ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.32 )
日時: 2021/01/03 18:38
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

『ブランさんもここに泊まられるんです?』
『いや、ボクは一旦うちに帰るよ。ボクも何気に中立派とかいう派閥に入ってしまっていてね、余計な動きは取れないし。また明日、朝の10時くらいに来るから』
『あ、なるほど…』
『じゃあね、レンくん。シュゼたちによろしく』

 ホテルの前で、ブランはそう言った。レンの目をまっすぐに彼女は見つめ、ふわりと笑って肩を叩く。ぺこりとレンが一礼すると、ブランはにこりと微笑む。灰色の髪が風に揺らいだ。そのまま背を向けて、彼女は歩みさっていく。曲がり角に彼女の姿が消えたのを律儀に確認して、レンは深呼吸した。気合いを入れ直して、ホテルに入ろうとした、時───
 強烈な閃光が、目を貫く。

「ツッ───!?」

 荒れ狂う青の光の中で、不意に足元の地面が崩れたような気がした。両手に持っていた荷物が落ちて、体が軽くなる。それもつかの間、がっ、と床に身体が叩きつけられた。いや、それが本当に床なのか分からぬほど、何が何だか分からない。目がチカチカして、周りがまともに見えすらしない。息が詰まって、勝手に口からかはっ、と音がこぼれる。

「ルクス様の命だ、逆らうことなど許されない……ああ、残りの三人が揃っているとは。ちょうど良い」

 落ちる寸前、そんな声を聞いたような気がした。
 
□  ▲  □

 レンがホテルに着くよりも、少し前のこと。リュゼと共にホテルへ帰着したトワイは、くるりとエントランスを見回した。

「あ、やっと帰ってきた! 遅いよ、待ちくたびれたからここまで来ちゃったじゃん!」

 すると、シュゼの高い声がトワイの耳に入った。振り向けば、柱の前で立っていた少女がこちらに駆け寄ってくるのが目に入る。
 ニコニコと笑みを絶やさぬまま、シュゼはリュゼの元へ走っていく。目元は赤くなっていないだろうか、と心配しつつももう気にしない。泣かないと、迷わないと。そう決めたのだ。自分に求められているのは苦悩では無いからだ。どこまでも、前を見据えていればそれでいい。それが、私のあるべき姉としての姿だろう、と思ったから。

 軽快な足音が二つ分、後ろで響いたのが聞こえてくる。トワイは周りを見回して、探していたものを見つけた。

「あー、ちょっとオレ用事あるから、待っててくれる? 悪いな」

 こくり、と頷いた二人を後目にトワイは売店の横へ向かっていく。ポケットから財布を取り出して、数枚硬貨を手に握る。赤い本体にいくつかのボタン、受話器とコード。楽しげな二人の声が後ろから聞こえてくる。
 硬貨を入れて受話器をとって、ボタンを押す。トゥルル、と響く音を聞きながら待っているも、なかなか相手は応答しない。居留守か、本当に留守なのか、出掛けているのかの三択だが、とトワイは思う。仕方なく出掛けている可能性に賭けてボイスメッセージを残しておくことにした彼は、ゆっくりと喋りだした。

「えーと、師匠? オレだ、トワイだ。寝る時はちゃんと電気消して寝てくれ」

 もう寝てたら意味ないんだけどな、と思いつつもトワイは受話器を元の場所に戻す。リュゼとシュゼに声を掛けようと振り向いた、その矢先───
 外で、凄まじい光が踊ったのが見えた。車のフロントライトなどではなかった。やや青みがかった、強烈な。一瞬、長身の影がそこに浮かび上がったような気がする。

「何だ!?」
「え、何なに──!」

 ざわ、とトワイの肌に悪寒が走り抜けた。それは、命のやり取りをしてきた者特有の感覚のようなものだったのかもしれない。

「レンッ……!?」

 シュゼはトワイの制止の声を聞かずに入り口へ走っていく。黒髪の少年の姿が、一瞬だけ見えた気がしたから。

「ッ待て!!」
「姉さん!」

 リュゼは一瞬、姉とトワイを天秤にかけた。無論トワイも大事だが、彼が危機を叫ぶのならば尚更姉を守らなくては───と、思う。
 リュゼまでもが走り出したのを見て、トワイは息を吸って走り出した。ほんの数メートルの距離を駆け抜ける。
 シュゼとリュゼを追ってホテルから飛び出すと、光はもう既に収まっていた。だが、次の瞬間。トワイたちの目の前に、長身の男が現れる。まるで最初からそこに居たかのように。

「何で、どこから」

 シュゼの口から、疑問がこぼれ落ちる。テレポートでもしたのか、あるいは何らかの力なのか、もしくはその両方か。
 次の瞬間、再び閃光がその男の右手から放たれる。トワイが反射的にシュゼとリュゼの前に立って、目を眇めた。微かに息が零れ落ちて、目に痛みが走る。それでも尚、彼女らを守ろうと。目は閉じずに、真っ直ぐに光源を睨みつける。

「トワイ、さんっ……!!」
「リュゼ、シュゼ!」

 がくりと三人の足元が揺らぎ、地面が崩れ落ちていくような気がした────

三話:信ずるもの
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