ダーク・ファンタジー小説

Re: 宵と白黒【改題しました】 ( No.7 )
日時: 2020/09/04 06:38
名前: ライター (ID: cl9811yw)

第二章 あくまでも
《コントラクテッド・ジャーニー》
1:依頼

「オレに依頼があって来たのか?」

 そう尋ねられた少女たちは、一瞬顔を見合わせた。その一瞬のアイコンタクトでどちらが喋るか決めたらしく、ふっと白髪──シュゼの方がトワイへ顔を向けた。

「あのね……取り戻して欲しいものが、あるの」

 盗んで来て欲しいものがある、と言うシュゼの言葉に、トワイは目を閉じる。

「オレは殺し屋であって泥棒じゃない。だが、お前たちが払う金の額では、考える」

 半ばため息をつくようにそういった彼に対して、あわててリュゼがフォローを入れた。

「あの……私たちは、その欲しいものそのものじゃなくて、中に入ってるものに、用が、あるんです」

 今度はリュゼがオドオドしながら答えた中身に用がある、という言葉にトワイは首を傾げる。きょとんとした彼の表情を見て、リュゼは僅かに微笑んだ。

「中身? 何か入っているのか?」

 その言葉に対しシュゼとリュゼはもう一度顔を見合わせる。今度は逆に話すことが決まったのか、リュゼは膝の上で手を握りしめる。やや緊張気味に、少し逡巡してから少女は口を開いた。

「それの中には、真名が、封じられてるんです」
「お前達、真名奪いと関わってるのか!」

 真名。それは人の魂に根付くその者の本質であり、自己を形成するものだ。
 そして、真名奪いの力、とはいわば抑止力である。力の持ち主は、誰かの真名を何処かへ封じることが出来るのだ。数十年に一人、その力を持った者が生まれることがある。血の繋がりなど何も考慮せず、突発的に。
 この世界のほとんどの宗教の共通項として真っ先に挙げられるのは、〝真名奪いとは神を人が超越させぬための楔である〟と語られている点であると言えよう。それほど昔から真名奪いは存在したのだ。
 つまり、人類にとって真名奪いは脅威となる。ならばそれが多くの人々に語られ、教えられるのは当然だ。

「うん……封じられてるのは、私の親戚の男の人の真名。それを、取り戻したい」

 静かな口調でシュゼは言う。張り詰めた気配を纏う少女の顔、それだけでこの依頼をすることがどれほどの決断であったのか測り知れる。
 一旦冷静になれ、と心の中で唱えてからトワイは顔を上げて言った。

「お前たちはそれが何なのか知ってるのか?」

 盗んで来て欲しいのならば外見が重要だ、と言う事を考えたトワイはリュゼとシュゼを見てそう尋ねる。己の気持ちがすでに受ける側へ傾いていることに、気付かぬまま。

「えっとね、懐中時計、なの。スマラグドゥス、って言うヤツだ、って言ってた」
「スマラグドゥス、って……あの何とか会社の社長が持ってる、めっちゃ高いやつか?」

 かつて読んだ新聞にそんなことが書いてあった気がする、そんな曖昧な記憶を目を細めつつ探り出しそう尋ねると、リュゼが答えた。

「そうです……パスト・ウィル株式会社の社長、ルクス・キュラスの所持している……懐中時計、です」

 そこまで聞いたトワイは、わずかになにか引っかかるのを感じた。

「何でお前たちはそこまで知ってるんだ?」

 そう尋ねられたリュゼは躊躇いなく答えを口にする。

「なぜなら……ルクス・キュラスは私たちの一族の長で……ノーシュさんの真名を奪うのを、私たちの目の前で行なったからです。」
「目の前で、って……見せしめ、ってことか?」

 ほんの少し絶句したトワイがそう尋ねた。すると悲しげな顔をしたシュゼが頷き、口を開く。

「そう、だと思う。というか、多分ルクスさんはノーシュさんの力を警戒していたんだと思う」

 それを聞いたトワイは、思い当たることがあるとばかりに顔を上げ、言った。

「もしかして、ノーシュ、ってのはさ、透思の力を持ってるヤツか?」
「そうですが……なぜトワイさん、はそれを知ってるのです?」

 本気で疑問に思ったらしいリュゼがそう尋ねるとトワイは軽く肩をすくめて言った。

「優秀なヤツはチェックしとけ、って言うのがうちの師匠の教えでね。一族のヤツなんだか何なんだか知らないが、そいつ時々此処に来ていただろ?」
「そうみたい、です。そもそもルクスさんはノーシュさんを使って殺し屋さんに何かを依頼することも、あったみたいですから……」

 リュゼが返したその答えに、トワイは成る程、と呟いた。

「あくどいことでもしてたんじゃ無いのか、社長も」

 そうトワイが答えると、今度はシュゼが口を開いた。

「此処まで聞いて、どう? 私たちの依頼、受けてくれる……?」

Re: 宵と白黒【改題しました】 ( No.8 )
日時: 2020/08/21 09:21
名前: ライター (ID: cl9811yw)

 右手側の窓から入ってくるオレンジの光が、トワイの顔に影を落とした。照らし出される板張りの床に、長くローテーブルの影が伸びている。淡い蜜色に染まる部屋を支配した沈黙は、まるで蜂蜜のように少女たちにまとわりつく。長く、長く感じられたその沈黙は、青年の刃のような鋭いテノールで破られた。

「正直言って、オレはまだお前たちを信じてない。だから、まだ受けるかは決めていない」
「なら──」

 そこまでシュゼが言いかけたところを遮ったリュゼは、顔に真剣な表情を浮かべて言った。

「あの、トワイさんは……何か、したいこと……ありますか?」

 それを問われたトワイは、若干驚いた顔をする。そしてリュゼの大人びた顔を見て、それでもシニカルに彼は笑う。

「あるわけないだろ。あったら、こんな仕事してないさ」

 トワイにそう言われて、リュゼはきゅっと俯いた。白い横髪が夕陽を透過して、オレンジに染まる。

「そう……ごめん、なさい」
「じゃあ、それで良いじゃない! 何もしたいことないなら、私たちと一緒に過ごして、決めれば良いじゃない?だから、さ。お願いします、トワイさん……私は、ノーシュさんを助けたいの!」

 いつになく、真剣な顔でシュゼは言う。真っ直ぐに、燃える炎のように。明確な、強い意志を持ってそういう彼女にトワイが若干気圧される。今まで俯いていたリュゼも、気持ちを切り替えるように顔を上げてハッキリと言う。

「私からも、お願いします……!」

 再び、沈黙が落ちる。ゆっくりと波が広がるように、波紋が広がるように。部屋の床に落ちる三人と家具たちの影がほんの少し長くなった時、トワイは口を開いた。

「分かった。受けよう。報酬は、スマラグドゥスの本体。目的はノーシュ・キュラスの真名の解放。これで良いか、二人とも?」

 床に落ちる影が少し伸びるほどの長考の末に、トワイが結論を出した。その答えを聞いて、嬉しそうに二人は笑った。

「シュゼ、リュゼ。右手を出せ。」

 不意に立ち上がったトワイが右手を出してそう言うと、それにつられて二人が立ち上がる。シュゼとリュゼが首を傾げながら右手を差し出すと、その手を二人まとめてトワイがそっと握る。ああ、少女の手というのは華奢なものなのだな、と思う。
 
「契約成立。よろしくお願いしますよ、依頼人」

 トワイはそう言ってシュゼとリュゼの手を今一度握りなおす。三人の握手の長く伸びた影が、テーブルの上へ落ちていた。

Re: 宵と白黒 ( No.9 )
日時: 2020/08/30 00:46
名前: ライター (ID: cl9811yw)

 庭の石畳は、昼間照っていた太陽の暑さを吸収したかのごとくほんのりと暖かかった。

「なんだ……何をしてる、トワイ」

 シュゼとリュゼが一旦家に帰る、と言って帰っていってから時間が経っただろうか。かさり、と足元の木の葉の音を立てて、老人が現れた。一人で先日と同じように庭の木の幹に寄り掛かっていた青年に、彼は声を掛ける。

「べつに……ああ、そうだ師匠。オレ、しばらく家開けるからよろしくな?」
「おい……いつからこの家はお前のものになったのだ?」
「稼いでくるのはオレだろ、常に」
「ま、まぁそれは良いではないか。それにしても旅、か……あの子どもたちの依頼か?」

 老人のその問いに青年は頷き、木の葉の間から透けて見える夜空に目を転じた。しばらく二人の間には、何処か緊張した静寂が降りていた。青年がふわりと髪を揺らして、師匠に問い掛ける。

「なぁ、師匠。オレのさ……本名、って何かな?」
「……ワシとお前が最初に会った時、お前はワシの家……ちょうど今お前が寝転がっているここに血塗れで倒れていたぞ。死にかけていて処置が大変だったんだ」

 老人のその天邪鬼とも取れる返答に、苦笑した青年はもう一度空を見上げて言う。

「答えになってないぞ、それ。」
「ちょうど日が沈んだあとの、うっすら明るい時間だったのだ。…………だから、お前をトワイライト、から取ってトワイと呼んでいた。……この名前は、あくまでもワシがお前を識別するだけの為のものに過ぎん。嫌だったら、真名を名乗れば良いだろう」

 幹に背を預けた老人のいつになく真剣で、長い言葉に青年は微かに笑って言った。

「それってさ。つまり──オレは、名前無いってことか? まあ、でも……そもそもオレは《宵》で通ってるからな。問題ない、だろう」

 己に言い聞かせるようにそう言った青年の目が、前髪で隠される。それを見て、老人は唇をつりあげた。さも楽しげに、彼は言う。

「お前の親が、どんな名を付けたかなどワシは知らん。まあ……トワイにしろ宵にしろ、お前と言う青年を指してるのは事実だ」

 そう言って、ニヤリと笑った老人は、カサカサと足音を立てて歩み去る。トワイはそれを聞いて、人を弄ぶのが好きなだけだ、茶化すのが好きなのだろう、と思う。明るく茶化すようなことを思ってみても、やはり気分は晴れない。脳裏に何故だか、白と黒の少女たちの声がちらつく。深く深く、彼は俯いた。

「あの子たちは、オレがトワイだって信じてるんだろうけど。オレは、トワイって言う上っ面の皮かぶってるだけの誰でもでもない、って事かよ」