ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.4 )
- 日時: 2020/08/30 19:37
- 名前: ライター (ID: cl9811yw)
標的を見失った為か、炎の糸が失速し消えていく。その糸を放ったのは、路地に佇む白くて短い髪をした少女だった。淡い青を纏う光の残滓に照らされて、その髪が揺らぐ。
「炎の糸………力だったな。全く。危なすぎる。オレはこれから仕事なんだ」
マフラーをぎゅっと引き上げる。夏の終わり特有の、涼しいながらも湿気を含んだ風が家々を抜けていく。青年は今度は足音を立てずに人外じみた速度で常闇街を抜け、電灯の灯る黎明街へと滑り込んだ。
「此処か……」
青年は仕事の標的が住むと言う五番通りにいた。だが如何せん五番通りには家が多い上に大きい。何気に五番通りということしか教えてくれなかった依頼人の彼を僅かに恨みつつも、じっと気配を消して闇に佇む。
しばらくそうしていると、微かに地面が振動し石が転がって行くのが目に映った。僅かに息を詰めて顔を軽く覗かせ、通りの先を注視してみる。すると間もなくして車のヘッドライトであろう光が目に焼き付いた。
目を細めてそれを見た青年は、もう一度車を注視した。彼が潜む場所から二軒先の邸宅の玄関に、長い茶髪の女が降り立ったのが見える。
「──でございますか──フェーリ奥様──」
「そんな訳ないでしょう───ルクスィエの家の───」
微かに玄関らしき場所に立ち出迎えるメイドの声が聴こえてくる。それに返答するとても大きくて甲高い女の声もだ。
それを見た青年は内心舌打ちした。金持ちが一人きりでないのは分かり切ったことだが、もう一人とは厄介な、と思う。殺すべきか、と自問自答してみる。
「無駄にリスクを負う必要はない、よな」
本当に誰にも聞こえぬほどの、息が吐かれたような音でそう言った彼は思考を切り替える。顔を覆うようにマフラーを巻きつけ、標的を確認した。
茶髪、ロング。太ってる。フェーリ。間違いないな、と最終確認をして。家と家の狭間からからするりと出てナイフを鞘から引き抜いた。
青年が迫ってくることに一番早く気付いたのはこちら側が見えているメイドだった。
「奥様っ!?」
メイドの声に振り返ったフェーリの喉を、青年のナイフが掻き切った。
「きゃ、がぁっ! いゃぁ!」
茶髪を血に染め、顔を痛みと驚愕で歪めながら女が倒れるのを確認すると青年は、滑るようにメイドの首に当て身を食らわせて失神させる。
一瞬の狂騒はすぐに元通りの闇に帰っていく。青年はナイフを鞘へおさめ、その場に跪くと倒れた女の身体に触れ、死んでいることを確認する。
「は、っ……」
短く息を吐いた青年は、手についた血をポケットから出したハンカチで拭き取り立ち上がった。街灯に照らされた自分の姿がひどく惨めなものに思えたけれど、それが何故なのかが分からない。
早くこの街を抜けよう、返り血が目立たない街へ帰ろう……眩しい物を嫌うかのように青年は歩き出す。そうして行きとは対照的にゆっくりと街を抜けた青年は、深く俯いて家へと帰宅した。
青年は、家のドアの鍵穴へ鍵をさしながら二階を見上げ、零れる明かりを見つけ溜息をつく。
「全く、電気を消してから寝ろと幾度言ったか………」
ガチャリと音を立て鍵が空く。ゆっくりとドアを開けて家へ入った青年は、まず手を洗いに向かったのだった。
文句を言いながらも寝ているであろう師匠を気遣って静かに師匠の部屋のドアを開け、電気のスイッチを切る。窓からさしこむ月明かりで薄青く染まる部屋に背を向け、青年はぼやいた。
「明日、また言わないとな」
そして青年は、廊下の一番奥の自室のドアを開け、マフラーを外しベットへ倒れ込む。
「久しぶりに疲れた気がする、な。何か、食べるか。いや、先にシャワーか?」
しばらく悩んだ青年は、結局シャワーを先にすることにしたのだった。
かなり時間が経って、青年はようやく電気を消してベットへもう一度寝転がった。ぼんやりと天井を見上げていると、不意に依頼人の事を思い出す。
妹と、母って言ってたかな、あの人。家族が居たんだろうな。でも誰にでもいるわけじゃない。いや、居たはずなのにいるわけじゃない。
じゃあなんだろう、この世界の誰にでもあるもの。力かな。でもその力すら、きっと格差がある。
あの炎の糸は戦いに向いてる力だし、チンピラも多分何かしらの力を腕に使ってた。
オレや師匠の力はあまり戦いに向いてる、とは言えない。
それすらも格差があるとしたら、やはり平等で誰にでもあるのは、真名、なのだろう。最初から誰もが持ち、ずっと持ち続けられるもの。
ぼんやりとそんなことを考えていた青年は、いつの間にか眠っていた。
二話:双子の少女たち
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