ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.23 )
日時: 2020/08/30 12:57
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 シュゼのその言葉に、レンは目を見開いた。伸ばされた手を前にして、微かにため息のように息を吐く。
 唐突に、何かを決意したのかリュゼはばっと顔を上げた。カツカツとアスファルトを踏んで、レンの前に立つ。トワイをチラリと目で頷いて制した彼女は膝をついて目線を合わせると、深呼吸してそっとレンの手を取った。

「何スル気?」
「貴方を…………治すの」

 さぁっ、と風が路地を吹き抜けて行く。半ば顔を上げたレンは、ニヒルに笑うと言い放った。

「なんで?」
「貴方に………生きていて、欲しいから」

 微かにレンが息を飲んだ。記憶が微かに揺れて、何かを思い出しそうになるような感覚を味わう。どうせ何もないのに、またかよ、なんて。頭痛が走り抜けて、空の青が断片的にチラつく気がした。

「……それハサ、自己満足ジャないの? キミの仲間ガ人を傷ツケタことに対する、さ」

 今度は、リュゼが僅かに動揺した。自己満足。そうだ、そうかもしれない。

「だけど…じゃあ、生きて、いたくないの?」

 その問いが、ぽつりと地面に落ちる。静かに差し込む淡い夕陽が、そっと彼女を照らす。それの色を捉えぬまま、レンの瞳は空を向く。灰色の天蓋。
 リュゼが、ぐっと強くレンの手を握った。それには何も口を出さずにレンは、顔をしかめて視線を何処かへ投げる

「このママでも生キテはいける。大丈夫ダカら、良い。早く行け。貴女タチも、用があるンダロウ?」
「いい加減にして! なんで、貴方たちは、そうやって! そんなことばかり言って! 自分の命と身体、もっともっと大事にしてよ───! 死なないとか死ぬとか関係ないの! 何時でも何処でも、私がそばに居る訳じゃ無いんだから!」

 唇を噛んで堪えていたリュゼは、とうとう堪えきれなくなったようにそう叫んだ。いつもなら泣いてしまいそうな場面なのに、彼女は涙を零さない。後ろでそれを聞いていたトワイが、びくりと肩を跳ねさせた。シュゼも目を見開いて、こんなリュゼ、見た事ない、と呟く。
 ギリギリと歯を鳴らして、リュゼはレンの手を握り締めた。それでも尚、レンはシニカルに笑うだけ。

「……貴女は、ドレホド驕ってルノ? 自分ナラ、どんな人でも助けラレルと思ってるの?」
「驕っていたって良いじゃない! 生きるのが苦しい人がいたら、それは聞くよ! でも、死んだ方が良いなんてことは無いはずなの! それに……貴方はまだ、生きていたいのでしょ?」

 そっと、優しい最後のフレーズにレンは目を見開いた。ああ、そうか……この子の手を振りほどかないことは、何よりもその証拠なのか、と思う。ばたり、とレンのチカラが抜かれる。
 
「ッツ───!」

 その瞬間、右手が強く握りしめられた。そこを中心として強烈な光が放射され、確かに時計の針の音が響き渡る。時間の激流の中を逆らって、彼の身体へ干渉する。それを怪我する前の身体で上書きしてから、リュゼは不思議なものを見た。

『これ……過去……? 記憶……?』

 だだっ広いような狭いような、そもそも広さという概念があるのかすら分からない空間に、無数の色の糸が張り巡らされている。でも、それは色付きのものもあるけれど灰色の糸が大半だ。比較的手前は灰色が無く、赤い糸になっている。
 微かにリュゼは顔をしかめた。どこか嫌な音がしている気がしてならないのだ。不協和音、とでも言うような。試しにリュゼは、そっと指先で奥の方の灰色の糸に触れた。微かに針が回る音を立てて時間が戻り、糸から絵の具がおちるように灰色がおちる。その下からのぞくのは、鮮やかな青。

 これは、レンの記憶なのだろうか。

 だとしたら、この灰色の絵の具みたいなものが、何かしらの影響をレンに与えているのだろう。嫌な音も、きっとここから──────それに、直観的に分かる。この灰色の糸は、人為的な何かでこうなったのだと。こんな音がしていたら。きっと、精神が軋んで軋んで仕方ないだろう。
 
『ツッ!』

 一気に、リュゼは力を解き放つ。灰色の糸のみ、時を戻しかつてのレンの記憶で上書きしていく。ノイズが走るように僅かに彼の記憶が覗いた。緑、蒼天、そして夕暮れ────
 バッ、と音を立てて灰色の絵の具が弾けた。その下からのぞくのは、驚くほど美しい鮮やかな糸たち。

『良かった、のかな………』

 そう思ううちに、リュゼの意識は今へ浮上した。


「リュゼ! 大丈夫!?」
「おい、無理してないか?」

 過負荷に倒れ込みそうになるリュゼを支えて、シュゼとトワイが叫ぶ。 

「ん……大丈夫。レン……貴方は、大丈夫?」

 彼は信じられぬと言った顔で己の身体を見下ろした。ふっと前を見直した時、溢れる夕陽に頭に痛みが走った気がした。だけど、それは本当に一瞬で。

「大丈夫、だ」

 レンが思わずそう返事をすると、リュゼはふわりと微笑んだ。

「良かった。」


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   《プロミスド・ユー》
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