ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.53 )
日時: 2021/07/15 23:35
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

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「アレン、あなたのチカラでルクス様を……いえ、そんなことは無駄でしたね」
「当然だ」
 
 ざらりとした、平坦な口調だった。
 アレンの異能力、それはすなわち空間接続である。一定の距離を置いたふたつの空間を、擬似的に接続することが出来る。その強力さに違わず、アレン自身の負担は大きい。が、そんなことを理由にして彼は力を使わないのではなかった。
 マットブラックの両目が、一切の揺らぎを見せずにリフィスヘ向けられる。群青と墨色が交わって、同時にある方向へ向けられた───すなわち、二人の主へと。
 白髪を持つ主は、ゆっくりと口を開く。
 
「きみは最後まで可哀想な子だね、リフィス。だから、きみはもう『リフィス』を辞めなさい」
 
 Sacrifice───異国の言葉で、『犠牲』を指す。ルクスに仕えるにあたって付けられた自分の名前、その意味を教えてくれたのは当のルクスだった。
 水飴を溶かしこんだような甘い声音でありながら、そこになんの感情も込められてはいないのだ。
 その矛盾に、そばに居たレンはわずかに身を引いて顔をしかめる。肌に走るそれは、嫌悪感と恐怖感。ルクス・キュラスという人間の本質を、少年は垣間見た。
 
「それでも、選んだのは私です」
 
 そっと群青の瞳が伏せられる。それをふちどる睫毛が、ゆっくりと震えた。
 
「そう。アレンは? ……聞くまでもないかな」
 
 どこか無関心さえ感じられる声音。平坦で均一で無機質な、コンクリートのような声だ。
 アレンはそっと主へと歩み寄る。今までルクスが、こんなにも力を使う際に消耗したことはなかった、とアレンは思う。否、力を使って失敗したことがなかった。故にアレンの中でルクスは絶対であり、唯一だった。彼が持つ絶対性、カリスマ性とでも言うべきものが、アレンを惹き付けていたのだ。
 
「ええ。当然でしょう」
 
 それでも、どうしようもなく彼を支えてやりたいと、アレンは思う。
 ルクスはもう、ほとんど目を閉じかけていた。外傷はないと言っていい。では彼のどこが傷ついているというのか、それは魂である。肉体と魂は相関関係にあるのだ。肉体が欠けても魂に影響はないが、魂が欠けたり傷ついたりすれば、それは肉体に影響を及ぼす───通常では考えられないほど、強く。
 じわり、じわりと、部屋の中の赤い範囲が広がってゆく。燃えきらないなにかが上げる黒煙が部屋に満ち満ちていきかけている。入口の大扉が空いていなければ、とっくのとうに全員が死んでいるだろう。
 もう動けない様子のルクスを見てとって、ずっと黙り込んでいたレンが、意を決したように口を開いた。
 
「介錯を、してあげてクダサイ」
「かい、しゃく……?」
「あなたがルクスさんを殺すということです、リフィスさん」
 
 アレンが大きく目を見開く。リフィスも、驚きで顔を染めた。
 
「本気で、言っているのか……」
 
 彼が、かすれた声でそう言う。
 
「アキツに伝わル風習のヒトツで、死者を苦シマセズに送り出す方法ナンデす」
 
 淡々と説明する少年の声が聞こえたのか聞こえていないのか、ルクスはうすく笑った。なにも言葉を発しはしないが──というよりはもう出来ないのだろう──アレンとリフィスを信じるように笑っている。
 リフィスは考え込んでいるようだった。何が主にとって最善なのだろう、と。自分は彼に、なにをしたかったんだろう、と。
 なにをしたかったんだろう。
 
「ああ……」
 
 少女の口元から、吐息が零れた。そうか、と内心独りごちる。
 
「あなたと一緒に、平和に、死とかそんなこと考えなくていいぐらいに、笑いあいたかった。私、普通の世界で生きてみたかったです、ルクス様」
 
 アレンはもう何も言わない。そっと主のそばに跪いている。ルクスもまた黙っている。火の爆ぜる音すらも割り込ませずに、静寂が満ちる。
 
「あなたのことが、大好きです」
 
 忠愛であれ、恋愛であれ。