ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.26 )
- 日時: 2020/08/30 20:42
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
どうやらちょうど、仕事終わりの人が多い時間帯だったようだった。スーツの人々の間を抜けて、四人は歩いていた。相も変わらずトワイはリュゼの手を離さない。直線が多く、きっちりとした通りが印象的な黎明街とは違って、薄暮街では林立するビルの間に道が作られている。舗装もアスファルトが多く、足音はあまり響かない。
何も喋らずに歩きながら、レンは何やら考え込んでいた。七分丈のズボンのポケットに手を突っ込んで、やや俯き気味に。
「あノサ。聞きたいコトが、あるンダケド」
唐突にレンは、横を歩くシュゼに向かって話しかけた。彼女にしてはめずらしく、どこか沈んだような顔をしていたが、レンが自分に声を掛けたことに気付いたのだろう。顔を上げたシュゼが慌てて微笑む。ちらりと後ろへ振り返りつつ、足はとめない。
「何?」
「……好き、ッテ何、カナ?」
「え!?」
「な、何だヨ……」
かなりビックリした顔で、シュゼは勢いよく左斜め後ろへ振り向き、レンの顔を二度見した。彼もかなりどぎまぎしながら、少女の目を見返す。さり気なく歩く速度を落としてレンの真隣に並びつつ、ゆっくりと考え考え言葉を発した。
「んー、そうだなぁ……レンの言うそれはさ、恋のこと? それとも、純粋に好みだとか好みじゃないとか、そういう次元の話?」
「えー、と。多分……恋の方カナ」
「そう、だね。うーん、私は……他の何よりも、その相手を選びたくなることとか、かな……?」
動揺しすぎて、まともな言葉が組み立てられない。ぱちぱちと激しく瞬きして、必死に照れを抑えながらシュゼはばんっとレンの肩を叩いた。イテ、とレンが声を上げるのも構わずに彼女は励ましの言葉を投げる。
「まあ、頑張りなよ!」
「何で僕ハお前に心配サレてんだ……?」
「あはは、まあ別にいいでしょ!」
「お、おう……」
それきりレンもシュゼも何も喋らなかった。ざわざわと人の波の間を抜けていく。立ち並ぶビルのエントランス部分が次々と目に入る。薄いガラスのもの、木と組み合わせられたもの。沢山のデザインを横目に通り過ぎつつ、レンは再び考えていた。
他の何よりも、か。レンはそんなことを思った。黙り込んで視線を落とせば、己の靴の右足と左足が交互に目に映る。ならば華鈴さんは、僕を選ばなかった。だから、華鈴さんは僕のこと好きじゃなかったのか。
『自由はなによりも優先されるべき事なのか…?』
レンはそう、秋津の言葉で呟いた。隣を歩くシュゼに訝しげな目で見られやしないかとレンは不安になったが、シュゼはシュゼで何か考えているようだった。沈鬱げな表情で、ずっと物思いに耽っているらしい。
だからだろう。それに1番早く気づいたのは、顔を上げて四人の一番前を、シュゼと並んで歩いていたレンだった。
「シュゼ! 危ナイ!」
「え!?」
千鳥足の中年の男が、タバコに火をつけようとライターを持ちながら歩いている。周りから非難の視線がいくつも突き刺さる。こんな時間帯なのに相当飲んでいるらしく、足取りはかなり覚束無い。その男はよろめき、転びそうになる。シュゼの目の前で。今ちょうど火がついたタバコとライターが、反射的に伸ばされた彼女の右手にぶつかった。
「姉さん!?」
「おい、シュゼ!? 大丈夫なのか!」
「あつっ……くない? え?」
「シュゼ? 大丈夫ナノカ!?」
その結果に一番驚いたのはシュゼだった。彼女は至近距離で何があったのか見えていたのだが、それはとても不思議なことが起こった。赤かったはずの炎は、シュゼの肌に触れた瞬間に、赤から白へ変色した。そして、白い炎は一瞬で消失したのだ。そんなことが自然現象として起きるはずもなく、シュゼはマジマジと己の手のひらを見つめる。
少女にぶつかってきた男の方は、ふらふらとふたたび立ち上がると「前見ろ!」と叫びをこちらに投げかけてそのまま歩みさってしまった。トワイがいまにも飛びかからんばかりの勢いでそちらを睨みつけるが、それを慌ててリュゼが抑えた。周りを歩く者たちは、気の毒げな目をこちらに向けつつも何も言ってこない。薄暮街とはそういう街である。
それを幾度か来ているシュゼとリュゼは悟っているため何も言わないが、トワイとレンは意外そうな顔をした。
「あの、姉さん、大丈夫なの?」
「う、うん。なんか、怪我も何も無い」
シュゼがそう答えると、リュゼがふわりと顔を綻ばせた。後ろから追いついてきたトワイも、微笑んでそう言う。
そのまま何事も無かったかのように四人は歩き出したが、シュゼはまたじっと何か考えているようだった。
□ △ □
「ここだよ!」
四人が着いた先のホテルらしい所は、一見するとただのビルだった。少し上の方を見上げれば、何やら1面ガラス張りの窓が見える気もする。
「ほらほら、早く行こ!」
会話を挟ませぬ勢いでそう言ったシュゼは、自動ドアを開けてエントランスへ入っていった。