ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.44 )
日時: 2020/12/13 00:10
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 だが、いつまでも予期したような制動は訪れない。
 黒髪の少年の顔から、ふっと表情が消えた。いつの間にか光輝は収まっていて、二人の間に膠着が落ちる。
 
「ブラフですか……!」
「ええ!」
 
 それと同時、鋭く頭痛がこめかみに走る。過度の力の行使の際に表れる特徴的な頭痛。ふらりと足から力が抜ける。ショートブーツがたたらを踏んだ。
 蛇口をしっかり閉めて、無駄を無くすイメージ──かつてブランが教えてくれた、力の制御のコツを思い出す。
 そうして深呼吸する度、ゆっくりと頭痛が引いていくのが分かった。刹那飛んだ思考を立て直して、リフィスはすっとレンを睨む。
 その先で、レンは何事か呟いていた。
 
『あなたはなんで……僕が間違ってるのか……? ブランさんの言葉は───僕やブランさんにはそう見えるってだけの話なのか……?』
 
 ───あの子に選択権なんてなにもなくて、ただ刷り込まれたことだけやってるだけだ。それじゃ機械となんも変わんないだろ……!
 その言葉がゆっくり、レンの脳内に響く。
 そうだ、きっとそうだ、とレンは信じる。少なくともレンにはそう思えたから。華鈴はあんなにも望んでいたではないか、誰の干渉も受けずに自由になることを。その価値は自分よりも大きかったのだろうから。ならば、自分が言うべきは。
 
「貴女はもう、解放されてイイんだと思うのです」
 
 その先で、切なげで泣きそうな笑顔を顔に浮かべて、少年はそっと告げた。雨上がりの空気の匂いのような、苦しくて切ないなにかが、心の内を吹き荒れる。華鈴さんならなんて言うかな、と小さく呟いてみる。
 
「私は……」
 
 解放されていい、と。自分は許されたかったのだろうか、とリフィスは思う。だから、ルクスの元に仕えたのか、と。
 ───もし、もしも。解放されていいってのが耳障りのいい、ブランさんに言わされた嘘だとしたらどうすればいい? ルクス様が私が思うような方ではないとしたら、このままレンに縋った私は、要らないと思われるんじゃないのか?
 
「私は、必要ないんですか……? なにを……?」
 
 焦燥が喉を灼いていた。自分が立っている場所が揺れている気がする。何をしていいかわからない。ここに指示を仰げるルクスは居ない。ならどうすればいいのだろう、と。ぐらぐらと頭が揺れる。もう何も分からない。
 ───今日で全部、終わりにしよう。キュラスの皆に示すんだ、僕が居た方が幸せだって。僕はみなを幸せに出来る存在だってことをさ!
 そう言ったルクスの姿が、ふと閉じた瞼の裏に浮かんだ。

「承知しました」
 
 しずかに了解を呟いて、リフィスは右手を伸ばした。ふっと心中が凪ぎかける。
 それと同時に、先程の言葉がフラッシュバックした。要らない、と。

「あ」
 
 彼を。彼を、殺さなくては。呼吸の度に、その焦りが身体中に溢れていく。そうしなくては、ルクスに切り捨てられるかもしれない。そんな恐怖が、焦燥となって喉に込み上げていた。
 一方でそんなことのために動いている自分は、何か違う気もしていた。自分はそんな対価のためだけに、ルクスを従っていたのだろうか、と。必要とされるから従っていたのか。
 なにかもっと、己の本質が───
 
「私は……要らないと言われるのが怖かったんですか? 私はなんでルクス様に仕えていたんですか? 私にとって唯一でも、ルクス様には簡単に切れる程の縁だったのですか? 洗脳されていたから、私とルクス様は、そんな関係だったの? それとも、私は贖罪しょくざいがしたかった? 昔私は、ねえ、私は!」
「アナタとよく似た人ヲ知ってイマす。その人は居ナクナッテしまった。僕では足りなかった。僕は一番になれなかった、と思う。僕は彼女のことを、救うことが出来なかった」