ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.36 )
- 日時: 2020/09/29 00:21
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: http://www.kakiko.cc
アレン・キュラスは、ルクス・キュラスに敬愛と尊崇を捧げている。
【『真名奪い』は神側の人間だ。そもそも力とは、人間が獲得した『防衛手段』であり『対抗手段』である。だが、あまりにも進化した人間を恐れた神は、真名奪いという形で神の力を分け与えた】
タリスクに伝わる神話では、真名奪いと力についてそう語られる。時として力は神をも超越するのだ。かつて、秋津の二人の少女が神から罰を受けたように。
真名奪いの力は、何者にも邪魔されない。たとえ魂の時を戻そうと真名は戻らない。依り代となっていたもの──ノーシュの場合であればスマラグドゥス──を破壊されれば、真名は行き場を失う。魂にも他のものにも宿れずに消滅する。真名を失った人間はそれ以上人間としてのかたちを保てず霧散し、消失を迎える──つまり死である。
この圧倒的な力が故に、ルクスはキュラスの一族に栄華をもたらす存在であると崇められ、畏れられてきた。だが、そんな者たちの望みが叶うはずもなく、彼が長になってもたらされたのは、粛清による変革であった。
懐古に鬱屈としていた若者たちからの期待、粛清が呼んだ憎悪。それらを一身に受けて、ルクスの人格は軋み、歪んだ。だが、決して折れはしなかった。常人ならばそこで折れてしまいそうなものを、彼は傍目からは何も分からないほど飄々と受け流す。
それが出来たのはきっと、己が正しいという絶対的な自信があったからだ、とアレンは思う。批判が一族の中からのみに留まらず、他の一族から集まるのも気にかけず。そんなルクスが、アレンにとって好ましかった。人の理から外れて法から外れて、自らの行いが悪であると理解して尚、ルクスについていくと思えるほどに。
「ルクス様の命ですので」
そんな言葉が、口の端からこぼれた。
動揺して身を引いている二人の少女を真正面に捉え、アレンはふわりとスーツの内ポケットへ手を差し込んだ。かしゃりと音を立てて引き抜かれた黒光りする拳銃の銃口が、躊躇うことなく向けられる。
「え、あ、は」
半ば覚悟していたはずの事だった。トワイに問われた事のはずだった。だが。数十メートル先で、銃口が己に向けられている。その事実に、床に氷漬けになったかのようにシュゼは動けない。ふと、思考が脳裏に閃いた。このまま体を横に倒せばいい、まだ間に合う。弾は後ろへ抜けていく、自分には当たらない、自分は助かる。リュゼに当ってしまうかもしれないが、彼女なら───そこまで思考が浮かび上がった時、シュゼは衝撃を受けた。
今。たとえ頭の中とはいえ、己は、自分の命とリュゼの命を天秤にかけたのだ。その事実に、身体が固まった。
彼女の価値観では、自己犠牲は善、他人を身代わりにするなど悪。
シュゼがもし避ければ、数秒後に発射される弾はリュゼを貫くだろう。その選択が、自分の命を守るという観点からすれば最良だ。それで良いのだろうかと、それが正しいのだろうかと。少し前の彼女なら、リュゼを守るために動いたであろう、欠片も悩まなかったはずのことが、今になって彼女の足を止めていた。
そんな迷いを、アレンが共有するはずもなく。
トリガーに掛けられたアレンの指に力が入り。たぁん、と乾いた音を響かせてシュゼ目掛けて弾丸が飛翔する。
「姉さん……ッ!」
悲鳴のようなトーンで叫んだリュゼが、シュゼの膝の裏へ抱きついた。がくんとシュゼの体勢が崩れ、そのまま二人諸共床へ倒れ込む。弾丸はリュゼの黒髪を数束吹き飛ばし、後方の床へめり込んだ。
「リュゼ!?」
かなり横の方から状況を見て取ったらしいトワイの叫びが、シュゼの耳朶を殴りつけた。ハッと意識がリュゼへ向く。
「リュゼ、ごめん……お姉ちゃん、なのに───」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんって………たかだか数秒、先に生まれてきただけでしょう!?」
ずっと一緒にいるから分かってたよ、と。リュゼはそう思う。自分が必死になって、強くなろうとすればするほど、姉の心は離れていくのだ。そう分かっていたと。弱いフリをして、守られるフリをして、でもそれで誰かが傷つくのはもっと嫌で。押し止めようのない激情が、立て続けに吐き出される。
「リュ」
「戦うなら! 私は、シュゼと肩並べて戦うの!」
横から口を挟む隙を与えず、リュゼはそう叫ぶ。その日、初めてリュゼは姉のことを名で呼んだ。