ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒 ( No.58 )
日時: 2022/03/27 22:05
名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)

 それでも次の瞬間には、レンはくるりと身を翻す。数段高くなっている列車に乗り込んで、そっと窓際の席まで移動した。
 四人がけのボックスシート。一人きりでそこに座る。贅沢だな、と思って苦笑して、取り敢えずリュックサックを隣に置いた。暖房の暖かさが身に染みて、吐き出す息はもう白くない。
 窓際に座っているから、リフィスがまだホームに居るのが見えた。真っ直ぐに彼女がこちらを見上げてくるのが目に映る。
 そっと手をあげて、振ったのが分かった。気をつけて、と口元が動いたのが見える。レンもまた、ゆっくりと手を振った。またね、と口を動かす。
 列車が動きだして、がくりと体が揺れた。徐々にスピードを上げて、ホームは遠くなっていく。しばし余韻に浸るように目を閉じたレンに、横合いから声が掛かった。

『すみません、相席よろしいですか?』

 少女の声だ。しかも、秋津の言葉の。ふっと顔を上げて見てみれば、まず目に入ったのは大量の荷物だった。それから、上級学校──それもかなり古くからある──の生徒が着るような紺地に白の着物と、長い黒髪が目に入る。
 その持ち主であろう少女は、レンの目の前のシートを指さしていた。辺りを見回すと、もう既に座席は埋まりかけている。数席空いている所もあるが、恐らくこれらの荷物が邪魔なのだろう。

『良いですよ! どうぞ……』

 さっとリュックサックを自分の膝上に載せて、レンは微笑んだ。彼女に荷物を置いてもらうように前の席を指し示す。
 隣の席にゆっくり腰を下ろした少女に、レンは心配げに問いかける。

『あの、僕席移りましょうか? やっぱり窮屈かなって』
『いえ、このままで大丈夫ですよ。ありがとうございます。……私、高梨の一族の人間なんですが、あなたはどちらの?』

 一族、と小さくレンは反芻するように呟く。この着物から薄々察せられていたが、やはり相当名家の令嬢なのだろうか。あの一日が一瞬フラッシュバックしかけて、瞬いていた。
 閑話休題それはともかく。秋津には未だ一族を名乗るひとが居るのだ、と少し新鮮な思いを抱きながら、ゆっくりとした調子で少年は言う。
 
『井上の──清和の流れを汲んでる井上の者です。あの、伺いたいことがあるんですけど構いませんか……?』
『ああ、なるほど。伺いたいこと、とは? お答えできるものは限られてきますけれど』

 人の良さそうな笑みを顔に浮かべて、彼女はそう言う。
 
『ええと……。命風神社の宮司さんはどうなりましたか?』
 
 その問いを発するのに、数瞬の躊躇いを必要とした。分かりきっているようで信じたくないようで、それにしては心は冷めているようでもある。
 そんなレンの心の内を知らないままに、彼女はゆるく瞬いてから口を開いた。

『ああ。継承の式典には私も参列しましたよ。とても綺麗な長い髪の方で──そう、妹君の方だったのよね』

 最後に付け足された一言が、レンに現実を叩きつけた。心の奥底でそれは理解していたはずだったのに。
 
『ありがとう、ございます』 
 
 震え声で口に出したその言葉と共に、つうと頬が濡れてゆく。季節は冬だからだろう、先程までは太陽は透明であったはずなのに、射し込むそれはもう斜陽だ。冬らしい、濃く澄んだ夕の色が、彼の左半身を照らしていく。
 その様子に焦ったのか、慌てた声がする。
 
『え……!? あの、すみません私、なにか気に障ることを』
『いえ、大丈夫です。すこし思い出してしまうことがあって』
 
 そう言って誤魔化すように笑っていれば、ゆっくりと列車が減速していくのが感じられる。どうにも彼女と目を合わせていられずに外に視線を投げれば、一番国境に近い駅に車両は停車するようだった。
 駅のホームにすらも落ち葉が迷い込んでいて、その色がやたら目を惹いた。