ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.12 )
日時: 2020/08/30 01:06
名前: ライター (ID: cl9811yw)

 電車のボックスシートに座る三人は、思い思いの時間を過ごしていた。トワイの左前に座るシュゼは窓の外を眺めている。トワイの隣のリュゼは、窓の桟に頬杖をついて眠りだした。そしてトワイは、ぼんやりと床に視線を落としていた。

 リュゼとシュゼの脚、床についてるじゃん。もしかしてこれが脚が長い、ってヤツだろうか。そもそも脚が長いって褒め言葉なのだろうか。分からない………オレの身長が170ぐらい? だからシュゼとリュゼは160くらい、か。脳内でとりとめもない話を自問自答していたトワイは、電車がブレーキを掛け始めた音に顔を上げた。
 その音で目が覚めたのだろう、リュゼも眩し気に目を眇めて、ドアの方へ視線を向ける。

 徐々にスピードを落として駅で止まった電車に、新たな乗客が次々と乗り込んでくる。それをぼんやりと眺めていたトワイは、かすかな違和感をそこに抱いた。たくさんの乗客が自分たちの横を通り過ぎて行く。トワイの夕焼け色の瞳が一人の乗客を捉えた───


 その乗客の手のひらには、刃が握られていた。だから少し挙動がおかしかったのかよ、と思いつつ青年は低く叫んだ。

「リュゼ! シュゼ!」

 電車を人が乗り降りする、漠然とした喧騒を切り裂く様な声で叫び、ビクリとして立ち上がったリュゼをボックスシートの奥へ庇う。
 周りの目など気にしていないのか、彼らの姿を捉えるなり瞬時に振り下ろされた乗客───否、殺し屋の刃物。それに微かに青年の目が開かれる。
 黙っていられなくなったのだろう、シュゼが青年を呼んだ。

「トワイさん!」
「じっとしてろ! シュゼ、リュゼを守れ!」

 こちらも引き抜いたナイフで刃を受け止め、青年はくるりと辺りを見渡した。シュゼの力であればある程度の防戦は出来る、と考えた青年は瞳を前に戻して深呼吸する。

「くっそっ……こんな、狭くちゃ走れないな!」

 車内が己のフィールドではないことの苛立ちをぶつけるかのように、青年がぼやいて脚に力をかける。ぎゅ、とブーツに包まれた左脚のつま先が電車の床を踏み締めた。
 そして、次の瞬間。力を纏った右脚が、跳ね上がった。
 敵の刃物を握っていない左手が煌き、氷の塊を作りだした。青年の右足がそれに激突し、氷の破片が辺りを舞う。

「ちょ、トワイさん!? なんで普通に力使ってるの!?」

 後ろから彼に呼びかけたシュゼの口調が焦っているのも、当然と言える。なぜなら、力の勝手な使用は表向き法で禁じられているからであるのだが。だが、その法に対しても青年はニヤリと笑って至極当然とばかりに言い返した。

「正当防衛だ! あっちが攻撃して来たんだからな!」

 明快にそう言い切った青年は、車内が狭いことに歯噛みしながらも何度か切り結ぶ。いまさら二人が殺し合っているのに気付いたのだろう、他の客たちが悲鳴を上げ始めた。

 その時、車体ががくんと揺れ、ドアが閉まる。その揺れによって、どこにも掴まっていなかった四人の体が僅かにバランスを崩した。

 電車が少しづつ速度を上げて行く。それに青年が気を取られている隙に、敵の手に集まった光が煌めきながら真っ直ぐに飛ぶ。

「っ! しまっ……!?」

 しかしその攻撃は彼を穿たず、後ろへと氷が飛んで行く。その狙いは、間違いなくリュゼだ。だが、その脅威は。炎を操る少女によって蒸発させられた。
 ボブの白髪に、炎の色を揺らめかせながら少女は叫ぶ。

「私だって、戦うんだ!」
「姉さん!? だめ!」

 こういう事に欠片も慣れていないリュゼがシュゼを止めようとする。だが、シュゼはリュゼに向けて微笑んで言った。

「姉さん、でしょ?」
「っつ……」

 リュゼとシュゼが戦う覚悟を決めていた時、青年は相手を分析していた。何故コイツの攻撃はオレではなくリュゼを狙った? いや……ならばリュゼを優先的に守れば良いはず、と小さく呟く。
 刹那の思考の末に、そう結論を出した青年は前を見直す。目線だけでちらりと後ろへ振り向いて、ゆっくりと息を吸った。

「よし……リュゼ、シュゼ! 気をつけてろ!」

 青年がそう言って踏み込みながらナイフを振り下ろす。それを受けて敵がナイフを振り上げた。互いの刃が交錯し、激突する、その寸前。二人の動きが、何故か凍りついた。否、凍てつかされた。

 静まり返った車内に、壮年の男の声が響き渡る。

「すみません、お客様。車内での戦闘は他のお客様のご迷惑となりますのでおやめください」
「なっ……!?」

 トワイは動揺しながらも、唯一動く目だけを動かし己の動きを封じた者へと視線を送る。車両と車両の繋ぎ目部分に立ち、その言葉を発したのは車掌であろう人物だった。真っ直ぐに伸ばされた右手、そこから舞う光が彼が力を使っていることを証明している。場馴れした動きで、彼はトワイ達へ歩み寄り口を開いた。

「申し訳ありません、手荒な手段となってしまいまして。さて、この度の戦闘……どちらが?」

 そこでようやく認識が追い付いたのであろう、シュゼが口火を切った。

「あの! このお兄さんは! 私の、私の……友達、なんですけど! この人が、襲いかかって来て! お兄さんが、私たちを、守ってくれたんです!」

 そんなシュゼの言葉に、リュゼも同意する様に首を縦に振る。一部始終を見ていた他の乗客も頷いているのを認め、車掌が口を開いた。

「そうでございますか……では、お客様方、大変ご迷惑をお掛けしました。次の駅はもうすぐ到着しますので、もうしばらくお待ちください」

 そう言い終えた車掌は先ず、トワイたちに目を向けた。そしてトワイへ右手を向けながら口を開く。

「申し訳ありませんでした、お客様」
「のわっ!」

 強制的に静止させられていたトワイが、電車の横への力に負けて少しよろめく。

「お客様、終点までお乗りになられますか?」
「シュゼ? どうだった?」

 そんな事あまり覚えていないトワイがそう話を振ると、

「あ、はい! 終点まで乗ります!」

とシュゼが首肯した。その隣では何故かリュゼが不安そうな目をしていていたのだが、それはさておき。

「はい、では終点の駅で少しお時間頂きます。」

 そう言った車掌は電車の揺れなどものともせずに、襲ってきた者の方へ歩み寄り微笑んだ。

「では、お客様は次の駅でお降り下さい。そこで警察の方をお呼びしますので。」

 車掌が言い終えたタイミングで電車は次の駅の停車に向けゆっくりと速度を落としはじめる。
 それを感じたトワイはゆっくりと体から力を抜き、大きく溜息をついた。