ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.15 )
日時: 2021/01/03 18:37
名前: ライター(心) (ID: cl9811yw)

 しばらく歩いて着いたビルは、とても高いビルだった。等間隔でガラスが張られ、眩しくきらめいている。薄暮街特有の、縦に広く空間を使った区画の一部だ。林立するビルで日差しが遮られ、夏の暑さが程よく緩和されている。

「なんで建物がこんなに高くてこんなに大きいんだよ…!」

 トワイがビルの高さに目を回していたが、それはさておき。

「え? 階段で行かないのか? 階段じゃなかったら何使うんだ?」
「え? 階段なんか使ったら日が沈むよ? トワイさんエレベーター知らないの?」

 中に入って、いざ部屋に向かおうとしたときのことだ。当然の様に階段を使おうとするトワイと、エレベーターを使おうとするシュゼの間で一悶着起きたのだが、それもさておき。
 エントランスでは、もう既に警備担当と顔見知りらしいシュゼとリュゼに着いて行くだけで済んだ。トワイはそのことに一安心していた。が、その後エレベーターを初体験して酔いそうになった彼は気分が一気に落ち込んだ。

「常闇になかったぞ、こんなもの……」

 恨み言を吐きつつ、トワイはどうにかシュゼとリュゼについて行ったのだった。エレベーターを降りた先にある通路を、あちこちの角を曲がりながらしばらく歩く。
 やがて三人が止まったドアの前で、シュゼがインターホンのボタンを押した。

「こんにちはー! シュゼです!」
「こんにちは。リュゼ、です」

 インターホンに向けてそう言ったシュゼとリュゼに振り向かれ、トワイはオレもかよ、と言う顔をする。トワイは困惑しながらも、シュゼとリュゼが名前を言っていたことを真似て口を開いた。

「トワイ、と言います」

 彼がそう言うと、ほんの少し間があいて、インターホンから女性の声が返事が聞こえてきた。

「まあまあ、シュゼ様とリュゼ様ではありませんか。今開けますのでね、お入りください」

 女性がそう言い終わると、パタパタと言う足音がドアの向こうから聞こえてくる。ガチャリと鍵を開ける音がして、ゆっくり軋みながらドアが開いた。

「……シュゼ様」
「ん? なぁにティータ」

 ドアを開けたティータと言うらしき中年の女性は、トワイを見て固まった。ティータはてっきり同年代の友達だろう、と思っていたのだが、そこにいたのは割と大人に見える青年である。

「そちらの……トワイ様は?」

 固い声でそう言われ、トワイの脳内を一瞬男子禁制かな、という思考がかすめた。

「えと……」

 まさか殺し屋だと名乗る訳にも行かず、少しトワイが困惑した顔を浮かべる。ティータにますます怪しい、といった顔をされ、トワイはたじろぐ。狼狽えながらも言葉を探し目を泳がせていると、その空気を察したのであろう。リュゼが慌ててフォローを入れる。

「えっと、友達…なの」
「まあ、そうでございましたか。それは大変失礼いたしました……さ、お入り下さい」

 そう言われて、ティータはようやく警戒を解いたようだった。半身になって奥を示しながら、そっと入るように促す。

「お邪魔しまーす!」
「お邪魔、します」
「お邪魔、します?」

 トワイは人の家に上がる事があまりなく、お邪魔しますと言う言葉をあまり使い慣れていない。どうにか見よう見まねでそれをこなした彼は、どこか普通の青年のようだった。


□  △  □

 通されたリビングらしき部屋の広さにトワイがまたしても目を回していると、隣にいるリュゼがくすりと笑った。

「本当にトワイさんはこういうところ、慣れて無いんですね」
「いや……まあ、そうだな」
「──リュゼさんとシュゼさん、だったよね」

 二人がそんなことを話していると、一人の男の気配がリビングに現れた。それを感じたトワイが、フッとそちらを見る。リビングの入り口の壁に凭れかかって立つ青年は、リュゼと同じ黒髪の青年だった。

「あ、ノーシュさん! 今日は元気そうだね、よかった!」
「こんにちは、ノーシュさん」

 ノーシュ、と呼ばれた青年は、その黒の瞳を細め、微かに笑う。けれどその笑みは、何処か無理やりらしい。何だか無気力な奴、とトワイは思った。

「二人とも、来てくれてありがとう。でも、ごめんね。……そこの方は?」

 スタスタと歩いてきたノーシュは、トワイたちの前のソファに座った。その黒い目を向けられたトワイは、今日はやたらと名前を言うな、なんて思いながら名乗る。

「トワイだ」
「トワイさん、か。貴方は何故ここに?」

 そう問われたトワイは、ハッとした。何故オレはここにいるのか。依頼だからだ。それにしては情が移っているような気もする。列車でも、オレはリュゼを庇おうとした。何故、だろうか、と。それでも結局答えを出せなかったトワイは、ありきたりな答えを返した。それで無理やり自分を納得させて。

「……頼み事をされたんだ、シュゼとリュゼに」
「へぇ……そうなんだ」

 そんな、何処か虚無感が漂う会話を交わした二人が黙った後、しばらくリビングには沈黙が降りていた。


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