ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒【半分は更新】 ( No.41 )
- 日時: 2021/01/03 18:39
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
弱々しく伸ばされた指先が、真っ直ぐに棚の一部を指さす。緑に煌めく懐中時計。自分の力が脅威になりうるのなら、そしてもう死ぬのなら、体面などなにも気にする事はなかった。
「そうだけど、でも、だけど」
ふっ、と。弱々しく光が瞬く。およそ殺しには向かない力だと、改めて思う。だから自分はトワイを拾ったのか、とも。それと同時に、そう思いたくない自分も確かに存在した。口から血が吐かれる。
なぜ生きているのかすら不思議なほどの致命傷を負いながらも、老人の手は伸ばされた。緑を彼の瞳が映す。
「まさか……!」
「ルクス様!」
彼らを遠くから眺めていたルクスが信じられない、という風に呟いた。アレンの叫びがそれを追う。
最悪を阻止しようと、ルクスは動く。手が懐中時計の蓋にかかる。ほんのわずか躊躇って、彼はノーシュの命を奪おうと、時計を破壊しようと試みる───よりも一歩。
シファの方が、早かった。
「し、しょう……」
トワイの声を、聞いたか聞かなかったのか。一際強く、光が閃く。ルクスの顔に、今度こそ明確な驚愕と動揺が走った。
「貴様、ッ!」
アレンが右手から血を流しながらそう叫ぶ。彼が動こうとしたその時、シュゼは真っ直ぐに手を突き出し叫んだ。いや、叫びと呼べるほどの声などもう出なかった。わずかに掠れた低いトーンの声が響く。
「止まって」
ぼっ、と青い炎が右手の中で小さく揺れる。警告にしかならない、弱々しい炎。
だが、アレンはその一瞬、少女の放つ『殺気』と呼べるなにかに竦んだ。守ろうとする意志が確かに、敵の足を止めている。そのまま動かないアレンから視線を外して、シュゼはそっと目を落とす。
「これが……」
「うん……きれい、だね」
スマラグドゥスの輝きを前にして、リュゼが小さく嘆息した。
しゃらり、と鎖が鳴る。老人の手元を銀の鎖が彩った。緑の貴石の表面を、ゆっくりと血が流れ落ちる。鎖を緩く搦めた彼の手に、トワイは手を伸ばした。なにかちいさく、師匠は呟く。
「好……なよ……に……い」
「聴こえねぇって、」
「ろ……」
そこで、老人の言葉は途切れた。それ以上、彼は何も言わなかった。否、言えなかった。微かに口元に笑みを浮かべて、殺し屋には度が過ぎるほど幸せげに。老人の呼吸は止まっていた。
シュゼとリュゼがつかの間息を止め、トワイはかすかに息を吐いた。
ありがとう、と。
四話:自由と命令
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