済んだ。トワイはそのことに一安心していた。が、その後エレベーターを初体験して酔いそうになった彼は気分が一気に落ち込んだ。

「常闇になかったぞ、こんなもの……」

 恨み言を吐きつつ、トワイはどうにかシュゼとリュゼについて行ったのだった。エレベーターを降りた先にある通路を、あちこちの角を曲がりながらしばらく歩く。
 やがて三人が止まったドアの前で、シュゼがインターホンのボタンを押した。

「こんにちはー! シュゼです!」
「こんにちは。リュゼ、です」

 インターホンに向けてそう言ったシュゼとリュゼに振り向かれ、トワイはオレもかよ、と言う顔をする。トワイは困惑しながらも、シュゼとリュゼが名前を言っていたことを真似て口を開いた。

「トワイ、と言います」

 彼がそう言うと、ほんの少し間があいて、インターホンから女性の声が返事が聞こえてきた。

「まあまあ、シュゼ様とリュゼ様ではありませんか。今開けますのでね、お入りください」

 女性がそう言い終わると、パタパタと言う足音がドアの向こうから聞こえてくる。ガチャリと鍵を開ける音がして、ゆっくり軋みながらドアが開いた。

「……シュゼ様」
「ん? なぁにティータ」

 ドアを開けたティータと言うらしき中年の女性は、トワイを見て固まった。ティータはてっきり同年代の友達だろう、と思っていたのだが、そこにいたのは割と大人に見える青年である。

「そちらの……トワイ様は?」

 固い声でそう言われ、トワイの脳内を一瞬男子禁制かな、という思考がかすめた。

「えと……」

 まさか殺し屋だと名乗る訳にも行かず、少しトワイが困惑した顔を浮かべる。ティータにますます怪しい、といった顔をされ、トワイはたじろぐ。狼狽えながらも言葉を探し目を泳がせていると、その空気を察したのであろう。リュゼが慌ててフォローを入れる。

「えっと、友達…なの」
「まあ、そうでございましたか。それは大変失礼いたしました……さ、お入り下さい」

 そう言われて、ティータはようやく警戒を解いたようだった。半身になって奥を示しながら、そっと入るように促す。

「お邪魔しまーす!」
「お邪魔、します」
「お邪魔、します?」

 トワイは人の家に上がる事があまりなく、お邪魔しますと言う言葉をあまり使い慣れていない。どうにか見よう見まねでそれをこなした彼は、どこか普通の青年のようだった。


□  △  □

 通されたリビングらしき部屋の広さにトワイがまたしても目を回していると、隣にいるリュゼがくすりと笑った。

「本当にトワイさんはこういうところ、慣れて無いんですね」
「いや……まあ、そうだな」
「──リュゼさんとシュゼさん、だったよね」

 二人がそんなことを話していると、一人の男の気配がリビングに現れた。それを感じたトワイが、フッとそちらを見る。リビングの入り口の壁に凭れかかって立つ青年は、リュゼと同じ黒髪の青年だった。

「あ、ノーシュさん! 今日は元気そうだね、よかった!」
「こんにちは、ノーシュさん」

 ノーシュ、と呼ばれた青年は、その黒の瞳を細め、微かに笑う。けれどその笑みは、何処か無理やりらしい。何だか無気力な奴、とトワイは思った。

「二人とも、来てくれてありがとう。でも、ごめんね。……そこの方は?」

 スタスタと歩いてきたノーシュは、トワイたちの前のソファに座った。その黒い目を向けられたトワイは、今日はやたらと名前を言うな、なんて思いながら名乗る。

「トワイだ」
「トワイさん、か。貴方は何故ここに?」

 そう問われたトワイは、ハッとした。何故オレはここにいるのか。依頼だからだ。それにしては情が移っているような気もする。列車でも、オレはリュゼを庇おうとした。何故、だろうか、と。それでも結局答えを出せなかったトワイは、ありきたりな答えを返した。それで無理やり自分を納得させて。

「……頼み事をされたんだ、シュゼとリュゼに」
「へぇ……そうなんだ」

 そんな、何処か虚無感が漂う会話を交わした二人が黙った後、しばらくリビングには沈黙が降りていた。


次章:第三章 本当に
   《スイッチ・インテンション》
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