ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.43 )
日時: 2020/12/05 10:13
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 ルクスは彼女にとって存在意義アイディンティティだった。確かに力の制御が出来なかったリフィスを、曲りなりとも出来るようにしてくれたのはブランだ。不用意に人を傷つけてしまうかもしれない、なら自分は誰とも関わらない方がいい。
 そんな風に思っていたリフィスを、彼女は救ってくれた。
 それでも。
 
「……私は、要らなかったんですよ」
 
 制限された力では役不足、さりとてそれがなくては人を傷付ける。その二択から自分を救ったのは、確かにルクスだったと、リフィスはそう記憶する。
 洗脳されているのか、自分は。そう自問自答して、手のひらを見つめる。長く静寂が廊下に落ちた。社長室の方から、立て続けに発砲する音やら足音やら叫び声やらが響いてくる。
 ───強要しているつもりは欠片もないよ。拒否してもらってもかまわない。
 真っ直ぐにリフィスの目を見つめてなお手を取って、ルクスはかつてそう言った。その手を握り返して、彼を主と定めることを選んだのは、間違いなく自分だ。
 
「私はルクス様に必要とされていればそれで良いのです。私は、自分の意思で、それを選んでいる」
 
 ふと笑みを零して、リフィスはそう言った。光の僅かに戻った目でレンを見つめ返し、静かに彼女は告ぐ。
 
「あなたは、先程の方たちとはまた別の目的を持ってここに来た。だから、咎められるべきではないかもしれない。ですが、ルクス様はあなたすらも殺すことを命じられた───ならば、私はそれを遂行するのみ」
「……僕は、アナタを殺せない」
「なら大人しく、死んでください」
 
 ふっ、とリフィスの右手が突き出される。今の彼女に、微塵の躊躇いなど存在しようはずもなく。
 眼前に伸びた指先を目が捉えて、ようやく危機を認識する。ぞわりと肌が粟立って、半ば反射的に力を発動しかける。また戦況が膠着状態になるのを嫌って、レンは慌ててそれを止めた。
 だが大人しく溶かされるわけにも行かず、床を蹴って後ろへ飛ぶ。
 ふわり、と。リフィスの手のひらが空を切る。レンが嫌った千日手になることを薄々感じつつも、リフィスはそれでも愚直に手を伸ばした。
 どうせ自分はそれしか出来ないのだから。 
 
「それしか、私は必要とされていない───ッ!」

 ルクスは、彼を殺せなければ、自分を必要のない存在だと思うだろうか。いや、きっと彼は思わない、とリフィスは刹那考える。あんなに配下を思い遣れる方がそんなこと、と。
 後ろへ退がり続けることしか出来ない彼を追って、リフィスは飛ぶ。レンへ肉薄して、その刹那。
 
「僕は───」

 ゴム製の靴底と、床が擦れ合う音がした。
 
「は……!?」
 
 一歩、少年が踏み込む。
 退さがることしかしないと思っていた彼自らが、間合いのうちに踏み込んできた。それに僅か驚愕して、リフィスが僅かに攻撃を躊躇う。あたかもそれを狙っていたように、レンは鋭く手を伸ばした。
 彼とリフィスの、たった数十センチメートルの間に、一瞬静寂が落ちる。
 
「僕ハ貴女二! そンな悲しいコトを言ってほしくない……ッ!」
   
 レンの半ば悲鳴のような声が、空隙を裂いた。
 力を使われるにせよ、距離を取ったって意味は無い、と。瞬間思考して、リフィスも踏み込む。黒い瞳と視線が交差、右手が彼の頭に向かって伸びた。
 と同時に、少年の身体から力の行使を示す光の粒子が舞い上がる。
 
「僕はアナタを……!」
「ッ!」

 逸らされるか、制動をかけられるか。反射的に右手を引いて、力によってもたらされるはずのブレーキに備えて重心を低く落とす。廊下に高くブーツの足音が反響した。どうせ彼は刃を持たないはずだ、と。