ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.48 )
- 日時: 2020/12/27 15:22
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
- 参照: https://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode
「トワイさんッ! とわい、さん、トワイさん!」
リュゼがしかとトワイの手を握ってそう叫ぶ。
「はは……その程度で神に抗えるとでも?」
それを嘲笑うかのように、ルクスはふと呟いた。アレンがおもむろに彼に寄り、前に立ちはだかる。
ぼんやりとした、紺色の空間だった。真名奪いのみが視ることの出来る、魂の空間。中心に浮び上がる光へ、そっとルクスは『手』を伸ばす。質量も実体もない、ルクスのイメージで構成されたそれは、ただ真っ直ぐに不安定に明滅する光へと伸びる。
普通の人間ならば多くの防壁があるものだが──それは名前であったり、記憶であったりといった己を構成するもの──、この青年に限ってはそれが障子紙のように薄い。
大した労力をかけることなく、ルクスが真名へたどり着くかに見えたその時。
不意に『手』が、障壁にぶつかった。
誰かが彼のことを呼んでいる。真名を守るための名前で呼んでいた。それに応じようと、彼の魂が震える。それはつまり、彼であることを肯定しようとしている。障壁が強固になっていき、光がより光輝を増す───
ふっ、と痛みが消えた。淡くて優しい感覚に全身が包み込まれる。
青年の中で、魂に残っていた残滓のような記憶が舞い上がっていた。もう自分はとうに忘れてしまったと思っていた、幼い頃の記憶だ。
家族の記憶だった。擦り切れたフィルムが映し出す質の悪い映画のように、所々がはっきりと見えない。声などほぼ聴こえないに等しい。
────母もまた、殺し屋だった。紺の髪と、夕暮れ色の目の女性。
そして、裏の世界で勁く生きた女性だった。父は分からない、行きずりの男だったのかもしれない。依頼人だったのかもしれない、あるいは彼女を愛した男がいたのかもしれない。青年が物心ついた時には居なくて、でもそれは常闇街では珍しいことではなかった。
自分を産んで、五、六年が経った頃だったのだろうか。致命的なミスを犯し追われる身となった母は、自分を連れて狭い世界を逃げ惑った。
血塗れになって、ボロボロになって、それでも彼女は彼の背を押す。
『逃げ──い! ───、あなたの脚───大丈夫だから、どうか、生───』
ジーッ、ジーッと音を立てて記憶が揺らめく。声も映像も、もうまともに見えやしない。
でも、分かることだってある。裏の世界の辛さを、きっと母は知っていた。でも、彼女は産むことを選んだ。ただ生きてほしいと、そう願っていた。
それは、愛されていたということだろうか。ならば自分は何が欲しかったのだろう、と彼は思う。家族か、愛してくれる人か。自分はリュゼに何を見出したのだろう、と。
そうか、とふと悟った。
「そんなもので………!」
現実の世界で、ルクスの声が聞こえた気がした。悠然とした態度を常に崩さなかった彼の口の端に、僅かに焦燥が乗っているような。
シュゼと目を合わせていたアレンの瞳孔が開かれる。
「───…ッぐ…名前を呼れ……ッ…る、そんな普通が、欲しかった…………!」
痛みに呻きながら抗って、吐き出すように。それに、はっとリュゼが顔を上げる。シュゼが短く頷いて、リュゼの背を僅かに押した。
「私がここにいる……! 大丈夫、あなたはそこにあるから……!!」
リュゼが叫ぶように、そう言った。