ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.5 )
- 日時: 2020/08/20 00:24
- 名前: ライター (ID: cl9811yw)
2:双子の少女たち
しばらく眠っていた青年は、少し太陽が高くなってから目を覚まし、依頼人と約束した酒場へ向かった。
入口から見て左手側にある色つきのガラスを通る光が、様々な色の影を床に落としている。昨日とは違ってまだまだ昼だからか、客も少なく厨房も静かだ。ぼんやりと床の影に目を向けていると、スツールと床が擦れる音がした。ふっと顔を上げれば、晴れ晴れとした笑みを浮かべた男がスツールに座っていた。
「昨日、お前仕事受けてただろ! どうだったんだよ?」
明瞭なやや高めの声が耳を刺す。ゆっくり息を吐いて、友達に対するような気さくさでトワイは同業者に答えを返した。
「別に特別でもない殺しだった。シオン、お前の方はどうなんだ?」
「いや、最近は仕事なくて暇だぜ。お、ほら………あれ、お前の依頼人だろ?」
そう言われて青年が酒場の入り口へと目を向ければ、昨日と同じようにリオンがそこに立っていた。シオンと呼ばれた男が立ち上がり、かすかに笑ってスツールを開ける。その気遣いに微笑して、リオンは一礼してそこへ座った。
「今朝。あのひとが死んだと聞きました。さすが、と言うべきですか? 兎にも角にも……ありがとうございました、《宵》。どうやら私はこれで安心して生きて行───」
どこか憑き物が落ちたような、そんな顔でリオンが言い終わらぬうちに。酒場の中に、高い少女の声が響き渡った。
「ねぇ! 私の依頼、受けてくれる人いない!?」
そんな少女の声が響いた瞬間、さざめきに満たされて居た店内が静謐な湖面のように静まりかえった。その声を発した白髪の少女の青い瞳がぐるりと店内を見渡し、真っ直ぐにトワイを捉える。
「あ、昨日のお兄さん!」
スタスタと歩いて来た二人の双子らしき少女たちに目を向け、店じゅうの視線が集まるのに動揺しながら青年は口を開く。
「昨日の、と言われても。オレはお前達を知らない」
- Re: 宵と白黒【改題しました】 ( No.6 )
- 日時: 2020/08/20 00:39
- 名前: ライター (ID: cl9811yw)
「昨日は、ありがとうございます…おかげで、助かったんです」
白髪の少女の隣にいた長い黒髪の少女にもそう言われ、青年は困ったような顔で言いかえす。後ろでニヤニヤしているシオンの気配と、やや戸惑っているリオンの気配。それらを感じ取って、彼は疑問の解決よりも、早く後ろの依頼人との会話を終わらせることを決めた。
「だから、オレはお前達を知らないし助けた覚えも無い。話があるのなら少し待て。オレは今話し中だ」
そういった青年は少女たちから視線を外し、リオンへと向き直る。今度は後ろから二人の少女の視線が突き刺さる。それを完全に意識外に放り出して、彼は真っ直ぐに視線を依頼人へ向けた。完璧な微笑みを湛える依頼人の青年は、その形の良い唇をゆっくりと動かして問いを放った。
「報酬はどの口座に?」
リオンからの問いかけに、トワイはジャケットの内ポケットからメモ紙を取り出した。二つ折りにされたそれを、差し出された依頼人の手のひらにのせる。
「この口座に頼みます」
そういい終わった瞬間、青年の腕を少女の白くて細い手が掴み、店の外へ連れ出そうとする。予想外の行動に驚きつつ、トワイは叫んだ。
「だから何処行く気だ? そもそもお前達は誰だ!?」
「お兄さんは何処か安全に話せるところ、知らない?」
少女が不意に止まった所為で、がくりと彼の体が揺さぶられる。それを制御して振り向いた少女止めを合わせた。その青い目には真剣な色が宿っていて、それに少なからず彼は心を動かされたのだろう。
「安全……ね。うち、来るか?」
どこが良い人のようなその言葉。それでも冷めた思考は、少女らが害であれば殺せば良い考えていた。
「師匠! 客だぞ!」
そこそこ雑然とした玄関に立ち、青年はそう叫ぶ。
「なんだトワイ、客………女!? お前、全くその気すら見せなかったくせに! しかも二人だと!?」
出て来て、いきなり驚愕した口調でそんなことを言う老人にため息をつきながら青年は少女達に向け口を開く。
「悪いな、こういう人なんだ。師匠、こいつらがオレに話があるようなんだ。開けてくれるか」
「む、分かった……一時間だぞ」
そう言って承諾した師匠と入れ替わりで家の中に入った青年は、少女たちを手招きした。
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔、します」
お邪魔しますとしっかり言える所から育ちがいいことを察した青年は、僅かに微笑んだ。胸中に少し自分でも説明のつかぬような思いが去来していることを悟らぬまま。
玄関の目の前にあるリビングの椅子を指し示しながら青年は言った。
「茶なんて入れられないけど、取り敢えず座れ、二人とも。」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとう、ございます」
少女たちとテーブルを挟んで反対側の椅子に座りながら青年は少女達を見て問いかける。
「お前達、何処」
青年のその言葉を遮り、白髪の少女が言葉を被せる。
「それより先に自己紹介でしょ? お兄さんの名前は?」
「だめだよ……人の話は最後まで聞いて、姉さん。」
青年から見て左手側に座る黒髪の少女が話を遮った事を咎め、優しげな性格が見て取れる柔らかな目を青年へ向ける。
「お兄さん、あの……話、続けて貰って構わない、です」
「大丈夫だ。オレの話も似たような物だからな。お前ら、名前は?」
青年がそう言うと、右手側に座る白髪の少女が待ってましたとばかりに口を開いた。
「私はシュゼ・キュラス! 双子なんだ!」
「私はリュゼ・キュラス。双子の、妹です」
ほんの少し羨ましげな色が青年の瞳に宿る。おそらくそれに彼自身は気付かないまま、青年も名乗り返した。
「白いのがシュゼで、黒いのがリュゼ……か。オレはトワイだ。お前たちは何処でオレを知った?」
「ほら、トワイさん昨日わるいひとに絡まれたじゃん?」
「なんでお前たちがそれを知ってる?」
ほんの少しだけ警戒を強めたような雰囲気を漂わせつつ、トワイが問い掛ける。
「だってそこにいたからね私。トワイさん気付かなかった? 」
「姉さん……トワイさん困ってる。あんなに夜だったんだよ、姉さんって気付きようがないよ」
よく状況が分かっていないトワイにリュゼが助け船を出す。
「ああ………もしかして、あの炎の力のヤツが、お前か?」
「そうだよ! 私の力!」
そう明るく言って嬉しげに笑ったシュゼを見て、トワイが首を傾げる。
「なんでお前はオレに接触してきた? まさか……」
仇討ちか、と警戒を高めピリッとした空気を纏うトワイを慌てて止める様に、リュゼが口を開いた。
「ち、違うのトワイさん。……私があのひとたちに人質に取られちゃってて……姉さんは、脅されて仕方なくやったの、だから………」
「ああ、なんだ。そうか、警戒して損したぞ」
先ほどまでの空気が嘘のように弛緩した空気を纏う青年に向け、シュゼも口を開く。
「そうそう、あの男の人がリーダーだったみたいなんだよね。トワイさんが倒してくれたおかげで、隙突いて逃げられたの。だからほんとにありがと、トワイさん」
「うん……私からもありがとう、トワイさん」
自分でも良い事をした自覚がなかったトワイは礼を言われてほんの少し照れたような顔をした。そして気持ちを切り替えたのだろう、背をのばして双子の少女たちに向けて尋ねた。
次章:第二章 あくまでも
《コントラクテッド・ジャーニー》
一話 依頼
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