ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒【お知らせ】 ( No.21 )
- 日時: 2020/08/30 12:50
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=1-15
【ここから、外伝の内容が関わってきます。先に読まれることをオススメします。(上記リンクになります)】
青年は焼けるような痛みの中でもまだ息が出来ることを、不思議に思っていた。背中側に刺さっているであろう刃が、ひんやりとしている。痛い。毒のせいだろうか、体が動かない。膝立ちの姿勢でリュゼに抱き締められたまま、トワイは思う。
どちらにせよ死にかけると身体は動かないんだけど、なんて。
何故だか、断片的な映像が脳裏に瞬いた。黒、白、青、と。
走馬灯かな、と青年は思った。走馬灯と言うのは、生き残りたい時にしか見ないものと師匠は言っていたような気がする。死にかけたことなんてあまりないから、走馬灯を見るのも初めてだ。
殺し屋って言うのは、結局死に付き纏い付き纏われる物。死ぬことは覚悟のようなものの上。
なのにオレはまだいきたいのか? 何が心残りなんだ? つまるところ死にたくないのか?
遠くで誰かがなにかを叫んだ。
ああ、オレも変わったな。もう契約してるだけなんて言えない。微かに笑顔が揺らぐ。
もう一度────聴きたい。
閉じた瞼の向こうから、強烈な光が瞳を射した。彼の意識が揺らぐ。時計の針が回る音が、一枚布を通したような音で響く。
そして、何処か不思議な感覚が訪れた。身体のなかがざわざわする。精神は前へ進んでいるのに、身体は後ろへ流されて行くような感覚。かたりと音を立てて刺さっていた刃が、背中からアスファルトに落ちる。それに驚く間もなく、焼けるような痛みが消失した。
「トワイさん、トワイさん!」
「トワイさん!? 目、開けてよ!」
リュゼが、泣きそうに縋る。トワイの手を握り締める。このひとが殺し屋だってことを、さっき実感した。なんの躊躇いもなく、あの男の子に刃を振るった。それは悪なのかもしれない、とリュゼは思う。
でも、リュゼは救われたから。そして望むらくは、少しでも彼が変わっていることを。
だから呼ぶのだ、『トワイ』を。
シュゼも、きゅっとリュゼの上からトワイの手を押さえる。手首の弱々しくなっていた彼の脈が、強さを取り戻している。それを確かに彼女は感じた。
そして、トワイはうっすらと目を開けた。痛みも傷も、何もない。
微かにシュゼとリュゼが息を呑み、トワイの手を強く握った。
リュゼの目から涙が舞い落ちて、それが目に入りそうになったから。瞬きしてからトワイは微笑んだ。
「リュゼが大丈夫でよかった」
そう言ったトワイを抱き締めて、リュゼは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。涙が止まらない。シュゼも微かに笑いながら、静かに涙を溢していた。
ぼろぼろになったジャケットが、ふわりと脱げ落ちる。リュゼの頭をぽんぽんと、トワイは撫でた。微かに笑いながら。
時間はもうすでに薄暮であることが、ビルの隙間から見える空から伺えた。
ふわりとレンも空を見上げた。動くと痛い。激痛だ。蹴っ飛ばされた時に折れたのか叩きつけられたからは分からないけど、肋骨辺りが折れている気がする。痛みのせいか、僅かに空が滲んで見えた。
「どうせ、色は見えないのに」
怖かった。夕焼けが灰色なのが。けど、もう慣れた。そんなことを彼は思う。
シュゼは、ちらりと路地の奥を見やった。室外機に凭れかかってぼんやりと空を見ているらしいレンに、シュゼはそっと近づいていく。
「シュゼ……」
「姉さん…?」
トワイが、微かに警戒を込めてシュゼを呼んだ。それでも止まらないシュゼに、仕方ないとばかりに微かに息を吐いたトワイは立ち上がる。後ろでリュゼが不安げに立ち尽くしていると、トワイは振り返って言った。
「大丈夫だ」
ふわりと差し出された左手に、そっと手を重ねてリュゼも微笑んだ。彼が自然に笑うようになったことが嬉しくて。
足音に気付いたのか、レンの視線がシュゼへと向けられる。座り込んだままパーカーのポケットに手を突っ込んで、レンは笑った。
「何、お嬢サン?」
「貴方……いくつ?」
シュゼが少し黙ってから掛けたその問いに、レンは微かに目を見張った。路地に膝をついてレンと目線を合わせたシュゼの青い目が、真っ直ぐにレンを見つめる。揺るがないその目に負けて、レンは口を開いた。
「14」
「私も」
言葉少なに応じたシュゼからレンの視線がフッと外され、地面に落ちる。そっと息を吐いて、シュゼは呟くように問いかけた。
「私たちを、何で殺そうとしたの?」
「仕事だから」
ぎゅっと手を膝の上で握って、シュゼは歯を食いしばる。自分の中に浮かんだひとつの仮説は信じ難いものだったけれど、そう考えれば辻褄は合うのだ。
「…ねぇ。貴方の依頼人は……グレーっぽい髪のひとだった?」
「言わない」
じっとシュゼに見つめられても尚、少年は僅かにも動揺を見せない。
口が、何かを言いたげに開閉する。微かに彼女が息を吸って何かを言おうとしたところへ、トワイが言葉を割り込ませた。
「やめてやれ、シュゼ。依頼人について口を割る殺し屋は中々いない。それは、きっとこいつも同じだ」
そう言ったトワイにちらりと目を向けて、シュゼはそっと頷いた。長い睫毛が伏せられて、普段の姿とはかけ離れた静かさでシュゼは考え込む。ずっと俯いていた彼女は、意を決したように顔を上げてレンへ手を差し出した。
そして、すっと息を吸うと言ったのだ。
「私と一緒に来ない?」