ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.29 )
日時: 2020/08/30 20:52
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view2&f=20128&no=26

【上記リンクの話を読むことをオススメしますー。】

□  △  □

 スーパーマーケットの店内の明るい光が、煌々と照っていた。

「なあレンくん、ちょっといいかい?」

 薄暮街にはスーパーが少ない。そのため、ホテルから少し遠いところにレンとブランは歩いてやって来ていた。ざわざわと喧騒に包まれる店内で、買い出しを終えて二人はビニール袋を手に提げている。レンはイートインスペースのすみの壁に凭れて少し休憩しつつ、ぼけーっと明後日の方向を見つめていた。
 天井の照明が、床に映り込んでいる。ここは冷房が効いているようで、やはり半袖は寒い。僅かに二の腕を擦る。ウィンブレ貸さなければ良かった、と思いつつレンはブランへ目を向けた。さぁっと近くの自動ドアを人が通り抜け、風が吹く。ガラスの向こうの、駐車場の車の光がちらちらと目に映った。
  
「エ……貴女、なにか企んでマスか?」

 急にブランがそう問い掛けてきたものだから、レンは反射的にそう問い返してしまう。自分も相当ひねくれきてるな、と思う。その返しに、ブランは一瞬驚いた顔をした。が、次の瞬間には鼻を鳴らしてつまらなそうな顔をする。
 シュゼやリュゼの前では見せない顔だ。もしかしてこの人、シュゼとリュゼの前で見せる顔よりも本当は悪い人なんじゃなかろうか、という考えがレンの中に浮かぶ。それを悟られそうな、心の底を見透かしてきそうなほど鋭い青の視線が彼を射抜くように見つめた。レンはどこか周りの気温が下がったような感覚を抱く。なにか嫌な予感がした。

「バレたか」
「バレたか、ッテ……何しヨウとしてたンデス?」
「────きみに、頼みたいことがある」

 ブランは顔を真顔に戻して、すっとレンを見つめた。それを見て、自然とレンの顔も引き締まる。かつかつと歩いて、正面にまわったブランは笑い、レンの頭の上にぽんぽんと手を置いた。シリアスな話をするような顔をしたくせに、チビだとバカにされた気がする。ムッとして、レンは声を上げようとした。息を吸って言葉を吐く。その間の絶妙なタイミングを盗んで、彼女はレンの手を取った。その瞬間を盗まれて、彼は言葉を何も吐けない。

「救って欲しいひとがいる、とか言ったらどうする?」
「何で、僕ナノデすか?」

 キョトンとして、レンは首を傾げる。面倒だとか嫌だとかそういう訳ではなく、純粋になぜ自分なのかが気になるのだ。いきなりほぼ初対面の自分になぜそんな大切そうなことを頼むのだろうか、普通。シュゼなりリュゼなり、古くからの付き合いでもっと信じられる人はいくらでもいるだろう、と思う。 

「キミだからさ」

 何やら感動的な話が始まりそうな台詞を吐いて、ブランはニヤニヤと笑った。残念ながらその笑みのせいで形成されかけていた感動的な空気などぶち壊しである。レンはその狡猾そうな顔に猫のようだな、という印象を抱いた。

「ボクはレンくんのことを深く知らない。だから別に、キミが傷つこうがなんだろうが、ボクは何も悲しくないだろう?」

 呆れ果てたようなため息を、レンは吐き出した。結局この人も自分本位なわけだ。力を抜いた時のクセで、いつもならウィンドブレーカーのポケットがある位置に手を持っていきかける。腰あたりでないことを思い出して下のズボンに手を突っ込んだ。きゅ、と音を立てて床とスニーカーが擦れる。

「誰デスか、それ」
「お? 気になる? 受けてくれるのか!?」
「まだそう決めタ訳ジャナイです」

 イートインスペースで話し込んでいる二人に、ちらちらと視線が向けられている。たが、二人は気にする様子も無い。真っ直ぐに青色の目を見つめて、少年は言った。この点、トワイもレンも似た者同士なのだろう。本質的にとても優しいから、頼み事をされるととても弱い。

「まあいいや。…………三年前、ルクス・キュラスのボディガードが新しい子になった。そこから、話そうか」
 
 ブランは手近な椅子を引いて座ると、ゆっくりと語り出す。彼女が救うと誓った、とある少女の話を。

□  △  □

 明るい店舗に、それに相応しいポップな曲調のBGMが流れている。ざわざわと人々の声が響いていた。ここは黎明街唯一と言ってもいいショッピングモールで、リュゼとトワイの二人は服屋を探してここまでやって来ている。途中にシャツやスーツ専門店と思われるブティックが幾つかあったのだが、リュゼの薦めでこちらまで歩いてきたのだ。
 そして、自分たちの間に流れる空気が微妙なものであることを、トワイもリュゼも感じていた。所謂これはデートなのか、と言う同じような疑問を2人して抱いていたからであろう。絶妙な気まずさを誤魔化すように顔を上げて辺りを見回すと、ホテルの周りではあまり見かけなかった子連れがいるのが目に入る。
 きらきらした店内を見回しつつ、沈黙が続いて更に募る気まずさを誤魔化すようにトワイが口火を切った

「や、でも薄暮にこんな空気の所があるなんて思わなかったぞ、オレ」
「やっぱりなにか、違いますか?」
「ん。空気、って言うか、人の気配って言うのかな。殺伐としてない感じがする」

 確かにそう、とリュゼは思う。なにか張り詰めたような気配がしていて、誰もが自分本位。それが薄暮街という街だ。だが、ここは違う。皆が助けてくれそうな、どちらかというと黎明に似た雰囲気がある。だから彼女はここが好きだ。
 エスカレーターに乗って───トワイはかなり驚いていた───三階まで上がると、目当ての服屋を見つけたのか、リュゼが真っ直ぐに右斜め前を指さした。

「あれですね」
「あ、あれか……」

 かなり強い照明が当たっている、いくつかのマネキンに着せられた服は、そういうことに疎いトワイの目から見てもお洒落なものだ。普通の暮らしをしている、普通の親子が入る店。確かめるように恐れるように、彼は腰の後ろへ手を回す。かすかに触れるナイフの感触が、彼の心に突き立った。自分は何を自惚れていたのか、と思う。リュゼを庇ったことで今まで浴びてきた血が落ちるとでも、思っていたのだろうか。
 リュゼは、トワイをそっと振り返る。彼は、半ば苦しそうな顔をしていた。だから反射的に、彼女はトワイの手を取っていた。

「トワイさん……それでも、私は」
「え、ぁ、ごめんごめん」

 静かに名を呼ばれて、ハッとトワイが顔を上げる。無理やりなのかもしれない笑みを貼り付けて、リュゼの言葉を遮った。何を言われるのかも良く分からないのに、それ以上言われたら自分がもっと苦しくなる気しかしなくて、普段の彼なら決してやらない事をやってしまう。

「大丈夫ですか? ほら、急いで買いましょ。レンとブランさんが戻ってくる前に戻らないと」
「あぁ、そうだな。じゃ、行こうか」