ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒【色々加筆してます。】 ( No.19 )
- 日時: 2020/08/30 11:41
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
2:時の流れは、速い上に激しい
そうかもしれない、と余裕を見せはしたものの、青年は内心かなり焦っていた。レンが言ったことが図星だったからである。たいして助走つけないで、いきなり走るとこうなるんだ、全く……!
青年がそんなことを考えながら少年と切り結んでいると、不意に黒髪を揺らしてレンは言った。
「気をつけなよオニーサン。この刃、毒塗ってあるから。掠ったダケじゃ死なないけど、刺さったら……マァ、分かるよね!」
「随分と、悪趣味なことで!」
バックジャンプして間合いを取った青年が前を見て、走り出す。右足で地面を蹴って、さらに左足でビルの壁を蹴り飛ばして跳躍。
高く舞い上がった青年が、真っ直ぐに刃を振り下ろす。二人の視線が交錯したとき、一瞬、レンの黒い目が揺らいだ。甲高い金属音を奏でながら刃が滑って行く。
ガチガチと互いに音を立てながら鍔迫り合いに移行した時、レンが不意に呟いた。
「ふふ……このままジャ時間がかかり過ぎるネ。こうなると、僕モ手段ヲ選んでイラれない。ごめんよ、お嬢サン!」
「ッハ……リュゼ! シュゼ!」
競り合っていた刃がそらされて、青年がバランスを崩す。その脇をすり抜けて、レンはリュゼへと迫って行く。
「え……!」
「あ、ちょっと! リュゼ!」
援護しようにも、青年すら焼いてしまう危険があった。だから動くのを躊躇っていたシュゼが叫び、リュゼが目を見開く。
少年の刃が振り上げられ、数メートルしかない彼らの間の距離が、徐々に詰まって行く。
リュゼが、目をぎゅっとつぶる。
シュゼが、何かを叫ぶ。
そしてその時、青年は────
動かなくてはならない気がした。なぜだかは、分からないけれど。記憶すらない家族を、無意識のうちに彼女に重ねていた。そんなのは殺し屋じゃない、はずなのに。
「ッツ───」
青年は走り出していた。大股三歩分ほどの距離を本当に瞬きする間に駆け抜ける。脚が悲鳴を上げ、今度こそ骨が折れそうになる。
リュゼと、少年の間の数メートル分。そこへ狙いを定める。
少年の後ろで手を地面に突き、踵を振り上げて倒立の要領で空へ。彼を飛び越え、リュゼとレンの間にある空隙へ着地する。
そして、リュゼを肩から抱きしめて、押し倒した。
「とわい、さん………?」
誰かに抱き締められた感覚に目を開ければ。
さらり、と黒髪が揺れて。白い横髪が、ふわりと紺色を吸う。青年の髪がぱさりと、リュゼの頬を撫でて。
そして───殺し屋の振り下ろされた刃は、止まることなく背中側から青年の体を貫く。
それを見たレンが、口元の笑みを深めて言った。
「殺し屋がそんなコトしてどうす……!?」
「うる、さい!」
力を纏ったままの左踵が、回し蹴りとなって容赦無く少年の腹に突き刺さる。そのまま吹き飛ばされたレンの華奢な体には目もくれず、トワイはリュゼを見た。ビルの換気扇に叩きつけられた少年の体から、バキリと骨の折れる音がする。
「こ、ふっ……あ、りゅ、ぜ? だいじょうぶ?」
「え、あ、トワイさん!」
「トワイさんっ!」
リュゼとシュゼの声が聴こえた気がした。だけれどそれは確実に遠くなって行く。トワイが、微かに笑った。
リュゼは、頭が真っ白になっていた。
確かに彼女の力は回復──その本質は少し違うにせよ、似たようなこと──だ。それで、トワイを救えるかもしれない。でも、命という砂の入った砂時計を、逆転させることは出来ないのだ。彼女にできるのは、砂を少し戻すことだけ。死へと確実に惹き込まれていく者を救う程の力では無い。
だからこそ、今のトワイは治すことが出来ないと察せられる。
だが。 しかし。けれど。
彼女の本能が、魂が震える。それに導かれるまま、トワイを抱きしめて彼女は叫ぶ。凄まじい光輝が溢れ出し、その眩さにシュゼが目を細める。時計の鐘が鳴る音が、針の回る音が、歯車の噛み合わさる音が。幾重もに重なり合って響き渡る。
「お願い…………戻して!」
叫ぶ。ただ、乞い願う。
「リュゼ! 大丈夫!?」
「あ、ぅあ……あれだ、姉さん!」
時の激流がリュゼを押し流そうとする。苦しげにリュゼの顔が歪む。だけれど真っ直ぐに、その激流に逆らって。リュゼは、〝かつてのトワイ〟へと手を伸ばす。それを、今のトワイへ、被せるイメージで。
光が、再び強く煌めいた───