ダーク・ファンタジー小説

Re: crazy=justice【短編集・タイトル迷走中】 ( No.10 )
日時: 2020/09/28 20:46
名前: 美奈 (ID: cO3So8BN)

#10 離婚式

 ミナミのママにはね、口癖があるの。
 それは「パパと別れたい」と、「パパがいなくなればいいのに」の2つ。

 変だよね。
 ミナミのママとパパはどっちも大好きだからけっこんしたのに、ミナミはパパとママの大切な宝物だって言うのに、ママは別れたいって言うの。パパに消えてほしいと思ってるの。
 最初はね、ミナミもふしぎだなって思ってたの。ミナミの大好きなママが、ミナミの大好きなパパと別れるなんて、ぜったいはんたい! って思ってたの。
 でもね、この前、なんでママがそんなことを言うのかわかったの。

 パパがママにグーパンチしてた。あれはミナミが好きなアニメで出てくるパンチとは違うってすぐにわかった。だって、ミナミが見てるやつは、おともだちを守るために、悪いやつをやっつける時のグーパンチ。でもお互いに大好きな人どうしがグーパンチするなんて、おかしいよね? ママが必死にやめてって言ってるのに、パパはぜんぜんやめようとしなかったの。ほんとはね、「パパやめて」って言いたかったんだけどね、ミナミがのぞいてたドアの隙間から、一瞬だけママと目があったの。その時ママは首を横に振ってた。ミナミがドアをそっと閉めようとしたらママがうんうんってうなずいたから、多分パパにやめてって言っちゃいけなかったんだと思う。

 次の日、朝起きたらパパはいなくて、ママがミナミをギュってしてきた。
 こわかったよね、ごめんねって。
 でも、ママがあやまることじゃないよね? ミナミ、保育園の先生から習ったもん。ケンカしても、パンチはダメだよって。大事なおともだちをケガさせちゃダメなんだよって。パパにとってママは、ともだち以上のかんけいでしょ? だからすっごく大事なはず。なのに、ママをパンチしたの。めちゃくちゃひどいよね。ミナミ、パパがキライになっちゃった。

 それからママは、ミナミと2人の時に、「パパと別れたい」とか「パパがいなくなればいいのに」ってたくさん言うようになった。大好きでもキライになることがあるんだって知ったし、ミナミも大好きなママをパンチするような人とは別れた方がいいと思ったの。
 そしてとうとうママは、ミナミをくやくしょに連れていった。なんか、紙をもらいに行く、とかいって。
 ママはその紙が手に入った時、すごい安心したみたいな、ほっとしたような顔してた。

「ミナミ。これはね、魔法の紙だよ」
「まほうの紙?」
「そう。これは離婚届って言って、ここにパパとママの名前を書いてハンコ押して、さっきの区役所に持っていくと、パパとママはお別れすることができるの」
「え、それすごいね」

 ミナミはかんどうしたの。だってその紙で、ママはパンチするわるもののパパから離れることができるんだよ? すっごい、って思った。
 でもミナミはね、まだわかんなかったの。その紙に名前を書いてハンコを押すってことが、どれくらい大変なことなのか。
 ある日、ミナミが寝てるのに、リビングからガチャガチャ音がするなって思ってドアの近くに行ったら、またパパとママがもめてた。おれはサインしないぞ! ってパパのおっきな声が聞こえてきて、あ、多分“りこんとどけ”のことだってミナミはすぐわかったの。

 次の日の朝、ママの目は赤く腫れてた。あのまほうの紙に、名前を書いてくれないって。しかもあの紙を破っちゃったんだって。ほんとひどい、パパ。
ミ ナミに抱きついて泣くママが心配だったけど、その時、ミナミ思いついたの。てゆーか、ふしぎに思ったの。
 なんでけっこんしきはあるのに、りこんしきはないんだろって。
 テレビでニュースをみて、けっこんにもいろんなスタイルがあるんだって知ったの。
 “こんいんとどけ”を出さないでけっこんしきをあげる人。“こんいんとどけ”だけ出して、けっこんしきをあげない人。いろんな人と形があっていいんですよ、ってテレビの中の人が言ってた。
 それならさ、パパが“りこんとどけ”を破ったんだったら、その代わりにりこんしきをやれば、別れられるんじゃない?
 ちょっと待って。ミナミ天才かも。

 ママにミナミのめいあんを話したら、「えっ?!」って言われた。そんなに驚かなくてもいいじゃない、ママ。
 ミナミはパパとママのけっこんしきに出たことがあるから、だいたいどんな感じだったのかを覚えてる。パパとママは“できちゃったこん”でね、ミナミが生まれたあとにけっこんしきをあげたの。そこで“ケーキにゅうとう”っていうのをやったんだよね。
 りこんしきでも、“ケーキにゅうとう”をやればいいんじゃない? ってママに話したら、うーん、って言ったあと、「やってみようか。一泡吹かせたいし」って言った。ひとあわって何だろ…?わかんないけど、ママが賛成してくれたならいいや。

 ママはその日のうちにケーキの材料をスーパーで揃えてきて、おいしそうなショートケーキを作った。

「ミナミ、作ったけど、これでうまく行くかな」

 ミナミにはもう1つ、めいあんがあった。ママとスーパーに行ってる間、ずっと考えてたの。ひとあわ、の意味。それで思いついたんだ。
 パパにひとあわ吹かせるための、めいあんが。

「ママ、これ3人分に切り分けて、パパの分だけミナミに貸して」
「えっ、ケーキ入刀なら切り分けたら意味なくない?」
「いいから。ケーキでひとあわ吹かせれば、いいんでしょ?」

 ママからもらったパパの分のケーキに、キッチンにあった透明の洗剤をソースみたいにしてかけた。これなら透明でバレないし、あわを吹かせることができそうじゃない? これでわるもののパパをびっくりさせて、ママとミナミだって本気出したらこわいんだぞ! ってことを思い知らせてやらなくちゃ。

「み、ミナミそれは……」
「これ毒じゃないでしょ? びっくりさせるだけだよ」
「う、うん……」

 パパが帰ってきた。ミナミの前では「パパ帰ってきたよ! ミナミはいい子だね〜」って優しいパパの顔をする。「今日はミナミもお手伝いしたケーキがあるの、食べて!」って言ったらパパはくっしゃくしゃの笑顔で、うん! って答えた。パパが手を洗いに行った時、ママとこっそりニヤニヤしちゃった、へへっ。これからついにりこんしきが始まる。

 お皿を間違えないように注意して、パパにケーキを渡した。
 パパはケーキを口に入れた。うっわ、大きな一口!

「……お、おい、なんだこれは!!」

 みるとパパの口はあわだらけ。ひとあわ吹かせたよ! って思ったけど、大変。結構怒らせちゃったみたい。
 ミナミがいるのに、目の前で、おめぇか? あ? ってママに言い始めたから、あぶない! って思った。だから、パパが立ち上がった時に踏みそうなとこに、ミナミのおもちゃを置いてみた。パパはテーブルの下で動くミナミには気付いてないみたい。おもちゃを置いて、すぐ離れた。だってパパこわいもん。
 ミナミの思った通り、パパは立ち上がって、震えるママに掴みかかろうとした、けど…
 やった、今日2回目の成功。パパがミナミのおもちゃにつまづいた。
 でも、ここからはちょっと思ったのと違っちゃった。

「って!……ったぁ……てめっ」

 パパはミナミのおもちゃでバランスを崩して、テーブルのカドに頭をぶつけちゃった。ありゃ、パパのおでこめっちゃ赤い。血が出てる。
 ママはびっくりして動けないでいる。ミナミもびっくりしたけど、“じごうじとく”じゃない? とも思ってる。こうなったら、もう少し痛がらせとこ。ママにひどいことしたんだもん。パパも同じくらい苦しまなきゃ。多分もうちょっとほっといても、パパは死なない。
 ママが泣き出しちゃった。パパはちょっと気を失ってる。
 だいじょぶだいじょぶ、ママはわるくないよ。だって洗剤を入れたのも、おもちゃを置いたのもミナミだもん。ミナミは子どもだから、けーじさんが来てもママが責められることはない。それに、パパがママにパンチしてたことをミナミがけーじさんに話せば、きっとママはパパと別れられる。ミナミは大好きなママと一緒にいられる。
 ママのことは、ミナミが守るからへーきだよ。

 ……あ、そろそろパパまずいかもね。
 パパが死んじゃうと、多分けーじさんもこわくなる。そろそろ助けを呼ばなきゃ。

 ママも同じタイミングで同じこと考えたみたい。やっぱミナミとママは親子だね。
 でもまだ泣いてるママは、どうしよう、どうすればいいんだっけ、って言って、スマホを持ってる手が震えてる。

「ママ、貸して」

 迷わす119を押したら、すぐに電話がつながった。
 言うべきセリフはちゃんと頭に入ってる。やっぱミナミ天才かも。

「あのね、りこんしきのケーキにゅうとうの途中で、パパが転んで血流しちゃった」