ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.17 )
- 日時: 2020/08/30 01:36
- 名前: 心(ライター) (ID: cl9811yw)
第三章 本当に
《スウィッチ・インテンション》
1:蓮の花は、まだまだ蕾のようで
「それじゃ、そろそろお暇しまーす! ノーシュさん、ティータ、また今度ね!」
「あの、ご馳走様、でした」
「えっと……紅茶、うまかったです」
何を言うべきかよく分からなかったトワイは、戸惑いつつもそれを口にした。ティータが笑ったのを見て、それが正しかったのだと安堵する。
玄関でノーシュが薄っすらと笑みを口元に浮かべながら手を振り、ティータが一礼したのを見届けて三人はシュゼを先頭にして歩き出した。ティータとの会話で、とてもほわほわした暖かいような、トワイはそんな気持ちになった。鼻歌でも歌い出しそうなくらい上機嫌な彼を見て、リュゼも楽しそうに笑う。
帰りにまたエレベーターに乗ることになって機嫌が下向きになったのだが、それはさておき。
エントランスをでた三人は、宿への道を歩き出した。歩き出したトワイは、ちらりとリュゼへ視線を向ける。
「どうか、しましたか?」
視線を向けられたことに気付いたリュゼがこてん、と首を傾げる。
「いや、何でもない」
元に戻っている様に見えたことに安心したトワイは、ほんの少し笑う。そして、視線を前を歩くシュゼへと向けた、とき──
ぞわり、とトワイのうなじに悪寒が走った。久しぶりに感じた、それは───殺意だ。誰かに言われたから、命令だから───そんな、虚無の意思。彼自身の殺意も、この類のもののはずなのに。彼は、それに酷く嫌悪感を抱いた。
「シュゼ、リュゼ! 宿まで走れ! 人気が多いところを通れ!」
「え、何!?」
「トワイさん!? どうかしたんですか!」
「良いから走れ! 早く!」
切迫したトワイの声に何かを感じたのだろう、二人は周りが驚くのも構わず走り出す。だが、それは叶わなかった。
何故なら、彼らの足は──トワイも含め──意思と相反した、ビルとビルの狭間へと向かって行ったからである。
「な、っ!」
「きゃあっ!」
「え、なんで!?」
何故か意思に背いて体はビルとビルの狭間に走っていく。トワイの脳裏に断片的な思考が瞬いた。何を……走らされて……痛みは無い……操られる……その時、トワイはある殺し屋の名を思い出した。
「《人形使い》、か!」
強引に走らされた先は、林立するビルの狭間。暗く人通りも少ない。この街で殺しに向いている所などこれくらいのものか、とトワイは思った。何かの店の裏なのだろうか、換気扇が動いている音がする。
ぺたん、と足音が響いて、影が揺らいだ。未だ動けずにいる三人の目の前に、黒髪の少年が姿を現す。少年は刃を服の袖口から滑り落とし、口を開いた。
「こんにちは。僕はレン・イノウエ。ああ、《人形使い》の方が有名かな? うーん、アキツじゃ名乗ったら名乗り返スのが常識ダッタンだけど、此処はどうなのカナ?」
「アキツ……あなた、この国の人間じゃ無いのね?」
「ははっ、僕としたコトが……喋リすぎタネ!」
何だか妙な訛りの様なものがある話し方をする殺し屋は、ペタペタとリュゼとシュゼへ歩み寄った。
「何のつもり? 私たちはこれから大切な用事があるの。早くこの力、解いてくれないかな?」
「その通りだ、《人形使い》。少なくともオレはお前に恨みを買う様なことはしていない」
「はは、マァそう言わナイで。僕の話を聞いてクレよ。飛んで火に入る夏の虫、って言う言葉、知っテル? 自ら災いに首を突っ込む事をイウんだケド……マァつまり──今の、キミ達のことダネ! こっちまで、ワザワザ走って来てクレたんだからサ!」
そう言って、レンと名乗った少年は動けないリュゼへ刃を振り下ろした。
しかし、その刃は届かない。何故なら───振り下ろされる寸前で、焼け溶けたからだ。凄まじい熱に炙られて、思わず残っていた柄ごと少年は刃を手から落とす。
「妹に、何してんの!」
「ははっ、お嬢さん凄いネェ! 炎を操る力かい? うん、アクションが無くても力を使えるのは脅威ダナ!」
また一方、青年も動こうと足掻いて居た。レンと青年の力が拮抗して、脚が軋みをあげている。おそらく三人操るのは限界に近い……シュゼが気を引いたことでおそらくどこかが緩む、はずだ……そこを、一気に突破する!
- Re: 宵と白黒 ( No.18 )
- 日時: 2021/01/03 18:38
- 名前: ライター(心) (ID: cl9811yw)
痛みが全く無く、なにも体が傷ついていないこと、それに喋れること。それらのことから考えられることは、おそらく───
「っつ……! 」
今まで余裕気だったレンが、ポツリと苦鳴を零した。その黒い瞳が、きつく虚空を睨む。舞い上がる光の量が多くなって、彼が力を振り絞っているのだろうと推察できた。
「く、う………!」
一方青年の方も、微かに顔を歪めて、力を振り絞る。脚を必死に動かし、前へ進もうとする。
おそらく、こいつの力は、体に流れる命令を、書き換えるもの、のはずだ。くわしいことは分からない。分からないけど、動こう、とする命令を書き換えているとするならば。
オレも命令を出せば良い。書き換える速度が追いつかないほど、幾度も。そう思考した青年は、真っ直ぐにレンを睨んだ。
「きゃ、あっ!」
「う、わぁ!」
悲鳴と共にとすん、と音を立ててシュゼとリュゼが崩れ落ちる。静かに争っていた青年とレンが、ハッとして視線をそちらに向けた。
「しまっ、た!?」
薄っすらと動揺を滲ませたレンの言葉に、トワイは足を動かそうと試みる。そして同時に、何故シュゼとリュゼが動けたのかを考えておく。
やはり、力のキャパシティには限界がある筈だ。それが、オレに全て割り振られた。ならば、と青年は思う。今が、好機か───と、小さく呟いた彼の脳内で思考が瞬き、力の出力が一気に高まる。
それにレンの顔が歪み、明確に力が緩まり始めた、気がした。
「う、あっ!」
「う、ごけ!」
と、その時、レンの目の前が炎で灼かれた。シュゼか、と青年が思う。それを避けるためにレンが後ろへとびずさった、その一瞬。確かに、力の強制力が、一気に緩んだ。
「フゥッ!」
限界まで溜められていたそれは、さながら弓矢のようだった。ダンッ、と靴底で地面を蹴り飛ばす音がビルに反響し、大きく響く。
残りの数メートルの距離を、ほんの瞬きする間に詰め、ようとした───
詰めようとした瞬間、ブチブチと言う嫌な音が確かに足から聞こえ、青年が明らかに失速する。がくん、と体が揺らぎ、脚の制御がままならなくなる。右手を地面につけて、転倒を避ける。クラウチングスタートのような姿勢をとって、再び加速しようとした。だが、激痛が利き足の右足から脳天へ抜けていく。
「くは、っ………」
「トワイさん!?」
「トワイ、さんっ!」
シュゼとリュゼの声すら聞こえない程の、痛みが走る。足を動かそうとする度に、青年の体に激痛が駆け抜ける。
何があったのかは分からない、けど……恐らく好機、ここでこいつを倒しておく……! 瞬間で浮かび上がったその考えを、少年が実行することはできなかった。
青年の足に誰かの力と思われる光が集まり始める。微かに何かの音が響いて───青年が再び加速し、少年へ刃を振り下ろしたからである。
「はぁ、っ、は」
光を放ったのは、リュゼの右手。真っ直ぐにトワイを指した人差し指から、光が零れる。
「リュゼ! 無理しちゃダメ!」
「分かってる、姉さん……けど、私も、戦うの!」
姉からの言葉に、そう答えたリュゼは、目を逸らさずに青年を見つめた。今のトワイさんを助けてあげられるのは私だけなんだから、と思いながら。
一方、少年は青年が振り下ろした刃を左袖口から滑り落としたナイフで受け止めながら、考えをまとめていた。………もう一度加速してる…その事は分かる、あの黒髪の子が回復なり何なりをした…足が動かなくなっていたのは何故……そこまで考え、思いついた事を少年は口にする。
「貴方ハ、その力に、耐えられるほど、足ハ、強くないんじゃ、ないノカ?」
また一方青年は、光に包まれた己の足をちらりと見た。この光に包まれた後、何故か足が酷使に耐えるようになった。光を放ったのはリュゼの右手。回復か、と青年は思う。脚が慣れていない状態で出力が高くなれば、そうなっても仕方ない。刃を受け止めた少年が自分の下で発した言葉に、青年は唇をつりあげてみせた。
「そう、かもしれないな!」
二話:時の流れは、速い上に激しい
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