ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.30 )
- 日時: 2020/09/12 13:51
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: 5obRN13V)
□ △ □
「───ってことがあってね」
ブランが話し終えたその話に、ふっとレンは息を吐いた。椅子に一瞬座り直し、首を傾げる。
「だから、その子をキミに助けてやって欲しいのさ」
「何でデショウ? イイ感じのハッピーエンドじゃないデスか。これ以上僕が介入スル余地ナンテない気がシますけど……」
その言葉を聞いて、ブランの手が机の上に置かれた。その手が、いきなりきつく握り締められる。
「そうだな。そうなんだけどな……それで、終わりじゃなかった」
「……?」
じっ、と握り締められた手を見つめてレンはもう一度首を傾げた。エアコンの風が丁度こちらに向いて、涼やかに髪を揺らしていく。なにか躊躇ったように口を開閉してから、ブランは思い切ったのか口を開いた。
「キュラスが。いま革新派と保守派と、中立派に分かれてるって話はさっきしただろう? 首都にいる保守派の方々は論外として、問題は革新派のルクスの信者どもさ。そいつら、リフィスが力の制御が出来るようになってまともに使えるようになったからって、今度はキュラスに縛ろうとしてやがる。あの子に選択権なんてなにもなくて、ただ刷り込まれたことだけやってるだけだ。それじゃ機械となんも変わんないだろ……!」
ここまで語気も荒く答えてから、ブランはふっと息を吐いた。ガサガサとビニール袋の中を漁って、取り出したペットボトルを開ける。少しそれで喉を潤し、彼女はレンに目を向けた。話を聞いてから彼は歯を食いしばっているように見えるから、何かレンにも思うところがあるのだろうか、と思う。
『僕も。かつて、同じような目に遭っていたひとを知っています。そのひとも、同じように一族だとかなんだとか、そんなものに縛られていて……もしも。僕になにか出来ることがあるのなら、やります』
明瞭な、ほんの少し泣きそうな声で放たれた秋津の言葉に、ブランはぱちぱちと目を瞬かせる。ゆっくりと彼が放った言葉を咀嚼して、彼女はしずかに笑うと返答した。
『……そう、だな。君の話を聞いてもいいかい? 話したくなければ、それでもいい』
流暢なアキツの言葉が、彼女から返る。隣国の言葉を話すことはブランにとって難しいことでは無かったし、なにより彼女はレンについて知りたかった。
『そうですね………分かりました』
そうしてレンもまた、己の過去を語り出す。
□ ▲ □
『それで……華鈴さんは…………僕に、力を、行使したんだと、おもうのです』
レンの話を黙って聞き続けていたブランは、話が途切れたタイミングで彼に目を向けた。
『ねえ? ちょっといいかい?』
『何でしょう?』
す、とレンが首を傾げる。それを見て、彼女はそっとポケットに手を入れた。眼鏡の入ったケースを取りだして弄ぶ。僅かに考えるような顔をしてから、ふっと笑みをこぼしてブランは眼鏡を掛けた。
『君の記憶は確かにそこで消され───いや、書き直されていた。ならば君が今その記憶を持っているのは何故だい?』
『詳しいことは、何も。ただ、あの子……リュゼが僕に力を使ったとき、全部思い出したんです。いえ、そうですね……元に戻った、という方が近いでしょうか』
『やはりな……君は、リュゼの力について知ってるかい?』
くっとブランの目が細まった。度が入っていない眼鏡の奥から、怜悧に青の瞳が煌めく。テーブルの上に手を置いて、僅かに握りしめた。
エアコンの風がダークグレーの髪を揺らす。眼が、仄かに青の燐光を纏った。それと視線が合って、レンは冷や汗が背中を流れ落ちるのを感じた。眼が、己の本質の奥の奥まで見透かされそうな程の鋭さを伴っているように思える。
永遠とも思えるほどの数瞬を過ぎて、彼女は微かに息を吐いた。
『真名と力、記憶の関わりについては詳しいことはボクも知らないし、未だよくわかっていない分野だと思う。だけどボクは力で、真名の、いわばログのようなものを透視できるんだよね。具体的には……力の行使の跡とか、行使された跡とかかな』
『それで……僕の真名を、見たと?』
魂の奥に直接視線を突き刺されているようなあの感覚は、それが理由だったのだろうか。
『ああ……君の真名にはね。たくさん跡があったよ、確かに。その中で、君が行使したものじゃないものも幾つかあった。一番新しいのはリュゼだと思う。そして、一番跡が強く……はっきり分かるくらい残っていたのは、おそらく君が言っていた華鈴さんという人だろう』
『跡……』
『ただ、それはリュゼの力で上書きされてた。いや……無かったことになっていた。つまりどういうことか分かるかい?』
『え、ならば彼女の力はどんな類いのものだと……時間を、戻しているのか……』
自問自答したレンの顔に驚愕が走った。確かにあの時、時計の音がしていたはずだ。だが、時を戻されたのならば少しおかしい点があるように思える。
『でも、時間が……記憶が書き換えられる前まで戻ったなら、僕の記憶はそこまで消えて然るべきじゃないですか?』