ダーク・ファンタジー小説

宵と白黒【改題しました】 ( No.2 )
日時: 2020/11/04 07:17
名前: ライター (ID: cl9811yw)

第一章 名
《フェノメノン・セルフズ》
1:殺し屋

「仕事だ、《宵》」

 そう言われた瞬間、青年はすっと目を細めた。かすかに風が前髪を揺らす。

「何処だ?」

 青年は目を細めたまま端的にそう問いかける。酷く冷たい声は先程までの彼では無いかのようだ。纏う空気がぴしりと張り詰める。
 その様子にふっと息を吐いて、老人は思う。まだ彼はまともだ、と。

「酒場に行け。そこに依頼人が来るそうだ」
「ああ、そう」

 そう答えた青年は、すでに殺し屋の貌をしていた。

□  △  □

 常闇街は、代行者たる存在である殺し屋の集う街。
 そしてそこにある酒場“常闇〟は、殺し屋達が仕事を得るために現れる酒場であり、この街の名の由来となった酒場である。

 酒場はほんのりとしたオレンジ色の白熱灯で照らされている。板張りの床には酒なのか血なのか、それとも料理のこぼれた跡なのか汚れが多い。そこそこ広い店内には殺し屋たちがそれぞれに寛いでいた。仕事のかきいれ時なのか、カウンター席の奥の厨房は喧騒に包まれている。窓は開け放たれていたが、それでもなお店内は蒸し暑い。
 制服を纏ったウェイトレスたちが雑然と置かれたテーブルや椅子の間を走り回って給仕をしているのが目に入る。か弱げに見える彼女らだが、この世界に身を置いているのならばそこらの男たちよりもはるかに強いのだろう。

 屈強な男達や華奢な青年、少年………果ては少女すらいる一角で、青年は小さなスツールに座っていた。

 不意に入り口辺りがざわめき、殺し屋達が何事かと視線を集める。ウェイトレスのひとりがすっと近付いて、何やら話しかけていた。見慣れぬ者が入ってきたのだろう、と検討を付けつつ、青年は巻き込まれぬよう視線を落とす。
 と、不意に頭上から声がかかった。

「あなたが《宵》か?」

 クリアなテノールが響く。近づいてくるなり、上から青年を見下ろしてそう言ったのは、ほぼ同い年と見える華奢な男だった。やや長めの髪の奥から覗く金色の瞳に見下ろされ、すっと青年は立ち上がる。

「そうだが。貴方がオレに依頼をしたのか?」

 ああ何だ、オレの依頼人だったか、と思う。手近なテーブルを引き寄せて、椅子へ腰を下ろした。木製の椅子は僅かに軋む。無数の人々に触られて飴色に変色したそれは、不思議な手触りをしていた。その反対へ回り込んで、対になっている椅子に座った依頼人はニコリと笑うと頷いた。

「ええ、私です。うちの者が昔あなたの師匠さんにお世話になったことがありましてね。その繋がりであなたに依頼をしたのです」
「成る程……師匠のね。で? オレに何を依頼する気ですか?」

 少し丁寧な口調になった殺し屋と、依頼人の視線がテーブル越しに交錯する。そのまま彼は仮面のような微笑みを絶やさぬまま、そこはかとなく冷たくなった声で言った。

「殺して欲しい人が一人いる。報酬は十万リア払う。如何か?」