ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒【第四章完結】 ( No.57 )
- 日時: 2021/08/05 19:05
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
エピローグ 《Essential-Self》
1話:追憶、あなたを
あれから、一年と半年ほどが過ぎただろうか。
いきなり倒れたリフィスは力の使い過ぎであったようで、特段後遺症などもなく、もう普通に暮らしている。高層ビルの最上階から力頼みで飛び降りるなどという無茶をしたことは、さすがにブランたちから怒られてしまったが。
キュラスの一族がどうなったか、というのは、レンはあまりよく知らない。というか、特段知りたいとも思わなかったというのが正しいだろうか。
シュゼたちはどうやら夢を追いかけることに忙しいようで、別れを告げたのは昨日のことだ。
「帰ったら、なにかしたいことがあるのでしたよね」
目を閉じて、静かに回想に耽っていた少年は、ふっと顔を上げた。目線の先の澄み切った冬の空は、どこまでも青い。
そのまま視線を横に滑らせれば、彼女のハーフアップにまとめたダークグレーの髪と、ライトグレーの毛先が風に吹かれて揺れていた。日が沈んだ直後の空のような群青の目が、優しげな光を湛えて真っ直ぐにレンを見つめる。
「うん。まず謝って、あと……会いたい人もいるし」
そっと左手首に目を向ける。今でこそ薄くなってはいるけれど、消えない傷跡だ。
「そう。……ならば、湿っぽい話は止めましょうか。そうですね、明るい話……ああ、訛りが抜けてきてます、貴方のことば。これでは貴方とノーシュ様の区別がつかない。困ったものです。喋り方を変えてみませんか、貴方の国では西の方言が有名でしょう?」
「無理ですよ。そんな上っ面だけのことをしては、その地域のひとに怒られてしまう。それに、貴女が主の声を聞き違えるコトなどないでしょ?」
レンの軽口に微笑んで、リフィスは頷いた。
あの後、病院のベットで目を覚ましたリフィスは、泣いた。自分を責めるのでもなく、主への怒りでもなく、ただ、ルクス・キュラスという人間を悼んで泣いたのだ。
でも、もう彼女は立ち直った。レンにとって立ち直ったように見えているだけであって、本当はそうでないのかもしれないが、この豊かな表情と煌めきを灯した目が、それを真実だと証明しているように思える。
『自分の秘書になってくれないか』というノーシュの誘いに、ようやく答えを出したのも、それが理由なのだろう。
くすくすと笑い声が二人の間に零れ落ちた。彼女は彼女なりの答えを、あの時出せたのだろう、と思う。
不意に閑静を切り裂いて、列車の警笛が響き渡った。それと共に流れるアナウンスは冬の空気を伝ってハッキリと耳に届く。レンはゆっくりと目を瞬かせ、笑った。
「定刻通り、です───行きますね」
そう言ったレンは、リュックサックをしっかりと背負い直した。くしゃりと笑うリフィスの唇が、ゆっくりと動くのを見詰める。
「お互い、幸せになれるように頑張りましょうね」
「はい。貴女もどうか、幸せであって下さい」
ふっと互いに一礼。一生の別れという訳ではないだろうが、もう当分会うことはないだろう、そう思って。
時間にしてみれば、それは一瞬だった。だが、彼らにとってはいつになく濃い一瞬だった。刹那視線が交錯して、互いを見つめる。
リフィスは、満面の笑みを浮かべていた。
「さようなら、リフィスさん」
「ええ。ありがとうございました、レン」