ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.50 )
- 日時: 2021/01/31 01:48
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
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「ソレでも僕には……僕には、アナタが救いを求メテいるようにしか見エナイ。僕は、ルクス・キュラスが悪人であるとしか思えない」
リフィスの言葉に、レンはそう応じた。照明の明かりに透かされる黒の瞳が、薄らとした光の膜を帯びる。
自分のまだ浅い人生では、そう人の心を動かせることなど言えやしない。現に自分は一度失敗しているから。それでも、それでも尚、彼女に諦めてほしくなかった。何をかすらも分からないけれど。
たとえそれが自分のエゴであったとしても、だ。
「ダケド……ソノ役目は、僕ではないのかもしれない」
認めたくはなかったけれど、自分では無理だ。レンはもう既に、そう理解していた。彼女が本当に望んでいることを、自分はしてやれないのだ。
「黙ってもらえませんか、レン・イノウエ……何が正しくて何が間違っているのか、私はもう分からないから」
昔から、他人を常に傷つけて生きてきた。それは無差別で、自分ではどうしようもなくて、なんの意味すらない忌むべきものだった。制御出来ない力とはそういうものだったから。
だからルクスの力の行使は、とても意味があるものに思えたのだ。誰かを罰するため、何かを裁くため、そして───守るために。それが世間一般では独裁と呼ばれるものであったとしても、リフィスからしてみればそれは正義だったのだ。
今、その認識が揺るがされているから。この声は酷く震えている。
「分からないんです。ルクス様が悪人なら、その悪人に必要とされたいと思う私も悪なのか。悪であることが、本当に間違っているのか」
最初と同じように、レンは少女と相対する。自分を真っ直ぐに見つめてくる瞳孔の光が、不規則に揺らいでいた。どこか不安げな色をのせた目元、かすかに震える唇。
ああ、とため息のような音が口から零れた。自分は彼女の何を見ていたのだろう、と後悔が込みあげる。こんなにも、彼女と華鈴は違うというのに。
単に見た目だけの問題ではなかった。不安定に揺らぎはするものの、動かぬ軸を持っていた華鈴。リフィスはその軸すらも今揺るがされ、まるで出来損ないの独楽のようだ。
自分は何も分かっていない。それを、レンは今、叩きつけられていた。
「ああ……ブランさんは……悪い人ではありません。私と同じ境遇だったから、私が見えていなかっただけで……それを表に出しこそしませんでしたが、きっとあの方には、私と過去の自分が重なって見えていたのでしょうね。私はつまり、『可哀想な子』であると」
どこまでも哀しげな、そして懐かしむような声で、少女はそう言った。レンに反駁を挟む間を与えずに、彼女は続ける。
「私は、私の思うように動いてもいいのでしょう?」
「ええ」
突然投げかけられた問、それに寸分の躊躇いすらなくレンは返した。自分がこれを肯定したなら、もう彼女を縛るものはなくなるのだと覚悟を決めて。ルクスの命令を優先するとリフィスが決めたなら、殺されてしまうかもしれないから。
一瞬、彼女が瞬いたのが見えた。胸の前で握りしめられた手に、力がこもるのも。浅く息を吸って、その群青の瞳が自分を捉えたのも。
「ならば私は、ルクス様を信じます。私はあなたにどう思われようと、何を言われようとルクス様を選ぶ。随分とあなたの言葉に揺り動かされてしまったけれど、もうきっとこれは不変です。だから、諦めてください」
言葉が落ちた。この音の振動だけが、レンの耳に届くのに時間がかかっているかのように。静寂が二人を縛っていた。
「そう、ですか」
ようやく一言絞り出した言葉は、先程の肯定とは随分異なって掠れていた。どうして、問うことは出来ない。リフィスの瞳がそれを許していなかったし、それをしてはいけないのだと悟ってもいた。今までの比ではないほどの強い光を宿して、確かに少女はそこに在る。
何よりも優先したい、誰よりも選びたい。
それは、きっと恋なのだ。そう少年は思考する。自分が選び続けてきたひとは、きっと自分を選んでくれはしなかった。だからこそ、彼女の背を押す選択をしたい。そう思えた。