ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.28 )
- 日時: 2020/07/19 20:49
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=19-23
【先に上記リンクのお話を読むことをオススメしますー。】
シュゼは一人、ホテルの部屋内で俯いていた。もう外は暗いのに、一度出掛けて帰ってきてからライトもつけていない。ベッドの上に体育座りで座り込んで、背を壁に預ける。サラリと白髪が揺れ、膝の間に埋まった。薄青い闇が包む部屋の中で、その白だけはやけに明瞭だ。
不意に彼女は顔を上げた。ヘッドボードに置かれていたライター───リュゼが出ていった後に売店で買ってきたもの───を、そっと手に取る。青のプラスチックと僅かな金属で出来た、手のひらにおさまるくらいの直方体。かちりと音を立てて火を点して、揺れるそれを茫洋と見つめる。赤い炎を見ていると、ざわめいていた心が落ち着いていくような気がした。
「は……」
火を消して立ち上がり、ドアの方へ。僅かに開けて廊下を覗き見、リュゼがまだ帰ってきていないことを確認する。絶対見つかったら怒られる、と思いながらシュゼはライターを持ってバスルームへ移動した。
決してカーテンに火を燃え移らせないように、全開に引き開けて留めておく。一応水を入れた洗面器をそばに用意しておいて、シュゼはバスルームの床へ座り込んだ。タイルが硬い。
ぼーっと先程の出来事を思い返す。私はなんで火傷しなかったんだろ、と思う。怖くは無かった、驚いただけで。シュゼは元々火というものが怖くない質だ。それはきっと、魂そのものが私にとって火は恐ろしいものじゃないということを分かっていたからでは無いのか、とシュゼは思う。それを確かめるために、わざわざライターを買ってきた。握ったそれに、かちりと火をつけて集中する。
「ふぅっ………」
ゆっくりと指を近付けていき、火に確かに指が触れ。そしてその火は、白へ染まった。
「…………!」
火へ指を突っ込んでも、彼女の肌は焼け爛れも、それどころか熱さを感じることさえしなかった。淡く白へ変色した火が彼女の指先を中心として円の膜を張って、まるで守っているかのようだ。
「やっぱり…………?」
疑問が吐かれ、うっすらと響く。少し指を動かすと、追尾するように白の炎の膜も動く。そこでシュゼは、確かになにか音を聴いた気がして顔を上げた。きぃん、きぃんと。張り詰めるような音がどこからか聞こえる。その音は、どうやら手元の火からしているようだ。
「え、なに?」
じっ、と手元を見つめる。髪の毛に燃え移りそうで怖いが、そんなことは無いような気もしていた。赤いライターの火が、ジワジワと青に侵食されていく。炎の色が染め変わっているのだ。それと同時に、何かをシュゼは感じ取った。引かれるようにライターの火を消してみても尚、その青の火は燃えていた。左手を降ろして、ぼんやりと爪の先に灯った火を見つめる。
完全に青くなった火は、見慣れたとまではいかないものの、要所要所で己を守ってきた力の火だ。
いつの間にか金属のような音はしなくなっていた。力を使う時、こんな音はしたことが無い。ならばライターの火だろうか。右手の火を消して、ライターの火をつける。
音はしない。何でかな、と思う。試しに左手でライターの火をつけたまま、右手に青い火を灯してみる。今度こそ、明確に音が聞こえた。
「あ……!」
火と火が呼び合っている音だったのだろうか。そして、それらを接触させてみれば、混ざり合い溶け合いながら赤い火は青い火へ変わっていく。俯いたシュゼの白髪の毛先が、火の中へ入りそうになる。だが、瞬間で白くなった火が、彼女の髪を守っていた。
『力はね、己を傷付けることは決してないのよ。人の身を超えるものに代償があるのは当然だけれど、それは副次的なものでしょう?』
いつか、己の力が分かった時に母が掛けてくれた言葉を思い出す。初めて聞いた時は難しすぎて分からなかったけれど、それはきっとこういう事なのだ。
「そっか、そうなんだよね。そうか……」
ふっと火が消え、シュゼは両手を下ろした。火を操ること。それが私の力なのだろう、とシュゼは思う。───一般に、力の種類は血統に由来することはないとされている。だが、キュラスという一族の血が流れる人間が持つ力はその殆どが別格だ。この世の理と呼ぶべきものに干渉する。なのにわたしは、と思う。なんの役にも立てなかった、あの時。このままじゃ、だめだ。届かない、あのひとに。
「ねぇ、もういいのかな……私が守らなくても私が居なくても、リュゼはきっと大丈夫だよね………?」
右手に、もう一度宿した青い炎へシュゼは語りかける。くらくらと揺れる心を写すように、炎の勢いは安定していない。当然だ。バスルームの中に、独り言が虚しく響いた。
いくらでも彼女なら時間を戻して、無かったことに出来るだろう、と思う。事実、シュゼでは絶対にあの死にかけのトワイを助けることは能わなかった。
何だか悟ったような気がして、顔を上げると鏡が目に映る。
短く切られた白髪が、パサリと揺れた。
「…………そう、なんだよ! そんなこと、そんな、こと、分かってるんだよ、だけど、だけどね………………!」
ヒュッ、と浅い呼気が零れる。息が上手くできない。なんの為に、何を思って髪を切ったのだったか。それを思い出して苦しくなる。そんなこと、分かってるのに。
ライターをぎゅっと握る。立ち上がって、バスルームを出る。歯を食いしばって、息を吸って。それでもなお、涙が糸を引いて零れ落ちた。