ダーク・ファンタジー小説
- Re: 宵と白黒 ( No.9 )
- 日時: 2020/08/30 00:46
- 名前: ライター (ID: cl9811yw)
庭の石畳は、昼間照っていた太陽の暑さを吸収したかのごとくほんのりと暖かかった。
「なんだ……何をしてる、トワイ」
シュゼとリュゼが一旦家に帰る、と言って帰っていってから時間が経っただろうか。かさり、と足元の木の葉の音を立てて、老人が現れた。一人で先日と同じように庭の木の幹に寄り掛かっていた青年に、彼は声を掛ける。
「べつに……ああ、そうだ師匠。オレ、しばらく家開けるからよろしくな?」
「おい……いつからこの家はお前のものになったのだ?」
「稼いでくるのはオレだろ、常に」
「ま、まぁそれは良いではないか。それにしても旅、か……あの子どもたちの依頼か?」
老人のその問いに青年は頷き、木の葉の間から透けて見える夜空に目を転じた。しばらく二人の間には、何処か緊張した静寂が降りていた。青年がふわりと髪を揺らして、師匠に問い掛ける。
「なぁ、師匠。オレのさ……本名、って何かな?」
「……ワシとお前が最初に会った時、お前はワシの家……ちょうど今お前が寝転がっているここに血塗れで倒れていたぞ。死にかけていて処置が大変だったんだ」
老人のその天邪鬼とも取れる返答に、苦笑した青年はもう一度空を見上げて言う。
「答えになってないぞ、それ。」
「ちょうど日が沈んだあとの、うっすら明るい時間だったのだ。…………だから、お前をトワイライト、から取ってトワイと呼んでいた。……この名前は、あくまでもワシがお前を識別するだけの為のものに過ぎん。嫌だったら、真名を名乗れば良いだろう」
幹に背を預けた老人のいつになく真剣で、長い言葉に青年は微かに笑って言った。
「それってさ。つまり──オレは、名前無いってことか? まあ、でも……そもそもオレは《宵》で通ってるからな。問題ない、だろう」
己に言い聞かせるようにそう言った青年の目が、前髪で隠される。それを見て、老人は唇をつりあげた。さも楽しげに、彼は言う。
「お前の親が、どんな名を付けたかなどワシは知らん。まあ……トワイにしろ宵にしろ、お前と言う青年を指してるのは事実だ」
そう言って、ニヤリと笑った老人は、カサカサと足音を立てて歩み去る。トワイはそれを聞いて、人を弄ぶのが好きなだけだ、茶化すのが好きなのだろう、と思う。明るく茶化すようなことを思ってみても、やはり気分は晴れない。脳裏に何故だか、白と黒の少女たちの声がちらつく。深く深く、彼は俯いた。
「あの子たちは、オレがトワイだって信じてるんだろうけど。オレは、トワイって言う上っ面の皮かぶってるだけの誰でもでもない、って事かよ」