ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.59 )
- 日時: 2022/03/27 21:48
- 名前: ライター ◆sjk4CWI3ws (ID: cl9811yw)
ふふ、と。かすかに空気が崩れる。薄っすらと、彼女は笑ったようだった。レンが目を向ける。
『素敵な方でしたよね。……祭事で一度お話したことがあるのですけれど、とても美しかったのを覚えていますもの』
学校の方でもよく話題になっていました、と続けられて、レンはゆっくりと瞬いた。あまりに身近にいたから気づけなかったけれど、彼女はそういう立場の人間だったのだ、と。そして、それに縛られていることを嫌った人。
そっと顔を伏せて、く、と膝の上で拳を握る。
『そうですね。……そうなんですよ。ほんとうに、きれいなひとだった。何よりも、誰よりもつよくて、きれいで』
ほんとうに、と繰り返す。目線が揺れる。視界にぼんやりと膜が張って、耳鳴りがするような。ひゅ、と喉が軋む。こんなことばかりだ。
幾度繰り返してもなお、じくじくと痛みを残すそれ。こんなに苦しむくらいならば忘れたままのほうが良かったか。そんなはずがなかった、とレンは思う。たとえ一番じゃなくても、僕はあなたが一番だった。
そんなレンの様子に、少女は何かを悟ったらしかった。また次の駅に向けて流れ出した景色を見つめながら、声が響く。
『───命風神社の代替わりがあったということは、そういうことだとは知っていましたけれど。……すみません、深く立ち入るような話になってしまって。でも、きっと……』
彼女はもう一度微笑んだ。
『あの方はきっと、あなたに救われていたと思いますよ』
『え、』
それは、と問い返すよりも早く、彼女は立ち上がってしまっていた。どこか恥じるような早口で、少女は告げる。
『──そういうものだということです。……出過ぎたことを申しました。もう着きますから、失礼しますね。ありがとうございました』
彼女が言い終わるのとほぼ同じくらいだろうか、急激に身体が減速を覚える。窓の外に目を向ければ、次の駅が見えてきたところであった。
『え、っと。ありがとうございました、こちらこそなんだかすみません』
夕日が当たらなくなったからだろうか、彼女の存外に黒い瞳に目を向けてそう言う。柔らかな、上流階級特有とでも言うべき微笑みを浮かべて、少女はそのまま背を向けた。
彼女との会話で、なにか救われたわけではなかった。ただ、大切なことに気付けそうな気はしていた。