ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.27 )
- 日時: 2020/08/30 20:44
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
2:想い、思惑、重なり合い
「あら? 貴女たち、お父さんやお母さんはいないの?」
ホテルに入った4人に、フロントにいた女性が話しかけてくる。簡素な見た目ながらも清潔感があるエントランスは、大理石の床だからこそ足音がよく響く。等間隔で並ぶ外の街灯の光が、きらきらと床を照らしていた。女性の声に振り返ったシュゼは、笑うと言った。
「えっと、別の人が……」
そのとき、カツカツと後ろから靴が大理石を踏む音が聞こえてきた。ふわりと風が動き、トワイが向こうを透かし見る。かしゃりとウィンドブレーカーが擦れた。
「その子たちは私の客だ、すまない……チェックインをお願いできるかな?」
「ブランさん! 遅くなってごめんなさい!」
「気にするな、今来たところさ」
窓際に置かれているソファから立ち上がってその場に颯爽とあらわれたのは、灰髪の女性だった。シュゼの頭にぽふぽふと手を置きつつ、ブランはトワイとレンへ顔を向ける。怜悧な美貌に微笑まれ、トワイはぱちぱちと瞬きした。ブランは、仕事用の黒のジャケットを半ば脱ぎつつひらりとリュゼへ手を振る。
ハッとしたらしいフロントの女性は、慌ててブランと話し始めた。ブランと彼女を尻目に、僅かに微笑んでシュゼは言う。
「良かった、ちゃんと合流できて」
「エト、シュゼ? あの人は?」
レンがこてん、と首を傾げた。その斜め後ろで、トワイも同調するように頷く。パッと笑って、シュゼは答えた。
「あ、レンとトワイさんは知らなかったよね、ごめんっ! あの人は…」
「ブランシェ・キュラスだ。ブランと呼んでくれて構わないよ、よろしく」
受付から離れてこちらへ歩いてくるブランは、そっと胸に手を当てて名乗った。薄青い目がこちらをじっと見つめ、レンを捉える。射抜いてきそうな鋭さに、僅かに体を引きつつレンは会釈した。ブランもそれに合わせて微笑んで、後ろ手に持っていた二本の鍵をトワイとシュゼに向かって差し出す。
「そこの青年くんと少年くんの分と、シュゼリュゼの分だよ。男子と女子に分けただけだけど、同室でいいよね? ああ、そう言えば……名前を聞いてなかったな」
コクリと頷いたシュゼとリュゼから目線を外して、ブランは笑うと、トワイの方へ体を向けてそう尋ねた。今日はやたらと名前を名乗ってるな、と思いながらトワイは彼女の目を見返す。二人の視線は重なり、ややオレンジを帯びた光が揺れる紺色の髪を照らしていた。脱いだジャケットを片手に抱えつつ、彼女は力を抜いて腰に手を当てる。
「トワイ、です」
どうやら年上のようだったので、一応敬語を使ってトワイはそう名乗る。後ろで、リュゼがきゅっと彼の袖を掴んだ。それに気付かずに、トワイは視線をまだ名乗っていないレンへ転じる。半袖だからか、僅かに寒そうにしながら彼は口を開いた。
「レン・イノウエって言いマス。」
ぺこり、と一礼したレンを見て、ブランがそこはかとなく嬉しそうに微笑んだ。
「そっか、レンとトワイ……よろしく。シュゼたちの鍵これね、無くさないように」
ふっと笑った彼女は、スタスタと歩いてシュゼへ声を掛けた。差し出されたカードキーを、シュゼが受け取る。ひらひらと手を振って、ブランは彼女の背中を押した。
「諸々の売店とかはあっち。エレベーターはそこね。あ、夜ご飯とかはどうする? ボクが何か買ってこようか」
「え、でも…申し訳ないよ、ブランさん……疲れてるでしょ?」
「ボクは今日昼上がりで帰ってきてゴロゴロしてたからね、そんなに疲れてない。むしろ寝過ぎで頭が痛い」
軽やかに笑いながら、ブランはそう言う。ふわりと胸元の黒のリボンタイを揺らして、彼女はエントランスへ身体を向けた。視線が1周し、彼女の目がレンで止まる。少年は俯いて、何か考えているような顔をしていた。それを見て、ブランはレンの肩を叩いた。
「レンくん、ボクの手伝いをしてくれないか?」
「え、ハイ?」
ばっと顔を上げたレンが、首を傾げた。少し戸惑ったような顔をしながらも、少年は笑う。
「イイですよ」
「じゃ、行こうか」
「よろしく、お願いします」
ふわっと笑ったリュゼが、ひらりと手を振った。
□ △ □
スタスタとトワイは廊下を歩いていた。淡いライトと、無数のドアが連なっている。突き当たりの窓はちょうど西向きだが、もう日は沈みきって外は夜へ沈んでいた。ぼーっとしながらトワイが歩いていると、いきなり真横のドアが開いて人影が現れた。ちょっと体を引いて、かなり驚きつつトワイは横へ顔を向ける。そこから出てきたのは、黒髪の少女だった。
「うわ、って……なんだ、リュゼ。どうかしたか?」
「あ、トワイさん。ごめんなさい、ぶつかりかけてました、ね」
そう言って、リュゼは笑う。手提げを持った、彼女のどこか翳りのある横顔に、トワイは少し心配に思って声を掛ける。
「リュゼは何しようとしてたんだ?」
す、と首を傾げてそう問いかけられて、リュゼは虚をつかれた様な顔をした。一歩トワイの前へ進んで、くるりと振り向く。手を後ろへ回して、上目遣いで彼へ目を向ける。リュゼは問を問いで返した。
「トワイさんこそ、何を?」
「オレは……服を買いに行こうと思って。ジャケットなくても、せめてシャツ。レン、寒そうだったからさ」
そう答えて、黒のウィンドブレーカーの裾をつまんでヒラヒラと振りながら、トワイは廊下を歩き出した。それに合わせて、リュゼも隣を歩き出す。その顔を見下ろしているトワイの視線に気付いたのか、リュゼがふわりと顔を上げて、ほんの少し疲れたような笑みを見せた。
「私は、すこし独りになりたく、て。でも、トワイさんならいいです。ついて行ってもいいですか?」
「そっ、か。別に良いけどさ。街の地理、良くわかんないんだよな、フロントの人に聞いていこう」