ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.27 )
日時: 2020/08/30 20:44
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

2:想い、思惑、重なり合い

「あら? 貴女たち、お父さんやお母さんはいないの?」

 ホテルに入った4人に、フロントにいた女性が話しかけてくる。簡素な見た目ながらも清潔感があるエントランスは、大理石の床だからこそ足音がよく響く。等間隔で並ぶ外の街灯の光が、きらきらと床を照らしていた。女性の声に振り返ったシュゼは、笑うと言った。

「えっと、別の人が……」

 そのとき、カツカツと後ろから靴が大理石を踏む音が聞こえてきた。ふわりと風が動き、トワイが向こうを透かし見る。かしゃりとウィンドブレーカーが擦れた。

「その子たちは私の客だ、すまない……チェックインをお願いできるかな?」
「ブランさん! 遅くなってごめんなさい!」
「気にするな、今来たところさ」

 窓際に置かれているソファから立ち上がってその場に颯爽とあらわれたのは、灰髪の女性だった。シュゼの頭にぽふぽふと手を置きつつ、ブランはトワイとレンへ顔を向ける。怜悧な美貌に微笑まれ、トワイはぱちぱちと瞬きした。ブランは、仕事用の黒のジャケットを半ば脱ぎつつひらりとリュゼへ手を振る。
 ハッとしたらしいフロントの女性は、慌ててブランと話し始めた。ブランと彼女を尻目に、僅かに微笑んでシュゼは言う。

「良かった、ちゃんと合流できて」
「エト、シュゼ? あの人は?」

 レンがこてん、と首を傾げた。その斜め後ろで、トワイも同調するように頷く。パッと笑って、シュゼは答えた。

「あ、レンとトワイさんは知らなかったよね、ごめんっ! あの人は…」
「ブランシェ・キュラスだ。ブランと呼んでくれて構わないよ、よろしく」

 受付から離れてこちらへ歩いてくるブランは、そっと胸に手を当てて名乗った。薄青い目がこちらをじっと見つめ、レンを捉える。射抜いてきそうな鋭さに、僅かに体を引きつつレンは会釈した。ブランもそれに合わせて微笑んで、後ろ手に持っていた二本の鍵をトワイとシュゼに向かって差し出す。

「そこの青年くんと少年くんの分と、シュゼリュゼの分だよ。男子と女子に分けただけだけど、同室でいいよね? ああ、そう言えば……名前を聞いてなかったな」

 コクリと頷いたシュゼとリュゼから目線を外して、ブランは笑うと、トワイの方へ体を向けてそう尋ねた。今日はやたらと名前を名乗ってるな、と思いながらトワイは彼女の目を見返す。二人の視線は重なり、ややオレンジを帯びた光が揺れる紺色の髪を照らしていた。脱いだジャケットを片手に抱えつつ、彼女は力を抜いて腰に手を当てる。

「トワイ、です」

 どうやら年上のようだったので、一応敬語を使ってトワイはそう名乗る。後ろで、リュゼがきゅっと彼の袖を掴んだ。それに気付かずに、トワイは視線をまだ名乗っていないレンへ転じる。半袖だからか、僅かに寒そうにしながら彼は口を開いた。

「レン・イノウエって言いマス。」

 ぺこり、と一礼したレンを見て、ブランがそこはかとなく嬉しそうに微笑んだ。

「そっか、レンとトワイ……よろしく。シュゼたちの鍵これね、無くさないように」

 ふっと笑った彼女は、スタスタと歩いてシュゼへ声を掛けた。差し出されたカードキーを、シュゼが受け取る。ひらひらと手を振って、ブランは彼女の背中を押した。

「諸々の売店とかはあっち。エレベーターはそこね。あ、夜ご飯とかはどうする? ボクが何か買ってこようか」
「え、でも…申し訳ないよ、ブランさん……疲れてるでしょ?」
「ボクは今日昼上がりで帰ってきてゴロゴロしてたからね、そんなに疲れてない。むしろ寝過ぎで頭が痛い」

 軽やかに笑いながら、ブランはそう言う。ふわりと胸元の黒のリボンタイを揺らして、彼女はエントランスへ身体を向けた。視線が1周し、彼女の目がレンで止まる。少年は俯いて、何か考えているような顔をしていた。それを見て、ブランはレンの肩を叩いた。

「レンくん、ボクの手伝いをしてくれないか?」
「え、ハイ?」

 ばっと顔を上げたレンが、首を傾げた。少し戸惑ったような顔をしながらも、少年は笑う。

「イイですよ」
「じゃ、行こうか」
「よろしく、お願いします」

 ふわっと笑ったリュゼが、ひらりと手を振った。

□  △  □

 スタスタとトワイは廊下を歩いていた。淡いライトと、無数のドアが連なっている。突き当たりの窓はちょうど西向きだが、もう日は沈みきって外は夜へ沈んでいた。ぼーっとしながらトワイが歩いていると、いきなり真横のドアが開いて人影が現れた。ちょっと体を引いて、かなり驚きつつトワイは横へ顔を向ける。そこから出てきたのは、黒髪の少女だった。

「うわ、って……なんだ、リュゼ。どうかしたか?」
「あ、トワイさん。ごめんなさい、ぶつかりかけてました、ね」

 そう言って、リュゼは笑う。手提げを持った、彼女のどこか翳りのある横顔に、トワイは少し心配に思って声を掛ける。

「リュゼは何しようとしてたんだ?」

 す、と首を傾げてそう問いかけられて、リュゼは虚をつかれた様な顔をした。一歩トワイの前へ進んで、くるりと振り向く。手を後ろへ回して、上目遣いで彼へ目を向ける。リュゼは問を問いで返した。

「トワイさんこそ、何を?」
「オレは……服を買いに行こうと思って。ジャケットなくても、せめてシャツ。レン、寒そうだったからさ」

 そう答えて、黒のウィンドブレーカーの裾をつまんでヒラヒラと振りながら、トワイは廊下を歩き出した。それに合わせて、リュゼも隣を歩き出す。その顔を見下ろしているトワイの視線に気付いたのか、リュゼがふわりと顔を上げて、ほんの少し疲れたような笑みを見せた。

「私は、すこし独りになりたく、て。でも、トワイさんならいいです。ついて行ってもいいですか?」
「そっ、か。別に良いけどさ。街の地理、良くわかんないんだよな、フロントの人に聞いていこう」

Re: 宵と白黒 ( No.28 )
日時: 2020/07/19 20:49
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=19-23

【先に上記リンクのお話を読むことをオススメしますー。】

シュゼは一人、ホテルの部屋内で俯いていた。もう外は暗いのに、一度出掛けて帰ってきてからライトもつけていない。ベッドの上に体育座りで座り込んで、背を壁に預ける。サラリと白髪が揺れ、膝の間に埋まった。薄青い闇が包む部屋の中で、その白だけはやけに明瞭だ。
 不意に彼女は顔を上げた。ヘッドボードに置かれていたライター───リュゼが出ていった後に売店で買ってきたもの───を、そっと手に取る。青のプラスチックと僅かな金属で出来た、手のひらにおさまるくらいの直方体。かちりと音を立てて火を点して、揺れるそれを茫洋と見つめる。赤い炎を見ていると、ざわめいていた心が落ち着いていくような気がした。

「は……」

 火を消して立ち上がり、ドアの方へ。僅かに開けて廊下を覗き見、リュゼがまだ帰ってきていないことを確認する。絶対見つかったら怒られる、と思いながらシュゼはライターを持ってバスルームへ移動した。
 決してカーテンに火を燃え移らせないように、全開に引き開けて留めておく。一応水を入れた洗面器をそばに用意しておいて、シュゼはバスルームの床へ座り込んだ。タイルが硬い。
 ぼーっと先程の出来事を思い返す。私はなんで火傷しなかったんだろ、と思う。怖くは無かった、驚いただけで。シュゼは元々火というものが怖くない質だ。それはきっと、魂そのものが私にとって火は恐ろしいものじゃないということを分かっていたからでは無いのか、とシュゼは思う。それを確かめるために、わざわざライターを買ってきた。握ったそれに、かちりと火をつけて集中する。

「ふぅっ………」

 ゆっくりと指を近付けていき、火に確かに指が触れ。そしてその火は、白へ染まった。

「…………!」

 火へ指を突っ込んでも、彼女の肌は焼け爛れも、それどころか熱さを感じることさえしなかった。淡く白へ変色した火が彼女の指先を中心として円の膜を張って、まるで守っているかのようだ。

「やっぱり…………?」

 疑問が吐かれ、うっすらと響く。少し指を動かすと、追尾するように白の炎の膜も動く。そこでシュゼは、確かになにか音を聴いた気がして顔を上げた。きぃん、きぃんと。張り詰めるような音がどこからか聞こえる。その音は、どうやら手元の火からしているようだ。

「え、なに?」

 じっ、と手元を見つめる。髪の毛に燃え移りそうで怖いが、そんなことは無いような気もしていた。赤いライターの火が、ジワジワと青に侵食されていく。炎の色が染め変わっているのだ。それと同時に、何かをシュゼは感じ取った。引かれるようにライターの火を消してみても尚、その青の火は燃えていた。左手を降ろして、ぼんやりと爪の先に灯った火を見つめる。
 完全に青くなった火は、見慣れたとまではいかないものの、要所要所で己を守ってきた力の火だ。
 いつの間にか金属のような音はしなくなっていた。力を使う時、こんな音はしたことが無い。ならばライターの火だろうか。右手の火を消して、ライターの火をつける。
 音はしない。何でかな、と思う。試しに左手でライターの火をつけたまま、右手に青い火を灯してみる。今度こそ、明確に音が聞こえた。

「あ……!」

 火と火が呼び合っている音だったのだろうか。そして、それらを接触させてみれば、混ざり合い溶け合いながら赤い火は青い火へ変わっていく。俯いたシュゼの白髪の毛先が、火の中へ入りそうになる。だが、瞬間で白くなった火が、彼女の髪を守っていた。
『力はね、己を傷付けることは決してないのよ。人の身を超えるものに代償があるのは当然だけれど、それは副次的なものでしょう?』
 いつか、己の力が分かった時に母が掛けてくれた言葉を思い出す。初めて聞いた時は難しすぎて分からなかったけれど、それはきっとこういう事なのだ。

「そっか、そうなんだよね。そうか……」

 ふっと火が消え、シュゼは両手を下ろした。火を操ること。それが私の力なのだろう、とシュゼは思う。───一般に、力の種類は血統に由来することはないとされている。だが、キュラスという一族の血が流れる人間が持つ力はその殆どが別格だ。この世の理と呼ぶべきものに干渉する。なのにわたしは、と思う。なんの役にも立てなかった、あの時。このままじゃ、だめだ。届かない、あのひとに。

「ねぇ、もういいのかな……私が守らなくても私が居なくても、リュゼはきっと大丈夫だよね………?」

 右手に、もう一度宿した青い炎へシュゼは語りかける。くらくらと揺れる心を写すように、炎の勢いは安定していない。当然だ。バスルームの中に、独り言が虚しく響いた。
 いくらでも彼女なら時間を戻して、無かったことに出来るだろう、と思う。事実、シュゼでは絶対にあの死にかけのトワイを助けることは能わなかった。

 何だか悟ったような気がして、顔を上げると鏡が目に映る。
 
 短く切られた白髪が、パサリと揺れた。

「…………そう、なんだよ! そんなこと、そんな、こと、分かってるんだよ、だけど、だけどね………………!」

 ヒュッ、と浅い呼気が零れる。息が上手くできない。なんの為に、何を思って髪を切ったのだったか。それを思い出して苦しくなる。そんなこと、分かってるのに。
 ライターをぎゅっと握る。立ち上がって、バスルームを出る。歯を食いしばって、息を吸って。それでもなお、涙が糸を引いて零れ落ちた。

Re: 宵と白黒 ( No.29 )
日時: 2020/08/30 20:52
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=26

【上記リンクの話を読むことをオススメしますー。】

□  △  □

 スーパーマーケットの店内の明るい光が、煌々と照っていた。

「なあレンくん、ちょっといいかい?」

 薄暮街にはスーパーが少ない。そのため、ホテルから少し遠いところにレンとブランは歩いてやって来ていた。ざわざわと喧騒に包まれる店内で、買い出しを終えて二人はビニール袋を手に提げている。レンはイートインスペースのすみの壁に凭れて少し休憩しつつ、ぼけーっと明後日の方向を見つめていた。
 天井の照明が、床に映り込んでいる。ここは冷房が効いているようで、やはり半袖は寒い。僅かに二の腕を擦る。ウィンブレ貸さなければ良かった、と思いつつレンはブランへ目を向けた。さぁっと近くの自動ドアを人が通り抜け、風が吹く。ガラスの向こうの、駐車場の車の光がちらちらと目に映った。
  
「エ……貴女、なにか企んでマスか?」

 急にブランがそう問い掛けてきたものだから、レンは反射的にそう問い返してしまう。自分も相当ひねくれきてるな、と思う。その返しに、ブランは一瞬驚いた顔をした。が、次の瞬間には鼻を鳴らしてつまらなそうな顔をする。
 シュゼやリュゼの前では見せない顔だ。もしかしてこの人、シュゼとリュゼの前で見せる顔よりも本当は悪い人なんじゃなかろうか、という考えがレンの中に浮かぶ。それを悟られそうな、心の底を見透かしてきそうなほど鋭い青の視線が彼を射抜くように見つめた。レンはどこか周りの気温が下がったような感覚を抱く。なにか嫌な予感がした。

「バレたか」
「バレたか、ッテ……何しヨウとしてたンデス?」
「────きみに、頼みたいことがある」

 ブランは顔を真顔に戻して、すっとレンを見つめた。それを見て、自然とレンの顔も引き締まる。かつかつと歩いて、正面にまわったブランは笑い、レンの頭の上にぽんぽんと手を置いた。シリアスな話をするような顔をしたくせに、チビだとバカにされた気がする。ムッとして、レンは声を上げようとした。息を吸って言葉を吐く。その間の絶妙なタイミングを盗んで、彼女はレンの手を取った。その瞬間を盗まれて、彼は言葉を何も吐けない。

「救って欲しいひとがいる、とか言ったらどうする?」
「何で、僕ナノデすか?」

 キョトンとして、レンは首を傾げる。面倒だとか嫌だとかそういう訳ではなく、純粋になぜ自分なのかが気になるのだ。いきなりほぼ初対面の自分になぜそんな大切そうなことを頼むのだろうか、普通。シュゼなりリュゼなり、古くからの付き合いでもっと信じられる人はいくらでもいるだろう、と思う。 

「キミだからさ」

 何やら感動的な話が始まりそうな台詞を吐いて、ブランはニヤニヤと笑った。残念ながらその笑みのせいで形成されかけていた感動的な空気などぶち壊しである。レンはその狡猾そうな顔に猫のようだな、という印象を抱いた。

「ボクはレンくんのことを深く知らない。だから別に、キミが傷つこうがなんだろうが、ボクは何も悲しくないだろう?」

 呆れ果てたようなため息を、レンは吐き出した。結局この人も自分本位なわけだ。力を抜いた時のクセで、いつもならウィンドブレーカーのポケットがある位置に手を持っていきかける。腰あたりでないことを思い出して下のズボンに手を突っ込んだ。きゅ、と音を立てて床とスニーカーが擦れる。

「誰デスか、それ」
「お? 気になる? 受けてくれるのか!?」
「まだそう決めタ訳ジャナイです」

 イートインスペースで話し込んでいる二人に、ちらちらと視線が向けられている。たが、二人は気にする様子も無い。真っ直ぐに青色の目を見つめて、少年は言った。この点、トワイもレンも似た者同士なのだろう。本質的にとても優しいから、頼み事をされるととても弱い。

「まあいいや。…………三年前、ルクス・キュラスのボディガードが新しい子になった。そこから、話そうか」
 
 ブランは手近な椅子を引いて座ると、ゆっくりと語り出す。彼女が救うと誓った、とある少女の話を。

□  △  □

 明るい店舗に、それに相応しいポップな曲調のBGMが流れている。ざわざわと人々の声が響いていた。ここは黎明街唯一と言ってもいいショッピングモールで、リュゼとトワイの二人は服屋を探してここまでやって来ている。途中にシャツやスーツ専門店と思われるブティックが幾つかあったのだが、リュゼの薦めでこちらまで歩いてきたのだ。
 そして、自分たちの間に流れる空気が微妙なものであることを、トワイもリュゼも感じていた。所謂これはデートなのか、と言う同じような疑問を2人して抱いていたからであろう。絶妙な気まずさを誤魔化すように顔を上げて辺りを見回すと、ホテルの周りではあまり見かけなかった子連れがいるのが目に入る。
 きらきらした店内を見回しつつ、沈黙が続いて更に募る気まずさを誤魔化すようにトワイが口火を切った

「や、でも薄暮にこんな空気の所があるなんて思わなかったぞ、オレ」
「やっぱりなにか、違いますか?」
「ん。空気、って言うか、人の気配って言うのかな。殺伐としてない感じがする」

 確かにそう、とリュゼは思う。なにか張り詰めたような気配がしていて、誰もが自分本位。それが薄暮街という街だ。だが、ここは違う。皆が助けてくれそうな、どちらかというと黎明に似た雰囲気がある。だから彼女はここが好きだ。
 エスカレーターに乗って───トワイはかなり驚いていた───三階まで上がると、目当ての服屋を見つけたのか、リュゼが真っ直ぐに右斜め前を指さした。

「あれですね」
「あ、あれか……」

 かなり強い照明が当たっている、いくつかのマネキンに着せられた服は、そういうことに疎いトワイの目から見てもお洒落なものだ。普通の暮らしをしている、普通の親子が入る店。確かめるように恐れるように、彼は腰の後ろへ手を回す。かすかに触れるナイフの感触が、彼の心に突き立った。自分は何を自惚れていたのか、と思う。リュゼを庇ったことで今まで浴びてきた血が落ちるとでも、思っていたのだろうか。
 リュゼは、トワイをそっと振り返る。彼は、半ば苦しそうな顔をしていた。だから反射的に、彼女はトワイの手を取っていた。

「トワイさん……それでも、私は」
「え、ぁ、ごめんごめん」

 静かに名を呼ばれて、ハッとトワイが顔を上げる。無理やりなのかもしれない笑みを貼り付けて、リュゼの言葉を遮った。何を言われるのかも良く分からないのに、それ以上言われたら自分がもっと苦しくなる気しかしなくて、普段の彼なら決してやらない事をやってしまう。

「大丈夫ですか? ほら、急いで買いましょ。レンとブランさんが戻ってくる前に戻らないと」
「あぁ、そうだな。じゃ、行こうか」
 

Re: 宵と白黒 ( No.30 )
日時: 2020/09/12 13:51
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: 5obRN13V)

□  △  □
「───ってことがあってね」

 ブランが話し終えたその話に、ふっとレンは息を吐いた。椅子に一瞬座り直し、首を傾げる。

「だから、その子をキミに助けてやって欲しいのさ」
「何でデショウ? イイ感じのハッピーエンドじゃないデスか。これ以上僕が介入スル余地ナンテない気がシますけど……」

 その言葉を聞いて、ブランの手が机の上に置かれた。その手が、いきなりきつく握り締められる。

「そうだな。そうなんだけどな……それで、終わりじゃなかった」
「……?」

 じっ、と握り締められた手を見つめてレンはもう一度首を傾げた。エアコンの風が丁度こちらに向いて、涼やかに髪を揺らしていく。なにか躊躇ったように口を開閉してから、ブランは思い切ったのか口を開いた。

「キュラスが。いま革新派と保守派と、中立派に分かれてるって話はさっきしただろう? 首都にいる保守派の方々は論外として、問題は革新派のルクスの信者どもさ。そいつら、リフィスが力の制御が出来るようになってまともに使えるようになったからって、今度はキュラスに縛ろうとしてやがる。あの子に選択権なんてなにもなくて、ただ刷り込まれたことだけやってるだけだ。それじゃ機械となんも変わんないだろ……!」

 ここまで語気も荒く答えてから、ブランはふっと息を吐いた。ガサガサとビニール袋の中を漁って、取り出したペットボトルを開ける。少しそれで喉を潤し、彼女はレンに目を向けた。話を聞いてから彼は歯を食いしばっているように見えるから、何かレンにも思うところがあるのだろうか、と思う。

『僕も。かつて、同じような目に遭っていたひとを知っています。そのひとも、同じように一族だとかなんだとか、そんなものに縛られていて……もしも。僕になにか出来ることがあるのなら、やります』

 明瞭な、ほんの少し泣きそうな声で放たれた秋津の言葉に、ブランはぱちぱちと目を瞬かせる。ゆっくりと彼が放った言葉を咀嚼して、彼女はしずかに笑うと返答した。

『……そう、だな。君の話を聞いてもいいかい? 話したくなければ、それでもいい』

 流暢なアキツの言葉が、彼女から返る。隣国の言葉を話すことはブランにとって難しいことでは無かったし、なにより彼女はレンについて知りたかった。

『そうですね………分かりました』

 そうしてレンもまた、己の過去を語り出す。

□  ▲  □
『それで……華鈴さんは…………僕に、力を、行使したんだと、おもうのです』

 レンの話を黙って聞き続けていたブランは、話が途切れたタイミングで彼に目を向けた。

『ねえ? ちょっといいかい?』
『何でしょう?』

 す、とレンが首を傾げる。それを見て、彼女はそっとポケットに手を入れた。眼鏡の入ったケースを取りだして弄ぶ。僅かに考えるような顔をしてから、ふっと笑みをこぼしてブランは眼鏡を掛けた。

『君の記憶は確かにそこで消され───いや、書き直されていた。ならば君が今その記憶を持っているのは何故だい?』
『詳しいことは、何も。ただ、あの子……リュゼが僕に力を使ったとき、全部思い出したんです。いえ、そうですね……元に戻った、という方が近いでしょうか』
『やはりな……君は、リュゼの力について知ってるかい?』

 くっとブランの目が細まった。度が入っていない眼鏡の奥から、怜悧に青の瞳が煌めく。テーブルの上に手を置いて、僅かに握りしめた。
 エアコンの風がダークグレーの髪を揺らす。眼が、仄かに青の燐光を纏った。それと視線が合って、レンは冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じた。眼が、己の本質の奥の奥まで見透かされそうな程の鋭さを伴っているように思える。
 永遠とも思えるほどの数瞬を過ぎて、彼女は微かに息を吐いた。

『真名と力、記憶の関わりについては詳しいことはボクも知らないし、未だよくわかっていない分野だと思う。だけどボクは力で、真名の、いわばログのようなものを透視できるんだよね。具体的には……力の行使の跡とか、行使された跡とかかな』
『それで……僕の真名を、見たと?』

 魂の奥に直接視線を突き刺されているようなあの感覚は、それが理由だったのだろうか。

『ああ……君の真名にはね。たくさん跡があったよ、確かに。その中で、君が行使したものじゃないものも幾つかあった。一番新しいのはリュゼだと思う。そして、一番跡が強く……はっきり分かるくらい残っていたのは、おそらく君が言っていた華鈴さんという人だろう』
『跡……』
『ただ、それはリュゼの力で上書きされてた。いや……無かったことになっていた。つまりどういうことか分かるかい?』
『え、ならば彼女の力はどんな類いのものだと……時間を、戻しているのか……』

 自問自答したレンの顔に驚愕が走った。確かにあの時、時計の音がしていたはずだ。だが、時を戻されたのならば少しおかしい点があるように思える。

『でも、時間が……記憶が書き換えられる前まで戻ったなら、僕の記憶はそこまで消えて然るべきじゃないですか?』

Re: 宵と白黒 ( No.31 )
日時: 2020/08/30 20:56
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: https://www.kakiko.info/upload_bbs3/index.php?mode=article&id=2073&page=1

『それは……?』

 ブランが僅かに目を細め、静かにレンへ問いかける。

『つまり、ええと。【華鈴さんの記憶がない僕】を、【華鈴さんに力を行使される前の僕】に戻したとするならば、その間に在る二年間の記憶とかは吹き飛んで然るべきなのでは、ということです。でも、僕の記憶はちゃんとあるんですよ』

 自身でも混乱しながら、レンはそう言った。目の前に座る彼女の青い目が伏せられ、テーブルの表面を凝視するのを瞬きながら眺める。ややあって、何かを閃いたかのようにブランははっと顔を上げた。俄には信じ難い、とでも言いそうな表情をしつつ彼女は口を開く。

『力の行使は、本来とても難しい。特にリュゼや私、ノーシュのような系統の力であれば尚更だ。ピンポイントで使うのは相当の集中が要る。だが、リュゼがそれをやってのけたとするならば。全てに説明がつくだろう』

 そう言って彼女は再び視線を下げた。本当に信じ難いが、と呟きを付け足す。
 ノーシュもブランも、力を使う際は広範囲を対象として使う。そして、そこから対象を探すのだ。誰か一人の情報に絞って、つまり先程彼女が言ったようにピンポイントで使うというのは相当難しい。無論、力の能力によっては逆に大規模な行使が難しいもの───トワイやシュゼ、レンのものなど───もある。
 ブラン自身もそれが出来ないことはないし、やったことはある。だが、負担がかかり過ぎて使い物にならなかった。あくまでも行使するのは人の身だ。

『つまり?』

 いよいよ混乱してきた、といった顔でレンはブランに問い直す。

『イメージとしては、水だな。細く水流を出して一人に当てるのは時間がかかるし難しいだろ? ホースから一気に放水する方が遥かに簡単だ。もちろん使う水の量は多いから、負担はそれなりにかかる。どっちもどっちと言った所だ……そして、君はひとつ勘違いしている』
『貴女に質問ばかり返すのは少し癪ですけど。聞きますよ、何を僕は勘違いしてるのですか?』
『君が戻された部分は記憶じゃない。いや、そうなったから結果論的にとも言えるが……おそらくは』

 目を鋭く細め、彼女は一旦言葉を切る。

『過去そのものだ。君が力を行使された地点から、ほんの少しだけ戻す──力を使われ、それが効果を発揮したということのみを時間を戻して無かったことにしたのではないか、とボクは思う』

 ああ、と小さく呟いて納得した顔でレンは頷く。長い前置きもそれが理由だったのか、と。そして彼がなにか言おうと口を開きかけた時、横合いからテーブルの上へ影が差した。

「すみませんお客様? 長時間の雑談はお控えいただきたいのですが……」

 まだ若い、このスーパーの従業員だ。クリーム色と緑の差し色が入った制服を着て、困ったように笑っている。

「ああ、それはすまない。レンくん、あとは戻りながら話そうか」
「あ、ハイ」

 瞬時にタリスク語に切り替えて返答したブランが、床に椅子を擦らせながら立ち上がる。レンも直ぐに言語を切りかえて返事をし、買ったものへと手を伸ばした。立ち上がったことで改めて体に寒気が走り、レンはトワイにウィンドブレーカーを返してもらうことを決意する。

 静かに一礼した店員に背を向けて、彼らは歩き出した。自動ドアから外へ踏み出れば夜の空気が体を包む。走る車の音に紛れてしまいそうなほどの小声で、ブランは呟いた。

「レンくん。ボクはね、リフィスを助けたいんだ。だけど、ボクでは何も出来ない。だからキミへお願いしてる」

 いつものそこはかとなく芝居がかった、打算ありきの語調ではないとレンは感じた。タリスクの言葉でそれが放たれたことも、またそのことを裏打ちしているように思える。
 レンの中でのブランへの印象は、主に油断ならないということが大半だ。まさか彼女が本音をさらけ出すなんてことがあるのだろうかと思ってしまうのも仕方なしと言える。
 それが本当に本心なのか、それを問おうとレンは反射的に口を開いた。

『それって……』
『冗談。キミが一番利用しやすそうだったからさ! トワイくんは油断ならないという感じがするし、シュゼとリュゼは以ての外。キミを一目見た時に分かったよ、とても純粋な子なんだろうなって。それに男の子だから、最悪色じか』
『何しようとしてたんですあなた!?』

 いつもの口調で軽快にそう言ってのけた彼女に、レンは動揺した視線を向ける。思わず大きな声が出てしまい、周りの人の迷惑になっていやしないかという不安が走った。一方ブランの方といえば否定するように手を振って、気楽げな笑みを滲ませている。

『本当、やめてくださいよそういうの……』
『もー、人聞き悪いこと言うなって。ほら、とっとと帰る!』 

□  △  □

 ざわめく服屋の店内には、比較的親子連れが多い。子供の甲高い声がいまいち得意ではないトワイは、僅かに身を引きつつ買い物を済ませた。やはりリュゼと二人きりというのは落ち着かず、さりとて自分一人というのも困ってしまう。逃げるように足早に店内を出て、ちらりと店内の方を振り返る。
 その時、不意に隣を歩くリュゼが声を上げた。

「わ、可愛い……」

 トワイがその声につられて視線を向ければ、通路を挟んで向かい側にある子供服の店が目に入る。どうやらリュゼの視線の先にいるのは、まだ四、五歳と思われる子供を二人連れた家族のようだ。水色の揃いのパーカーを着て、子供たちは楽しげにはしゃいでいる。その母親らしき人物は、ちらちらと自分の子供を見つつ服を物色していた。

「双子、か?」

 その顔を見て、小声でトワイはそう呟いた。そっくりで、服装も同じ。違うのは髪色くらいだろうか。そう考えれば双子と思うのも妥当な所だろう。

「そうでしょうね」
「あんな……あんなにそっくりだとさ、自分が本当に自分なのか分からなくなったりしそうだな」

 緩やかに歩きだしながら、ふと浮かんだ疑問をトワイは口にした。僅かに首を傾げてリュゼを見る。己自身も双子である彼女は一瞬きょとんとしてから彼の言わんとするところを理解した。《自分》というものにあれほど悩んでいた彼であれば当然であろう、と。リュゼは、ニコリと満面の笑みを浮かべて答えた。

「そんなことは無いですよ。私は、絶対に私ですからね」

 静かに笑ってそういった彼女は、ふわりと黒髪を揺らして歩き出す。ゆっくりとトワイへ振り返り、自分の胸にそっと手を当ててリュゼは言った。

「私という体の器にいる魂と、そこにある真名は絶対です。たとえば私と姉さんが本名とか服とか、髪型とか、ぜーんぶ交換したとしましょう。それでしばらく暮らしたら頭がおかしくなりそうですけど、それでも私は私です。絶対唯一の真名を持つのは私だけなのですからね」
「そっか……」

 確認するように何度も頷いて、トワイは言う。そして、彼はゆっくりと笑った。

「そうやって。リュゼはオレのことをちゃんと肯定してくれる……この前さ。お前オレに聞いただろ?」
「えと……何をです?」
「したいことは無いか、って。オレ、決めたよ。リュゼのことを守る。何があっても、守ってやるから。リュゼがいなくなると、オレがオレで無くなりそうで怖い」

 そう言われて、リュゼの頬が赤くなった。それは一般的に言えばプロポーズとかそういう類の言葉ではないのかという反論は飲み込んでおく。それが果てしなく彼が己を守る為の術であったとしても、涼やかにリュゼは笑う。

「分かりました。でも、私との約束もちゃんと守ってくださいね?」
「あ、ああ……分かりましたよ」

 顔を見合わせて、微かに彼らは笑いあった。 

Re: 宵と白黒 ( No.32 )
日時: 2021/01/03 18:38
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

『ブランさんもここに泊まられるんです?』
『いや、ボクは一旦うちに帰るよ。ボクも何気に中立派とかいう派閥に入ってしまっていてね、余計な動きは取れないし。また明日、朝の10時くらいに来るから』
『あ、なるほど…』
『じゃあね、レンくん。シュゼたちによろしく』

 ホテルの前で、ブランはそう言った。レンの目をまっすぐに彼女は見つめ、ふわりと笑って肩を叩く。ぺこりとレンが一礼すると、ブランはにこりと微笑む。灰色の髪が風に揺らいだ。そのまま背を向けて、彼女は歩みさっていく。曲がり角に彼女の姿が消えたのを律儀に確認して、レンは深呼吸した。気合いを入れ直して、ホテルに入ろうとした、時───
 強烈な閃光が、目を貫く。

「ツッ───!?」

 荒れ狂う青の光の中で、不意に足元の地面が崩れたような気がした。両手に持っていた荷物が落ちて、体が軽くなる。それもつかの間、がっ、と床に身体が叩きつけられた。いや、それが本当に床なのか分からぬほど、何が何だか分からない。目がチカチカして、周りがまともに見えすらしない。息が詰まって、勝手に口からかはっ、と音がこぼれる。

「ルクス様の命だ、逆らうことなど許されない……ああ、残りの三人が揃っているとは。ちょうど良い」

 落ちる寸前、そんな声を聞いたような気がした。
 
□  ▲  □

 レンがホテルに着くよりも、少し前のこと。リュゼと共にホテルへ帰着したトワイは、くるりとエントランスを見回した。

「あ、やっと帰ってきた! 遅いよ、待ちくたびれたからここまで来ちゃったじゃん!」

 すると、シュゼの高い声がトワイの耳に入った。振り向けば、柱の前で立っていた少女がこちらに駆け寄ってくるのが目に入る。
 ニコニコと笑みを絶やさぬまま、シュゼはリュゼの元へ走っていく。目元は赤くなっていないだろうか、と心配しつつももう気にしない。泣かないと、迷わないと。そう決めたのだ。自分に求められているのは苦悩では無いからだ。どこまでも、前を見据えていればそれでいい。それが、私のあるべき姉としての姿だろう、と思ったから。

 軽快な足音が二つ分、後ろで響いたのが聞こえてくる。トワイは周りを見回して、探していたものを見つけた。

「あー、ちょっとオレ用事あるから、待っててくれる? 悪いな」

 こくり、と頷いた二人を後目にトワイは売店の横へ向かっていく。ポケットから財布を取り出して、数枚硬貨を手に握る。赤い本体にいくつかのボタン、受話器とコード。楽しげな二人の声が後ろから聞こえてくる。
 硬貨を入れて受話器をとって、ボタンを押す。トゥルル、と響く音を聞きながら待っているも、なかなか相手は応答しない。居留守か、本当に留守なのか、出掛けているのかの三択だが、とトワイは思う。仕方なく出掛けている可能性に賭けてボイスメッセージを残しておくことにした彼は、ゆっくりと喋りだした。

「えーと、師匠? オレだ、トワイだ。寝る時はちゃんと電気消して寝てくれ」

 もう寝てたら意味ないんだけどな、と思いつつもトワイは受話器を元の場所に戻す。リュゼとシュゼに声を掛けようと振り向いた、その矢先───
 外で、凄まじい光が踊ったのが見えた。車のフロントライトなどではなかった。やや青みがかった、強烈な。一瞬、長身の影がそこに浮かび上がったような気がする。

「何だ!?」
「え、何なに──!」

 ざわ、とトワイの肌に悪寒が走り抜けた。それは、命のやり取りをしてきた者特有の感覚のようなものだったのかもしれない。

「レンッ……!?」

 シュゼはトワイの制止の声を聞かずに入り口へ走っていく。黒髪の少年の姿が、一瞬だけ見えた気がしたから。

「ッ待て!!」
「姉さん!」

 リュゼは一瞬、姉とトワイを天秤にかけた。無論トワイも大事だが、彼が危機を叫ぶのならば尚更姉を守らなくては───と、思う。
 リュゼまでもが走り出したのを見て、トワイは息を吸って走り出した。ほんの数メートルの距離を駆け抜ける。
 シュゼとリュゼを追ってホテルから飛び出すと、光はもう既に収まっていた。だが、次の瞬間。トワイたちの目の前に、長身の男が現れる。まるで最初からそこに居たかのように。

「何で、どこから」

 シュゼの口から、疑問がこぼれ落ちる。テレポートでもしたのか、あるいは何らかの力なのか、もしくはその両方か。
 次の瞬間、再び閃光がその男の右手から放たれる。トワイが反射的にシュゼとリュゼの前に立って、目を眇めた。微かに息が零れ落ちて、目に痛みが走る。それでも尚、彼女らを守ろうと。目は閉じずに、真っ直ぐに光源を睨みつける。

「トワイ、さんっ……!!」
「リュゼ、シュゼ!」

 がくりと三人の足元が揺らぎ、地面が崩れ落ちていくような気がした────

三話:信ずるもの
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