ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.33 )
日時: 2020/09/03 18:41
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

3:信ずるもの
 
 黎明街の中心に位置する高層ビル。このビルこそがパスト・ウィル社の本社であり、キュラスという一族の拠点である。そして、その最上階。そこには、社長であり一族の長であるルクス・キュラスの居る社長室が存在する────

 大きな社長机、その正面に置かれた黒の豪奢な椅子。それらの後ろの一面ガラス窓、そこから差し込む夜の明かり。天井の照明が机の上のペンを光らせている。無数の書類や本、置物が並ぶ棚が右手側の壁には据え付けられていた。ワンフロアの半分近くが使われたこの部屋は、先程から静寂に満ち満ちている。

 不意に光輝が閃き、その静寂が破られた。なにか重いものが落ちるようなどさりという音が響き、静かに扉の前に人影が降り立つ。閃光が収まって、そこに姿を現したのは一人の男だった。そして、地面に折り重なる影は、倒れ伏している四人のヒト、だろうか。
 ゆっくりと男は顔を上げた。白皙の面が真っ直ぐに上座を見つめる。
 束の間広がった静寂を再び破り、今度は低い男の声が上座から響いた。

「ご苦労様、アレン。君の力はとても役に立つけれど、消耗が酷いだろう? すまないね、こんな雑用めいたことをさせてしまって」

 そのねぎらいの言葉を発した当代のキュラスは、口元の笑みを深めた。黒の椅子に深く腰掛けて、その整った美貌を楽しげに歪ませる。その手にはエメラルドが蓋に嵌め込まれた懐中時計が弄ばれていて、付けられた細い鎖が音を立てて擦れ合う。照明を反射して、緑玉が煌めいた。

「いいえ。ルクス様の為ならば、なにも。それに、まとめて飛ぶくらいならば全く問題はありません」

 アレンと呼ばれた黒髪の男は、一欠片の躊躇いもなくそう言った。社長机の前まで歩み寄り、ふわりと長い黒髪を揺らして微笑む。たとえ人殺しであろうとなんであろうと、彼はルクスに命じられればするだろう。この男こそが、ブランの言うルクスの狂信者の一人だった。
 不意にぽつりと、嗄れた声が響いた。

「自分に何をしろと言うのだ、キュラスの棟梁」

 その言葉を発したのは、社長机の横に立つ老人だった。杖のようなものを手に持って、感情などなさそうな横目でルクスを見つめる。

「ああ、貴方とリフィスたちは少し待ってね。そろそろ彼らが目を覚ます頃だ……まずは話し合い、だろう?」

 リフィスと呼ばれた、先程の老人の隣に立つ少女は無言で一礼した。それに返答しようと、老人が口を開きかけた、その時。
 空隙を突破って、テノールが響き渡った。
 
「リュゼ、シュゼ!? 大丈夫か!?」